虹の待つ森へ 

第6章 

背中を蹴られ、穴蔵の中へと押し込まれる。

「うわ!」

手足が縛られているため、身動きがとれないロンジは転ぶようにして奥へと入れられた。マイツは両足で跳ぶようにして抵抗したが結局入れられ、シンは転んだ勢いで背中を付いて回り、牢の中で立ち上がった。

木製の格子の向こうで、扉が開かないように金属の棒が鍵としてはめられる。

脱出は不可能。そう言うかの様に南京錠の短い金属の擦れる音が鳴った。

「あんなに注意されたってのに、結局捕まるんだな……」

誰に言うわけでもなく、横倒しのままロンジは呟いた。

事は少し前の話だ。

尻軽男(ロンジ論)と害の無さそうな不審者(ナルス論)がいた馬車の元から少し進んだ木々の生い茂る少々暗い道だでの話。

道のど真ん中に女がしゃがみ込んでいた。

ひき殺すわけにも行かないので、馬車を止めて先頭を歩いていたマイツが女に声をかけた。

苦しくて歩けないのだと言ったので馬車に乗せて女を“行きたい場所”へと連れて行くこととなり、軽くおしゃべりをしながら女の言うとおりの場所へと連れて行った。

着いたところはまぁ、木造の普通に家。当たり前だが…

女がお礼をしたいというので、家の外に馬車を繋ぎ、のこのこと五人で入っていったわけだ。

で、家の中に人が通れそうな地下への穴がぽっかりと開いていて、これはなんだ?と聞いたら「行ってみなよ」と言われ、押し込まれたって話だ。

着いた先はまさにワンダーランド。なんと女盗賊達のねぐらでした。

笑い話にもならないが、あっさり捕まり今に至る。

しかも、今一緒にいるのがマイツとシンのみ。女と判断された二人はどこか別の所へと運ばれたらしい。

 

「ジェルナ様無事だろうか……」

「ま、大丈夫だろ。結構丈夫だし」

マイツが心配そうな声を発したが、ロンジは即答で失礼な言葉を放つ。多分本人は失礼とか思っていないだろう。

「二人、どこ、何、してる?」

この三人は人の心配どころではないのに二人の心配ばかりしているようだ。

「……仲間にしたりとかしないよな」

マイツの呟きに二人はそれぞれの感情を浮かべた顔でそのほうを向いた。

「い、いや、あくまでも予想だから……」

その顔の恐ろしさが否定をさせてしまう。

「二人、悪い、事、する?」

心配そうな顔のシン。考えつく先が幼児くさくてあまりのかわいさにマイツが頬ずりをする。

「やめろ、見ててキモイ」

ロンジがその世界を拒絶しようと目をそらした。ロンジとしては珍しい淡々とした声が刺さりでもしたかマイツが動きを止める。

「なんでだよ」

「図的にイヤだ。早く離れろ」

渋々とマイツはシンから離れた。シンは苦しかったのかほぉと解放されて深く呼吸する。

 

「……しかし、俺は二人が盗賊とか似合いすぎて怖いぞ。」

軽く身震いをするロンジ。

「特にナルっさんとか、長にでもなりそう……」

シンがそれに反応して肩を震わせて笑う。

「誰が盗賊の長ですか」

「さっき言っただ…ろ……」

言いながら後ろを振り向くと思わず固まった。

ナルスがいた。もちろんアレを握りしめて。

「いえ、俺は何も言っていません」

もう何も言えません。しかたないので見え透いた嘘をつく。

シンがまた笑う。多分さっきもナルスのことに気づいて笑ったのだろう。

頭の上を疾風が駆け抜けた。髪の毛がハラハラと数本落ちる。

「ホンット、すみませんでした。口が勝手に……いえ、軽はずみな発言をお許し下さい」

床に額をこすりつけるように土下座する。哀れとしかいいようがない

「あなたみたいな卑屈な兵士は知りませんわ」

見下しモード全開。恐ろしすぎて目も見れません。

「知らないだけのくせに」とかは言わない。ってか、言えない。

もう良いです。俺は卑屈の戦士です……

完全に沈んだ中、金属の擦れる音を聞いて我に返った。

「え?」

顔を上げると、格子の向こうの牢屋番が南京錠を閉めた後だった。

「あ、私達も牢屋行き命じられちゃった」

無駄にお茶らけるジェルナ。ってか、いたのか……

「それでこっちに……」

納得したというようにマイツが頷く。

 

