虹の待つ森へ 

第1章 王に求められる事

日も大分昇った頃、塔からの景色に別れを告げ、城へと戻る。

「いやぁ…なかなか楽しかったですよあなた方の反応。」

馬車の中で、思い出したのかガダルはケラケラ笑いだした。

「思い出し笑いなんかしてっと、怪しまれるぜ。」

「それは…不本意ですね。」

ロンジの言葉にフッと、笑うのをやめた。

「その、変える、一瞬、怪しい…」

シンがボソリと呟く。

「みなさん、酷いですね。」

再度、ガダルはケラケラと笑い始めた。

城に戻り、数時間が経った。

部屋にいると、バタバタとなにか大勢が走るような音が聞こえた。叫び声も聞こえるが、騒がしすぎて何を言っているのかさっぱりわからない。

廊下に出ると、城の中全員ではないかと思われる数の臣下達が城の出口めがけて走っている。

「オイ、何かあったのか?」

ロンジが団体の中の一人を捕まえて問いた。

「魔物だ。どうやったのか知らんが、城の中に侵入したらしい。」

それだけ言うと、その人はロンジの手を振り払い慌てて逃げた。

「魔物…」

「行ってみよう!」

「あ、オイ…待てって。」

好奇心に駆られたジェルナをロンジ達は慌てて追いかけた。

「行くって、どこか分かってんのかよ!」

ジェルナはピタリと足を止めた。

「…分からない。」

呆れてロンジはため息をついた。

「逆走すればどこだか見当は付きますよ。」

ナルスの言葉に、シンがいち早く走り始めた。

「お、オイ…ナルっさん…そんなこと言うなよ…あいつら、止められねぇの一番知ってるだろうが…」

「分かりきっていますわ。」

そういうとナルスまで走り出した。

呆然と立ちつくすが、三人だけでは不安なのは分かりきっている。仕方なくロンジも走り始めた。

さすがにここまで走ると、向こうから来る人もいなくなり走りやすくなった。逆走するのもなかなか楽じゃないと改めて感じる。

シンがピタリと止まり、片手を広げ後ろを歩くジェルナ達を止めた。

「なに?」

いきなり止まったことに戸惑ったジェルナがシンに問う。

「怪しい。」

どこか警戒するような目をしている。

「それは…怪しいでしょ。魔物だもん。」

「違う…気付け。禍々しい…」

辺りを見回す。何かの様子を探っているのだろうか。

「ここ…」

シンが一つの扉に手を当てた。

謁見室…

「なにかおかしいの?」

ジェルナが聞こうとするが、シンは真剣な目つきだ。

「おかしいどころじゃないぜ、姫さん。これは…」

ロンジが何かに気付いたようだ。

続きを聞こうともせず、シンが扉を開けようとした。

「伏せろ!」

扉が開くのと同時に、何に気付いたのかロンジが叫ぶ。

ロンジの言葉に反応して頭を下げると、一瞬なにか黒い物が頭の上をかすめた気がした。

振り返ってみると、壁に黒紫の液体がベッタリと付いている。

な…何?

触れようと近づくと、ロンジがその手をつかみ、止めた。

「止めとけ、毒だ。」

向こうを見ろと謁見室の中を指差され、そちらに視線を移す。

そ、そんな…まさか…

扉を挟み、一直線上に見覚えのある姿があった。

「お久しぶりね。こんなところで出会うなんて、思いもしなかったわ。」

「う…うそ……」

全身の力が入らなくなる。

床に転がるのは切り刻まれた臣下と紫色の顔をした二人の女中。真っ白だった壁は真紅と紫で化粧をしている。その真ん中で手を先ほどの壁のように真っ黒に汚し、まさにガダルを襲おうとしているその姿はジェルナにとって死神であり、自分の罪をも思わせる。

