虹の待つ森へ
第3章
国立祭旅人ってこんなに凄い奴ばっかなのか?
部屋に案内した後すぐに仕事の交代時間だったから部屋を出たが、いつの間にかあいつは外に出ていて、門を通って出て行ったと思ったら、すぐに何か台のような物を担いで戻ってきた。
その後またすぐにその担いでいた台に樽を四つも乗せて、五往復。あっという間に中が空になっていた樽が無くなっていたのには驚いた、そのうえ、疲れた様子も少しもみせず、夕暮れ前には終わらせてそろそろ日が暮れると思うころに部屋に向かって走っていった。
「よう、もう寝たか。」
部屋には、シンがいるはずなのに、灯りもつけず真っ暗だった。
灯りをつけてみると、二段ベッドの下のほうでカーテンが閉めてある。
「おーいシン、寝るには少し早ーぞ。」
カーテンを開けてみると、蒲団に包まっていた。なんか、外からの者を遮断するように、足の指はもちろん髪の毛一本、蒲団の外に出ていない。なんか凄い。
「しゃーねーな、今日は寝かしといてやるよ。だけど明日は覚悟しろよ、朝まで寝かせねーからな!」
もちろん、毎年国立祭の日に寝るやつなんていない、みんな、朝まで酒飲んでいたり、カードをしていたりするようなものだ。寝ている奴がいたらしっかり部屋に鍵を掛けないと酒癖の悪い連中の餌食になるだけだから、それもあって寝る奴はあまりいない。
*
「おはよう…」
「ん…ああ・・・お前か、意外に朝早いな・・・」
朝に起こされるなんて久しぶりだ…それも国立祭に。
…それより、いくらなんでも早すぎだ。太陽がやっと昇ったって言う時間。
朝は苦手なのに、何のようだ…
「はぁ…シン、朝っぱらから暗い挨拶すんなよ。んで、こんな朝早くに何のようだ?」
「国立祭、何の日、教えろ。」
そんなこと、昨日聞けばいいのに…
「人に聞くのに、そんな態度をとるのか?教えて下さいだろうが、く・だ・さ・い。」
「…教えて、下さい」
・・・こいつと話していると俺がばかみたいなような気がしてくる。
ロンジは眉間にしわを寄せた。が、相変わらずシンは無表情である。
「まあいい。国立祭ってのはな、十年ほど前にあったの大きな戦争が終わって、これからは平和に過ごしましょうって言うことをきめた日だ。」
相手が頷くのを見て、続きを話す。
「でもな、人間は戦いが好きな生き物なんだ。だからな、国立祭では、広間とかで試合が出来るんだ、そして勝負を挑まれたら絶対断っちゃいけないんだ、まあ勝負っても木刀で叩き合いってもんばっかだけど。」
シンはふーん、とでも言いたそうな顔をしている。
「そんじゃ、ま、一応国立祭では、制服じゃなくて私服でいるのがふつうなんで、更衣室に行きましょうか。」
「更衣室、知らない、まだ、教えてもらってない。」
そういえば…と昨日部屋に元着ていた服があった事を思い出す。
「これから案内してやる。それと、お前が着ていた服はもう更衣室のロッカーに入れといたから。」
「…そう。」
*
「ここがその更衣室、城を出るときには特別なとき以外制服で出ちゃ駄目。んで、城の外に出るときはここで着替えるんだ。」
「俺、毎日、城の外、出る…」
「だからそれが特別なときなんだよ。仕事で出るときはいいの。」
更衣室は幾つかあるがここは、暗くて狭くて長い。こういうところは倉庫向きだと思うんだがな、使いにくい…
「ここ、おまえのロッカーナンバーは
