虹の待つ森へ 

第9章 

全員が疲れからかぐったりしている。今日はいろんな事が有りすぎた。

 

 

……あのさ。もしかして、私の声、聞こえてる?

 

そんな静かな馬車内に控えめな、しかし気の強そうな女の声がロンジの耳に入った。

それは、ジェルナの声でなければもちろんナルスやシンの声でもない。

 

はっと顔を上げてみると、ルシェがこちらを向いていた。

「どうした?ルシェ。誰に話しかけているんだ?」

アルムが振り返る。

 

「お前……」

聞こえてるんだね。

 

覆面をしているが、わかる。彼女の口は全く動いていない。

声も発せられていない。

「ルシェ?」

アルムが心配でもしたのか身を乗り出してきた。

 

ううんアルム、何でもないよ。

「そうか?」

言葉は納得したといっているが、怪訝そうな目がこちらを向いていた。

 

「そうそう、宿が見えたが、この辺で良いよな」

車内で各々が頷くのを確認し、馬車は少し道をそれた。

 

「宿代は……無いよな。当然」

「盗っておいてそれはないだろうが」

「盗るとは失礼だな。第一、僕がしたわけじゃないね」

それもそうなのだが、やはり納得いかない。

とりあえず、ため息で返事をしておいた。

 

 

なんだかんだ言いつつもアルムが奮発してくれたらしく、部屋は一人一部屋あてがわれた。

 

床で寝ろとか言われなかったのが本当に嬉しいのは俺だけだろうか。

 

狭い部屋だったが、宿自体寝るための場所だ。

それ以上でも以下でもない。

しかし、割と規模のでかい宿だ。

個室ばかりが二十部屋だった。

 

「その半分近くも俺らの団体が使ってる訳ね……」

そんなに多かったっけと確認する。

 

初めはシンと一緒にいた。

次にジェルナを助けに行き……

城を出てすぐにナルスと再会した。

隣の国でガダルと出会い。約束をし

その次の国からマイツがいる。

海を越え盗賊に襲われ、

今、商人の二人とも共にいる。

 

意外と長い旅だな。

 

時間的にもそれなりに経った。

でも、何も前進してない気がする……

 

「あー。いつまで続くんだ」

これまでのことを考えて、これからのことを考えるとげんなりする。

しかし、このたびの終わりが近いとは全然思えない。

昔、家出感覚で旅に出ようかなと考えていたとは思えない状態だ。

 

とまぁ、想像に浸っていたのだが

突然の派手なノック音で現在へと戻される。

「誰だ?」

返事はなかった。

 

扉をそっと開いてみる。

誰もいない……

少し見渡してから、扉を閉めようとすると小さな手がズボンのポケットに入り込んでくるのが見えた。

 

「離せよ!」

かなり速かったので捕まえられるか不安ではあったが、しっかりと褐色の細い腕を掴まえた。

 

「黙れクソガキ」

小さな少年だった。

手にはロンジがポケットに入れっぱなしで忘れていた飴玉を握っている。

反抗的な目がこちらをみた。

「……あ」

こちらを視認すると、その少年は目を丸くした。

その顔に見覚えある気もした。

「飴玉の兄ちゃん」

……いや、あったことがある。

船から下りたときに、先に船を下りた一行の居所を教えてくれた少年だ。

 

「お前、なにしてんだ……」

「兄ちゃんこそ。なんでまた飴玉持ってんだ……」

おおかた、ポケットがふくれているんで金目の物が入っているのだと思ったのだろう。

 

 

「そういえば……」

口を開いた途中で何かを思いだしたのか、いきなり顔が青ざめる少年。

「兄ちゃんがここにいるって事は、金髪のおばちゃんもいるのか?」

肯定すると、更に挙動不審になる。

「わ、悪いな兄ちゃん。これ、返すぜ」

そう言って、飴玉を投げると、ダッシュでその場を去った。

「不用心に扉を開けてんじゃねーぞ」

じゃぁなという言葉が聞こえる頃には、完全に姿を消していた。

ナルスが一体何をしたのか、聞く気にもなれなかった。

 

 

また時間をおいて、ノックが聞こえた。

今度はだいぶ控えめだ。

「誰だ?」

今度も返事がない。

また少年が戻ってきたのだろうかと、今度はわざと部屋に置かれていた紙をくしゃくしゃに握り、ポケットをふくらませて扉を開けた。

 

……

扉の前には、ルシェが静かに立っていた。

覆面をしていない彼女の顔が真っ直ぐとこちらを見る。

「え」

開けた扉からずかずかと室内に入ってくる。

 

聞いて欲しいことがあるの。

室内の椅子に腰掛けると、目隠しの下からこちらを真っ直ぐみた。

 

為すすべもなく、扉を閉めると、向かい合うようにベッドに腰を掛けた。

おもむろにピアスを外し、また話しかけ始めた。

私の声、聞こえてる?

「あぁ」

夕方と同じ問いを繰り返され、戸惑いながらも返事をする。

よかった……

口元に優しい笑みが浮かんだ。

 

 

私ね、直接話すことも見ることもできないからアルムに頼りっぱなし

 

いきなり何を言い出すのかと思えば……

 

聞こえてるよ

「え゛」

 

向こうが声に出さなくても、伝わるように、こちらも伝わるらしい。

下手なことを考えられないな……

 

そう、いつも私はアルムと一緒。このピアスをつけている限り。

初めは思考を共有するのが怖くて怖くて……

言って、外したピアスを机の上に置いた。

 

「いきなり身の上話されてもなー」

そ、そうだね

私、アルム以外の人と直接話すの久しぶりで嬉しくて……

照れたようにうつむいたのを見ると、ちょっと冷たかったかと反省もする。

 

「ところで、思考を共有するって?」

あ、それはね……

私、目が見えないし話せないからアルムの一部を借りて直接アルムから情報を貰うの。

「それで、話せるのはあいつとだけってか」

うん。

ピアスは秘術商人から買った物なんだけど、

それのおかげでそんなことができるの。

 

良く判らないので、へーっと適当に相づちを打つ。

 

でも、これをつけてなきゃ。アルムとは会話できない。

「で?何故、今これを外したんだ?」

それは……と言葉を切って俯いた。

これから言うこと、アルムに知って欲しくないんだ。

 

 

 

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