虹の待つ森へ 

第5章 船

スキュラと戦うときにも思ったが、この船は大きい。立派な家をそのまま水に浮かぶことが出来るようにしたように思う。

スキュラ退治とマイツが顔を利かせた御陰で一人一部屋も船室を割り当ててもらえた。

マイツには酷いかもしれないがこういうときはやっぱり知り合いでよかったと思う。

「いきなりマイドールとか呼ばれたときは焦ったけどな」

ロンジはそれなりに広い船室のベッドに腰を掛け、一人でぼそりと呟いた。

「所有物扱いしやがって・・・」

別に意味はないが、何となく一人でいると独り言が多くなる。

城を出てから一人でいる時間がほとんど無くなったからだろうか。

「何言ってんだ、俺・・・」

少し考えた様子を見せてから、また呟いた。

さすがのロンジでも独り言が多くなったことに気づいている。だが直す気にはなれない。

こうして独り言を言っていると自分の中が整理されるみたいで悪い気はしない。

一つため息をつくと、潮風に当たろうと船室を出た。

甲板へと出る扉の窓から覗くと、外はもう闇一色に染まっていた。

ぽっかりと穴をあけたかのように月が丸く黄色く輝いている。

「太陽と月が我を見守る、か。」

ロンジは古い歌の一節を思い出した。

全部の歌詞を知っているわけではないうえ、誰かに教えてもらった覚えもないが今思い出したように今まで何度も忘れ、何度も思い出した。

まるで、記憶の片隅で良いから覚えておけとでも言うように。

「ま、それはないか。」

もう一つため息をつくと、前方に人の姿が見えた。

潮風になびく銀の髪が月光に照らされ輝く姿にはもう慣れた。

慣れた、という表現は少しおかしいかもしれないがシンに対するロンジの反応にはぴったりに思えた。

日中結わえていたはずの髪は全くその跡を残さずに美しい直線を保つ。

小さく、少し高い声が聞こえる。それはシンが発しているのだとはすぐに判った。

独り言や話し声ではなく、ぼそぼそと歌でも口ずさんでいるようだ。

声を掛けようと近づいていたロンジだが、その歌声に気づくと動作を中断した。

小さな声はハープのように美しく澄んだメロディを奏でる。

 

弱き者は力を請う

己が上に立つために

小さき者は歌を歌う

難無き行き方を選びゆく

 

我はこの世を捨ててゆく

しかしこの世は我を捨てぬ

 

聴いたことのある歌だった。

先ほどロンジが口ずさんだ歌だと気づくまでそう時間はかからなかった。

 

地と天が我に語る

主はこの世を捨てられぬ

太陽と月が我を見守る

主を捨てるのはヒトのみ

 

