虹の待つ森へ
第4章 船戦
船室への扉を背にして、両隣を守られたジェルナは両手を合わせ念じる。
「透き通る体を持ち、固くも軟らかくもなる水よ。あの者達に足場を・・・」
水色がかった光が集まる両掌を前に突き出す。
「
WATER!」同時に掌に集まった光は戦闘員・・・ロンジとマイツの元へ・・・
光が船の先端を越えたところで、その先端の辺りの水面からミョッと水の柱のような物が現れた。
その柱もまた先に進み行く光を追いかけ二人の足下へと続く。
二人は少々柱を見て驚いた様子を見せたが、その上に立てることを確認するとすぐに魔物のほうへ視線を戻した。
足場、間に合った・・・
ほっと胸をなでおろす。
「何、した?」
右隣に立っていたシンが尋ねる。
「昨夜、覚えたばかりの物体の形を変える魔法だよ。」
正直、こんなに上手くいくとは思わなかった。自分の才能に何となく自分で感謝してしまう。
魔法が思い浮かぶのはいつも突然である。体と精神の成長が関わってくると聞いたことはあるが、どうか関わってくるのかを知らない。
しかも、魔法には二種類在る。思い浮かんだ魔法が歴代の王達が使ってきた由緒ある正当な魔法か。オリジナルの、実は出来損ない魔法か。
まぁ、どちらも結局は使えたらいいと言うような物だが、オリジナルの場合副作用が出たりするのでそれはそれで困ってしまう。使うことによって自分の中で何かをつかむと副作用もなくなるらしいがやはりその辺はまったく知らない。
・・・知らないことが多すぎるんだよね
決して口には出さないが、ジェルナの中で一・二を争う悩み事の一つである。
前線の二人は順調とまでは行かないもののどちらかと言えば優勢の状態で戦闘を進めている。
「私達の出る幕はありそうにありませんね。」
ナルスが珍しく緊張感なさげだった。
「けど、何か、変。」
シンがボソリと呟いたとき、ジェルナの視界は天と地が逆転した。
「え・・・?」
嘘・・・
突然の出来事に目を丸くする。
宙づり・・・。脚に犬の首が絡みついている。
「お嬢様!」
慌ててナルスがナイフを投げる。
「キャッ!」
ジェルナの耳元すれすれでナイフは飛んでいく。
そのナイフが犬の首に当たるかと思いきや、かなりの速さだというのにギリギリまで引きつけてからいとも簡単に避けた。
犬は頭を持ち上げる。首は根本から段々と水中に沈む。
「――――――――ッ」
位置がさがり、水面目前。船の縁に向かい手を伸ばすが、ギリギリで届かない。
ジェルナは手を伸ばしたままの状態で水中に引きずりこまれた。
*
いきなり現れた水の足場のお陰で、何とか犬の頭は何とか全て切り落とした。犬の頭さえなければ、どうやらこいつには戦闘能力はまったくと言って無さそうだ。
何も考えず二人で跳びかかったが、多分足場が無く水中戦であればこちらも深手を負っただろう。
「マイドール。犬は何匹狩った?」
少し息を切らせた様子のマイツが近くの足場に降り立った。視線はスキュラに向けられたままだ。
「俺が二匹。お前は今のを合わせて三匹狩っただろ?」
「五匹か!?」
驚いた様子でこちらを見た。
「そうだ。これで全部じゃないのか?」
「とんでもないね!スキュラの犬は六匹だ。」
その声には焦りが少し感じられた。
辺りを見回すが、犬の姿は見えない・・・
双眸を見開き後ろを振り返る。船室の扉の前にいるのは・・・二人。
その上に宙づりとなった人の姿が。
「姫さん!」
ロンジは走り出した。しかし、船の甲板に着く前にジェルナの姿は水面下に消えた。
マイツがすぐ後ろまで走ってきた。ロンジを慌てて追いかけてきたようだ。
「あの二人を頼む。」
そう言うと、剣を鞘に収め海に飛び込んだ。
「マイドール!」
呼び声が聞こえたが、振り返らずに出来るかぎり深く、深くへと潜っていった。
*
水の中は暗い。かろうじて底が見えるほどの深さの海。底のほうで泳ぐ銀色の大きな魚がその体を揺らすたびに微かな光を反射する。
海水が目にしみて痛いが気にしている間はない。水面から二メートルほど潜ったところで辺りを見回す。体がすぐに浮こうとするが、必死に持ちこたえる。
目の前で茶色のフカフカそうな毛がサワサワと水に揺れた。
驚いて口を開けてしまい、息が苦しくなる。慌ててロンジは水面に顔を出した。
さっきの・・・あれか?