「シェラフ…」

名を呼ぶと、笑顔が返ってきた。

「あたしの名前を呼ぶ元気がおありのようね。」

クスクスと笑う姿は、余裕と狂気を見せる。

「た、助けてくれ…兵はどうした!!今こそ活躍の時だぞ!!大臣はどこだ!」

ガダルは脅されているのだろうか、それとも恐怖で体が動かないのだろうか。逃げようとしない。

「ご大層ねぇ…三人しか殺していないって言うのに」

シェラフは見下したような目でガダルを見た。

「オイ、魔物。傷付けたのはその三人だけか?」

すくむ自分の足の後ろで、低い声がした―――

ロンジだ。

「…それを聞いてどうするわけ?」

「いんや、別に…」

興味ねぇんだけどと続きそうな言い方。

「ふん、そうよ。私がやったのは三人だけ。」

その言葉を聞いて、ジェルナはロンジが笑みを浮かべたように見えた。

「へぇ…。ガダルさんよぉ、王を名乗ることぐらい悪戯だらけのガキだろうが老いぼれの爺だろうが誰だって出来るんだぜ?」

ロンジは腕を組んだ状態で、堂々とそしてゆっくり、謁見室の中へ歩いて行く。

「だがな、名乗るだけの王じゃなくて、本物の王には信頼できる奴が必要なのさ。例えば…お前のために命もかけてくれそうな奴とか。・・・特に、今みたいな時にな。」

そこまで言うと、ロンジはシェラフに向かい走りだした。

意外な行動に、シェラフは驚いた様子を見せながら、壁に付いたような紫色の液体をロンジに向けて連射する。

シェラフの攻撃を避けながら、ロンジは近づいて行き、シェラフを蹴り飛ばした。

「な…」

廊下で見ていた三人は思わず絶句した。

ガダルの前に立つとロンジはジッと、動けないガダルを見降ろした。

「立派な剣だな。俺のは役に立ちそうにないし。借りるぞ。」

「そ、それは…」

ガダルの言葉を遮り、腰のベルトにさされていた剣を鞘から抜くと、刀身を見つめた。

「へぇ…。なんか憑いてんな。」

ロンジは剣をかまえた。長いのかそれとも単純に重いのか、剣先が下がっているようにも思える。

「人間風情が、嘗めやがって…」

先ほどの蹴りで口の中を切ったのかシェラフは血の塊を吐くと、次の攻撃に備えて構えた。

「傷ってのは不思議な物でな。思いが影響してくるんだ。特に、こんな妖刀を使うと。な。」

緑に光る風が起こった。ロンジを囲むような不自然な風。風の中に一瞬だけ・・・祭りで使われる鬼神の象徴である仮面と似たそれこそ鬼神そのもののようなものが見えた。

ロンジも先ほど少し重そうにしていたのに、今は剣先も上がり普段と変わらない構え。

「玩具持って、髪の毛逆立てちゃって。そんな事しても、ちっとも恐くなんて無いわね。」

すかした様子でそれだけ言った後、シェラフは狼のように大きく吠えた。同時に何かが二つ、近くの窓を割って入って来た。

「何…?」

入って来た何かはシェラフの両隣に控えた。それは、カラスのような漆黒の翼を持つ真っ白な山羊のような生物。角の鋭さと生命力で恐れられているノワール・ゴートと呼ばれる魔物…

「あなた達を殺すのは最後って言ったでしょ?ま、足止めぐらいはして貰いたいものね。」

シェラフは二匹の頭を撫でた後、行けと命令した。

それと同時にすごい速さで山羊達は襲ってくる。

「ウフフ!頑張ってね。」

どちらに向けられた言葉かは分からないが、シェラフはそう言うと割られた窓から外へ出た。

シンが逃げようとするシェラフに向かい矢を打つ。が、その光は乱入してきた山羊の漆黒の翼により払い落とされてしまう。

「闇、力…強すぎる。照らせない…」

翼に対する言葉なのか、シンは呆然と呟く。

そう言えば、聞いたことがある。ノワール・ゴートの翼は並の光をもろともしない強い闇の塊だと。

「ロンジ!羽根を切り落として!」

「分かってらい!」

分かっているとは言うが、二匹を相手に襲いかかってくる角から逃げるのに精一杯なようだ。

「一瞬でいいから、こいつらの気を惹いてくれないか!」

そう言われても、今のところ為す術がない。

「お嬢様、光の術は身につけておりますか?」

「光…?」

光の術って…何?

