虹の待つ森へ 

第7章  樹海の遺跡

草…蔓…木…緑…深緑…暗い緑…

どこを見ても一面緑色。それもそのはず、樹海の中だから当たり前だろう。

「…少し休もーぜ。だりーよ。」

先頭を進んでいたロンジがついに音を上げた。

「何言ってんの!さっき城から出たばかりじゃない!」

止まったロンジにすぐ後からジェルナがきつく言う。

「だってよー。」

「休んだ方がよい気もしますが、ここを抜けてからの方が絶対いいと思います。」

文句を言うロンジにシンが注意した。

「お前ら…眠くないのか?」

呆れたような顔でロンジが言う。

たしかに出発は夜で、一睡もしていない。その上ロンジはシンのせいでいつもより早く起きている。疲労がたまっていても仕方がないだろう。

「これは忠告です。いいですか?ここには野生の魔物が多くでます。特に樹海の奥、城から離れるほど強く凶暴化した魔物が多いです。ここで怯えながら寝るよりも、樹海を抜けてある程度落ち着いたところで寝た方が体も癒えると思うのですが。」

「さすがシンね、いいこと言うわ!」

ジェルナに誉められ、シンは照れくさそうにうつむいた。

「…わーったよ、ったく」

しぶりながらもロンジはやっと動き出した。

しかし樹海は大きくて、暗い。これでは、どちらが町かもうすぐ朝なのかさっぱりわからない。

「それより、シンってこの城に来たとき茶髪じゃなかったっけ?」

ジェルナはシンがなぜこんな姿をしているのかを知らない。銀髪の姿で初めてあったとき、いろいろあって聞いているいる暇など無かった。

「…説明する必要はないと思います。もうすぐですから。」

シンはさらりと訳が分からないことを口にした。だが、すぐにシンが言った言葉の意味が分かった。

木々の間から光が差してきた。夜明けだ。

なぜかいきなり苦しそうに体を丸めたシンの体をいつか見たような光がつつむ。スウッとシンの髪は根本から茶色に染まっていく。

「…な、なるほど。」

ジェルナは少し驚いていたもののすぐにあることに気が付いたようだ。

「理解、した?」

シンはまたさっきとは違う独特の特徴ある単語ばかりの話し方で言った。

「魔物なの?」

ジェルナは他の言葉が見つからないので、とりあえずストレートに聞いてみた。

「…それとこれとなんのつながりがあるんだ?」

前から、ロンジが首だけを後ろに向けて不思議そうに聞いてきた。

「それ、一種の魔法でしょ。魔法が使えるって事は…」

ジェルナの王家に伝わる魔法は三代目の王が魔物の術を研究した結果生み出したらしい。それが血で伝わるのも何か変な話だが…まぁ、それが当たり前ということにしてほっておこう。

「魔法?俺、魔物?」

「たぶん…そうじゃないかな?」

少し、暗い沈黙が流れた。

「ったく、そういう話はここから出た後でいいだろ。」

ロンジは疲れた様子でその沈黙をさえぎった。こういう話は苦手なようで、すぐに逃げ出したくなるようだ。

しかし、樹海は広い…進めど進めど見えるものは木ばかり。しばらくして、遺跡のようなものを発見した。ツタが絡み形はよく見えないものの、所々柱や屋根のようなものが見える。そして見つけた。まるで大きな口を開けたような怪しい、奥の見えない真っ暗な入り口を…

「…なんだこれ」

ロンジは思わず硬直してしまった。

「入る、休む。」

ロンジの様子を気にする様子もなく、シンはてくてくと中に入っていた。

「オイ、待てよ。そっちの方が危なそうに見えるぞ!」

ロンジの呼びかけに振り向きもせず、奥にむかって先にスタスタと行くシンを仕方なく追いかけて中に入ることとなった。

入ってみれば、そんなに中が暗いわけでもなかった。所々天井の方から光が漏れている。大分派手に壊れているようだ。あの入り口からしばらく歩いているが、どこも天井から滴り落ちてくる水で濡れている。数日前に降った雨がまだ上に残っているのだろうか?

ドンッ

上ばかり見て歩いていたロンジは、急に立ち止まったシンに気付かずもろにぶつかった。

「いてぇ、なんで止まんだよ!」

シンは静かに、と伝えるジェスチャーをした。

「奥、血、臭う。たぶん、人間。」

ジェルナの方を振り返ると、ジェルナもこちらを見てきた。目は、どうする?と問いかけたそうだ。

「行ってみるか?」

シンは静かに頷いた。

足音を立てないように気をつけながら奥を目指して進む。ふと、遺跡の派手に崩れた部分に腰をかけている人の影が見えた。あれがシンの言う血の匂いの元凶か?

