虹の待つ森へ 

第2章  不思議な旅人

「さて、それじゃあその子をどうするつもりか聞かせてもらいましょうか。」

「うーん、そこまで考えてなかったなぁ…どうしよう?」

無責任そうな声でそう言うと、シェラフはやっぱり。というように肩を落とした。

「やっぱり考えてなかったのね!そんなことだろうと思いましたよ!うーん、そうだなぁ…ねえ、ナルスはなんて言うかな?やっぱ、幼い頃から面倒を見てくれた人ぐらいから、了解を得てからのほうがいいはずよ!」

なるほど、内緒にしておくよりもかえってその方がいいかもしれない。

しかし、ナルスはどう言うだろうかとても心配になった。

生まれたときから見てもらっているが、こればかりは反応はわからない。いままで魔物のことについて話したことはなかった。

「そうね、ナルスを呼んでくれる?一度話すことにする。でも、やばそうだったら途中で止めるから。」

そう言うと、シェラフは首を縦に振った。

「いいよ。でも、私もドアの向こう側から聞いていていい?」

「ええ、いいけど。・・・もしかして答え方によっては仕事をやめるとか言わないでね。」

自分で言っておきながらも、どこからか嫌な予感がした。もしかして、私も国から追い出されるかも…

「たぶんないよ。約束する。」

笑みを浮かべそう言うと、シェラフは扉を開けて出て行った。

何か外で声がするのに気が付いた。さっきまでシェラフと話していて分からなかったが、なにか言い争っているような声だった。窓を開けて外を見ると、城の門のあたりに人だかりができている。

なんだろう。見に行ってもいいかな?

そう思ったとき、扉が開いて、ナルスが入ってきた。

「お譲様、話とは何ですか。」

「だから、その呼び方やめてっていっているじゃない。一応立場的には王なんだから。」

いつものやり取りだ。

「まあまあ、それで話とは?」

「あのね、ナルスは、魔物のことどう思っている?」

ナルスは顔をしかめた。やばいかな?と思ったが、一瞬だけだった。

「そうですね、モノによります。まぁこの国の近くに住むモノは、結構おとなしいですけど、遠いところの方では、人を襲うモノが多いらしいですね。」

少し安心した。ナルスはやっぱり何でも知っていて落ち着いて話を聞いてくれる。とってもありがたい存在だ。

「そう、ならうれしいんだけど。一つ頼み事があるの。」

「何でしょうか?」

「あの…その…えっと…」

心臓がバクバク言っているのが聞こえる。こんなことは初めてだ。

「なんですか?」

「えっと…その、あっ、あの門の人だかりは何?何かあったの?」

あまりの怖さに問題から逃げてしまった。

…少し後悔した。

「ああ、あれですか、たしか、この城で働きたいという者が来たそうですよ。ちょうどその件で話に行こうと思っていたところなのです。」

「そうなの…で、どうしてそれが人だかりの原因になるの?ただ働きたいだけでしょ?

話が遠ざかっていく。

シェラフはどう思っているだろう?話を戻さなくっちゃ。

「ええ、初めは私もそう思いました。話を聞けば、それが、旅人なのです。」

「旅人!?

シェラフが驚いて大きな声をあげた。

やばい、見つかった!

「シェラフですね!出てきなさい。いつもお嬢様の隣にいるのに、いないと思ったら・・・盗み聞きなどはしたないですよ!」

するとゆっくりと扉を開けて、シェラフが出てきた。

「すみません。ただ、気になる話だったのでつい…」

そう言って、シェラフは頭を下げた。

「そう、やっぱりあなたでも気になるのね。そうねぇ…確かに、旅人は最近見ませんからね。」

「その…よろしければ、もう少しその話を聞いていてもよいですか?

