虹の待つ森へ
第4章
国宝の光国宝の整理と掃除。年に一回、この日にやる。
あまり好きではないけど、これが王家に生まれてきた者の仕事。一応いつも一人でこなしてきた。でも、ナルスが珍しく、シェラフに手伝ってもらってもいいといってくれた。
毎年、国立祭の間に終われそうになかったらナルスに手伝ってもらっていたが、ナルスも今日はとても忙しいらしい。それでシェラフが変わりにする。というわけだ。
「…それにしても、埃っぽいわね。」
国宝のしまわれている宝物庫の大きな扉を開けると。鼻が良いシェラフは苦しくなったらしく、ゴホゴホとむせた。
「まあね、そりゃこの部屋が開くのは、一年に一回、国立祭の日だけだもん。先々…あれ?いくつだったかなぁ。」
確か私で第十一か二代目だったことは憶えているのだけれど…
シェラフが横でクスクスと笑った。
「よく憶えてないけどずっと前の王様が、そういう鍵の魔法をかけたんだってさ。」
でも、そんなに言うほど埃っぽいとは思わないけど…
「まぁいいや!さあ、取りかかりましょうか!」
何故かこの国の国宝は多くて、宝物庫は広い。毎年、朝早くから始めても夜遅くぐらいにやっと終わっていた。
それは人不足もあったが、やる気も起こらないでいたのが大きかったな。と思っている。
「ねえ、この箱には何が入っているの?」
ふと、シェラフが聞いてきた。シェラフの手には丈夫そうな宝石箱がある。
国宝の中には、一つだけ丈夫そうな箱に入った物がある。
「ああ、それは確か、紅い玉だよ。」
「紅い玉?なぜそんな物が国宝なの?」
そういえば…毎年、整理の時にナルスに国宝の説明をしてもらっていたが、覚えていない。というより聞く気がなかった。覚えているのは、一つだけ、宝物庫の至る所に飾られている指輪のことだけだ。
その指輪は、王家に生まれた者の結婚の時に使われていた指輪なのだそうだ。「お嬢様の指輪もいつかここに飾らなくてはね!」とナルスが言っていたのを覚えている。
「…ごめん、覚えてないや!でも、ナルスならたぶん知っているよ。ここの辺りのことなら、資料館の本よりよく知っているからね。あ〜あ、あたしも見習わなくっちゃ。」
これから憶えれば、なんとかなる。それがいつものパターン。だけど憶えた試しは一度もない。
「ねえ、あけても良い?見てみたいの。」
キラキラと、シェラフには珍しく好奇心を表した目でこっちを見る。
ここの所、シェラフはよく自分の気持ちを言うようになったな…
「いいよ、直接さわらなかったら、たぶん何ともないだろうし…」
アハッとシェラフは本当に嬉しそうに笑った。
「ありがとう。」
そういって、シェラフはそっとふたを開けた。ジェルナも気になって横から覗いた。
中には、紅い玉。その紅い玉は、不思議な光を宿していた。まるで紅い煙が中でぐるぐる回っているような、ジッと見ていたら自分の魂が奪われてしまいそうな…そんな感じだった。
しばらく見とれていたが、その後、シェラフに目を向けると、シェラフの様子が少しおかしいのに気が付いた。体が、小刻みに震えている。明らかにいつもと違う目をしている、まるで目の前の紅い玉がそのままシェラフの右目の眼球になったような…そう、喩えるなら獰猛そうな目…
慌ててふたを閉じた。そして、シェラフの目を見てみた。すると、シェラフはいつものような優しそうな瞳に戻っていた。
「どうしたの?」
シェラフが聞いてきた。
「あなたの顔が怖くなった。」なんて言えない。
「いや、別に…あ、あまり時間なくなると後がとっても大変だから早く続きをやろう!」
適当にごまかしておいた。
「…そうね。」
声のトーンがいつもより少し下がっていた。シェラフは何か考えているようだった。
シェラフが何を思っているのか、何を考えているのか。少し気になるが、聞いてはいけないと感じた。
この時はまだ何も知らなかった。知っていたら…この時箱を開けることをあきらめさせていたら…何もかも起こる事を防げたのかもしれない…
でも、もう遅いんだ。
*
「残念だったな。今年も俺の勝ちだ。」
ヤミナとの戦いはいつもの通り、俺の勝ちで納められた。だが、少し危なかった。あいつもだんだん強くなってきている。負けるのはもしかしたら時間の問題か?