思いっきり息を吸うと、もう一度水面下に戻った。
視界にやっとその姿を捕らえた。脚に巻きついた首を必死にもがいてはずそうとするジェルナの姿もあった。ごぼごぼと泡を吐きながら両手を使い動かすがそれが外れるけはいは全くない。呼吸が出来ないせいか厳しい顔をしている。限界も近そうだ。
剣をぬき、ジェルナの元へと泳ぐ。
ロンジが近づいてきたことに気付いたジェルナの顔は驚きと嬉しさを浮かべたように見えた。
犬の頭はロンジに気付くと牙を向けてきた。慌ててそれを剣で左へ受けながす。
あっぶね・・・
ボーッとしている暇はないので、とりあえず左目を潰した。
怒った様子で犬は頭突きをしてきた。片目しかないといえども見えればそれで良いようだ。真っ直ぐこちらに向かい固そうな頭がとんできた。
ラッキィ。
これはチャンスと今度は右へながし、右目を潰す。
痛そうに首をくねらせながら犬は暴れ始めた。
やった。と思ったが、ジェルナの姿を見失った。
やっべ、忘れてた。
ジェルナは首につながれていたのだ。
今の戦いで犬はどれほど動いた?ジェルナは首のどの辺りにつながれていた?
焦りが押し寄せてくる。
回りを見回すが、暴れ回る犬の頭が視界を大きく遮る。
・・・こっちが先か
ジェルナを見失った焦りを押さえながら、犬の頭を切り落とす。
犬の首は動かなくなった。
改めてジェルナを探す。声で呼べたらどれだけ良いかと思いながら目を思いっきりこらす。
――――――――いた。
背中を上にしてクラゲのようにフワフワと、波に揺られながら徐々に水面へと運ばれている。
案外あっさり見つかったことに喜びを隠せないロンジ。が、また別のものも視界に入ってきた。
スキュラの本体。
水面に出ていた美しい女性の姿とはまた違った美しさを持つ、女性の上半身が水面下に逆さまについていた。
どういう、事だ?
水面下の女性は目を閉じている。そして、その閉じられた目は憂いを見せているように見えた。
不思議に思いながらも、ジェルナを追いかけ抱くと浮上した。
「ブハァ!」
顔を水面にだすと、大きく息を吸った。比較的長い時間息を止めていたので苦しそうに肩で息をする。
幸い水の足場はまだご健在だった。
マイツはどうやらずっと水面を覗き込んでいたようだ。
「やったか?」
「無事、生還。」
冗談交じりで返事を返す。
「お嬢様!」
ナルスはロンジの腕に抱えられたジェルナの姿を見ると、かなりの高さがあるというのに船の甲板の上から飛び降りてきた。
「ナルッさん・・・」
驚きで声も出ない二人をよそにナルスはロンジからジェルナを受け取るとそっと水の足場の上に寝かせた。
すると、ナルスがもっている投げナイフの中でも一番細長いものを取り出す。
そしてそれをジェルナの首筋に指した。
「なにしてんだ!」
ロンジが驚き声を上げると同時に、ジェルナが水を吐いた。
ゲホゲホと咳き込みながらゆっくりと、しかし自力で体を起こす姿を見てナルスがホッとした表情を見せた。
「へ?」
ジェルナに刃を向けたナルス。何事もなかったかのようにキョトンとするジェルナ。いまいち状況が理解できないロンジは首をかしげた。
「気付けのツボですよ。」
サラリと言うと、ナイフをしまい大丈夫ですかとジェルナに声をかける。
人に刃物を向けるなとか言いつつ・・・
愚痴ってみたかったが、後が恐いのでやはり止めた。とにかく、ジェルナが目覚めたことにホッと安堵の息をつく。
「犬はもういないし、一応船に戻って様子見るか。もう水夫も文句は言わねぇだろう」