人影は、ゴソゴソと動いてはかがんでいる。怪我は足の方にあるのだろうか。

パシャン!

ジェルナが足を滑らせて、すぐ後ろにあった大きな水たまりに背中からダイブした。

「誰です!」

きつい声がかえってきた。

まずい、人影にこちらに人がいることを気付かれた。

「どうする?」

「どうするったって…」

逃げようか、しかしかえって怪しまれるとまた厄介な事になりかねない。

「ごっ、ごめんなさぁぁぁぁぁい」

水たまりにはまっていたジェルナがパシャパシャと水音を立てながら反射的に誰かも分からない人影にむかって頭を下げ、謝っていた。

「お、おい!」

どうすんだよ、完全に気付かれたぞ。もう逃げるなんて無理だろ!どうすんだよ!

いきなりのジェルナの行動にロンジはパニック寸前だった。

「…聞き覚えのある声ですね。」

人影はスクッと立ち上がり以外にも優しそうな声で一言言うと、一歩ずつ近づいてきた。

足下の辺りから光のよく当たる範囲に入ってきた。黒い靴をはき、長いスカートの上にエプロンがされている。召使い風の女性だ。

「ナルス!」

「お嬢様!」

城がシェラフの術にかかったとき、ナルスだけは逃げることが出来た。ナルスはモノクルの幻術から逃げるすべを知っていたからだと言う。

そして城を抜けた後、しばらく樹海を歩き回りこの場所を見つけ、休んでいたらしい。

「でもよかった、ナルスが無事で…」

「お嬢様こそ…」

二人はホッとしたような優しい笑みを浮かべている。

「さっき、血、匂い。なぜ?」

そこへ割ってはいるようにシンが疑問をナルスにぶつけた。

あーと言うようにナルスは結構どうでもいい怪我のような言い方をした。

「少々、そこの岩で引っかけたんですよ。たぶん、これでしょう?」

そういってスカートを少しあげてふくらはぎを見せた。スッと長く入っている傷口からタラタラと血が流れ出ている。

「ダ、大丈夫なのかばっさん。」

「誰がばっさんですか!」

ロンジは心配していったつもりだったのであろうが、逆に怒りを買ったようだ。

「まぁまぁ、ロンジの口は今に始まったことではないですから…」

ジェルナがナルスをなだめるように言った。

「なんだと?お転婆な姫さんには言われたくないな!」

「なんですって?」

にらみ合って、二人はまた口を開く。しかも口から出るのは悪口ばかりだ…

「もとはと言えば、お前が外へ出てあんな魔物を雇うからだろう!」

「なんですって!私だけのせいじゃないじゃない!」

「何言ってんだよ、お前が何にも考えないからだろ!」

…………

口は禍の門とはこのことだろうか、ほんの少しの不注意が口論まで発展していってしまった…

シンは呆気にとられて、その様子をジッと見ていた。

「まぁ、そこまでにしておきましょう。別にどうでもいいのですから…」

二人を止めようと真ん中に入りなだめようとした。

「よくない!」

二人は口を揃えて、ナルスを睨んだ。

ナルスが二人の様子に一歩退いたとき、また懲りずに睨みあい、口論を続けた…

数時間後…二人は疲れたのか口論をやめた。隣を見てみると、シンはナルスの隣でぐっすりと眠っていた…

「俺、もう寝るわ…」

ロンジも瓦礫の中に寝転がるのにちょうどいい場所を見つけ、そこに寝床を決めた。

「お嬢様…」

ナルスがそっとジェルナに声をかけた。

「何?」

「お疲れの所すみませんが、傷の治療をお願いしたいのです。」

「ああぁ、うん。そうだね。」

ジェルナの手がまた輝きだした。光る手をナルスの傷口に当てる。すると、傷口の両端から徐々にふさがっていく。ふくらはぎに伝わり、流れている血も傷口に戻っていく。

しかし、急に指先に激痛が走った。どこから来たものかは分からないが針で刺されたような痛みがして、ジェルナは治療を中断した。

「どうかしましたか?」

ナルスが心配そうに声をかけてきた。

「ううん、何でもないよ。」

少し無理をして、笑顔を作った。上手く笑っていられたかはわからない。

「そうですか、それでは。どうもありがとうございました。」

ナルスはそういうと、シンの隣の平らなところで眠りだした。

大丈夫だと答えたが、まだ指がじんじんと痛む。いったい何が起きたのだろうか。

不思議に思いながらも、体を横にすると睡魔に襲われすぐに深い眠りに落ちた。

 

 

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