「無理、姫様、光、弱い」

視線を山羊の方に向けたままシンが淡々と言う。

失礼な!と言い返したいところだが、最もそうなのかもしれない。

「仕方ありませんね。」

ナルスは、鞄から投げナイフを取り出した。

「あんなに動いていますと、あたる確率は低いのですが…」

ナルスは構えと投げるのを一瞬で済ませた。次の瞬間、二頭のうち一頭の叫び声が聞こえた。

見えなかった…?

ナイフのあまりの速さに、目が追いついていかなかった。

もう一度、叫びが聞こえた。今度は、二頭から…

ロンジが角を切り落としたようだ。だが、安心は出来ない。すぐに翼を切らないと。

ノワール・ゴートの生命力は再生能力の強さにある。また角が生えると厄介だ。だが、翼を切り落とすのはそれほど簡単なことでもなさそうだ。山羊も賢いらしく、空を飛び始めた。角が生え替わるまで時間を稼ごうとしているのだろう。いくらロンジが跳躍力にすぐれているとしても、謁見室の天井は高い。山羊の足に触るか触らないかまでしか跳ぶことが出来ない。

しかし、いつまで経っても角が生えてこない。不思議に思ったのか、山羊は動き回るのをやめ、空中で制止した。

「今頃気付くなんて遅えんだよ。」

言ったが早いか、ロンジは壁際の飾り棚を足場に三段跳びで、山羊に斬りかかった。

一頭が片翼を無くし、落ちた。

落ちた山羊は恨めしそうに、近づいてくるロンジを睨む。

「相手とは・・・理解できて初めて倒せる存在だ。」

フッと笑うと、ロンジは山羊の残った片翼を切り落とした。

「…シン、後頼むわ。」

数秒間、翼を無くした山羊を見下ろした後、山羊の足をつかみ、こちらに向かって投げてきた。それに向かいシンが矢を放つ。

いつか見たようにシンの矢は光を放つ。光に当たった山羊は跡形もなく焼き消えてしまった。

「さぁて、次はお前だ。」

ロンジの嘲笑に対し空中にいる山羊は、恐れた様子もなく一直線に向かってきた。蹄で攻撃をする気だ。

バシュ

風を切る音と共に光がロンジの脇を抜け、山羊の腹にあたった。どうやら急の攻撃に反応が出来なかったようだ。

光に当たると、山羊は翼だけを残し欠片もなく消えてしまった。

「…邪魔しやがって。」

風がやみ、小さな声で呟いてその翼を拾ってから、こちらを振り返り、ツカツカと歩いてきた。

「助けた、だけ。」

そう言うシンに、ロンジは拳で殴った。

「お前はいっつもそう言うけど、俺はいつも危ない目にあってんだよ!憶えてるか?お前が矢を打つときはいつも俺にあたるかあたらないかの距離だぜ?」

「大丈夫、信用、しろ。」

「出来ないな。」

二人が火花を散らしそうなほど睨み合う。

「…あ、あのさ。」

ロンジの後ろの方から遠慮がちな声が聞こえた。ガダルだ。

ゆっくり立ち上がってこちらに向かってくる。

「どうも…助けて貰っちゃったようだね…」

「別に…」

照れたような様子で、ロンジはガダルから顔を背けた。

「お礼…したいんだけど、その剣…貰ってくれないかい?」

「は?」

ガダルは鞘の付いたベルトをはずし、ロンジに手渡した。

「妖刀って気色悪いかもしれないけど、君なら僕より上手に扱ってくれそうだし。」

ロンジは、ベルトをジッと見つめた。

「…くれるんだったら貰うが、一体何が憑いているんだ?」

ガダルは考える素振りを見せた。

「ええっと…確か、僕の曾お爺さんの曾お婆さんの伯父です。」

「…いらねぇー」

顔をしかめて、思いっきりイヤそうに言う。

「そんな!」

「何故、そいつ、剣、憑く?」

ショックを受けているガダルにシンが慰めるつもりなのか、それとも純粋な質問なのか、声をかけた。

「えぇ…伯父は名のある立派な騎士なのです。」

その言葉に、もう一度ロンジは妖刀の刀身を眺め始めた。