マイツが呟くとジェルナはすぐに船までの水の道を作り上げ、ナルスと二人であがっていった。
「なぁ」
同じように船へと戻ろうとしたマイツを呼び止める。
「スキュラの体って、どうなってんだ?」
ロンジの問いにマイツは首をかしげた。
「どうって、あいつにさっきの犬が六つでタコみたいな体してる。」
そう言いながら、犬を失いこちらのほうを恨めしそうに睨むスキュラを指差す。
「・・・水面下にさ、同じ様な女の上半身が引っ付いてたんだ。」
人差し指を立てた両手をこんな感じ。と上下にかさねる。
その言葉に、マイツは双眸を見開き先ほど背を向けていたスキュラのほうを振り返る。
「そういやおかしい。スキュラって奴は俺が知っているかぎり確かに綺麗な奴だが、あんなに妖艶な美貌じゃない。もっと儚いような・・・」
「マイツ?」
「・・・そうだよ。」
「マイツ?」
いきなり頭を抱え込んで小さく呟いたマイツの姿にロンジは不安そうに声をかける。
「思い出した。」
「どうしたんだよ。」
いきなり立ち上がったマイツは慌てた様子で船内に戻っていった。
一人残されたロンジも慌ててその後を追った。
甲板を進み、直接船長室へと入っていった。
「船長。バックだ元の町に戻ってくれ。」
「何か忘れ物か?マイツ。」
船長と呼ばれた男性は笑いながら水夫達に告げた。
「野郎共、百八十度旋回だ。もうスキュラは恐くないぜ。とっととやれ!」
ヤーと言う声と共にワラワラと水夫達が甲板にもあがってきた。ジェルナが固めた水を元に戻すと船がゆっくりと動き出した。
「どうしたんだよ。一体。」
焦りを隠せない状態のマイツに心配そうに尋ねる。
「昔な、ふっるいふっるい本が家にあったんだよ。百数十年前ほどのものだ。魔物のことがたっくさん書いてあってな、こりゃ参考になる。と思ったんだが同じ名前でもどれもこれも今の時代の奴らよりもおっそろしい様子で描かれてんだ。」
「まさか。」
「スキュラも最近のと違う姿をしてたんだ。上と下に体があって、真ん中から六匹の犬が・・・もしかしたらさ、昔の姿に戻ってんじゃないかなっておもってよ。」
「それは正しいかも知れませんね」
船長室のドアが開き、ナルス達が入って来た。
「昔、この辺り一帯の魔物は封印されたのです。」
いきなり何を言い出すんだと思いながらも、ナルスは真剣な表情で言った。
「昔って・・・じゃぁ今は。」
マイツの問いにナルスは首を横に振った。
「・・・シェラフによって解かれました。」
重い言葉。
後ろでジェルナが固まっている。かなりの衝撃を受けたようだ。
「まさか、あの紅い玉・・・」
震える微かな声。
「その通りです。」
静かに目を瞑りながらナルスは答えた。
「とにかく、その本がまだあったはずだ。探してみる。」
*
聞きたくなかった。まさかそんな風になってるなんて・・・認めたく、ない。
マイツの借り家に着いてからずっと四人は沈黙を保ったまま椅子に腰をかけていた。
ジェルナには、船上でのナルスの言葉が辛すぎた。
久しぶりに思い出す。
明るく優しいシェラフと冷たい死神のシェラフ二人が交互に現れては消える。ジェルナはパニック寸前だった。
「見つけたぜ。」
階段を下りてくる足音。二階を探し初めてすぐに見つかったようだ。マイツは大きな本を持って降りてきた。
マイツは四人が囲むテーブルにかなり古そうなボロボロの大きな本を広げた。
「これ。」
覗くと、スキュラのページだった。
絵が描かれている。
「マイドール、こんな奴だったか?」
ロンジはジッと見た後、小さくそうだと呟いた。
「なら、信用あるか。」
マイツはぱらぱらとページをめくる。
