虹の待つ森へ
第1章
始まりの日々窓から鮮やかな朱と茶のすっきりとした動きやすそうなデザインの服を着た少女が忍び込む姿がある。
「お嬢様、どこに行かれていたのですか。」
その言葉を聞き、少女はびくりと反応した。振り向いてみるともうすぐ中年と呼べるのではないかというような召使いだろう金髪女性が立っている。
「どこってちょっとそこまで出ていただけじゃない。ナルス、あなたが気にする事じゃないわ。」
少女は口をとがらせた。
――――ここは、樹海に四方を囲まれたロゼマナ国の城。国といっても、城壁に囲まれた城以外建物は十件もない小さな国。窓から忍び込んできたのは、右頬に一筋の特徴ある傷を負ったその国のジェルナ女王。ジェルナは十七歳だが外に出してもらえない。だから、昔からこっそり城を出て樹海に住む魔物と遊ぶ事があった。
「女王様のことは私に任せて下さい、ナルスさんは他のたまっている仕事を頼みます。もうすぐ、国立祭が始まりますからね。」
丁度、扉を開けて入って来た緑の帽子の青年。ジェルナと年の近い親友、側近のシェラフが召使いの総主任ナルスに言った。
「そうね、お願いするわ。お嬢様の扱いはシェラフが一番上手ですからね。」
そうナルスが言うとジェルナはやった!と言わんばかりにガッツポーズを取った。
シェラフはナルスが部屋から出ていくのを確認すると、ジェルナに静かな声で話しかけた。
「姫様、魔物連れ込んではいませんか?」
そう言ってシェラフはジェルナの持っていたかごを指差した。
「やっぱりシェラフはごまかせないか、この子のためだけにわざわざかごを改造したのに・・・。」
ジェルナが持っていたかごの布をはずすと大きな耳と右目の上に宝石のような飾り付いているかわいらしい動物が出てきた。
「昨日生まれたモノクルの赤ちゃん。モノクルのナクルの子供だよ。出産の時手伝ってあげたんだ。五つ子だったから大事に育てられるなら一匹あげるよ。っていっていたんだもん…ねえ、お願いだからこの子の事は誰にも言わないでね。」
ジェルナは泣きそうな声でシェラフに言った。
「もちろんよ。」
シェラフは笑顔で言った。
「私を誰だと思っているの、私は半分モノクルなのよ、仲間を見捨てる訳ないじゃない。」
シェラフはいつもかぶっている大きな帽子をはずし、大きな耳をみせた。
実は、ジェルナが城を抜け出すようになったのはシェラフとの出会いのせいだった。
ジェルナがシェラフと出会ったのは四年前のことだった。ジェルナが十三歳の時、社会の勉強で樹海の中に入っていると、うっかり先生とはぐれいつの間にか樹海の中で迷子になっていた。
ずっと、ジェルナは泣いていた。すると、そのときリス達と遊んでいたシェラフが泣き声に気付きおそるおそる近づいて行った。ジェルナは、体は木に隠しているが、大きな耳が隠せていないシェラフにすぐに気付き、見たこともないシェラフの姿を見て驚いた。
体はジェルナと同じ年ぐらいの人間の姿なのに、耳がウサギのように大きく、なぜか、左目はジェルナと同じように青いのだが、右目は赤かったのだ。足もまるで猫か犬のような足をしていたのだ。それもそのはず、シェラフは、この国ではほとんどみられない、人間と樹海に住む魔物とのハーフだった。
シェラフにとっても、普通の人間を見ることはめったに無かった。と言うより避けていた。
2人とも魔物は悪いやつだの、人間は悪いやつだのいろいろ両親などから言われてきたが、だんだん二人とも相手のことを知りたいという好奇心がわいてきた。
「ねえ、あなた名前は
?」はじめに声を掛けたのは、ジェルナの方だった。
「あたしは、シェラフ、レクル・シェラフ・コナメ。シェラフって呼んで!あなたはなんて言うの
?」「シェラフね!私はジェルナ・ロゼだよ。」
笑顔で名乗ったが、シェラフの顔は一瞬にしてひきつった。
「ロゼ…あなたこの国の王家の人なの!まさか…魔物狩りに来たんじゃないでしょうね。」
シェラフはあとずさった、顔にはおびえが浮かんでいる。
「ええ確かに。私はこの近く、ロゼマナ国の女王だけど。・・・魔物狩りって何
