虹の待つ森へ 

第2章 街

港町…

ガダルに言われ、山を大きく迂回してきたので思ったよりも長旅であった。

早いほうがいいか、盗賊に会わない方がいいか、どちらがいいと聞かれるとなかなか迷うだろう。だが、旅に時間の制限はないのでやはり、安全を優先した。確実に安全を保証できるというわけでもなさそうだが…まあ、無事つけたのだから文句は言えない。

話し声が話し声で消える街。その名にふさわしく市場には活気があふれていた。

「…ガダルに聞いたときはどんな通称かと思えば、本当にそうだったなんてな。」

騒がしい様子を見ていると、自分は何もしていなくとも疲れてくる。

馬車を牽きながら市場を進んでいく。手綱牽きはナルスだ。その隣にはシンがいる。

ジェルナは好奇心からか店先に並ぶ物を順に見て回る。そして、何故かロンジがそのお目付役となってしまった。

なんで俺ばっかこんな役…

心の中でぼやくが口には出すことが出来ない。理由なんてさらに言えない…

ナルスが恐いからだなんて…

通りの両側に店が並ぶ。魚介・青果をはじめ、見たことのないようなものが並んでいる。食料品も多いが、金属器や木の作品・紙とロゼマナ国では手に入れにくく貴重品とされていた物が比較的安く売られている。

「すっご―――――――い。」

ジェルナは目を丸くさせ、店主に向かいこれは何?あれは?どう使うの?を連発している。

すっげぇ勢いだな…

ロンジはその様子に呆れを通り越して感心していた。

「おい、そんなに先へ行くなって。」

うっかりして、ジェルナとはぐれそうになった。

ここではぐれたりしたらナルっさんに殺される…

慌てて追いつこうと走り出す。

トンッ

すれ違う男性と肩があたった。

「あ、わるい。」

軽く頭を下げる。

「…」

「どうかしたか?」

相手は驚いた様子でロンジの顔を見ていた。

「まさか、お前……マイドール!!

男性は、ロンジを指差した後いきなり飛びついてきた。

ギリギリのところでかわす。勢い余った男性が転びかけた。

男性の思わぬ行動に焦った。

「だ、誰だよ…」

「非道いな、俺の事忘れちゃった?」

ゆっくりとふり向いた男性はへらへらと笑っている。

「人違いじゃないのか?」

「いいや違うね、マイドール。君のような青髪は他に見たこと無い。」

一瞬で相手の目が真剣な眼差しに換わる。その表情を見て、古い記憶が頭の中に呼び起こされた。

「…マイツ、なのか?」

「ほら!憶えてんじゃん!!」

男性はまた笑い出した。

しかし、ロンジにとってマイツは名前だけの存在。ロンジの記憶の中にはその名前と一枚の写真でしか存在しなかった。憶えていると言えばいるが、憶えていないと言えばいない。

その時、大きな何かがマイツの後ろに影を作った。二頭の馬に牽かれる馬車。手綱をひくのは…ナルス。しまった!

「ロンジさん、お嬢様の姿が見えないのですが…」

思わず顔がひきつった。

「す、すんませんでした!」

きびすを返し、後ろを向き直すと慌てて走り出す。

「もしや、見失ったのですね!!」

声にいいようもない恐ろしさを感じる。走りながらおそるおそる振り返ると…やはり、準備されていた。

「こんなところでンなもん投げんな〜」

叫ぶが、絶対に聞かないことぐらい分かっている。すぐ横で、風を切る音が鳴った。

やりやがったな…あのオバン。

やっとの事でジェルナを見つけ、街の入り口に止められていた馬車の近くまで戻ってきた。

「どうしたの?」

「…何が。」

「顔色悪いよ?足も、進んでないし…」

先ほどから一歩も動けていない…だが、こいつにも理由なんて絶対に言えない。

「全部お前のせいだよ!!」

怒鳴ると、どこかスッキリしてもう何も恐くなくなった…気がした。

なんとか、馬車に向かって歩き出した。

「何で怒るの?」

首をかしげながら、ジェルナはロンジを追いかけた。

「おかえり、なさい。」

シンが馬車の前で出迎える。シンはロンジの方を見ると吹き出した。

その様子がかなり気に障り、一発殴ってから中に入った。

「遅くなりましたっと。」

「お帰りなさいませ。」

「おかえり、マイッドォール!!」

声を聞いたとき、条件反射で身を翻す。思った通り飛びついてきたらしく、勢い余って後ろにいたジェルナの前まで滑っていった…

何故、その声の主がここにいるんだ?