「んでマイドール。追っかけてんのは何だったっけ。」
「モノクルだ。」
答えるついでに載っているかと横から覗き込む。
「お、あったあった。」
声につられ、全員は開けられたページに引き寄せられるように覗き込んだ。
「・・・変わる、ない」
シンがボソリと呟いた。
確かに見た目は全然変わっていない。うさぎによく似た大きな耳の可愛らしいまるまるとした姿。右目にはちゃんと石のようなものがついている。
「中身は?」
マイツの問いに答えることは出来なかった。
「性格・・・よく分かんない。」
ジェルナは小さく首を横に振った。
マイツはがっかりとした様子を見せた。
「ところでナルスさん。さっき言ってたけど封印って何だったんだ?」
気を取り直してマイツはナルスに声をかける。
「封印、ですか?」
「そうだよ。昔の・・・その、魔物の封印。」
うーん。と考える様子を見せる。
「確か、その話はロゼマナ国第三代目国王の時代にまでさかのぼります・・・
今からおよそ百四十数年前ですかね。今よりもっと凶暴な魔物達が沢山はびこっていました。ロゼマナ国もまだ樹海に囲まれていなかった時代。私が聞いた話では三代目国王は魔術を生み出した人の一人だそうです。」
「一人?」
思わず聞き返す。
「えぇ、確か全員で七人でしたと思います。」
初耳である。ジェルナは今までずっと前の国王が一人で作りだした物だと思っていた。
「話がそれましたね。その七人は魔物についてずいぶんと研究したようです。その産物がお嬢様が使う魔法です。そして、もう一つ。それが魔物の力を封印したものです。」
「あの紅い玉・・・」
見るだけで魂が吸い取られそうな不思議な光を宿したその玉は今でもハッキリと脳裏に焼き付いている。
「あのよぉ。紅い玉ってさっきから言ってるけどそれって何なんだ?」
ロンジが割り込んできた。
「ロゼマナ国の国宝の一つです。名前は―――――――『血の紅玉』――――――」
これはまたすごい名前だなと呟いた。
勿論と言うほどでもないが、ジェルナもその名を今まで知らなかった。
「血の宝玉は封印の器です。中身は私もよくは知りませんが・・・七人が見つけた魔物達の力の源だそうです。」
「・・・よくわかんねぇが、とりあえずそれが開封されたって?」
呆れた。と付け加えてロンジは椅子の背もたれにもたれかける。
「その通りですね。」
「封印、やり直し、できない?」
横でシンが尋ねた。
「さぁ・・・」
ナルスが自信なさげに首を横に振る。
「ここで停まっていても仕方なさそうだな・・・」
ロンジが伸びをした・・・どうやら退屈らしい。
その気楽さには呆れてしまう。
マイツは一つ溜息をつくと窓を通し空を見上げた。
「行くか?今から船に乗ったら、船上で一泊になるだろうが・・・」
親指で差され窓の外を見た。
もうすでに日が沈みかけ、辺りを真っ赤に染めている。
「進まないよりかはやっぱそっちの方がいいな。俺的にはだけど。」
背もたれにもたれた上体をいっぱいに反らし、位置的に真後ろに立つマイツの顔を覗いた。
「私も。そっちがいい。」
片手を小さくあげてジェルナが答えたのを見ると、それでは私もとナルスも賛成した。
「坊主は?」
「行く。」
シンは即答。
ふぅ〜んと小さく何度か頷くとマイツは大きな音を立てて本を閉じ、近くに置いていた皮の袋を口を締めている紐で腰に巻き付けた。
「じゃあ、万丈一致って事で。行きましょうか。」
マイツが指揮を執るようにしてぞろぞろと五人は船の方へと向かっていった。
←BACK NEXT→
menu top