虹の待つ森へ 

第7章 

檻に残され呆然と立ちつくしていた時、彼女たちが現れた。

「魔物が来た。長からの言付けだ」

慌てた様子の彼女たちが息を切らせながら一言呟いた。

 

『出て行け』

 

「な、なんなの?」

「長は知っている。あいつとお前の関係」

「出て行け。二度と戻ってくるな」

「ちょ、ちょっと」

戸惑うジェルナを余所に一人が南京錠を床に落とした。

扉を開けるときびすを返し、闇の中に駆けていった。

 

「お嬢様」

「……何?」

「あの長というものはただ者ではありません」

「そんなのわかってるよ、初めに会ったときから」

扉を開けて、牢から出た。

出て行けと言われても、どこをどう進めば出口に出るのかわからない。

 

初めて会ったときから、この盗賊団の長からは不思議な何かを感じていた。

言うなれば、そうだ。

じっと見られているような、心を読み透かされているような感覚。

 

「姫、様」

声が聞こえ、振り向く。

暗がりの中に小さな人影が見えた。

「シン?」

呼気が乱れているわけでも汗だくでもない。

しかし、全身から焦りが見える。

珍しい……そして、

 

イヤな予感

 

「大変。あいつ、シェラフ、だ」

「しぇ……ら」

目の前が崩れるような感覚。

 

「マイツ、姫様、呼ぶ。早く、行く」

「行きましょう」

シンに急かされ、ナルスが崩れそうなジェルナを支える。

「……うん」

 

震える足を、無視したい。

耳をふさぎたい。目を覆いたい。

だけど−−−

 

 

 

確認しなくちゃ

 

 

 

 

以外とすぐに洞穴からは出られた。

そして、光に目をしかめる間もなく彼女の姿をこの目が捉える。

 

「ごきげんよう。王女様」

鼻にかかったしゃべり方。

昔の彼女なら絶対にしないだろう。

 

「シェラフ……また、あなたね」

クスッとバカにされたような雰囲気の笑いを浮かべた。

 

「さて、役者はそろったけど。私を退治でもするのかしら?」

 

周りを見る。

隣にシン・ナルス。

遠くにマイツと例のいけ好かない商人。

「……ロンジは?」

不安がそのまま声に漏れた。

「心配ないさ、ジェルナ様」

マイツが頬笑みを後ろに向けてきた。

「マイドールは今パシリだ。あぁ〜昔を思い出すねぇ」

敵を目の前にしているのにこの男は……

まぁそれがマイツだと適当に流しておく。

「それよりも心配なのはアレだ」

そう言ってマイツが指さしたのは紫の球体。

楕円形をしたそれはかなりの大きさがある。

 

「そいつの中に一人とらわれた。早く助けないとまずい事になりそうだ」

後ろを振り返ると両手にかさの高い物を二・三個抱えたロンジがいた。

「早いね、マイドール」

「けっ」

持ってきた物のうち、大きな革袋をマイツに向かって投げつけた。

「さ、戦闘開始だ」

ほれ、とシンに剣と弓矢。ナルスに鞄を渡す。

眉をハの字にして苦笑を浮かべるとすぐに真剣な顔になり走っていった。

 

 

 

「相変わらず、騎士気取りなのね。門番くん」

「うるせぇ」

マイツと並んだロンジに向けてゆがんだ頬笑みが向けられた。

 

「早く、そいつを離せ」

 

先ほどまで、うねうねと形を整えるためにうごめいていた紫の牢獄は、動きを完全に止めている。

その中で、一体何が起こっているのか全く見ることはできそうにないが、見当はつく。

 

奴のことだ、意味もなく毒の中に閉じこめるなんて事はない。

殺すのが目的ならすでに殺しているだろうし、

動きを封じるだけなら、この前みたいに魔物を放っておけばいい。

 

あの黒の槍使いを見られない姿にするのが、奴の目的だった……

 

「シン、撃て!」

 

指示されるのがわかっていたかのように声と同時に疾風がすぐ脇を駆けた。

毒の楕円は右半分が持っていかれ、消滅した。

 

内側に人の姿を確認した。

 

地上数十センチで浮かんでいた槍使い。

ぐったりとうなだれたその姿は、次の瞬間には吊っていた糸が切れたようにゆらりと崩れ落ちた。

 

全く倒れる音がしなかったのは、地面に体を打ち付ける前に、いつの間にか隣にいたはずの商人が槍使いを支えていたからだ。

 

「これくらいではこたえないとでも言いたそうね」

商人を含む一行の安堵がシェラフに伝わったようだ。

「だけど、残念。救うには少し遅かったんじゃない?」

くつくつと喉の奥で笑う声が、やけに耳の中で響いた。

 

「シェラフ!」

ジェルナの声に見上げると、シェラフは青い空の中にかき消える直前だった。

「待って!!」

ジェルナが何故引き留めようとしたのかは解らないが、空に浮かんだシェラフの顔はいつもの悪人顔とはかけ離れた物だった……気がした。

 

 

 

 

「ルシェ!」

商人の焦りを含んだ声が再びジェルナ達を現実に引き戻した。

 

ぐったりと商人の腕の中で動くことのない槍使い。

毒気にやられたのか、黒いコートの裾はボロボロである。

 

