虹の待つ森へ 

第5章  悲劇

「やーっと、終わったー」

シェラフのおかげでいつもの半分、四時間で終わった。

「ありがとうシェラフ、おかげでかなり早く済んだわ!ナルスにもお礼を言わなくちゃ!」

主に物の置かれる宝物庫内の二階から階段をゆっくりと下りる。

「う、うん…そうだね。」

シェラフはあの玉を見てから、ずっとソワソワとしていて落ち着きがないようだ。どうかしたのだろうかと不安になる。

「シェラフ、どうしたの?鍵をかけるから早く出て!」

「う、うん」

シェラフは、名残惜しそうに一度振り返ってから部屋を出た。

宝物庫の大きな扉を閉め、扉の真ん中に鍵穴の変わりにある手形に手を当てる。少し手のひらに痛みを感じながらも扉を閉めることに集中する。

この宝物庫の扉は王家の血で封印されているらしい。仕組みはよく知らないが王家の者の血自身がこの部屋の鍵となるらしい。

この城には王家の者の血が関係するものがありすぎるぐらいある。どうしてそんなに血が必要なのかよく分からない。

「ねぇ、もし王家の者でない人がこの扉の手形に手を添えるとどうなるの?」

不意にシェラフが問いかけてきた。

「えーっとねぇ…確か全身の血を吸い取られて死んじゃうんだって、ナルスが言っていたような気がする。」

「ふーん、そんな力が…」

シェラフは、自分の身長の四倍はありそうな大きな宝物庫の扉を見上げた。

「そっか。じゃぁ、中にある物は絶対似盗まれたりしないよね。」

「当たり前じゃない!さ〜て、お腹空いたなぁ〜」

ジェルナは、疲れた様子で扉から離れていった。

「…時は満ちている…」

あまりの疲れにシェラフの小さな呟きに気付かない様子で…

…?

少しうつむき加減でベッドに座っている少女…イヤ、少年が長い銀髪を手ですくう。

「本当に…シン…なのか?」

すると、少年は小さくうなずいた。

シンの話では、昼と夜とでは今のように姿が変わるらしい。日が出ている間は茶髪に茶眼だが、日が暮れると今のように銀髪にグレーの瞳となる。

だが、ロンジの予想では姿だけではなく性格も変わるようだ。昨日や今日の様子を見ていると、まぁ昼の間は元気でしっかりした感じがある。ところが、日が暮れるとどこかナヨナヨした内気な…それこそ少女のように感じられる。

「あの、えっと…ここに来る前からこんな感じで…えっと、それで…どうしたらいいか分からなくて…」

しゃべる言葉も今の方がしっかり文章になっている。が、声が小さくて聞き取りにくい。

「あ〜っと、無理してしゃべらなくてもいいぞ。てか、もう寝とけ。」

ロンジはその少女のような内気なシンと話すと、少女を泣かせかけているような複雑な気分になってきた。さすがにロンジもそういうのは苦手のようだ。さっさと二段ベッドの上の段へ上がり仰向けに寝転がった。

「す、すみません」

シンは聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声で礼を言った。

……

「なぁ、お前って二重人格か?」

「え!?」

しばらく続いていた沈黙をロンジがいきなり破った。

「だから、お前の雰囲気って言うの?それがなんか違うような。」

「やっぱり、そう思いますか?」

やはりシンの声は小さい。昼のイメージとは大違いだ。

「なんて言うんでしょうか…太陽と月がそれぞれを呼ぶんです。」

「太陽と月!?」

あまりにもとんでもないことを言うので、ロンジは急に大声で聞き返した。

「…はい、なんて言うか…その…」

さっきのロンジの大声で驚いたのか、少しおどおどした様子で続きを話そうとした。

「ということは、お前は自分のことがよく分からないってことだよな。」

ロンジはベッドから飛び降りて、両手を上の段にかけ、シンのいるベッドを覗き込むようにして言った。

「えっと…その通り…です」

シンはさらにうつむいて、小さな声を返した。

さっきからシンは恥ずかしいのか、目を合わせようとしない。時々話がとぎれたときにちらっと覗くように見てくるだけだ。

そんなシンに、ロンジはある提案を出した。

「探さねぇか?一緒に。お前の過去を。」

その言葉を聞くとずっとうつむいていたシンの顔がロンジの目を見た。

驚いた表情を浮かべて。

「えっ!…で、でも…仕事があるんでしょ?」

一瞬だけシンの顔がパッと輝いたが、また俯いてしまった。

するとロンジは右手で自分の胸を任せろと言いたげにどんと叩いた。

「心配するなよ。そろそろここを出たいと思っていたんだ。外の国の様子とかも知りたいし。」

そういってロンジは笑みを浮かべた。

「…結局それが目的じゃないですか?」

シンもクスクスと笑い、部屋の中を穏やかな雰囲気がつつんだ。

「キャー」

しかしその穏やかさも、とつぜん聞こえた叫びにかき消された。

ど、う…して?

魔物に右脇腹の辺りを切り込まれ、階段に背中から落ちるように倒れていくジェルナの心の中はいっきに空っぽになった。

それは今よりほんの少し前に起きた。

ジェルナが眠ろうと床につき、明かりを消した時。黒い影がジェルナの寝室から出ていくのを感じた。

誰だろう…

寝室に、それも眠る時間の前後に人が出入りすることはない。不審者だろうか。そんな事が、ジェルナの頭によぎった。しかし、ジェルナはそんなことに怯え、明日の朝まで待つというような事はしない。むしろ興味を持ち、探ろうとする。そんなお転婆な女王様は、完全にさっきの黒い影が部屋から出たのを確認してから、行動を起こした。

部屋の明かりをつけずに寝間着から鮮やかな朱色の動きやすい普段着に着替え、手に愛用の短剣(実際人に対して使ったことはないがとりあえず護身用)を持ち無謀にも一人で黒い影を追った。

黒い影が止まったのは、宝物庫の大きな扉の前。

泥棒かな…?

