虹の待つ森へ 

第6章  旅立ち

「ロンジ…外が…」

シンが、ロンジの袖を引っ張ってカーテンをはぎ取った窓の向こうを指差した。

「え!?」

シンに言われて始めて気が付いたが空がまっ赤に染まっている。まるで燃えているようだ。

慌てて窓を開けて、身を乗り出した。窓から外を見下ろすと城内の庭は、騒がしい、みんな大声を上げて走り回っている。たしかに火は上がっている。が、火の元は、城とは別館の小さな方の食堂からで空を赤くするほどの火ではない。ジェルナには、もう一つおかしなものを見た。城の外門に人の山が出来ている。みんなで門の扉を開けようとしているようだ。しかし、門は開きそうにない。

「どうして外門が開かないの?」

ジェルナが、身を乗り出している後で窓枠の上の部分に手を掛けているロンジに聞いた。

「あ〜っと、鍵がかかって…イヤ、鍵は内側からか…。おかしいな。あの扉ぐらい二人ほどいれば開くはずだぜ。」

門番ならわかるかと思ったが、どうやらそういう訳でもないようだ。

「魔物だよ。」

シンがそっと呟くように答えた。

「え?」

「姫様、魔物といっしょにいたでしょ?あの子だよ。」

まさか、シェラフが…

嘘だと思いたいが事実、自分を襲ったのはシェラフだ。さっきの様子だったらやりかねない。

「あの子モノクルでしょう?モノクルはあまり力が強くないからね、標的に幻覚を見せて弱らせてから殺るんだ…。」

そっと、ささやくほどの声でシンは続ける。

「このままじゃ…」

そこまで言った時。城の外門前の人山をのぼり一番上で扉に体を張り付けていた人が一人、急に倒れた。

…血塗れの姿で。

さらに、騒ぎが大きくなった。よく目をこらすと人と同じぐらいの大きさの緑色をした素早く動く影が見えた。

「おい、シンに姫さん。モノクルって確か緑のちっさな体したあのかわいらしい奴だよな。」

ロンジはたぶんそんなに魔物に詳しくはない。が、モノクルはこの辺りではよく見かける動物だ。

「えぇ…でも…シェラフは…人の姿よ。」

ジェルナは、低く辛そうな声で途切れながらも答えた。

「やっぱりね。」

シンは、呆れたような仕草で返した。

そんな話をしている間にも次々と倒れていく人山で、すでに城門前は血の海となっていった。

「そんで?どうするよ。今日みたいな日にゃ生き残りは俺らぐらいだろうな。」

ロンジは呆れ口調で壁にもたれた。

「様子を見よう。モノクルの暴走は私も初めてみるし。」

「私って…お前、それぐらい統一しておかないか?」

お気楽なロンジはどうでもいい事にばかり気がいくようだ…

そうしている間に外門前には生きた人はいない。死体の山の上で、シェラフが…あの親友だったやさしい魔物が…返り血を浴びた左手を舐めている。

一瞬そんなシェラフと目が合った。すると、まるで嘲笑うかのような微笑を返してきた。

あれは、もうシェラフではない。そんな思いが湧き出てきた。その思いはいつの間にか、目から頬につたう熱いものになっていた。

「姫さん!」

ジェルナは、泣き崩れた。もう二度と戻ってこないだろうあのシェラフとの別れを感じてしまった。

「ロンジ!モノクルがこっちに来る!」

窓の外をずっと見ていたシンがいきなり声を上げた。どうやら城内に入ってきたらしい。シンが走り出し、階段の角のところでしゃがみ、警戒するように角の向こうを確認してから大丈夫と判断したのか手招きした。

「チッ、どうしろって言うんだよ。」

とりあえず、ロンジはジェルナをかっさらうように抱き抱えてシンの元まで走った。

「ちょっと、モノクルと話そうと思ってね。」

わけの分からない、シンの様子にロンジの頭もパニック寸前だった。

「じゃぁ、姫さんはおいて行った方がいいのか?」

そう口に出したとき、ロンジはジェルナに襟をつかまれた。

「連れて行ってちょうだい。私も話がしたい。」

ジェルナの言葉には声こそ小さいものの強い気迫が込められていた。

三人は、階段をゆっくりと降りていった。宝物庫は最上階の五階だ。四階は王族の者のみが使う部屋ばかりだ。一周したが何も見つからない。まだここまでは来ていないようだった。

二・三階は、主に兵士寮になっている。が、三階を見て回ると部屋は一つ一つ空けられ、鍵がかかっている部屋も扉が破られ中にいる者は皆殺しの状態だ。あまりにもひどい有様にジェルナは何度も吐き気をこらえた。

三階の一番奥の部屋に着いた。部屋からなにやらゴトゴトと物音がする。生き残っている者がいるのだろうか?