それはない。と頭を振り、同時に不安な思いも振り払った。
試合終了の合図がなり、ヤミナに一言言った後、急いで観戦者をかき分けセジックとシンの所に戻った。
「強いのは相変わらずだな〜。お前ぐらいの実力者なら昇進させてもらっても良いんじゃないか?」
そう言われて、照れくさそうにヘヘッと笑う。
「いいんだよ、門番で。間違っても、騎士隊にははいらねーぞ。俺は、魔物殺しの趣味はない。」
騎士隊の仕事は王族の護衛と魔物の退治にある。俺は、遊びで戦っているんだから、その遊びを仕事に回す気はちっともない。
「ったく、宝の持ち腐れってのはお前のような奴のことを言うことをいうんだぜ。」
ククッとセジックは笑う。
「…俺、フェンシング、やってみたい。」
ボソッとシンが呟いた。
なんだよ、いきなり。
「…お前できんのかよ。」
馬鹿にしたような態度で、シンに接する。
「相手、して。」
「なんか、やりたくねえな。」
ごまかして断ろうとした。
「バーロ、国立祭のルールは何だったか。ロンジ、分かってるだろ。申し込まれたら断れないってな。」
笑いながら、セジックが言う。
余計な事をつっこみやがって。
「わーったよ。じゃ、シン、こっちだ。付いてこい。」
*
試合終了の合図。立っているの一名・・・
意外だ…。シンに負けた。この負け知らずの俺が初めて負けた相手が、こんなチビなのか?
「…俺の、勝ち?」
シンは余裕のある顔で、倒れているロンジを前にレイピアを持ち立っている。
あいつ、これで終わりか?って、いうような顔をしていやがる。
「おぉすっげー、城一の剣使いが、負けたぞ!」
「しかも、相手は…金のドレスの少女だぞ!」
周りがはやしたててきた、うっとうしい。
「うっへ〜、ロンジが負けるなんてな。シン、お前スゲ〜ぞ。」
驚きながら、セジックが二人のもとへ近づいてくる。
セジックまで…
「信じられねーな。お前どこで剣術習ったんだ?もしかしてロンジに教わったのか?」
「そうじゃねえ、俺は何も教えてねぇよ。教える暇はなかったからな。」
そこがムカツクんだよ。
「わからない。ただ、思いどおり、以上、体が動いた。それだけの話。」
シンは表情一つ変えず、淡々と話す。
まあ、あの動きは、だいぶ体術をやってなければ出来ないような動きだったな。脇腹に剣を当てようと思ったら、ふわっと浮いて、宙返り。あっという間に後ろに回られて、あっさり倒されたもんだからな。
「お前のは、剣術じゃなくて、体術だよ、あんな技。反則だ、反則。」
「大人げないぞ、ロンジ。負けは負けだろ。まあ、あの技で、シンのこと精霊だって言う奴が何人かいたな。ふわぁって飛んでさ。格好良かったぜ。」
あれは感動ものだ。とセジックはシンを誉めた。
「精霊、なんて、いる?」
アホ。
「いるわけねーだろ。喩えだよ。喩え。分かった?」
「…うん」
その言葉にシンは俯いた。
なんか、きゅうにシンの顔が暗くなったような気がするんだが、そんなことで暗くなるだろうか?
「まぁまぁ、俺初めて見たよ、あんなの。感動したぜ。 よし!俺は食堂へ行って、シンの分の飯も買ってきてやる!もちろん、俺のおごりだ!」
セジックがなぜか何もしていないのに胸をたたいて言う。
「シン、昼飯いるか?」
シンの方を向くと首を横に振っている。
「だとよ、パンで十分みたいだぜ。ついでだから、俺にも何か買ってくれよ。」
「やだよ、負けた奴はどうでもいいよ。」
何だと?
セジックを思いきり睨むと、そそくさと去っていった。
「分かったよ。今日は記念パーティだ。ロンジの負けのな!」
ハハハと笑いながら、セジックは食堂の方へ向かった。
「…アイツ、ぶっ殺してやる。」
握った拳に力がはいり、関節が白くなる。
「ダメ、殺す、いけない。」
ボソッと漏れた愚痴に、シンがつっこんだ。
「なんだよ。お前まで…」
*
あっという間にもうすぐ日が暮れる時間になった。国立祭は時間が早くて困る。一日だけなのは少し辛いが、休みボケをする奴が少ないという面ではいいのかもしれない。それでも明日は徹夜明けの奴が多いかもしれないが・・・
国立祭の夜は、うるさい。外は暗いので、戦いゴッコは終わる。だから、あちこちで宴会を開く。酒飲みがさけび、賭け事をする奴もいる。みんな羽目を外すので、誰も羽目を外すことに抵抗が無くなる日でもある。だから、うるさい。酒癖悪い奴がいるとまわりが面白がって思いっきり飲ませる。男女、老人や子供まで関係なしだ。
「おい、もうすぐ日が暮れるぞ。中に入ろうぜ。」
セジックが一番先に言い出した。セジックは酒飲み集団が嫌いで、夜は部屋にこもっている派だからだ。
その言葉を聞いて今まで、夢中で観戦していたシンが急に目が覚めたようにハッとした。
「先、部屋、帰る。」
そういって、シンは駆けだしていった。
「…何があるんだ?」
「さぁ…日の入りが見たいとか?」
「それはないだろ…って言う前にどこでもみれるじゃねぇか」
「あ、やっぱり?」
ロンジとセジックは呆然とその様子を見ていたが、結局追いかけることとなった。
「おい!待てよ!
