虹の待つ森へ
第9章
遺跡出発「ロンジ!何ボーっとしてるの?」
後ろの方でジェルナが呼んでいる。見ると、そこはもう遺跡前だった。
なるほどな…それで矢を…
シンを見ると満面の笑みで――不器用なのかがんばって――手でピースマークを作っている。
入り口では、朝飯の用意が出来ていた。串で刺した焼き魚と、小さな卵の目玉焼き。卵はシンが見つけてきたとナルスが言った。
「なかなか二人が帰ってこないので心配になって。やっぱりシンに行ってもらってよかった様ですね。」
ナルスが、フフッと笑った。
「俺、いない、死んだ、だろ?」
焼き魚をモグモグと食べながら、生意気な事を言う。
この野郎…と握った拳に力が入る。
「こら。食べながらしゃべるのはお行儀が悪いでしょ!」
ナルスに注意され、ビクッとなるシン。どうやらナルスに反抗は出来ないらしい。
その様子を見て二人は思わず笑ってしまった。
「笑うな。」
恥ずかしそうに―――今度は口の中のものを全部飲みこんでから――呟いた。
*
朝食の後、ナルスが出発は昼すぎにしようと言った。馬車を連れてシンと水をくみに湖まで行くらしい。
「水は何よりも必要ですからね。」
そう言って朝食の後、二人はすぐに出発した。全員でいった方がよいのだろうが、ジェルナもロンジももう湖には近づきたくないと言ってきかなかった。
まぁ、当たり前ではあるが…
ロンジは一眠りしようと、今朝と同じ場所に寝転がった。
少しすると、近づいてくる足音が一つ聞こえた。
魔物か?
足音に警戒して、寝たふりを続けた。
ゆっくり手を伸ばし、ベルトに差したナイフを構える。ギリギリまで近づいてきたときに、のしかかって攻撃しようという考え。
足音でおよその距離を測る。後、三歩…
体が緊張してくる。
二歩…
ナイフを持つ手がじっとりとしてきた。
一歩…今だ!
近づいてきた生物を押し倒し、馬乗りの状態でたぶん首の辺りに値する場所にナイフを向ける。
……人?
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
耳元で絶叫された…鼓膜が破れそうだ。
暗い場所に慣れた目が、相手の正体を見る。
「姫さん…?」
頭がパニックになりそうになる…
「変態変態変態変態変態変態変態変態!」
変態と連呼され思わず目が点になる。
「いい加減どかんかい!」
まともな(?)相手の言葉でハッとして、一瞬で頭の中がすっきりする。
やっと頭の中で状況を整理できた。
「うわわわわわわわわわわ…」
やっと自分がとんでもないことをしていることに気付き、慌てて起き上がる。
「な、何してんだよ…」
ロンジは慌てて落としてしまったナイフを拾い鞘にしまった。
心臓はまだばくばくと波打っている。
「それはこっちのセリフ!」
それもそうかと、普通に納得できてしまう自分に悲しくなる。
「せっかく人がその方の傷直してあげようと思ったのに…一度とならず、これで三度目。」
ジェルナはプウッとふくれて見せた。
指は肩の焼けたような傷を差している。朝の人魚の触手にやられた後だ。
「いらねぇよ、別にこのぐらい舐めときゃ治るって。」
そう言って、ロンジはまた寝ころんだ。
少しの沈黙…
「…ごめんね。」
小さな声で俯いているジェルナは悲しそうに言う。
空気がさらに重くなった…気がする。
「何が」
ロンジは体を起こし、ジェルナの方を見る。
涙。
俯いているジェルナの頬に一筋の涙が伝った。
「…何泣いてんだよ。」
涙を拭おうとロンジは手を伸ばした。
「泣いてない!」
少し叫びまじりの声でロンジの手を払い、自分の服の袖で涙をぬぐった。
「お嬢様ー
ガルネさーん」ふと、遠くからナルスの声が聞こえた。どうやら水を汲み終えて、戻ってきたようだ。
重い空気が一気にどこかへ吹っ飛び、ロンジはホッと胸を撫で下ろした。
ナルスがこちらに向かって歩いてきた。
「そろそろ出発しましょう。特に忘れ物はないですよね。」
それだけ言うと、ナルスは自分でもって来ていたのか、すぐそこに置いてあった小さな肩掛けの鞄を持ち遺跡の入り口の方へ向かった。
今回は感謝するよナルっさん…
心の中でぼやいてから、ロンジも出口に向かい歩き出した。
*
馬車の隣を馬に乗って進む。連れている馬が五頭以上あって良かったと改めて考えた。まぁ、無くても馬車に人が乗れるが…
「お嬢様。私たちが出ている間、魔物が入ってきたりしませんでしたか?」
後ろの方からナルスが心配そうに聞いた。
「うん、来なかったよ。」
…もっと恐いモノ
(おおかみ)ならいたけどね。思い出しただけで少し顔が赤くなる。
「当たり前。俺、結界、張った。魔物、入れない。」
その言葉を聞いて、先頭を行くロンジはシンの方を見た。
「そういう事は先に言えよ。無駄に緊張しちまったじゃねぇか。」
少しきつめの口調。そりゃあ、そうでしょうね…
「油断、大敵。普段、から、警戒。」
確かにその通りな気もするが、警戒しすぎると変な誤解を招きかねない気もする…
「疑心暗鬼って言葉、お前知ってるか?」
シンは知らない、と首を横に振る。
「用は、疑えば何もかもが自分の敵に見えてくるって話だ。お前が何も言わないから、俺は姫さんに刃物を突き付けちまったんだよ。」
本当にそんな理由なの?