「誰…?」

足下に倒れるマイツに向かいジェルナは何これ…と言いたそうに指をさす。

「えっと…よくわかんねぇ。」

マイツはロンジに置いて行かれた後、何故かナルスと話し込んでいたらしい…

「んなら、改めて初めまして、マイティ・ポンバートだ。昔、ロゼマナ国にいたんだが…あんたは?」

「え、ええ…ジェルナです。」

遠慮がちにと言うより、相手に対し退いたような状態で答える。

それを聞くとマイツは一瞬双眸を見開き、ジッとジェルナの姿を見た。

「あの…何か?」

「いや、これがあのジェルナ様かと…」

マイツは首をかしげた。

…どのジェルナ様だ?

「あの…何のことでしょう…」

ジェルナにも思い当たることがないようだ。

「あれだよ、十年くらい前の戦争。俺もあの時は兵士だった。ま、反乱側だったけど。」

反乱軍…兵士…ポンバート…そう言えばあいつは…

「ま、この傷を見て思い出しただけだけど。」

そう言ってマイツは指で右頬を傷付けるマネをした。

「俺の…“相棒”だったっけ…」

ロンジは静かに呟いた。やっと写真の中の人物が過去の記憶の中で動き出した。

「何を今さら忘れていたかのように。」

「いや、実際忘れていた。」

その言葉にマイツは額に手を当てた。

「非道いな、マイドール。まぁ、仕事もそんなに無かったし、相棒って言うよりかは遊び相手だったか?」

一緒に行動をしていたのは憶えている。だが、一緒に戦った覚えは微塵もない。それこそチャンバラごっこぐらいだろう。

「あのころは可愛かったよ…俺の言うこと何でも聞いてくれてさ…」

うんうんと自分で頷きながら一人で回想に浸っている。

…危ないな…こいつ

自分の記憶の方は箱から出てくる鎖のように一つが出てくると沢山のものが出てきた。マイツについても大分思い出してきた。一人で考えて、一人で突っ走っていって周りを振り回す。それこそ、ジェルナのような奴だったと思う。

