虹の待つ森へ
第10章
悩み部屋に入ると、ベッドに倒れ込んだ。
…どういうこと?
いつからあの人の妻になるって決まったの?
って言うか、もう決まっているの?私の結婚相手…
自問自答しても答えが見つかるわけがない。それでも、ジェルナの頭の中ではしてはいられない状況であった。
え〜!?十七歳ってこれから恋愛とかする年齢じゃないの?
っていうかその辺は興味無いから良いんだけど…
じゃなくて、え――――――――――――――――――――――――!?
そこへ、やっとナルスが入ってきた。
「ナルス!」
ジェルナはすごい形相で飛びかかった。
「なっ、なんですか!?」
いきなり襟首を掴まれ、驚いた様子である。
「私とガダルとかいうあの王との間で何があるの?」
少しの間、ナルスは訳が分からなかったようだが、思い出したようにあっ!と叫んだ。
「婚約の話ですか?」
「そう!」
すると、少し考え込むような素振りを見せた。
「それはですね、確か五代目の王が……面倒なので以下略です。」
ジェルナに睨まれ、諦めた様子で話しだした。
「ロゼマナ国五代目の王様が、隣の国…つまり此処ですね。この国の第三王子の結婚式に呼ばれたのですが、その時に第二王女のメイリー様を気に入られたのです。ロゼマナ国は樹海の中ですし、商人に頼りっきりの生活ですよね。安定した商人のルートもほしかったので、王様はメイリー様を妃として迎えたいとおっしゃられました。メイリー様の御両親もロゼマナ国を吸収するつもりだったらしく、それにお答えました。そこで、可哀想だったのはメイリー様です。メイリー様にはもともと好きな方がおられました。彼女は思いを寄せる彼
(ひと)にその胸に秘めていた思いをうち明けました。彼はメイリー様を連れて逃げようとしました。しかし、兵士に捕まり、拷問に合い…最後には死んでしまったそうです。それを聞いたメイリー様は…部屋で一人、服毒してお亡くなりになられました」「それと、私の婚約とどう関係があるのよ」
怒りの混じった声で、ジェルナは言った。
「もう少し聞いて下さい。王様は悲しみに深く沈み、メイリー様の御両親は折角のロゼマナ国との関わりを失ってしまったので、二つの国の間には冷たい空気が立ちこめました。それから少し経った頃、メイリー様の御両親があまりに悲しむ王様を哀れに思い、未来に託そうと言い出しました。王様の元に女の子が産まれたとき、こちらの国の王子と婚約させようと言うお話でした。」
「…ちょっと待って、結局この国の王様達がロゼマナ国を自分の物にしようとしていただけじゃないの?」
「…その辺りはちょっと」
……
「とにかく、絶対イヤだからね!」
「そう言われましても…」
「今日初めてあった人と結婚?あり得ないよ!」
ジェルナはベッドに倒れ込んだ。
「もしかして、もう好きな方でもいらっしゃるのですか?」
!?
ドアの側にガダル王が立っていた。
「ノックしたんですけどね。反応がなかったので、入らせていただきました。ご無礼をお許し下さい。」
「……どの辺りからいたの?」
驚きと焦りでジェルナは固まっている。
「そうですね、“それと、私の婚約とどう関係があるのよ”ってとこぐらいですかね?」
一瞬で血の気が引いていくのを感じた。
「とりあえず少し早い気もしますが、式の予定でも話していこうと思ったのですが…この様子では諦めた方が良いですかね。」
「そうだな。姫さんがあんな様子じゃ。多分テコでもうごかねぇぜ。」
ガダルの後ろから、ロンジが顔を出した。
「それより、ガダルさんよぉ。腹減ったんだけどなんかない?」
なんか、かなりフレンドリーに話し込んでるよ…タメ口だよ?
「そうですね。一応簡単な用意はできているようですし。時間はかなり早いですけど…まぁいいでしょう。どうぞ。」
「やりぃ!先行くぞ。シン!」
「待て。」
「行くって、どこか知っているのですか!?」
三人は走っていってしまった。
…なんであんなに仲がいいの?そして、元気なの?
