虹の待つ森へ 

第8章 商人と女

「さて、それはそれでおいておくとして」

いきなり話を変える体制に入る。

何をおいておくのかはマイツにしかわからないだろう。

「いろいろ聞かせてくれないかな?君たちのこと」

「……言ったところでこっちには何も利益がないしね」

駄目だ……こいつ

 

しかし、いきなり眉をひそめ考え込む素振りを見せる。

「そうは言ってもさぁ〜」

呟く商人は槍女の方を向いていた。

「……わかったよ」

はぁ〜と大きくため息をついてこちらをむき直す

「ルシェの特別な計らいだ。次は無いと思いなよ……」

 

 

立ち話は時間の無駄だと、商人は自分たちの大きな馬車に全員を乗せた。

ちなみに、荷物は返されたが馬車が返ることはなかった。

それだけでも、”おおまけ”とのことだ。

 

「今更だが、俺の名前はアルム。アルム・リズ・ロンド。こっちはルシェ・ド・マランだ」

紹介されたがアルムは御者台の上でこちらを向かない、ルシェの方は座ったままぴくりとも動かない。無礼きわまりない奴らだ。

「ちなみに、君たちの事は聞いているからね」

ジェルナが名乗ろうとした矢先にとめられてしまった。

「肌の色から見て、少数民族の一つか?」

「その通りだね、おじさん」

おじさんと呼ばれた事にマイツ本人は全く気にしない様子だったが、ロンジが笑いをこらえられず、肩で笑っていた。

「……続けるよ?察しの通り僕は地図で言う端っこの方の島生まれさ。両親は小さい薬屋をしてる。でもこいつは違う」

そう言って親指でルシェを指さした。

「こいつは島長に拾われたんだ。長は子供がいなかったからね。どこで拾われたのかは知らない」

ルシェは小さく頷いた。

「小さい島だから、僕には同じ年頃の相手がいなかったんだよ。だからずっとルシェと遊んでた……言っておくけど、そのころはちゃんと目も見えたし喋れたんだがね」

 

 

「で、何から話せばいい?」

「え?うーん……」

 

「クライメオスって、なんだ?」

ジェルナが考える素振りを見せるのを無視してロンジが口を挟んだ。

すると、機嫌の悪そうな声が返ってきた。

「君たち、知ってるんじゃないの?」

何が、と言いかけて気付いて止めた。

「あぁ、あれ、当てずっぽう。君が言った言葉の受け売りだよ、残念だったね坊主」

 

沈黙が流れた。

多分アルムは怒っている。

 

「……亜人種の一種という分類がされているね」

まんま不機嫌な声が言った。

「普通の人と見られがちだが、実際いろいろ異なると聞いたね。主な特徴として、髪の毛が青いことがあげられるらしい。その人数はとても少ないし、世界中孤児として現れているようだが、誰も確かな事を知らなかった。僕が知ったのはそういう種族の存在と名前だけ。残念そうだね?」

別に残念というわけではないが、気になってきた。

 

商人の不機嫌な声が元に戻ったのは、話したことで吹っ切れたのだろう。

次に不機嫌になっていたのはロンジだった。

俺が……亜人種だと?

声にならない声で呟いた言葉は誰の耳にも入ることなく口の中で消えた。

 

 

 

「ウゲッ!!」

何事もなく談笑の中を走り続けていた馬車だが、アルムの声に、皆前に向いた。

左右と後ろの方から多数の馬の足音が聞こえる。

「貴様ら、ここを誰の領地だと思ってやがる!!」

「にゃろ、新参かよ……」

また賊に遭遇したらしい。

「お前らは知らんかもしれないがな、ここは女盗賊シルリアの土地だよ?」

「知ったこっちゃないね。三日前からここは我らの土地だ」

アルムの反論もそよ風に同じ。

若い男の声が典型的な言葉を叫ぶ。

「命が惜しくば、金目のモン、全部おいていきな」

 

「……いやだよ。ルシェ!」

うん。と頷くと、手元にあった物を掴み。御者台に座るアルムの隣に跳んだ。

「皆さん、しっかり捕まってくれなきゃ命がなくなりますよ」

幌の中へ叫ぶと、立ち上がりルシェに渡された物を構えた。

と、馬車は大きく揺れた。馬がスピードを上げたのだ。

戦闘態勢に入ろうとしていたロンジとシンは大きく転ぶ。

 

「心配要らないよ、マイドール。ここは彼等に任せれば良いんだ」

 

 

 

ガタガタと車体を揺らしながら速度を上げてゆく。

その音と車輪のきしむ音、そして数頭の馬の蹄が立てる音に混じりパンパン、と乾いた音が二回した。

 

幌の後側から、落馬する二人の青年が見えた。

 

どうやら、アルムは遠距離攻撃ができるらしい。

 

ルシェにひかれる馬車は更にスピードを上げる。

そして、賊との差は遙かに開いた。

 

「よし、もういいだろッテ、ルシェ。止めろ、止めろー!!」

アルムの叫び声を流しながら、いきなり馬車は右へと曲がった。

あまりに急なので、幌内は大地震も良いところだ。

品物か何かは知らないが、あらゆる物が左右への大騒ぎだ。

 

 

 

やっと揺れに揺れた馬車は止まった。

ルシェが御者台から駆け下り、少し後ろまで走っていった。

……アルムが倒れていた。

 

おおかた、先ほどのカーブで振り落とされたのだろう。

 

「だから、止めてくれって言ったのに……」

打ち身などの様子はなく、普通に立ち上がったが何だかやつれて見えた。

 

「大丈夫ですか?」

「慣れてるからね。心配には及ばないよ」

何事もなかったかのように馬車に戻ってきたアルムにジェルナが心配そうに声を掛けた。

横でルシェはすまなさそうにしている。

「わかってて任せたから、別に良いってば」

声には聞こえないが謝っているのはわかった。

 

「慣れているって事はいつもやっているようだね」

「あー、まぁね。ルシェがやるといつもやりすぎるから」

アハハと笑って済ませるようなことではないだろうが、済ませるつもりらしい。

 

「新参者は困るよね。誰に許可を得て勝手に盗賊名乗ってるんだって」

「困り方が、何か変な気が……」

「気にしないでよ、こっちの話だから」

「……変」

シンにまで言われ、困り顔のアルムだったがマイツの問いに元の様子に戻った。

「で、坊主の武器って何なんだ?変わった物だな……」

「あー、これ?これはさ、ガンだね」

「ガン?」

「そ、数は少ないけど便利な道具だよ。

弾を撃つ、いわゆる飛び道具の発射装置だね」

 

鉄の筒に、木で補強と持ち手がなされている。

「火薬を使えば、もっと破壊力が出るけど殺しに使うつもりはないからコルク栓を使ってる。結構イタイヨ?」

「あの距離をとばせるんだから、近くで撃ったら体を貫通しそうだが?」

「撃ったこと無いから知らないよ。弾ももったいないしね。

剣より軽いし、人を脅すにはこっちの方がいいよ。使い方によっては割と安全だし

弾切れだけがちょっとねー」

軽い調子で言うが、なかなか恐ろしい奴だ……

 

 

 

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