シェラフが興味を持つ事は、凄く珍しい。と思う。いつも相談に乗ってくれるが、自分の話はほとんどしてくれない。

「まあ、いいでしょう。初めはただの商人か何かだと思ってました。ですが、一人きりで持ち物は少なく、金属製の武器を持っていました。その金属は、この辺りの物とは違い。なにか、不思議な光を中にやどしてました。まるで…宝石のよう、と申しましょうか…」

この国に来る商人はあまりいない。隣の国から、十名ほどが年に四回ほど、樹海をわたってくるぐらいだ。

本当にこの国は不便だという人はとても多い。が、ほとんどは自給自足の生活でも十分である。

「ねえ、通してあげてもいいかな。私は玉座に行くから、そこまで通しておいて!」

会ってみたいという気持ちが膨らんだ。旅人はこの世界全部を見てもただでさえ少ない。

そして、樹海に囲まれたこの国に来る者はいないと言ってもいいぐらいだ。

「えぇ、ですが、明日が国立祭ですので、お嬢様につける人はいないと思いますが…」

ナルスは困っているようだ、心配してくれるのは分かるがそんな事言っていたら始まらない。

「なら、シェラフはどう?一応シェラフは、側近の立場だし。」

これは、シェラフが仕事についた時の私がくだした判断だ。もし正体がばれたら大変なことになることぐらい当時でも安易に予想できた。

「まぁいいでしょう。シェラフがいれば、おおかた大丈夫でしょうし。」

「え!いいのですか?」

シェラフは喜んでいる。まぁ、シェラフは、結構武道ができる。もしものことがあっても何とかなる…かな?

「それでは、呼んできますのでお二人は、玉座のほうへ。お嬢様の事頼みましたよ。」

それだけ言うと、ナルスは、扉を開けて出て行った。

「ねぇ、魔物のこと、言うんじゃなかったの?

シェラフの声が低くなっていた。

少し不安になる。

「ごめんなさい!ちょっと怖かったの・・・」

「まあいいよ、また今度聞こう。それより、旅人ってどんな人だろう。」

さっきの声と顔がうそみたいに元に戻った。

「早く行こう!待たせちゃ悪いよ。」

とりあえずジェルナは着替え、二人で部屋をでて玉座に向かった。

玉座に座るのは久しぶりだと思う。座る機会がないって言うより、座る気がない。普通の比較的狭い部屋や、外のほうがジェルナにとって居心地がいいのだ。

座ってから十分ぐらい経っただろうか、扉が開いた。そこには自分よりも少し幼いと思われる、茶髪の長い髪を束ね、茶色の瞳で、白いヘアバンドを額にした少年が立っていた。

本当にこの子が旅人だったのだろうか。確かにナルスが言ったように武器を持っている。剣を脇にさし、弓を持ち、矢立を背負っている。少しおどおどしたような感じだ。

扉が閉まり、少年はこちらの方へ歩み寄ってきた。そして、五メートルほど離れたところで止まり、いきなり弓矢を引いた。

「何のつもりだ!あなたは、こちらに働きに来たと聞いた。なぜ弓を引く!」 

少年は、仮面でもかぶっているかのように表情を変えないまま答えた。

「それ、俺、セリフ、なぜ、城の中、魔物、いる。答えろ。」

後ろで、シェラフが息をのんだ。

もちろんジェルナも驚いた。何故正体が分かったのか分からないからだ。そして少年の矢はジェルナではなくシェラフに向けられていることが分かったから・・・

「それは、驚かせてすみません。ですが話す前にその矢をしまってもらえますか?いつ撃たれるか分からないままで話すのは少し苦しいですから。」

聞いてくれるだろうか…

と、少年は弓を下ろしてくれた。分かってくれたようだ。

「すみません、この子は私の恩人です。おとなしいので、雇いました。今では友達と呼んでもよいくらいです。それより、あなたは何故、この子が魔物と分かったのですか?」

少年は黙っている。

すごく知りたいから、答えて欲しいのに…

「まあ話を変えましょう。あなたは働きに来たのですね。」

シェラフが、少し震えたような声で、話を変えてきた。

相手が頷くのを確認してから続ける。

「・・・名前を教えていただけますか?」

少年は考えているようだった。もしかして自分の名を忘れたのか?

「…シャイン。シン、呼べばいい。」

『輝き』なんてふざけた名前・・・

しかも姓を名乗っていない、普通、旅人は家族がいることを示すため自分の名と性を名乗り、必要ならば出身地も答えるはずだ。

もしかして家族がいないとか?

「確かに、ここで、働くため、来た。しかし、条件、出したい。」

どんな条件だろう。自分の立場をわきまえたうえで言っているのだろうか?

「物にもよりますが、いいでしょう。言ってみてください。」

シンと名乗る少年は三本の指を立てた。

「全部、三つ。一つ目、住み込み、けど、一人部屋。二つ目、仕事、ほかの人、かかわり、避けて。三つ目、仕事、太陽、出ている、時間、だけ。」

変わった条件?特に三つ目の条件は不思議だ。もしかして完全昼型人間なのだろうか…

「まぁいいでしょう。ですが一つ目の条件は個室でも二人で一部屋と決まっております。ルームメイトがいてもよろしいですか?