少しの喪失感と大きな脱力感とで、ジェルナは夕飯を食べる気になれなかった。
少しだけ、パンを流し込むと誰よりも早く部屋に戻った。
…いい人っぽいけど…どうなんだろ。
ごろりとベッドに仰向けに寝転がる。真っ白な壁にさりげない彫刻。センスは悪くない。どちらかというと落ち着いたジェルナの好むような空間。
…普通の人なら王様と結婚なんて幸せと思うのかな?国もたくさんの財産も自分の物同然だもんね。
っていうより、もともと私も王なんだけど。一応…
ごろごろと寝返りを打つ。悩むときの癖だ。
「姫様。開けて貰えますか?」
ノックに続き、扉の向こうからシンの声が聞こえた。
扉を開けると、シンはすでに銀髪の姿になっていた。どうやら、夕飯が終わってから日が暮れるまでおよそ一時間近く、ずっと悩んでいたようだ。
「あれ?ナルスは?」
廊下を見渡すが,ナルスやロンジ姿は見えない。
「ナルスさんは、こちらの王様や女中さん達と思い出話に花を咲かせています。あの様子だと、もっとかかると思います。」
そう言えば、ガダル王はナルスのことを乳母と言っていた。
「それより、なんでこの部屋に来たの?」
夕食前には、シンはロンジと一緒の部屋にいたはず。
「追い出されました。女といる気はないって。ここで寝てもよろしいでしょうか。」
女っていうのかシンの(この)場合…こういうのって潔癖性って言うのかな?
「別に良いけど、ベッドが足りないよ。」
「その辺は心配しないでください。どこでも寝られますから。」
そういうと、シンはロンジの部屋から運んできた毛布にくるまりドアの近くにの壁にもたれた。
…よっぽど疲れていたのかそれから十分ほどで安らかな寝息を立てて眠ってしまった。
「もう寝よっか…」
悩んでいても無駄だと気付いた、ジェルナはベッドに潜り込んだ。
*
この国に来て、もう四日たった。初めは一日泊まらせて貰って、すぐに出発になるのだろうと思っていたのだが…
「どこへ行くんだ?」
「もう少し待って下さいって。」
夜明け前。馬車で国を出て、どうやら塔のような場所に向かって進んでいるようだ。
門のような場所で馬車を降りると、ガダル王が先を行き、道案内をする。その後ろをロンジ、ジェルナ、最後にシンと続く。
塔の前まで来た。ガダルが塔について楽しそうに説明しながら、中に入っていく。なかなか入り込んでいる塔で、慣れないと迷いそうだ。
「この塔はですね、有名な石工の集まりによって造られました。遊びが好きな人達でしてね、たくさんの仕掛けまで作ってくれました。例えば…これ…ですかね。」
そう言うと、ガダルは壁に手を当てた。
すると、丈夫そうな壁についたはずのガダルの手が沈んだ。と同時に、頭の上で金属がぶつかるような音がした。
危険を感じたのか、ロンジはジェルナを倒し、自分も頭を下げた。
瞬間、ジェルナ達の頭上に五本ほどの剣が降りてきた。
「ね、面白いでしょう?」
「俺らを殺す気か!お前は。」
ガダル王は高らかに笑った。
「避けてくれると思っていましたよ。それに、見てくださいよ。」
ガダルは、降りてきた剣を持ち、それで自分の腕を切った。
「何してんだよ!お前。死ぬ気か?」
「やだなぁ…、ちゃんと見てくださいよ。」
焦った様子のロンジ達に向かい、先ほど切った自分の腕を見せた…
つながっている…
「傷…無い?」
シンがぽかんと口を開けている。
「何だ、ぼんくら刀が並べてあるだけか…」
その様子を見てまたガダルは高らかに笑った。
「言ったでしょう?遊び心の塊だと。」
そうしているうちに、ガダルが立ち止まった。塔のてっぺんだ。
「眠いところ起こしてすみませんでしたね。これを見て貰おうと思いまして…」
ガダルが示す先には…赤い太陽―――――夜明けだ。少しずつ辺りが明るくなっていく。
程良く差し込む光が辺りを暗くもなく明るくもなく、ぼんやりと色を見せる。それまで藍色だった世界が、朱く、それでいて元の色を取り戻しつつある。
ジェルナは見とれていた。日の出は見たことがあると言えばあるのだが、樹海中で木に遮られた光しか見たことがない。初めてみた広い場所を照らす日の出を前に、ジェルナは夜と朝の「狭間の世界」を見た気になった。