本当は、少し怖がらなければいけないがジェルナは興奮からソワソワとしていた。滅多にない事は結構どんなことでも楽しむとても前向き(?)な性格なのだ。もちろん、それによって周りの者が振り回されて苦労するのは言うまでもない。

ガガガガガ…

扉が…開いた?どうして?開かないはずなんじゃ…

黒い影は、二本の長い手を扉に突っ張り押している様子だ。

「な、なんで?」

突然の目の前に起こっている事態にジェルナはパニックになった。

その間にも、扉は大きな音を立てて開いていく。

そしてある程度開いた扉の隙間から黒い影がスッと中に入っていった。

捕まえなきゃ!

そんな思いがジェルナを動かした。

もう、手遅れだったのだ。この時点でもう…

中に入ってみると真っ暗で何も見えない。

上の方から物音が聞こえてくる。しかし階段を昇っても視界にはいるのは闇しかない。

しかし、いきなりボウッと赤く光る丸い物が浮いているのが見えた。それも、二つ。

シェラフが掃除の時に見ていたあの玉に似た丸い玉が。しかし、すぐその玉は小さくなった。そして横に移動した瞬間、まばゆい光につつまれた。

なんだろう。

ジェルナは光が消えた後さっきの光の原因求め、その玉が浮いていた場所に近づいた。

グルルルルル…

まるで猛獣の喉が鳴るような音が響いた。

次の瞬間。ジェルナは見てしまった。

あのシェラフがまるで別人のような…イヤ、別の獣のような姿をしていたのを。

二つの小さくなった紅い玉はシェラフの瞳だったのだ。

「キャー」

そう叫んだ瞬間、ジェルナはぎらぎらと紅い目を光らせるシェラフの爪の餌食となった。

「平気か?」

ジェルナが階段から転げ落ちる寸前。後から、がっしりとした手が抱きかかえるように支えた。

そっと目を開けてみると、人の顔の輪郭と青の短髪がぼんやりと見える。だが、はっきりとは見えない。

「だ…れ?」

今ジェルナは、判断がいまいち出来なくなっていた。

「こりゃ重傷だな。血の流し過ぎか?ったく、姫さんも大変だな。」

その言葉でハッとした。ロンジだ。

「ロンジ、お姫様は大丈夫なの?」

だんだん目が慣れてきた。横から長い銀髪を垂らした少女が覗き込んでいる。

「だ、大丈夫だよ、このぐらい。」

少し無理をしながら、起き上がる。右脇腹に激痛が走った。

「ッ!」

「ほら、無理すんな。」

右の脇腹を見てみると、かなり血が流れている。

「シン!そこのカーテンとれ!」

シン?その子が?

「破っていいよね。」

「当たりめーよ。」

ガシャ。という音とビリ。という音が同時に鳴った。

「はい。」

シンの手にはびりびりに破けているカーテンがある。

ロンジはジェルナを右手で支え、左手でシンから破れたカーテンを受け取り、起用に口を使いそれをまた細く裂いた。

「シン、ジェルナを支えろ。」

ロンジはシンに痛みに顔をしかめているジェルナを渡し、さっき裂いたカーテンをジェルナの体に一周させた。

「ったく。おっ、結構細い腰だな。」

ロンジはジェルナにきつく睨まれた。無礼な発言に睨むぐらいの力はあるようだが、さすがに手は出せない。

ついでにロンジは、ジェルナを挟んだ向かい側からも冷たい視線を感じた。

「あらら、あんまり力が残ってないようだな。ぶたれると思っていたが・・・」

その言葉を聞いて、元気になったら二・三発ぶん殴ってやろうとジェルナは心に誓った。

「さ〜て、ドレスじゃこんなコトできなかったかもな。かなりきつくいくぞ。」

グッ

ロンジの持ったカーテンがジェルナの傷口を硬く、きつく塞ぐ。一度結んでからまたぐるぐるとジェルナの体に巻き始める。

「こんなもんか。とりあえず一生傷になるのは覚悟しておいた方がいいな。まったく、よく傷が付くぜ。」

最後に結び終わるとロンジの口からため息が出た。たぶん、集中した作業で疲れたのだろう。

「ありがと。」

応急処置だがしっかりとした止血がされ、少し楽な気がしてきたジェルナはスッと立ち上がった。

「でも、不思議。ただのカーテンの止血だけなのにかなり楽な気がする。」

「普通、楽になるわけないと思うんですけど。血があんなに流れ出たんですから。」

シンが不思議そうな顔をして聞く。

「ま、あれじゃないの?確か、姫さん治療の魔法使えるんでしょ?」

「なるほど。」

ロンジの言葉に二人が同時に納得した。

「なるほどって、姫さん。気が付かなかったのか?」

「うん!」

「うんって…」

もう一度、ロンジの口からため息が出た。今度のは疲れからではなく、呆れからのようだ。

「そういえば!宝物庫から出てきた人、誰か見なかった?」

ジェルナはハッとして二人に聞いてみた。こんな聞き方をしたのは、もしかしたらシェラフではないかもしれないという淡い期待からであった。

すると二人は顔を見合わせ、さぁ。と一言

「そっか。」

思わずため息がでた。でも、心のどこかで少しホッとしている自分がいた。

 

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