F3の408だ、覚えておけよ、たまにこのナンバーで呼ばれる事ってあるんだからな、特におまえは新入りだからあまり名前を知ってる奴がいねーだろ、そう言うときはナンバーで呼ぶんだ。ま、奴隷みたいだからやめろという奴もいるが、これが便利なんだよな。」もちろんナンバーは水増しで、本当は五十個しかないが。
「…これ、俺の、ちがう。」
シンが持っていたのは、金色のひらひらドレスだった。
いきなり見せられその豪華なだけのセンスのないドレスを見て笑いがこみ上げてきたが、必死に押さえようとした。
「あー、またか、新入りいじめ、安心しろ、いじめってもからかってるだけだ。国立祭では歓迎の意味も込めてこうやってからかうんだよ。あきらめてそれ着ろよ、かえって反抗して制服で行くと睨まれるぜ。」
「…」
困った様子を顔に表したシンが、可愛く思えやはり我慢できずに笑ってしまった。
「早く着替えないと、他の奴が来るぜ。おまえ人前に出るの嫌いなんだろ。」
そう言うと慌てて着替え始めた。
やっぱ、なんかこいつおもしろい。
「先に行くぜ、大広間にいるから、なんかあったら来いよ。あとロッカーの扉に鏡が付いているから姿が気になったら見たら。」
未だ不安そうな顔をしているが頷いたシンを確認して部屋を出ると、同僚の緑髪。セジックが声をかけてきた。
「おっ、おはよー。珍しいなロンジが早起きしてる…今日は雨か?国立祭なのに、降らないといいんだが。」
「・・・会ってはじめの挨拶がそれかよ。俺も好きで起きた訳じゃないんだよ。」
ロンジは苦笑を浮かべた。
たまに早く起きるとこれだからなあ…
「ふーん、じゃなにか、旅人の新入り君が早起きなのか?」
「ま、そんなとこ。今からどこ行く気だ?」
「ん、あぁ格闘大会見に行こうと大広間にな。おまえも来るか?」
「あぁ行くつもりだ、一緒に行かせてもらおうか。」
今のような朝の時間帯には格闘大会のように準備が少なくてすむ物ばかり人が集まる。
ま、ここ五年ほど行ってないけど。
広間に行くと、以外と人が多かった。
起きてるのはセジックを合わせて十人前後だと思ってたが、意外にみんな早いんだな。知らなかった。
…シン、大丈夫だろうか?
少し不安になってきたが、迎えに行くのも面倒だ。心配しても仕方がないのでセジックの隣でぼーっと観戦する。
「やっぱ、競技って見てておもしろいよな。やってるとさ、ひどい目に遭うけどな。やっぱみてるだけで十分だ」
「セジック、そんなこと言ってるから弱虫扱いされるんだぞ。って言うか弱虫だからそんな事言うのか?」
嘲笑を浮かべる。
「ほっとけよ、どうも俺は殴り合いが嫌いなんだ、あ、もちろん血が流れるのもな。」
ばかばかしい。自分が痛い目に遭うのが嫌いなだけだろうが。弱虫が
「おーいロンジ、女の子が呼んでるぜー」
遠くから声が聞こえた、ロゼム騎士隊、騎士隊長のヤミナだ。
「ん、誰だ?女の子って?」
ヤミナの近くに行くと、ヘアバンドをした茶色のロングヘアーの子が立っていた。少しひいているようだ近づくと、俺の背中に回り込みしがみつくような状態で、ヤミナを警戒するように睨んだ。
どうしてそんなに警戒するんだ?
………っていうか、なぜ俺の後ろは平気なんだ?
しかし、こんな子いただろうか?
茶色の長い髪、茶色のくりくりした目、そして彼女が来ているのは金色のドレス…
シンか!
