虹の待つ森へ 

第10章 

ルシェは自分が声を失った原因について話し出した。

アルムの家で遊んでいたとき、誤ってビンを割って中にいた妖精に呪われた。

要約するとそんな内容だった。

妖精なんて伝説だろうと鼻で笑おうとするとルシェは哀しそうな顔をした。

 

 

−−−妖精の精製。

アルムのお母さんの研究だったんだって。

でも、訳あって公にできないからアルムも知らない。

 

妖精の精製にはクライメオスが必要なんだって。

 

その言葉に、思わずルシェを凝視する。

 

島長が言ってた。

青い髪の亜人種の体に寄生して初めて妖精は完全になるって……

でもね、妖精が私の喉を食い破って、中に巣くったことを知ったら、島長は術をかけてくれた。

妖精の活動を止める術だよ。声を失っちゃったけど、仕方ないよね……

そう言って、ルシェはコートを脱いだ。

何をするのかと思えば、喉元に入れ墨があるのが見て取れた。

「封印の入れ墨か?」

聞くと、うっすら笑みを浮かべた。

そうだよ。左顎のも同じ。

 

「目は?」

目?

目は最近だよ。初め、視界がボヤーッとしてそのうち何も映さなくなって……

「それって、本当に妖精を封印したのか?」

え?

 

島長やそのアルムの母親とかが何を企んでいるのかは知らないが、寄生とか何とかなら、割と怖い話だ。

同族……とは思えないのだが、同族に対する心配なのかもしれない。

 

「もしかして、だな。もしかして、順調に寄生を続けさせる術だったら……」

怖いこと、言わないでよ……

それもそうだなと、いったん打ちきった。

 

不安、なの……

何が、と言おうとしてさっきの話をまた持ってきたのだと思った。

「寄生?」

うん。

「でもまー、しちまったもんは仕方ねーだろ」

……無責任だね。

「そうかもな」

あなたが同じ目に遭わないことを願っておいてあげる。

「そうだな、それは頼む」

怖いことを言い出す。本当に。

素直に頼みたい気持ちだ。

頼むんだ

くすっと小さく笑った。

 

ずっと誰かに聞いて欲しかった。

「何故」

何となく……

「不安だったって?」

そう……だね。

「いいのかよ、無関係の俺にそんなこと話して」

座って聞くのにも疲れた。

ベッドに四肢を投げ出すように横たわる。

 

無関係だからだよ。多分。

「そーかい」

ゴメン、邪魔して。

「別に」

うん。ありがとう。ゴメンね。

じゃ

「あぁ」

 

扉の閉まる音を聞いて、張っていた緊張感のような物が消えた。

全身を疲労感が再度襲う。

動く気にもなれず、その場で深い眠りに入った。

 

 

 

翌朝、すっかりと気分も良くなった。

窓から入る光が眩しい。

ふと、視界の端にその光を反射する物を確認した。

 

「ルシェの奴……」

ピアスを忘れたままだった。

机の上に置きっぱなしのそれを手に取ると、叫び声のような声が聞こえた。

聴覚的にではなく、直感的なそれでだ。

その頭に直接響く声は大音量でルシェの名を呼んでいる。

 

……アルムだ。

黙れよ。と思うと、ぴたりとその声は止んだ。

 

しまった……

 

これは思考を共有する道具だ。

そして、気付いたときにはもう遅かった。

 

てめぇ、ルシェに何しやがった!!

何もしてない

嘘だ。なら何故お前がそれを持ってる。

関係ないって

大ありだ。

 

幸い、直接触れなければ伝わらないらしい。

ポケットに入れていたくしゃくしゃの紙で包むと、アルムの声は聞こえなくなった。

 

ルシェ、今ならお前の気持ちを理解することができそうだ……

 

 

ため息をつき、その荷物を持ち主の元へと届けに走った。

 

 

 

宿の受付にアルムとルシェ以外そろっていた。

「……あいつは?」

「アルムさんなら怒りながらあなたを起こしに行きました」

ナルスが丁寧に説明してくれた。

どうやら入れ違いになったらしい。

助かった……

「で、ルシェの方は」

「ルシェ、いる」

シンの指さす方向にいた。

入り口の扉にもたれ、うつむき加減にじっと立っている。

 

声を掛けると、こちらを向いた。

フル装備だと、正直こっちを向かれると嫌である。

それが伝わったのか、フードを外し、申し訳なさそうに頭を掻いた。

少し反省。

 

「そうそう、これ」

あ。忘れてました……

「あいつ、かなり怒ってたぞ」

それもそうですよね。やっぱり

苦笑が伝わってくる。

お前も大変だなと、言葉を出さずに言ってやる。

照れたように俯いた。

 

「なるほど、昨晩の相手はその子だったわけだ」

背後から掛けられた声に嫌な予感がした。

マイツ、お前は何を言い出すつもりだ……

 

「なにかあったの?」

そして首を突っ込むなよ姫さん。ややこしくなる。

「いやね、マイドールの様子が変だったから遊びに行ってやろうとしたんだが、先客がいたようでね」

……くんなよ馬鹿。

「入っていくのは無粋だと思って、扉に耳を当てて聞いていたんだが……」

「どう考えてもそっちの方が無粋だろ」

まぁまぁとなだめすかすマイツ。続きを聞けとのことだ。

「マイドールの声しか聞こえないんでね。独り言にしては変だなーとは思っていたんだけど」

「だけど?」

「衣擦れの音がしたからサー」

……?

「誰か連れ込んでるんじゃないかって」

こいつ……

「着替えとかじゃなくて?」

「あんな音はしないですよジェルナ様、見てよあの服。よれよれだろう?」

「だからなんだっていうんだ」

「襲った?」

ストレートな聴き方されては、戸惑う間もない。

ただ呆気にとられていた。

と、左右前方あたりから白い目が向けられていると悟った。

「お前ら、馬鹿だろ」

久しぶりに強烈な頭痛が来た。

でも、今回はしっかりとした反応ができたと思う。

焦って更に誤解を招くような真似は二度としない。

 

「き、貴様!!」

そしてそんなタイミングで帰ってくる、馬鹿一人。

「ルシェを手に掛けたのか!!」

「だーかーら、誤解だって。オイ、マイツ話聞いていたならわかるだろ」

「いやぁ……音聞いた時、ナルスさんが起きてきたからまずいと思って離れてた」

そんな馬鹿な。

 

この状態では、ルシェの助けがなければ助かりそうもない。

が、ルシェが言ってもどうしようもないかもしれない……

 

 

旅の先の話より、俺がこいつらから解放されるかが心配である……

 

 

 

 

 

勝手な誤解をしていた奴らは、勝手に誤解を解いて解散。

まったく、面倒な話だ。

 

ゴメンなさい。私のせいですね。

「いーや、別に。そうでもないさ」

じゃぁ、普段から疑われるような人なんですか?

「どーいう意味だ、それは」

会話をしているとちゅうで、はっと気付く。

 

テーブルを囲んで朝食を取っていたのだが、ルシェ以外の手は止まりこちらを凝視している。

そう、ルシェの声は聞こえていない。

つまり、周りにとっては独り言のように聞こえるのだ。

 

あぁ、何だろう、この言いようのない悲しみ。

やっと誤解を解けたと思えば、次は可哀想な目で見られる始末。

俺、何かに呪われてんのか?

 

「よぉくわかった」

隣に座るマイツが肩に手を置いた。

「マイドール、君は何か可哀想なことになっているね」

 

わかっているなら、もう声を掛けないでくれ……

 

 BACK NEXT

menu top