「どこ、行ってた?」

ナルス達が縛られていなかったのを良いことに縄をほどいて貰う。

それなりにきつく縛られていたため、手首も足首も少々痛い。

「どこって……なんか賊長さんに会ってきた」

シンの問いに適当に応えるジェルナ。

「会って、適性テストするとか言われた」

「なんの適性だ?盗賊の仲間になるためか?」

知らないと首を横に振る。

シンに目配せするが見当もつかないというようにため息を付いた。

「良くは判りませんが、持ち物を奪われたのは確かです。私達は男どもに伝えておけと言われまして」

最後にマイツの縄をほどきながらナルスは口を挟んだ。

「なんと言えと?」

「お前らは売っ払うだけだから、と」

あまりにも率直すぎて、口をあんぐりと開ける。

「人身販売って事ですかね?」

「そう、ですね。荷馬車と一緒に売るそうです。明日」

「明日ぁ!?」

ロンジは素っ頓狂な声を上げた。

眉をひそめて、何が起こっているんだとぼやく。

「買い取り人が参られるそうで。いい時期にきたなとおっしゃってました」

まぁ、この穴蔵から明日になれば出られるようだ。が、どうなるというのだ。

「きっと、物好きなぶくぶく肥えた裕福なおっさんが綺麗な少女と少年を集めてるんだよ。指輪とか装飾品でごてごてな人で、綺麗な物を手短に置いておかないときがすまなくて……」

妙な偏見と妄想に任せて語るジェルナ。

あり得ないと笑い飛ばしたいところではあるが、正直な話、今、この状態でこんな話はやめて欲しい。本気で恐くなる。

 

「物語の読み過ぎですよ。ジェルナ様」

苦笑を浮かべながらマイツが遮った。

「えー」

どうしてと不満そうに顔をしかめる。

「どこの物好きが男を買うんだい?そういう人は女しか買わないでしょう」

「おい、ちょっとまて」

思わず止める。そういう問題ではない

「じゃぁ、どんな人が買うの?」

「もちろん労働者として雇うんだろうね」

的を射てはいるが、一概にそうだとは思えない気もする。

ロンジもまた、ジェルナと同じく物語で育った方だから似たような妄想を抱えていた。

 

「で、俺らは売られて姫さんらは?」

「多分一緒」

普通に言わないで欲しい。

「そんなに心配なさらなくても、明日になれば分かりますよ」

分かりたくもないが、どうしようもない。

ここは地下の穴蔵。出られるわけもないだろう。

買いに来る奴がとんでもない悪人ではないことをあり得ないとは思うもの期待しつつ、半分ふてくされて堅い寝床に横になった。

 

 

「おきな!」

強い声で呼ばれた。

光は小さな蝋燭のみだ。大して明るくない。

起きたくないので、体を縮め抵抗するが無理矢理、左肩を引っ張られ上体を起こされた。

 

いくら寝たかはわからない。

横になってしばらくは恐怖に取り憑かれていた。

結局ジェルナの妄想をロンジは更にふくらませていたという話だ。

 

「商人さんのお出ましだ」 

その声にやっと起きようと思った。

 

「え?」

「あぁ、お嬢さん達。やっぱり捕まってらしたか」

見覚えのある姿だった。

「馬車を見たときはもしかしてと思ったが、やっぱり」

うんうんと一人頷く商人。

褐色がかった肌に、少しつり上がった目。

うす茶色のコートに身を包む男はあの尻軽男だ。

「知り合いか?」

商人の後ろから女が出てきた。

盗賊の衣装と似てはいるが少し上等なところから見て彼女が長だろうか。

「いんや。あの蒼髪が僕の腹をいきなり殴っただけだ」

しっかり覚えていたようだ。

ほうと唸りながら、長はじっとロンジを上から下まで見つめた。

そのなめ回すような視線に一歩後ずさる。

「一撃でどこかとんでったさ。なかなかやるよそいつ」

ふうんと意味ありげに頬笑みながら長はロンジから視線を離した。

「さっさとうっぱらってやろうかと思ったが、ちょっと考えようか」

長はくるりと後ろを向いて、商人のお世辞にもたくましいとは言えない肩を叩いた。

「お、おい」

反射的に呼び止める。牢の枠から手を伸ばそうとすると、近くにいた見張りが槍を振りかざした。

長は訝しげに振り返る。

「なんだい?」

「俺らの荷物を返せ」

 