「おまえ、シンか!かわいい顔をしてると思ったら、ほんとに女みたいだな。」
センスの無さそうに見えたドレスだが、こうしてみると案外似合っている。
・・・言ったところでシンは喜ばないだろうが。
「ヤミナ、こいつは男だ。」
ロンジはハハハッと笑いまじりでシンに話しかけ、ヤミナにもふった。しかしヤミナは嘘だというばかりの動作をした。
「男だー?じゃあ、何でそんなドレス持ってるんだよ。もしや女装が趣味なのか?んなわけないよなぁ」
気付いてない…ほんとに女だと思っているようだ。
「あのな、この服はお前のいたずらだろうが。ナンバー408ってったら分かるだろ。」
「…え、じゃあこいつ新入りの…」
新入りの服のいたずらはいつもこいつの仕業だ。自分で服を入れておきながら忘れるとは呆れてしまう。まあこいつらしいが…
「そ、分かった?こいつ、この様子からして他人にはすぐに慣れないみたいだな、あんまりいじめるなよ。」
と言っても、なんかシンの反応が俺の時よりもひどいぞ…そんなにヤミナのことを警戒しなくてもいいんじゃないか?ていうか、俺や姫さん、それに側近の奴にもそんな態度取ってなかったのにな。まるで昨日とは別人だ。
「シンこっちに来てろ。じゃヤミナ、後でな。」
これ以上シンのひいている姿を見るのはなんだか気が引け、その場を立ち去ろうとした。
「ちょっと待てよロンジ、昼あいているか?勝負だ、広場で、そうだな…フェンシングで勝負だ。否定は受け付けないぜ。今年こそは勝つからな、覚悟しろよ。」
…またか、こいつもこりないなぁ。と心の中で呟く。
「はいはい、なんなら午後の部一番でやるか?」
「お、言うねえ。じゃ申し込み行って来るわ。」
反応が早い。まあいい、これでヤミナもどっか行ったしシンもいいだろう。
と、思ったが、相変わらずシンは離れない。
「おーい、シン君。もう離れてもいいだろう。ヤミナは戻ってこないからさぁ。それに友達待たせてるんだよ。いい子だからねぇ。」
ロンジはシンの方へ向き、大げさに手を動かし、小さな子をあやすような馬鹿にした様子で言った。
呼びかけに答えてくれない。っと、おもったら返事が返ってきた。
「…やだ、人おおすぎ、落ち着かない。ロンジ、近く、居たい。部屋、帰りたい。」
昨日からちょくちょく思ってたが、単語ばかりだ。今の発言で俺には少年と言うより、幼児みたいに思えるぞ。
「はぁ、分かりやしたよ、よしよし部屋に帰ろうなぁ。でもその前に友人の所行くぞ。いいな?」
シンがうなずいたのを確認して、うっかり放って行ってしまったセジックの方へ向かった。
「全く、いくら彼女が呼んでるからって、放って行くなよな。」
「わりい。うっかりしてた。って言うか、こいつは女じゃないよ。新入りの奴だ。」
「嘘だ〜、照れなくてもいいぜロンジ。かわいい子じゃねえか。しかし凄い服だな。」
セジックは、碧眼を面白そうだなと言うようにきらきらと光らせている。こいつもヤミナと同じ間違いをしているようだ。
「こいつがこれを着てるのは、ヤミナのイタズラだ。」
「あ〜ぁ、そっか。へ〜、なんか俺の時よりましじゃね〜か。ロンジの時なんてあれだろ
ムググ…」焦った様子で、ロンジはセジックの口を塞いだ。
「余計なことまで言わなくてもいい。誰も言えなんて言ってないぞ。」
こうでもしとかないといつまでもしゃべってそうだな。このおしゃべりが…
するとシンが(まだ後ろにひっついてるよ…)服の裾を引っ張ってきた。振り向くと、セジックの方を指差した。
「ロンジ、友人、苦しそう。離す。」
セジックを見ると、口をふさいでいた手が、鼻まで隠している。そのせいか、苦しそうにもがいている。
「わ、わりぃ。つい。」
慌てて手を離すと、セジックは、むせこんだ。
「つい、じゃね〜よ。ゲホ… 死ぬかと思った…ありがと、新入り。」
「どういたし、まして」
「いくら思い出したくないからって、やりすぎだろが。まあ、ムキになっても仕方ないかな。」
元はと言えば、自分のせいだろが…
「セジック、俺は午後までこいつと部屋にいるわ。用があったら呼びに来いよ。」
セジックは何か考え込んでる…もしかすると
「じゃ、俺も一緒でも良いか?」
やっぱそうくるか…
「はぁ、どうするシン。」
「…別に、いい。部屋、帰れる、それで、いい。」
あっそ。
「だとよ。セジック、くれば。」
「そうこなくちゃ!」
「じゃ、行くかシン。」
呼びかけると、うれしそうな顔で元気よく頷いた。
…おい、こんな顔昨日から一回も見たことないぞ、部屋に戻れることがそんなにうれしいのか?