そっと部屋を覗いてみると…いた。血で全身を赤く染めた魔物の姿がそこにあった。部屋の住人は、首だけがシェラフの右手の上にあった。

あまりの酷さに絶句した。そんなジェルナにシェラフは持っていた首をその場に投げ捨ててスッと寄ってきた。

「お姫様、ご機嫌がよくないようですね。苦しいのなら一瞬で楽にしてあげましょうか?」

シェラフは長い舌でジェルナの右頬に刻まれた…あの辛かった日にできた古傷を舐めた。

「てめぇ、今まで姫さんをねらっていたのか?」

ロンジの言葉には、怒りが感じられた。

「フフフ、そうね。別の人格を作ったんだけどちょっと作りすぎたわね。なかなか実行してくれなかったし。」

クスリと笑うシェラフの胸ぐらをロンジが掴んだ。

「てめぇ、姫さんを利用しようとしてたんだな。」

襟を掴んだ手に力がこもり、だんだんシェラフの体が宙に浮いてきた。

「フフ、当たり前。」

「どうして!なんで?シェラフ!」

ジェルナは、泣きながら強い口調でシェラフに尋ねた。

「貴女にはわからない。一生かかっても。きっとね。」

さっきまでのお茶らけたような声ではなく真剣そうにそう言うとシェラフはスッとロンジの手を払った。そんなに力が込められていないように見えたが、払われたロンジはまっすぐ飛ばされ、血がべっとりと付いた壁に激突した。

「ウフフ、もうすぐ人間は終わりよ。いえ、終わらせるの。でもあなた達は最後。しっかり同胞が消えていくさまを頭に焼き付けてもらおうかしら。」

そう言って、シェラフは近くの窓を割り、飛んで逃げていった。ジェルナが最後に見たものは頬笑みながら城壁を跳び越えていく魔物の姿だった。ジェルナはまた、あの斬りつけられたときのように心が空っぽになった。

何が起こったのだろう。

自分が何をしていたのだろう。

わからない?…違う。わかりたくない。知りたくない。

…わかりたくない? 何を?

そっと目を開けてみる。目に映るのは…赤い…血?

誰の?誰がしたの…?

思い出せない?思い出したく…ない。

「…ま……さま、姫様。」

小さく聞こえた声に反応して隣を向いてみると、銀髪の少女がこちらを覗き込んでいる。

「姫様、ロンジが…」

「ロンジ?」

誰?

銀髪少女が向いた方を見ると、血の付いた壁にもたれ、ぐったりと頭を垂らした青の短髪の青年…

何があった?ロンジ…ロンジは?魔物にやられた?