少しの間をおいて、長はクククと笑い出した。

「アンタ、バカか?」

バカじゃねぇ。と睨みつける。

今度は空を仰いで大きく笑い出した。

洞窟内全体に反響し、すごい音となる。

「いいね。久しぶりだよ、大抵は捕まった後は何もできずおびえ震えるか、放心状態の奴ばっかだったのに。面白い」

商人の肩を叩き、こちらを向けと指図した。

「気が変わった。売るよ。こんなのがいたら他の奴らにも伝染しちまう。そうなりゃこっちの商売もうまく行きそうにないしな」

笑いながら、値を決めろと商人の背中を叩いた。

「珍しいなぁ、こんなに機嫌がいい姉さんは」

わざとらしく商人はほざいた。

「何が商売だよ」

ロンジが吐き捨てるように呟く。

「ほう」

商人の後ろで、長が唇をゆがませた。

「こっちの商売にケチつける気かい」

「他人から盗んだもん売って何が商売だ、良いことなわけねぇだろ」

淡々とした様子で呟く。

「なんだ。盗むのを止めろと言いたいのか?」

「分かってるんだ」

ずっとおとなしかったジェルナが小さな声でささやいた。

かなり小さな声だったのだが、どうやら長の耳に届いたらしい。

腹を抱え、笑い出した。

「お笑いだねぇ

 お前らは仕事をして金を手に入れてるんだろ?それが正しいって?

 だったらあたしらも同じじゃないか。

 自分の力で物を手に入れて、何が悪いってんだ。

 ぶつぶつ文句言ってねぇで、とっとと失せな」

そう言って、長は二・三人の賊を連れて奥の闇へと消えた。

 

「君たちも運がないね」

長が消えたことを確認してから商人が呟いた。

「何でお前がここに……」

睨むような視線を送ると、ハハッと軽く笑った。

「買い取り人だよ。盗賊だって金目のもん盗んでも金にならなきゃ意味無いからね」

男はそう言いながら見張りから鍵を受け取った。

「で、君たちは買われる。運がいいじゃないか。馬車と一緒に売り払われたときは大体どこへ行ったのか分かるだろう?」

目の前で鍵を左右に揺らす。

「お前、いい加減にしなよ?」

奥の方でくつろいでいたマイツが起きあがった。

商人は鍵を振り回す手を止めて、握りしめた。

「商人の機嫌は取っておいた方がいいよ。君たちがどこに行くのか、今、僕の手にあるんだからね」

イヤな笑みが浮かんだ。

 

「心配は要らないよ。君達には高い値を付けてあげるから」

言われたところで嬉しくも何ともない言葉を掛けられながら、商人は牢の南京錠に手を掛けた。

 

「高い値が付いたら、奴隷船で一生漕ぎ手となったり、鉱山で命をかけて働く事も可能性としてはほぼないからね」

「……」

恐ろしいことをさらっと笑顔で言う奴だ。

はっきりいって、恐いが気持ち悪い。

 

がしゃんと音を立てて南京錠は落とされた。

商人は頭を低くして牢に入ってくる。

 

「残念だけど縛り直すよ。……抵抗したら後ろの奴がお前の首をはねる」

途中で、商人の目つきと声色が変わった。

言われたところを見ると、確かに商人の後ろには人影が有った。

今まで存在に気が付かなかったのは商人の話のせいもあるだろうが、黒ずくめの服装が暗い牢の闇にとけ込んでいたからだろう。

 

手には鈍く金に光る槍。その青白く光る刃はとぎすまされ、確かに人の首なんて根菜を切るみたいにコロンだろう。

 

「無駄な抵抗はしないようだね。有難いよ」

せっかく、ジェルナとナルスが結ばれてなかったことを良いことに手足を縛る忌々しい縄から解放されたと思ったのだが、その自由は半日も持たなかったようだ。

 

 

「そうだ、女の人達は残るんだね」

言われて、思い出す。

 

『お前らは売り払うだけだから』

お前らにはジェルナとナルスは入っていない可能性がある。

 

「な、なんで?」

「だって、捕まったの昨日でしょ?仲間にできないほどふぬけだった?」

予想外だねと呟く。

「やっぱり、仲間にするための適性とかだったんだな」

「結局何もしてないけどね」

「これからするはずだよ」

いきなり介入してきた商人のニコニコとした笑みを真っ正面からぶん殴りたいところだが、すでに手は縛られ、その紐でマイツと繋がっているので手は出せなかった。

 

「じゃぁ、お嬢さん達はここで待っててね。運があればまた」

「会う時点で運がないだろうがな……」

ふてくされながら呟くと、拳がとんできた。

避けられたとはいえ、繰り出したのは笑顔の商人。そいつがとても腹立つ。

 

牢のあった穴蔵から地上へ向かう際、慌てた様子の女盗賊数人とすれ違った。

うち一人が立ち止まり、きつい口調で告げた。

「商人!今外へ出るな!!」

「なにか、あったんですか?」

「魔物だ。長が……やられた」

「なんだって?」

商人がそう言ったが早いか、紐で引っ張られ、ふてくされながら歩く横を疾風が駆け抜けた。

――――黒ずくめの槍使い

「待て!お前一人じゃ……」

商人が止めようとしたが、すでに声の届く距離では無さそうだった。

「くっそ」

悪態を付きながら走り出した商人。

その手に紐は握られたままなので転びそうになりながら仕方無しについていく男二人と少年。

 