「ガダル。確かに綺麗だが、こっちもスゲーぜ。」
後ろからロンジの声がした。体を丸め、光のベールにくるまれたシンを指差している。
…変化だ。徐々にその長い髪が銀から茶へと変わっていく。
見る間に、昼の姿となった。
「おぉ…」
シンの変化を見て、ガダルは感嘆の声をもらした。
変化を終えたシンは、自分に向けられたロンジの指に気付いたようだ。
「俺、見せ物、違う。」
そう言うとロンジの指をぐっと握った。
「痛っ!悪かった、悪かったから放せ。」
余程痛かったのか、ロンジは放された後も握られた指をもう片方の手で押さえていた。
「何か気になっていたのですよね。来たときは三人だったのに、いつの間にか銀髪の少女が城の…あなた達の部屋にいたのですから。初めは泥棒かと思い…失礼いたしました。」
「気、するな。」
そう言えば出発の前、シンがどこかに消えていることに気付いてガダルに尋ねてみると、驚いた様子で地下室に走っていった。その様子では、シンは何も言わなかったけど捕まっていたみたいだね…
日はあっという間に昇りきってしまった。
成り行きで朝ご飯をその場所で食べる事になった。
当たり前といえば当たり前だが、塔は高い。緑のでっぱり――――――二つの、山とかいう場所の間に今まで見たことがない、向こう岸が見えない大きな湖が見えた。
「山ですか?あの辺りの山は、魔物の数は少ないながらも山賊が出るとかという噂が出ているので行くのはやめておいた方がいいと思いますが?」
「山賊?」
聞き慣れない言葉に、聞き返してみる。
「え…知らないのですか?…えっとですね、いわゆる盗人です。」
馬鹿にされているのかガダルの笑っている顔が妙に勘に障る。
「じゃ、向こうの湖は?」
「湖…ですか?」
ジェルナが指差す方を見るがガダルは首をかしげている。
「見えないの?ほら、あの二つの山とかいうところの間に見える。」
その言葉を聞いて、ガダルは腹を抱えて笑い出した。
「湖…ですか。確かに、大きな湖に、見えなくもないですね。」
まだ笑いが止まらないらしく、涙目になっている。
「…姫さん。『海』ぐらい本にも書いてあったぜ。」
呆れた様子のロンジが助け船…のようなものを出す。
「う、海?」
聞き返した後、ジェルナはもう一度窓の外を見た。
「あれが…海…」
海、今自分の立つ陸地よりも遥かに大きな湖。海を越えると、未だわかっていない陸地を見つけられる事があるらしい。
ジェルナにとって、海は異世界への入り口…世界と世界の間にある通路に思えた。
「海の手前に町があるでしょう?あそこから他の大陸へ船の定期便が出ていますよ。」
「船?」
笑われるのを覚悟で聞き返したが、今度は笑われなかった。ガダルは遠い目で海の果てを見つめている。
「乗り物ですよ。水に浮かぶのです。それに乗れば、水の上を移動できるのです。」
「水の上を進むの?」
自分の胸の中に、モヤモヤとしたような興奮が渦巻き始める。
船とかいうものに乗ったら、もっともっと違う場所に行けるのかもしれない…
ジェルナは生まれつき強い好奇心がうずいているのを感じた。
「定期便って…」
「定期便とは決まった時間、決まった場所に行き来する船のことです。」
ジェルナが尋ねようとしたが、何を聞きたいのか察したのか先にガダルは答えた。
「決まった時間…か」
「ええ、比較的安定しているので、あの町では海を渡ってくる珍しい品が安く買えますよ。」
「町があるの?」
ガダルは勿論というように頷いた。
「港や海に面している国は栄えるものです。ここからでもさまざまな建物の屋根が見えるでしょう。」
確かにガダルの言うとおり、赤煉瓦や木材の屋根が微かに見える。
「よし、この国を出発したら次はあそこね!」
シンは力強く頷いたが、ロンジはガダルと顔を合わせ、やれやれというような素振りを見せた。
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