*
部屋に着くとシンは、部屋の隅に走って向かい、角に背中を向けて座った。
本当にホッとしているようだ。
「そう言えば、新入り君、なんて名前?」
セジックは、シンに近づいて名前を聞いた。
シン、びびってなかったらいいが…
「…シャイン。シン、呼ぶ。えっと、ナ
ンバ…408」声が少し震えているように聞こえるが、大丈夫だろうか?
「シンか、俺はセジックだ、ロンジの友人、ってのは聞いてるのか?」
俺にふるなよ…
「…聞いた。よろしく、セジック。」
相変わらず、少しふるえたような声で、後ろが壁なのに後退ろうとしている。やはりセジックにも少々怯えているようだ。
「おぅ、そうだお前、旅人だったんだよな。ここに着くまでどこに行って来たんだよ、話してくれないか?」
「お、そうだ。俺も聞こうとしたんだ、話してくれよシン。昨日は早々と寝ちまったから聞けなかったんだよな。」
「…」
返事が返ってこない。
「どうした、思い出せないのか?」
今度は返事があった。
「…うん、気付いた時、樹海の中、倒れていた。自分、その前、思い出せない。」
…どういうことだ?
「と、言うことは、行った場所だけではなく、これまでの生い立ち、両親が誰か、どこで育ったかのかもすべて分からないって事か?」
コクリと首を縦に振る。
「…知ってる、事、武器、両親が、くれた。あと、このヘアバンド、絶対、はずしちゃ、いけない。それだけ、ぼんやり、頭の中、誰かがささやく。それだけ…後は、何もない、空っぽ、なんだ…」
シンが、つらそうに頭を落としている。
空気が重くなったような気がした。
「じゃあ名前は?シャインって言う名前は?」
セジックがさらに聞いていく。
「…名前、何となく、頭に浮かんだ…でも、シャイン、長い、シン、短い。スペルちょっと変えた。」
…シンらしいな。と感じた。
しかし、ないのは記憶だけか。しっかり言葉の意味とかスペル知ってるんじゃないか。
「さぁて、もうそろそろ昼だな、昼飯取りに行くか。」
セジックがいきなり話題を変えた。確かにもう昼前だ。朝飯食べてないから、腹減ってたんだったんだ。
「そうだな、朝飯も食ってないし、シンは…この部屋で食った方法がいいか?」
シンは首を縦に振った。
「おっと、シン、その場合は残念だがロンジと一緒に入られねえぜ。」
セジックが目に意地悪そうな光をたたえて言う。
「なぜ?」
案の定シンが質問してきた。
確かになぜなんだ?
「おいおい、ロンジが大広間で何したのか覚えてないのか?」
「俺が…?
なんかしたか?」ロンジとシンが首をかしげると、セジックが続きを話しだした。
「まだ解らねえか?あっさり降参されるとつまらねぇなぁ…しゃあねえ、答えは、勝負だよ。ロンジは午後の部一でフェンシング、ヤミナとやるんだろ。毎年あきねえなあ。」
そうだ、忘れてた。午後の部一って事は、食堂で飯を取ってからここへ運んで喰うってのでは、確かに少し時間オーバーだな。そういうことか。
「シン、どうする?ここで食べるか?それとも、俺と一緒に来るか?」
「…ついてく、ご飯、もらう、方法、知らない。」
「わりぃ。そう言えばこれも教えてなかったな。俺ってシンになにも教えてないな。」
「じゃ、行くか。」
食堂は、混んでいた。ここには、モニターがあり、わざわざ広間の様な会場に行かなくても、ここで観戦することが出来る。それ目当てでくる奴がほとんどだ。
適当にパンをもらって、食べながら会場の中庭まで行くことにした。
「フェンシング、どんな、競技?」
不意にシンが質問してきた。
「お前、そんなのも知らねぇのか。いいか。フェンシングってのは片手で持った剣で戦う剣術で、本当なら、切ったり、突いたりして相手を傷つけるんだけど、国立祭では、まあ、傷が付かない程度で、叩いたり、突いたりすることになっているんだ。」
セジックが説明した。
セジックは、いつも質問されたがっている。自分では、「資料館と同じぐらいの情報を知っている。」といっているが、本当かどうかは定かではない。
「…ありがと、セジック、さん。」
シンもだいぶセジックに慣れたようだ。
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