言い方が変かもしれないが、少年はしぶしぶというようにうなずいた。

「それでは、残りの二つの条件から、あなたには、『水汲み』をしてもらいましょう。仕事方法は、食堂の建物の横においてある空の樽の中に、城を囲む塀の門からまっすぐ行った所にある湖の水を組んでくるのです。時間帯は別にかまいません、ですが、城に水がない状態がないようにしてもらいたい。あと、魔物と出会うこともしばしばあると思いますが頼みます。」

水汲みは最近魔物が出るようになってから誰も志望者がいなくなり、当番製になっていた。しかし、それでも時々サボる奴がいて、たまに城では飲み水がない日ができたりする。とても苦しかった。それが夏なら死にそうになる。頼れる人が欲しかったところだ。

「いい。今日から、する?」

「はい、ではこれが制服です。」

青を中心とした色使いの服をシェラフから受け取る。

それを少年に手渡すと、なんだこれ?とでも言いたそうに片袖をつかみペロンとぶら下げた。

「城の中にいるときは着ていてください。そうではないと食堂や資料室などに入れませんので、それと明日は、国立祭で仕事をしなくてもよいのです。ですので、明日しごとをするつもりが無いのなら、沢山汲んでおいてください。樽は全部で二十五個あります。一日で大体・・・十個ほどあれば何とかなりますのでよろしくお願いします。」

「…変な、仕組み。それより、部屋、教えて。」

少年は本当に不思議そうな顔をしている。さっきまで無表情だったのがうそみたいだ。少年がいた国には国立祭のように仕事をしなくてもいい日がなかったのだろうか。

「分かりました。ロンジ、ロンジ・ガルネ。来なさい。」

青髪の青年がすぐに来た。

ロンジというのは門番の青年。

剣の扱いがうまく弓もうまい。その分野では城一と言ってもいいくらいだ。

すぐに来たのは、もしも旅人が住み込みたいと言ったときのために一人部屋を使っていたロンジを呼んでおいたからだ。 

よかった用意してもらっておいて。

「…こいつか?その・・・働きに来た旅人は?チビだよなぁ・・・体の割に武器が明らかに大きくねえか?」

忘れてた…ロンジは、腕はいいが、口はあまり良くないんだった…

「口をつつしめ。今日からこの少年…じゃなくって、シャインを頼むよ。」

「へーへ、分かりやしたよ、今後よろしくな、ええっと…シャインだったっけ?」

ロンジは残念だなあというように肩をすくめた。まあそれもそうだろう、今まで一人で二人用の広い部屋を使っていたんだから、考え方によっては没収されたようなものだろう

「…よろしく、ロンジ。あと、わざわざ、シャイン、呼ぶな、シン、呼ぶ。」

シンは、相変わらず元の無表情で言った。

「無愛想な奴・・・わーったよ、んじゃシン、部屋はこっちだ。」

シンはロンジにつれていかれて、宿舎の方へ向かった。

「変わった奴ね、ちっとも表情を変えないし、しゃべり方が変。文章になってないよ。それにあんな小柄な体に、武器が二つも。どこで手に入れたんだろうね、あの武器」

シェラフに向かってぶちぶちと愚痴をもらすと、シェラフも不思議そうな顔をしていた。

「・・・うん、それもそうだけど、あの人一匹も魔物を殺してないみたいだねえ、服に少し魔物の感じがついていたけど武器からも服からも、髪の毛からもまったく、血の匂いが付いてなかった、普通、半径三メートル以内で血を見た人からは、匂うんだけどな。でも、いきなり矢を向けてきたよね。何でだろう。」

そういえば、シェラフは鼻が良い、匂いだけでなく、なんか体全体で感じるんだって、その感じる物は知らないけど…

「それじゃ、ほかの魔物とは違う行動をとったってことになるよ。やっぱそれは無いのじゃないのかな。」

他の魔物は殺さず、シェラフにだけ矢を向けるなんて、絶対ひいきだ。そうとしか思えない。

「それはどうかな?私と同じように見極めてから決めるって事もあるし、この辺りの魔物は、ほとんど武器に脅えてすぐに逃げるからね。」

そんなものなのかな…?

 

 

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