声を重ねるようにして、ロンジはシンが歌っていた歌の続きを歌う。

その声に反応して、シンが背筋を伸ばしこちらを振り向いた。

「あ」

初めて銀髪のシンと出会ったときと同じ反応を返された。

驚きを浮かべた表情。

「よぉ」

別に意味もなく声を掛ける。

するとシンは恥ずかしそうにうつむいた。

「さっきの歌ってさ」

「あの・・・・・・」

少し顔を上げ、垂れ下がる髪越しに遠慮がちな目でこちらを見た。

「どこでお知りになったのですか?」

言いたいことを先にシンに問われてしまった。

「あぁ、うろ覚えだし、悪いけど俺も覚えてない」

「そうでしたか」

少し残念そうにまた少しあがった顔をおろした。

「おまえは?」

「私、ですか?」

「その歌、城では多分誰も知らなかった」

戦後まもなく小さいロンジがまだ兵士になる前の頃、何人かにその歌の本当の歌詞が知りたくて訪ねてまわったがすべての人が『知らない』としか言わなかった。

「私も、よくは覚えてません」

「そうか」

それでも、シンはどうやらロンジが知らない歌詞を知っている。

歌ってもらおうかと思ったがやめておいた。

大の男がちっさな女の子に歌を聞くなんてロンジにはどこかおかしい気がした。

ぼーっと船上から、船が進むために出来る波を見ていると、シンの右手指が光ったのを視野の端で見た。

気になってその光った部分を見てみると、黒に近い深い青の石がついた指輪がつけられていた。

「なぁ、シン。それ」

「え?」

ぴくりと首をあげ、振り返る。

「これ、ですか」

ロンジが指さしていたリングに気づいた。

「そんな物おまえ持ってたか?」

「えぇ」

「城にきたときからか?」

「えぇ、ずっとつけています」

シンはそういうが、ロンジには覚えがない。

「あ、でも昼はだいたいこれで髪を縛ってます」

「は?」

シンの持つリングは金色の紐が三重になっている。見た目からしてその輪を作る紐状の物は絶対に金属である。

「これを、こうすると」

右手のリングをはずし左手におくと、その上で右手人差し指をぐるぐると回す。

少ししてから、回す指を止め片手をリングの穴につっこんだ。

「え?」

不可解なことが起こる。

ゴムのようにのびたのだ。

その伸びたリングはシンの手に動かされるままに手のひらをするりと過ぎ、手首のあたりで動かすのを止めた。

きゅっとリングの外側から手首を握ると、その大きさでとどまった。

もう手のひらの太いあたりを通そうと動かしてものびることはない。

「なんなんだそれ」

「わかりませんが、便利ですよ」

便利といわれ、そうかもしれないと思いながらも、やっぱり何か引っかかる。

「変なモンもってんだな」

「えぇ。」

にこやかな笑みで返された。

何となく、緊張する。

それを悟られないようにロンジはじっと今は腕輪になったリングにつく石を見る。

「綺麗だな」

「光の当たり方で色が変わるのですよ。今はほとんど光がないですが・・・」

シンが手首を少しひねった。

そのせいか、深い青に所々金と緑の光の粒が散らされたように輝く。

ふっと笑うと、ロンジは回れ右をして船室へと戻っていった。

シンはロンジが甲板から出ていくと、リングを元の指輪へと戻した。

 