ジェルナは疑いの目でロンジの方を見る。
「イヤ、ホントだって!」
少し焦りながら言うので、さらに疑いの目は周りに感染する。まぁ、疑いの内容は少し違うが…
「お嬢様に刃物を向けたんですか?」
ナルスが鋭い眼差しをロンジに向ける。
「だから、誤解だって。」
そう言うが、ナルスは止まらない。肩掛け鞄から小さなナイフを四本、右手の指に挟んで取り出して、投げた。
うち、三本はロンジの体をかすり、一本はロンジを乗せた馬に当たった。
「ロンジ!」
「うわぁぁぁ!」
ナイフが刺さり、痛みに馬が暴れロンジは落馬した。
シンは慌てて馬を降り、暴れる馬をなだめにかかる。
「いってぇ…何すんだよ!」
頭を押さえながら、ロンジは起き上がりナルスを睨む。
「問答無用!お嬢様に刃物を向けた罰です。」
その手にはきらりと光るナイフが両手に四本ずつしっかりと用意されている。
「ナルス。ストップ、ストップ!危ないから、ね?」
ジェルナがナルスを止めにはいった。
だが、ナルスは鋭い目つきでジェルナの方をむき直した。
「危ないからやっているんです。」
こ…こっわぁ…
「で、でも、わざと私に向けた訳じゃないし、私も傷つけられてないし。ね?」
ジェルナの言葉に、ナルスはうーんと考える素振りを見せた。
「仕方ありませんね。お嬢様がそこまで言うのなら、今回は見逃しましょう。」
そう言って、ナルスは構えていたナイフを肩掛け鞄の中にしまった。
その様子を見てジェルナはホッとため息をついた。
「そういえば、そろそろ抜けるでしょうね、樹海。」
ナルスは前を向き直して先頭にでた。
後ろで、半置いてけぼりにされたロンジが慌てて馬を走らせている。
前をむき直すと、光が見えた。それまでの木々の間からの光ではなく、遮る物が何もなく真っ直ぐに届いてくる太陽の光。やっと、城を囲んでいた樹海を抜けたのだ。
*
これが…外の世界…
樹海を抜けた所は丘の上。下を見下ろすと、見たこともないぐらい広い草原の広がる大地。そして、大きな塀と堀で二重に丸く囲まれた中に赤茶のレンガ屋根が並んでいる。あれも、一つの国だろう。
ロゼマナ城の建物とは違い、壁はどれも白く太陽の光を反射し、支えの柱や窓の枠となる木の部分だけが穏やかな薄茶色をしている。
「へぇ…こんなの、見たこともないぜ…」
ロンジが感心したように呟いた。
「さぁ、降りましょう。あの国なら少しは交流もありますし…」
ナルスはそう言うと、先頭に立って走り出した。
*
丘を下り、国を囲む堀にかかっている木造の橋の前まで来た。
橋の両端には二人の門番がいる。その他に門のそばに二人、二重で見張られている。
「どちらの者ですか?」
橋の門番は槍を交差させ、ナルスに止まるように言った。
「樹海より参りましたロゼマナ国の王であります。この度はこちらの国の王様に助けを求めに樹海を越え参りました。」
門番はその言葉に双眸を見開き、門の前で控える二人に急いで王に確認するようにと伝えた。
「申し訳ありませんが、少々そこの小屋で休んでいて下さい。王から返答がありましたらすぐにお呼びいたします。」
そう言って、木造の小屋のような建物を指差した。
「わかりました。」
ナルスは、一番先に向きを変え小屋の方へ進み出した。
小屋の中には、ふかふかのソファーが二つと低いテーブルがおいてあった。どうやら今のように尋ねてきた者を入れるか判断する際に待って貰うための部屋のようだ。
「なんで門番が四人もいたの?」
ジェルナの質問にロンジは呆れからか絶句した。
「ねぇってば。」
「あのなぁ…」
ロンジは一つため息をついてから仕方ない、と話しだした。
「もし考えて見ろよ、門の前で止めるつもりでも二人なら簡単に破れるだろ?間をくぐりゃそれですむからな。でも、四人ならその後ろでも防ぐことは出来るだろ?限界はあるが、少し構える時間もあるし。今みたいに一人が王に尋ねに行っても三人も残っている。明らかに強行突破は難しいだろ。」