「騎士の憑く剣は、誇り高き馬のように使い手を選ぶことをご存じですね。」

あぁ、とロンジは頷いた。

「人が剣に憑く時点で、そいつは余程強い意志を持っていたのだろうな。よく知ってる。」

はい、とガダルも合わせた。

「伯父さんは僕を主と認めてくれなかったようです。誰も抜くことが出来ない剣で有名でしたから抜けないのが普通だと思っていたんですが…」

「それをあっさりロンジさんが抜いてしまったと?」

「はい…」

ナルスの言葉に、ガダルは肩を落とした様子で俯いていた。

ロンジは俯くガダルから鞘を受け取った。

「じゃぁ、貰ってやる。…ただし」

ガダルが顔を上げたところで、ロンジは笑みを浮かべる。

「お前がこれを抜けるようになるまでな。」

そう言って、剣を鞘に戻した。

「換わりにこれを預かっててくれ。ま、剣なんて一本あれば十分だ。」

ロンジは背中に背負っていた剣をガダルに渡した。

二頭の馬に牽かれる馬車が、国の門を出た。周りを歩く人はいない。

ゆっくりと揺られながら、馬達の手綱を取るのは青髪の青年。その隣には赤がかった茶髪の少女がちょこんと遠慮がちに座っている。ロンジとジェルナだ。

ナルスとシンは馬車の中で何か話している。

「…そう言えば、どうして妖刀なんか出来るの?」

二人はずっと黙っていたが、いきなりジェルナが口を開いた。

「そりゃ、いろいろあるさ。でも、ほとんどがその剣に対する執着心から出来る。」

ふうん、と返すと、ジェルナは前をむき直した。

「別に剣だけじゃない。思い出を持つのは人だけじゃなく物も同じ…」

ロンジはずっと、真っ直ぐ前を向いている。運転手にあたるのだから当然だが、ジェルナには少し寂しく感じた。

「…何か、変だぞ。姫さん。」

首を落としていると、いきなり声をかけられた。

「…まさか、ガダルのことが心残りだったりするのか?」

意地悪めいた目で、こちらを見る。

「ま、まさか…」

慌てて目をそらした。

あの後、シェラフは何も手に掛けず逃げたようだ。出発が決まったときにガダルは準備を精一杯手伝ってくれた。馬も高値で買ってもらった。最後に「いつでも協力します。機会があればよって下さい。…また僕が成長したら改めて婚約をさせて貰いますね。」と言い残し、ジェルナ達を見送ったのだ。

だからといって、ガダルが気になるわけではない。…はずだ。

「それにしても、何か元気ないな。」

相手の言葉に静かに頷く。

「ロンジさ、シェラフと戦ったとき【本物の王】について言ってくれたよね…私はちゃんとそうできていたのかなって…」

自分も考えさせられたあの言葉はしっかりと、まだ耳に残っている。

「あぁ、あれ。…あんなの…出鱈目だ。」

「へ?」

「だから、嘘だ。」

目が点になる。

「だってよ、聞いた話によると大体治安のいい国は不満があったりするけど隠しているって奴が多いんだよな。護る人って王に一応信頼されているだろ?そいつに不満があったらたまったもんじゃない。国は一日で滅びるぞ。」

「…滅びたじゃん。」

ジェルナの言葉に、ロンジは苦虫をかみつぶしたような顔になる。

「…あれは、別だ。相手が桁違いだし。第一、助けに行ってやったじゃねえか。」

そういえば、ロンジとシンは助けに来てくれたっけ。国立祭じゃなかったらもっといてくれたかな…

「ま、そう言うところには時々毒を入れると、案外まとまる物らしいし。」

毒…ですか。

「ま、これでガダルも考えを改めるだろうし、それについてガダルが家臣に何か言えば、家臣も位を取り上げられるのを恐れて行動するだろうな。」

「…それでいいの?」

ロンジはカラカラと笑った。

「国なんてそんな物だろ。」

 

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