魔物?…シェラフ! 私を…陥れたんだ。

「イヤ―――――」

パニックに陥ったジェルナは叫んだ。しゃがみ込んで、頭を両手で隠すようにしてまた泣き出した。

「ロンジ!ロンジ!」

大粒の涙が頬をつたう。ぐったりとしたロンジの肩を両手で揺する。

起きてほしい。これ以上誰もこの場所で死なないでほしい。そんな思いがジェルナの頭を駆け巡った。

「姫様。そんなにしなくても…」

「うるさい!うるさいうるさい、うるさい!」

シンの言葉をジェルナは大声で遮った。

「…うるさいのは姫さんの方だろ?」

「え…!?」

さっきまで、死んだようにぐったりとしていたロンジが髪を片手でくしゃくしゃとかきながら片目を少し開けた。

「単なる、打ち身ぐらいでしょう?」

「ま、そんなとこだな。」

ヘヘヘと、ロンジがいまいち力なさそうに笑う。

「なんだ…」

ジェルナの顔にも緊張が一気にほぐれたのか、ロンジの肩に置いた手を降ろすと自然に笑みが漏れた。

「ただ…あばら、折()かれたみたいだ。左が痛てえ。」

痛みに顔をしかめながら、無理に立ち上がろうとする。

「無理すんなっていったのロンジでしょうが。」

ジェルナはクスリと笑い、ロンジを座らせた。

「骨折直せるの?」

シンが心配そうにジェルナの肩越しにロンジの左胸を見た。

「骨折と外傷の治療は得意だから、任せなさい!」

そう言うとジェルナの手が、暖色系の明るい光につつまれた。

「一瞬で楽になるよ。」

そう言って、光につつまれた手をロンジの折れたあばら骨に当てた。

ハシュ

間の抜けた、空気が圧縮されたような音が鳴り、一瞬ロンジは痛みに顔をしかめた。

「はい、おしまい。」

ジェルナがそう言った後、ロンジは立ちあがり体をひねってみた。

「おぉー、すげー。これが魔法っていうヤツか。」

「さすが姫様!すごいです。」

二人とも、ジェルナの魔法に感心した。

「アハハ、それほどでも。」

さっきのまでの事を忘れて、気楽な三人は楽しそうに笑っていた。

「で、どうしましょう。この城…」

一通り見て回ったが、血塗れの…生存者たったの三名。城としてだけでなく、国全体でこれだ。再建は不可能だろう。

「シェラフ…あのモノクルは他の人間も殺すつもりみたい。私達のせいでもあるから、かたをつけに行った方がいいのかな?」

「ま、それも一里あるか。」

「私も賛成です。」

反対の意見がないので早速旅立つことに決定した。

「馬、生きてるかな?」

ジェルナは心配そうに馬小屋の鍵を開けているロンジに声をかけた。

「どうだろうな。」

シンだけは武器を取りに行っている。あの宝石みたいな変わった武器以外の武器はいまいち使いにくいらしい。

ゴトッ

馬小屋の扉を開け、中を覗くとそこは血の海…

というわけでもなく馬たちがぐっすりと寝ていた。

「完璧にモノクルの眼中にはなかったって事か?」

「そう…かな?」

呆れて言葉が浮かばなかったが、とりあえず馬小屋の中にいる全十頭の馬を連れて行くことにした。

もちろんその十頭とずっと一緒にいるつもりはない。どこかの国で余分な馬を売ればいいだろうという、とってもいい加減な考えだった。

馬の中で一頭だけ、馬車をひかせることにした。別に特に意味はないが、あえていうなら一つは絶対必要だが、そんなにたくさんはいらない。ということだ。

馬車を取り付け終わり、他の馬にも馬具を取り付けて、死体が山積みとなった門の前に向かった。

「…どうしよう、この人山。」

よく考えてみれば、この国の出口はここしかない。しかしこの門は何十人という死体の山でふさがれている。

そこへ、息を切らせた様子もなくシンが戻ってきた。背中に矢立、左脇のベルトに弓をぶら下げ、右脇には剣を下げている。

「すみません、遅くなりました。」

シンはジェルナに向かい軽く頭を下げた。

「ええ、それはいいけど、この人山を越えないとでられないの。」

そう言ってジェルナは視点を死体の山に戻した。

「それじゃあ、城壁を破ったら外にでられますか?」

またもや、シンの驚きの発言に二人は絶句した。

「あのな、城壁ってものは壊されないように頑丈に作った物なんだぞ。そんなに簡単に壊れるかよ。」

しかし、シンはロンジの言葉には耳を貸さずに、左手で剣をぬいた。両手でかまえて、集中する。

ボウッと剣が青白く光った。次の瞬間シンは両手で剣を大きく振り下ろした。

すると剣が当たったわけでもないのに、城壁がガラガラと音を立てて崩れた。

「…どうやったんだ?」

目の前で起こったあり得ないことに今日は驚きっぱなしのロンジが呆れまじりの声でシンに尋ねる。

「まぁ、気にせずに行きましょう。」

もう一度剣を振るい、壁を崩してからシンは国の外へ出た。

二人は呆気にとられながらも崩れた壁をどかしながら、外へ出た。

十頭の馬を率いた三人の無茶苦茶な旅はこうして始まった。

 

 

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