なるほどと頷き自分の国のことを思い出す。
「でも、ロゼマナ国は二人だったよ。」
ロゼマナ城の門番の仕事といえば、門に寄ってくる魔物を払うだけだったという記憶もある。
「騎士隊がうろうろしていて、事に足りてたから良いんだろ?」
ロンジが適当な返答をしたとき、小屋の扉が開いた。
「面会の許可が出ました。どうぞお通り下さい。」
女中らしき人物が城の謁見室までの案内をする。
城の大きさはジェルナの国と良い勝負だが城下町の大きさは比べ物にならない。ロゼマナ国領と言えば城自体が一つの国というぐらい民家のない状態だが、ここは民家や教会、市場などが守備範囲内にある。
珍しい物ばかりでキョロキョロしていると、ロンジが田舎者じゃあるまいしとため息をついた。
「誰が田舎者よ!」
女中に聞かれないように小声で反抗した。
「お前しかいない。」
サラリと答えられたのがさらにムカツク。
「うるさいですよ二人とも。」
前を歩いていたナルスが声だけをこちらに向ける。その隣でシンがクスリと笑った。
へいへいと軽い返事をしてナルスに気付かれないようにロンジは笑うシンを殴った。
*
謁見の間のような部屋で女中にこの場で待っていて下さいと言われた。
少しすると、冠をかぶった金髪の男性がやってきた。
いきなり、前にいたナルス達三人が片膝をつき、頭を下げた。
「お久しゅうございます、ガダル陛下。ご機嫌麗しゅうことこの上なく…」
陛下というナルスの言葉を聞き、慌てて三人に習い頭を下げる。
男性には威厳が漂う…というわけでもないが彼が頭に乗せている物は王冠に違いないだろう。それにしても王にしては若すぎる気がする。まぁ、自分も言えた立場ではないが…
「堅苦しい挨拶は聞き飽きました…それより、お久しぶりですね、ナルスさん。」
ガダルは軽く声をかけた。
「そうでございますか。それは、失礼いたしました。」
ナルスは長ったらしい挨拶を途中で止めた。
「失礼って訳じゃないんだけどね。それより、その後ろの女の子が例の王様なの?」
ガダルの言葉に、へ?っとなるが、そうです。とナルスが答えた。
「どおりで僕が来ても頭を下げなかったわけだ。そりゃ、一国の王様が簡単に人に向かって頭下げないよね。」
ケラケラと笑いだした王を前に、ジェルナは悪寒を感じた。
ナルスがコホンと咳払いをして本題を切り出した。
「それより、恐れおおき事ながらそちらの方でも警戒していただきたいことがありまして。」
ガダルは笑うのを止めた。
「へぇ…僕に危険でも迫っているの?」
挑発するような笑みを浮かべる。その口元は耳の辺りまで裂けていきそうだ。
「…はい。もしこちらの方に緑の大きな帽子をかぶったジェルナ王ほどの少女が現れましたら、その子は…」
「魔物だと疑って、牢にでも閉じこめ、我々にお知らせ下さい。」
後ろからのいきなりの言葉に、ナルスは緊張した。ジェルナだ。
「ふぅん。君達に知らせたら良いんだね?」
「…はい。」
真剣な目と、少し震えるような声で答えた。
「わかったよ、捜してみよう。乳母と未来の妻の望みだ。今夜は泊まっていきなよ。」
…?
ジェルナは目を見開き、動けなくなってしまった。
「…今、なんと?」
「?…捜してみようと行ったのだが?」
「いえ、その後…」
「?…今夜は泊まって行きなさいと?」
「いえ、そのま…」
「ジェルナ王、少々疲れているのでしょう。昨夜はたいして眠れませんでしたから。」
ナルスが慌ててジェルナの言おうとしている言葉を遮るように割り込んできた。
「そうか。じゃあ、もうお休みになられる方が良いだろうね。城の部屋を二つお貸しいたしましょう。」
ガダルは女中を呼び、部屋へ案内するように言った。
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