商人は、槍使いのフードを外した。

一番最初に目を引かれたのは一つに束ねられた綺麗な青の長い髪が姿を現したこと。

二つ目は覆面と、目隠しが邪魔で顔は全く見えないこと。

 

何故そんな物をしている……

 

「死んじゃぁいない」

でも、死ぬのは時間の問題。と、続けたかったのかもしれない。

ぼそりと呟いた商人の声は、無感情に見せかけて悲しさをたくさん含んでいた。

声が涙を含んだらこんな声になるのかもしれない。

情けない、声だった。

 

ゆっくりと目隠しを外す。

右のあたりを中心に肌が焼かれたようにただれていた。

 

続いて覆面。

その下から現れた頬に、絶句した。

右半分はただれているのだが、それ以上に目を引くのは左頬の入れ墨。

 

覆面が外されて初めて気が付いたのだが、槍使いは女だ。

しかも、若い女。

ただれているのは今の毒のせいだとして、その美しい顔にあまりに大きな入れ墨が入っているのは驚き以外の何でもない。

 

「私が、治すよ」

言い出したのはジェルナ。

いつか見た光に両手を輝かせながら、商人に近付く。

正確には、槍使いにだが……

 

怪訝そうに顔をしかめたが、ジェルナのまた訳の分からない気迫に押されるようにして、槍使いに触れることを許した。

 

ハシュと、間の抜ける音がする。

一瞬で、ただれ、紫に変色した槍使いの顔が色の白い綺麗な肌になった。

「治癒完了」

ジェルナが商人に頬笑みを向けると、相手も、気が抜けたように笑った。

「お前、一体何モンなんだろう……」

苦笑混じりの言葉だった。

 

 

シェラフに襲われたという長は「やられた」ときいていた割にぴんぴんしていた。

「別に大したこと無いんだけどさ、腹だから奴らが騒いだだけだ」

とあっさりと述べてくれた。

「じゃぁ、傷は……」

「気合いで塞いだ」

なんとまぁ丈夫な人だろうねオイ。

「懲りたからさぁ、早く出てってくんない?」

「お金貰っておきながらよく言いますねぇ、姉さん」

ハハハと商人と長は乾いた笑い声を出したが目は二人とも全然笑ってない。

笑ってないから笑い声も乾いているのだが……

 

 

「そういや、約束だろ?いい加減かえしてくれないか?」

「約束?」

商人は怪訝そうに聞き返す。

「忘れたとは言わせねぇ。槍使いを助ければ自由の身とするってお前は言ったはずだ」

さっきまでの哀しそうな顔又は安堵した顔とは一変して、嫌らしい笑みを浮かべ、クツクツと喉の奥で笑いだした。

「馬鹿だな、信じちゃったのそんな話」

「はぁ?」

「知らないのかい。この世界では美しい女性と欲深い商人の言うことは信じちゃいけないんだよ」

唖然となるが、そんな言葉一つで約束をふいにされてはたまらない。

「あと魔物の言うこともかなぁ」

楽しそうに付け加えるが、こっちは真剣である。

「て、てめぇ……」

 

「まぁまぁ、落ち着きなよマイドール」

割り込んできたのは無駄に落ち着き払ったマイツ。

「その女の子、クライメオスだよね」

商人から笑みが消えた。

「教えなよ、どうして連れているのかな?」

「どっ、どうだっていいだろ」

ぷいとそっぽを向いた。

さっきまでとは違いまるで悪戯を隠す少年のような仕草。

一体何のことを言っているのかロンジにはわからず、口出ししたいのにできない状態だった。

この状態で、何のことを言っているか理解できているのはマイツと商人だけである。

「いいわけないじゃないか、気になるからね。そんな格好の女の子を見かけたら当然だろう」

すると商人の目が急に強気になった

「ルシェは自分から好んでこの姿だよ。僕のせいじゃないからね」

 

自分から望むって何でまたそんな格好を……

覆面をすると息苦しいし、目隠しなんてしたら目は見えないし

……そう言えば何で槍女はあの格好で魔物と戦えたんだろう

 

「服装の話じゃないよ。いくら商人とはいえ、君はまだ出たところだろう?」

「何が言いたいんだい」

平静を装っているが雰囲気から焦りが見れる。

表面下では結構な戦いなのかもしれないが、いったい何の事だかさっぱりといってわからない……

ジェルナ達が静かなのも多分、ついていけないと諦めて病み上がりの槍女の看病をし始めたからだろう。

「入れ墨の話だ」

「入れ墨?そんな物文化によって多く取り入れられているだろう」

「そうじゃない」

「じゃぁ何だ」

「そんな綺麗な入れ墨は今の技術じゃぁ不可能に等しい」

マイツの言葉に眉をひそめた。

何かを考えているように見えるが、暫くして諦めたようにため息をつきながら口を開いた。

「……そうかもな」

 

「ガキの商人は考えを隠すのが下手だからな。君、もうちょっとがんばりなよ。人の言葉にいちいち百面相してたら駄目だからね」

遠回しな“勝利”宣言だった。

「こっちはチンプンカンプンだっつうの」

「マイドールは世間知らずだから」

馬鹿にされて怒っている場合ではないがやはり怒っておかないといけない気がして仕方なかったのでとりあえず腰の辺りをつねってやった。

「痛ッ……マイドール。やることが少女のようだな」

「やかましい」

 

 

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