戦争…反乱…

その二つについても色々出てきた…

「…外に出てくる。」

「何だよ。これから昔話をしようとしてんのに…」

馬車の外に出ようとするロンジのズボンをつかみ、止めた。

「昔話はいらねぇよ。海ってのを見てみたいんだ、明るいうちにな…」

関わるのが面倒だと言わんばかりに、ズボンを掴むマイツの手を振り払い外に出ようとした。

「街の中に歓楽街があるぞ。酒場の横を入っていったとこぐらいだ。今から行ったら丁度いい時間だろ?」

へらへらと笑うマイツの顔を妙に殴りたくなった。

「誰が行くか。」

ふり向いて、そう言うと港に向かい歩き始めた。

「相変わらずかぁ…やっぱ、あいつらしいな。」

マイティさんの話ではロンジは昔、かなりのあわてん坊だったらしい。早とちりをして色んなミスを犯しみんなに笑われていたそうだ。

今の様子からは想像できない様な気がするが、言われてみれば思い当たることがいくつか出てきた。

「あいつな、戦名を貰ってんだ。」

「戦名?」

聞き返すとあーっと考える素振りを見せる。

「ほら、あるだろ。戦場で目立つ人に付く名前。馬鹿な例で言うと『戦場の紅いバラ』みたいな奴。」

微妙な例を挙げる。それがまたジェルナのツボにはまった。ジェルナはこう言うのが大好きで、始まってからずっとマイツの話にのめり込んでいった。

「それがよ、あいつの場合『火の中の青い鳥』っての。」

「なぜ、そんな名が付いたんですか?」

マイツはクククと笑い出した。

「青い鳥の話って知ってるか?」

「幸福を呼ぶ奴?」

そう、とマイツは笑いながら頷く。

「あいつが寝ている場所はいつも火付けされてんの。」

火付け…

「大丈夫だったの?」

「そりゃ、もう。無事じゃなかったらあいつ今いねぇし。」

それもそうかと言われて気付く。

「あいつが寝ていると、火付けが来るんだけど、そいつは見張りに捕まっちまうの。」

「それで?」

「寝床は全焼なんだけど、全員無事だし捕虜も出来ちゃうって話。勿論、ガキのロンジは寝たまんま。」

マイツは大爆笑している。シンを見るとクスクス笑っていた。

「それで、火の中の青い鳥…」

自分も口元が笑っていたのに気付いた。

「笑えるだろ?」

馬車の中が笑い声で満たされた。

ある程度笑った後で、マイツはいきなり笑うのをやめた。

「…そういや、もう一個あったな」

どこか真剣な目をしている。

「なにが?」

自分も笑うのをやめて聞いた。

「戦名。こっちは恐れられた名だ。」

ロンジが…恐れられていた…?

自然と興味をそそられる。

「『残酷な蒼の神』」

とても、深く静かな声。

「どういう…由来があるの?」

少し間を空けて小さく口を開いた。

「…とりあえず残酷なんだ。最期まで…死で罪を償わせない。痛み…苦しみ…生きることで罪を償わせる。」

「償い…」

重く静かな空気。

「相手を殺さない。代わりに強い恐怖を味わせるのさ。」

予想しなかった言葉達。強い恐怖を与える…

「今は殺さないが、いつでもお前を殺せるという意思表示。あいつに捕まった奴はどいつも目が死んでいた。」

マイツは遠い目をしている。

「あれはまだ夢に出てくることがある。迷惑な話だ。」

ハハハと声は笑っているが、手で覆われた顔は笑っていない。

よっぽど、恐ろしいものを見たの?

そう言いたかったが声に出せなかった。

「あいつは天才だよ。誰よりも力の使い方を知っている。蒼い神ってのは『髪』と『神』をかけてるだけだったようだが、あいつは…神だよ…。」

マイツはかつてジェルナの見たことがある、絶望した人と同じ目をしていた。

少しして、その目は元に戻った。何か思い付いたようにマイツは顔を上げる。

「そういやこの街に泊まるんなら、俺んちに来いよ。それとも、宿はもう取ったのか?」

いきなりの申し立てに戸惑った。

「いいんですか?」

「あぁ、無駄に大きな家だ。四人ぐらい余裕だろ。」

そんなに期待はしないけど、どれだけ大きな家なのだろう…

後ろでナルスがこれで宿代が浮いたと小さく呟いたのが聞こえた…

「あ、有り難うございます。」

街を船着き場の方へ向かい歩いていく。その道でロンジはずっと思い出していた。

記憶の鎖はほぼ完璧に近く出てきていた。

十年前の戦争。俺は反乱軍側だった。両親を殺されたあの日、俺は王家へ・・・戦争への復讐を誓った…

「ぼうず、相手を潰したければ強くなれ。技術をつけて見返してやるんだ。」

「力を付けろ。あいつらを全て倒したいんだろ?復讐したいんだろ?」

入団して初めの頃、冷たく、血走った目の奴らに言われたのはそればかりだった。もともと俺は軟弱だった。それまで取り柄と言えば、計算が速いことぐらい…

一ヶ月程度で俺は激変を遂げた。防御と剣の使い方をマスターした後は、弓・火器・その他飛び道具などの基本を習った。だが、使ったのは剣だけだった。

「これから俺がパートナーだってさ。よろしくな。」

初めて、戦場で戦うことになった日。あいつは俺の前に現れた。マイツはどんなところでも笑顔だった。周りはどれも緊張感の漂う冷たい目や狂気を見せる奴らだったのに、あいつとだけはいつもふざけていられた。