「速く走れ!」

「やってる!!」

階段は高くまで続いている。

それまでにアリの巣みたく横にそれる道がたくさんある。

一瞬商人が手をゆるめれば、逃げることなど容易だろうが意地でも握っている状況からして、逃げることはできなさそうだ。

 

 

やっと地上に出た。

やはり逃走は不可能だったが、逃げなくて正解だった。

 

「あらぁ?兵士様じゃないの。女王様はどちらかしら?」

路上で槍使いを相手にしていた魔物がこちらを見た。

……あいつは

「……シェラフ」

「やけに無様な格好じゃない」

クスリと笑われ、恥ずかしいような気もしたのだが、押さえつけてじっとシェラフの方を見つめた。

「私を追いかけてたみたいね。こちらからで向いたって言うのに肝心の姫様がいらっしゃらないなんて」

「ふざけたことを」

 

ロンジとシェラフが睨み合う中、槍使いが隙を見て攻撃を仕掛けた。

槍を避けると同時に、かなりのスピードがあった槍の柄を素手で掴み、止めた。

「人の話ぐらい聞いたらどう?勇敢な方」

フードを被った槍使いから殺気を感じる。

ここから数メートル離れているというのに、この殺気は何かおかしい。

が、シェラフの方も気では負けていない。

禍々しさが、空間に穴でも開けそうなほどその二人の間に漂っている。

 

と、動いたのは槍使い。

長い槍を担ぐようにして勢いよく体を丸めその柄を握るシェラフを飛ばそうとでもしたのだろう。だが、力と重量が足りない。

技は完全に失敗した。

クスリと笑うシェラフの左手が変化した。

いつか見た、紫の毒。

右手では槍を掴んだままだ。

「槍使い!毒が飛んでくるぞ」

思わず忠告が口から出た。

わかっている、と声が聞こえた気がした。

近距離から打たれる毒を槍を握る手を軸とし器用な身のこなしで避ける。

「なかなかやるようね」

余裕の笑みだ。……楽しんでいるのか?

「これなら、どうかしら?」

紫の毒はひも状にのび、槍をつたい槍使いを襲う。

やむを得ず、槍を手放すが毒の紐はしつこく追ってくる。

器用に避けるのだが、だんだん動きが鈍くなってきた。

 

「−−−ッ!槍使い、左から出ろ!その場から離れるんだ」

避けているだけでは無理だ。

紫の糸は徐々に槍使いを覆い尽ってしまう。

しかも、その紐が少しずつ太くなり、球体を作り始めている。

無理だ、と言う声が聞こえた。

その一瞬で球体は完成してしまった。

「さぁ、特性の毒の檻よ。気分はどうかしら?」

クスリと笑った後で、槍使いから奪った槍をこちらに向けた。

「お次は誰かしらね?」

 

「おい、ルシェを離して貰おう」

商人が声を上げた。

「ルシェ?」

「お前が今戦った相手だ」

毒の檻を指さし、シェラフの方を睨む。

「あら、だめよ。せっかく捕まえたのに」

ふざけんなと悪態を付く。

「どうしても返して欲しいなら……そうね、女王様でも連れてきたら?」

「女王?」

「そう、後ろの罪人達なら知っているわ」

商人とシェラフの目がこちらに向けられた。

怯むことなくマイツが口を開く。

「何故、ジェルナ様なのでしょう?」

「クスッ。もちろん、罪悪感を背負わせるためよ」

意味ありげな言葉。

「早くしないと、檻の中の可愛い子が二度と見れない姿になるわ」

「どういう……」

「言ったでしょう?毒の檻だと」

商人は愕然とした。

 

 

「……協力しろ、お前ら。うまくいけば自由の代金としよう」

しかめた面の商人がマイツに小さな声でささやくのが聞こえた。

「本当かな?」

「当然だ」

マイツが振り向きこちらに笑みを向けた。

その手からはらりと切れた紐が落ちる。

「隠しナイフ、持ってると便利さマイドール」

そう言って見せたのはコートの袖に隠れる刃物。

そんな物持っているなら早々に使えと言いたかったが、そう言えば檻に入れられてすぐ、ナルス達が来る前からひとりでに奴の縄だけは解けていた。

何でつっこまなかったんだ、俺……

「坊主、ジェルナ様を出してこい」

シンは頷き、マイツが商人の腰にぶら下がる鍵を奪って投げた。

「それと、マイドール、武器を取ってきてくれるかな?」

「向こうの小屋にある。馬車と一緒のハズだ」

商人がこちらを見ずに右手だけが後ろを指さした。

 

「……分かったが、お前はどうする?」

「マイドール、人の心配より自分の心配さ」

バカにされたようなのだが、マイツなら大丈夫だ。

 

何を持っているのかさっぱりだからな。

 

 

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