暫く、寝るにも寝られずベッドの上に腰を掛けていた。

「明日には別世界ってか」

バフッと音を立てて掛け布団の上に倒れた。

じっとしていると、なにやら隣の部屋から音が聞こえてきた。

不思議に思って、その音の聞こえる部屋との壁に耳を押し当てる。

少ししてロンジは耳を壁から離した。

「寝言か・・・・・・」

つまらないとでも言いたそうに呟いた。

翌朝。

バタバタと走る足音がしてロンジは目を覚ました。

うるさいなと思いながらゆっくりと体を起こす。

船室から出ると、目の前を一人の青年が駆け抜けていった。

「何だ?」

青年はくるくると独楽のようによく走っている。一つの部屋にはいると、またすぐに出てきて通路をバタバタと足音をたてて走る。

通路を見回すが、いるのはその青年だけだった。

「何してんだ?」

青年がまた目の前を駆け抜けようとしたとき、声を掛けてそれを止めた。

「あ、おはようございます。もう到着はしておりますのでどうぞお降り下さい」

「いや、そういうことを聞いているんじゃなくてだな」

青年は首を傾げた。

「お降りになられたお客様の部屋を片づけ、次のお客様にと備えております」

そうかと納得する。そういえば、一応これは客船らしい。

まぁ、そうだから自分たちが乗っていたのだが。

「そういえば、お連れ様はもう船から下りていらっしゃいます」

「なんだと?」

置いてけぼりをくらった宣言。いや、宣言ではないな。

「ナルス様方がお降りになられる際、マイツさんが『起きるまで起こさない方がいいぞ』と言われましたもので」

何を吹き込んでるんだあいつはと思いながら、あわてて甲板の方へと出る。

桟橋は確かに港と船を繋いでいた。ゆっくりと港へと桟橋の上を歩く。

きょろきょろと港を見渡すが、ナルス達の姿は見えない。

「どこ行ったんだよ、あいつら・・・・・・」

迷子になったのは自分なのに相手が迷子になったような言い方。

辺りを見回すが、知った人の姿は映らない。

どうしようかと桟橋を降りたところでぼーっと突っ立っていると、茶色い髪の少年が声を掛けてきた。

「兄ちゃん。もしかして“ろんじ”って名前か?」

年の頃は八ほどか日光に焼けた肌が活発そうに見える少年は幼い声で尋ねてきた。

いきなり名を言われ眉をひそめたが、素直にそれにあぁと頷く。

「金髪のおばちゃんがね、『青い髪のロンジって人に会ったらあの建物の中にいるって言って』って言われたんだ」

少年は煉瓦造りの大きな建物を指さした。港と陸を遮る門のような建物だ。

金髪のおばちゃん・・・・・・少年が発したその言葉に笑いをこらえられなかったロンジは肩を小刻みに震わせる。

「そうか、ありがとうな」

軽く礼を言うと少年は手を差し出した。

「この手は何だ?」

「ちゃんと伝えたら、何かねだっても良いっておばちゃん言ってた。」

おばちゃん発言連発の少年はニカニカと笑っている。

料金押しつけんなよ・・・・・・

「金なら持ってねぇぞ」

え〜っと少年はふくれた。

「お金無いの〜?」

少年が小さく舌打ちしたのと「しけてやがる」と呟いたのをロンジは聞き逃さなかった。

「残念だが、俺が持ってるものでおまえにあげられる物はこれしかない」

そう言って昨夜船の中からしっけいした飴玉を少年に差し出した。

「兄ちゃん、柄に合わねぇもん持ってんだな」

可愛い包みにくるまれた飴を見て少年は笑った。

要らないならやらないと言うと、少年はありがたく貰ってやる。とロンジの手から飴玉を受け取った。

少年が走っていくのを見送ると先ほど指さされた建物へと歩いていった。

建物の中は騒がしかった。商人・僧侶・他にも老若男女問わず、かなりの人がいる。

「こっちです」

手を振るナルスの姿を発見した。丸テーブルを囲むようにして四人は座っていた。

「置いてくこたぁねぇだろ」

テーブルの方へ歩みながらロンジは四人に向かい言う。

「起こしに行ったよ。 起きなかったけどね」

ジェルナがテーブルにおいたグラスに口を付けた。

「誰が」

「俺と坊主が」

マイツはシンを指さしながら言った。

「ロンジ、反応、無し」

「普通、起こすって言ったら反応するまで起こそうとするだろ」

「面倒」

国立祭の日は普通に起こしたくせに。

「もういい」

一つ息を落とすと丸テーブルの上に置かれていた小さな丸いパンを一つ掴んで口に入れた。

「そろったし、行こうか」

ロンジが二つ目のパンに手を出そうとしたときマイツが椅子から立ち上がった。

建物から陸のほうの出口へ出ると大きな馬車が止まっていた。

「でか・・・」

ついその大きさに圧倒され足を止めた。自分たちの馬車よりも倍ほど大きくそれを牽く三頭の馬も立派である。

「すっごい筋肉」

てててと早速寄っていくのはジェルナ。黒い鬣の竜のような馬は足を撫でるジェルナに頬を寄せた。

「こんな馬ほしい」

ジェルナが目をきらきらさせながらナルスを見た。

「残念だけど、そいつらはやれないよ。お嬢さん」

馬車の後ろから深く帽子をかぶった男が現れた。

茶色く長いコートに身を包んだ男は口調と帽子からはみ出た長い髪のせいか優男というか尻の軽そうな男に思える。

「あ、すみません」

「謝ることはないさ」

男は笑顔でジェルナに近づいてきた。

「姫さん、行くぞ」

男の様子にむっとした表情を浮かべ、ジェルナに声を掛けた。

「あ、うん。 ごめん」

ジェルナは自分たちの馬車の方に振り返った。

男はジェルナの手を掴み止め、帽子をはずした。

帽子をはずすと茶色い軽いウェーブの入った髪と笑みを浮かべてはいるが少し吊り上がっているような目が姿を見せた。

「お嬢さん、この辺りは凶暴な賊が出るよ。それなりの装備はしておかないと」

言いながら、男はロンジ達の方にも目を向けた。

「あの馬車の人達はお嬢さんの仲間かい?」

ええと頷くと男はそうかそうかとロンジ達の方へと向いた。

にこにことしたままでロンジ達の姿を見ると「何か買っていかないかい」と黒馬三頭に牽かれる大きな馬車を叩いた。

「何だてめぇは?」

だいぶ不機嫌そうにロンジは男を見た。

「僕は行商人さ。良い武器も良い防具もそろってるよ?」

あぁ?と明らかに嫌そうな反応を示したロンジに男は笑って肩をすくめた。

「そんな害獣みたいに扱わなくても良いじゃないか。“クライメオス”?」

「は?」

にやりと笑った男が口にした言葉に「なんだそれ」とぽかんと口を開ける。

「あれ、君はクライメオスじゃないの?」

「だから、なんだよそれは」

「いや〜蒼髪だから僕てっきり君のこと」

「だから、人の話を聞け」

ロンジの言葉を無視して話し続けようとする男の腹を一発仕留めた。

短い声を上げて男は倒れた。

「あ〜あ。ほんっと不機嫌だね〜マイドール。船に残されたのがまだ引いてるの?心狭いな〜」

馬車の向こう側からマイツがからかう声が聞こえた。

「それ関係ねぇよ」

「ガルネさんはお腹がすいているだけでしょう?」

マイツの隣でまた、ナルスのからかいが聞こえた。

半分くらい当たっているのを知られないようにそれは無視した。

「ロンジ、酷」

「うるせーよお前ら」

これ以上関わりたくないので目線を前に向けて先へと進ませようとした。

が、怪しいモノを視界に捉えロンジの動きが止まる。

「何ぼーっとしてるのよ」

隣までやって来たジェルナが突っ立っているロンジの背を叩く。

「いや、あいつな…」

そう言って右手人差し指で男が出てきた馬車の辺りを指さす。

「な、なにあれ」

ジェルナも隣で同じように目を丸くした。

二人の視線の先には人。

黒のフード付きのロングコートに身を包まれ、性別も年の頃もさっぱり見当がつかない。目深に被っているフードからはみ出た顔の下半分は茶の覆面で隠されている。もう不審人物という言葉がぴったりくるというような出で立ちだ。

体半分を馬車の陰に隠しながらこちらをじっと見ている。

「な、怪しいだろ」

ロンジのつぶやきにうんと頷く。

人物は本当にじっとこちらを見ている。動く気配はない。

「無視して行ってみましょう。害はないでしょうし」

いつの間にかロンジ達の側にきていたナルスが言う。

「害はないって、害獣じゃないんだからそれは酷いと…」

「別に良いではありませんか。ほっておけばどこかに行きますよ」

「…それこそ虫みたいな言い方だな」

ナルスは自分たちの馬車に乗り込むと手綱を取った。

「さぁ、行きましょう」

「…」

呆気にとられながらも、ナルスが馬を進めたので全員後ろを気にしながら先を進むことになった。

 

 

 BACK NEXT

menu top