戦場に出るようになってから、周りが言うのは殺せの一言だった。

初めて返り血を浴びたとき、これまで味わったことのない罪悪感を覚えた。だが、それは一瞬だった。次から戦場に立つと別の自分が現れた。冷たい、自分。その記憶は、無い…。あるのは、恐怖に体を震わせる兵士達の顔だけ…

戦場に青龍を見たと言う奴がいた。冗談だと思った。それを言い出したのが、あのいつもふざけるマイツだったからだ。マイツはそれ以来、俺と戦場に行くのを嫌がりだした。

その頃から少し経った頃か・・・『戦場に降り立つ蒼い髪』と呼ばれ出したのは。

…それは、俺の事じゃない。もう一人の“俺”を差している。

…思った通りだった。

いつしかそれは『残酷な蒼の神』と呼ばれるようになった。相手を絶対に殺さない、青い髪をなびかせる…神。と

日に日にその青い髪は煤や血で黒くなり、分からなくなったがそれでもその名は広まっていた。

終戦のあの日、俺は矢を打った。

何故か、それまで一度も使わなかった弓を使い…

…もしかしたら、この日のためにとっておいたのかもしれない。強く、思いを込めた矢を…

あの時の俺は正気だった。もう一人の俺はその日、出て来てはいなかった…

自分でも気付かなかったほどに、強い思いを込めていたようだ。今もその傷はしっかりと残っている…

…ジェルナの右頬に…

もう一人の俺のことについては何も分からないのが気持ち悪いが、どうやら人殺しは一度もしていないようだ。

…戦名がそう語っている。

船着き場の堤防につき、腰をかけた。もうすでに周りは暗くなっていた。港のでっぱりに立てられた…灯台とか言う…塔が海に向かい強い光を放っている。資料で読んだぶんには塔のてっぺんに光を放つ魔物が飼われているらしい。人なつっこい奴らで、育て方で人の言うことを聞くようにもなるらしい。船を導くためにそいつらは使われていると聞くが、確かにその光は強く、水平線の向こうまで照らしていそうだ。

暗闇に、空と海がとけ込んでいる。それに比べ自分の後ろの方からはあちこちからランプの光が当たる。目の前の静けさと、真後ろの賑やかさとの狭間…何度か体験したことがあるが、いつもこういうときには後ろから声をかけられる…

そう、ジェルナに…

「ロンジ。」

声をかけられる事は予想してはいたが、いつもの時と声が違うことに驚き、後ろをふり向く。

「…なんだ、シンか…どうした?」

銀髪を風になびかせるシンは、ロンジの横まで歩いてきた。堤防にもたれ、潮風になびく髪を掻き上げながらこちらを向く。

初めに見たときもそうだが、夜のシンのそんな仕草に見とれてしまう…

昼間はあんなに口が悪く、行動も腹が立つってのに…

思わずそう呟きそうになった。

「ナルスさんから伝言です。今日はポンバートさんの家に泊まらせて貰うから早く戻ってきてくださいって。」

「…あいつの家にか?」

はいと頷く。

「ポンバートさん、鍛冶屋なんですって。すごく大きな家でしたよ。」

鍛冶屋か…

「シン、この前の黒い翼って馬車の中か?」

ええ、と小さく頷いた。

「悪いが取ってきてくれないか?宿代ぐらいにはなるんじゃないかな。」

「え?宿代…ですか?」戸惑った表情を見せる。

どうやら一人で別の宿を取ろうとしているとでも勘違いしたのだろうか?

「マイツに渡すんだよ。」

そうですか!と納得したような様子を見せた後、シンは走り出した。

ゴートの翼は強い力を持つ。確かに強い武器の精製にはもってこいの道具だが、取りに行ってこいと言ったのは正直、シンを追っ払うための口実だったりする…

「扱いやすい奴…」

とか言いつつ、ロンジは女シンが苦手である。

「誰かに似ている様な気がするんだが……誰だっけ…」

おしとやかで、おとなしくて、人を疑うことを知らない…

ぼんやり見えたような気がするが、完全には出てこない。それほど古い記憶の登場人物なのだろう。

 

 

 

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