シン!」ロンジの呼びかけも耳に届いていない様子で、シンは夢中で走っていた。
「は、はえー…お、俺ギブ。ロンジ、先行って。」
体力のないセジックはあっさりギブアップして座り込み壁にもたれた。かなり息が切れている。
「ほいほい、お前サァ、少しは鍛えろよ。」
「ハッ、ほっとけよ。」
それだけ言うと、ロンジはスピードを上げた。全力疾走。しかし、追いつかない。あっという間にはなされた。
シンは城の入り口の前を素通りして、どこかへ行った。
「…どこへ行くんだ?」
ロンジの問いには、すぐに答えが返ってきた。
窓だ。ロンジとシンが使っている部屋の窓の真下まで来て、思いっきり跳んだ。窓まで飛ぶと窓枠に落ちないように捕まり、すっと窓を開けた。窓は内開きなので、軽く押すと開いた。
「…嘘だろ?あいつ。絶対異常だ。…本当に人間か?」
ロンジとシンが使っている部屋は、三階にある。ひとっ飛びなんて信じられない。が、実際に今見たのだ。見たということは信じなければなるまい。
ロンジがぼやいた瞬間、何か光のような物がシンをつつんだ。
「なんだありゃ。」
不思議に思いながらも、自分は窓からはいるのをあきらめて城の入り口から入った。
「あれ、シンは?」
二階に着いたとき、後から声が聞こえた。セジックだった。
「あいつ、窓から部屋に入った。」
「ハハッ、嘘だ〜。そんなまじめな顔して言うなよ。シンどこに行ったんだ?お前と一緒だったんだろ?」
真面目に本当のことを言ったのに笑われた。まぁ、仕方がない。
「信じる信じないはお前の勝手だけどな。」
もうこいつには通じないとロンジはあきらめた。
「なんだよそれ。ま、とにかく俺は自分の部屋に戻るわ、シンによろしくぅ」
それだけ言って、セジックは自分の部屋に戻った。
ロンジがシンのいる部屋に着き扉を開けようとした。が、開かない。鍵がかかっているようだ。
「おい!シン!開けろ、俺だ!」
扉をドンドンと叩いたが返事がない。
「おい!開けろ、いるんだろ!」
もう一度呼びかけたが、返事はない。
カチャ
鍵の開く音がした。
「なんだよ、いるじゃねぇか。」
そう言って、ロンジは扉を開けて中に入った。
「おいシン、灯りもつけずに何をやっているんだ?」
やっぱり返事が返ってこない。
灯りをつけながらシンの姿を探してみた。
ゴソッ
二段ベッドのカーテンの閉まる方…下のベッドの方から物音がした。
「そこか?」
シャァー
ベッドのカーテンを開けてみた。
そこにいるのはシンではなかった。部屋の明かりに照らされてきらきら光る銀髪を長く伸ばした少女が顔に驚いた表情を浮かべて座っていた。
きれいだ。ロンジは目を丸くしている銀髪の少女に見とれて数秒間動けなかった。
「あ…の」
「あ…わ、わりぃ。部屋、間違えた。」
ハッと、目が覚めたようにロンジはそれだけ言うと慌ててカーテンを閉め、部屋から逃げるように出た。
「あ、焦った…って言うか、あんな奴この城にいたか?」
ドアを閉め、少し乱れた息を整えるついでに部屋にいた少女のことを考えてみた。
とりあえず、見たことがない顔だ…と思う。という答えが出た。
あとは、一体どこの誰だ?なぜ俺の部屋にいる?っていうか、本当に俺が部屋を間違えたのか?という問しか浮かばなかった。
これでもロンジは今まで八年間ここで働いている。だいたい城の中にいる人とは顔見知りのはずだ。会って顔に覚えがない人はたまに来る商人の中で数人いるかいないかぐらいと家や家族を失いどこにも居ることができなくなって、また新しく城で世話になることになった子供達ぐらいだ。
さっき開けたドアのプレートにもう一度、顔を近づけて見てみる。そこは間違いなくロンジの部屋だ。間違ってはいない。ということは…
「泥棒か?」
その答えを出すと、いきおいよくドアを開いた。
バンッとドアが壁を叩いて大きな音が鳴り、明かりに照らされた部屋を見回す。ベッドのカーテンの隙間から見るとやはりさっきの銀髪の少女がいた。
勢いよくカーテンを開けようとする。すると今度は少女の抵抗があった。カーテンをしっかりと掴んで開かなくしているようだ。
「オイ、不法侵入で訴えるぞ。」
「…何それ」
とりあえず、カーテンを開けようとしながら叫んでみるが、一瞬力がゆるんだだけで、結局開けてはくれない。
仕方ないので最終手段…反対側から開けてみる。
するとあっさり開いた。結構馬鹿だなこのガキ…
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