?」ジェルナは、聞いたことのない言葉を聞き返した。
「それは・・・簡単に言うと魔物を殺す事よ・・・」
シェラフは、悲しそうな目で語り始めた。
*
魔物狩り、それは魔物にとって一番恐れていること。
本来魔物は人を襲ったりしない。確かに、魔物の中には、なわばり意識が強く、他の魔物や人間が自分のなわばりに入り込んだとき襲うやつもいる。だが、めったに人を襲うことはない。勿論、人間が恐いから。
だが、人間はその数少ない例だけで、魔物は人を襲うやつと決めつける。それだけではなく、人を襲うと言うだけで、悪魔のように扱い、殺した方がいいものだと錯覚する。
そうして、魔物狩りが始まった。
はじめは人の目の前を通ったものだけを殺したり、人に危害を与えてから殺したりしていた。だが、最近は樹海の奥深くまで魔物を追い、おとなしい魔物やまだ赤ん坊の魔物なども殺していった。それをまるでスポーツのように楽しんでいる人が多いらしい。
そして、シェラフの父と兄弟たちも、シェラフと母の目の前で人間に剣で派手に斬られ死んでしまった。母は、その剣で父たちを切った人になんて事をするの!と、泣きながらあの子たちは何もしていないでしょ。なぜ殺したの!と訴えていた。斬った人間はうっとおしそうに何回か舌打ちしていた。だが、始めはそれでも聞いていた。
そして何十分が過ぎようとしたとき、斬った人間が、とんでもない行動に出た。
ならあんたもあいつらを追いかけろよ。と真っ赤な血の滴る剣の先を母に向けた、シェラフが止めようとした時、銀の鈍い線光が見えた。
目の前で、母が倒れた。急いで母に寄って行くと、苦しそうに咳き込んだ。当てた手には真っ赤な血がべっとりとついていた。
「あなた達の方が神に召された方がよかったのに・・・同じ人間として許さないからね。」そういって事切れた。
シェラフは泣いた。
無理もない、普通の人でも愛する人を亡くすとショックを受ける。だが、そのころシェラフは五歳、心に大きな傷を負った。そして、まだ真っ赤な液体を滴らしながらも銀に光る剣を持った人間に向かいシェラフは、ぎこちない人間の言葉でこういった。
「アナタ達ハ悪魔ダ、アタシタチノ血ト肉ヲ喰ライ喜ンデイル悪魔ダ。アナタ達ハロクデナシダ。」
そこまで言うと、急いで逃げていったそうだ。
それからシェラフは森の奥深くでずっと泣いていたそうだ。
ずっと、人間のことを恨んでいた。ジェルナの泣き声に反応したのはそのとき自分でも驚いていたそうだ。
・・・それはジェルナに共通点があることを暗示していたのだろうか。
*
それは十年前、ジェルナも七歳の時、城で起こった内乱で反乱軍により、母が亡くなった。父もまた生と死の境目を彷徨っていた。内乱で死んでいった人の中には友達や、親しかった人も大勢いた。その上、反乱軍の力のほうが大きくいつ負けるか時間の問題のようだった。そしてジェルナにも心に大きな傷を作り、一度自殺を図ろうとしていた。だが、ナルスはそれを止めた。
「いいですか、ここでお譲様がいなくなってしまうと、王家の者を守ろうと戦ってくれた人たちに申し訳ないと思いなさい、ここで王家の者が全員倒れてはいけないのです。兵士を励まし、この国を守ろうと声をかけてやってください。」
ナルスの言葉を聞き、何か良い案を思い付いたかのように泣いていたジェルナは立ち上がった。
「私がいることで、王家にも光があるということですね、なら試してみましょう。」
年が一桁とは思えない、しっかりした言葉でそう言うと反乱軍の攻撃でぼろぼろになった城の通路を通りバルコニーに向かった。ナルスは今までみたこと無いようなジェルナの姿に何も言えなかった。
バルコニーに着くと、幕を開けさせ、外を見下ろした。すぐ下の門のところで争いが起こっている。
鈍い銀の光。あちらこちらに広がる赤の池・・・狂気が狂気を呼ぶ戦場の上。ジェルナは大きく深呼吸をした。
「争いをやめろ。誰の命であろうと命は命、たとえ敵の命でも失ってはいけない物。命を命で返すことは出来ない。」
誰の声も、誰の耳にも入るはずの無かった戦場にその声は響いた。
「敵を討って何が楽しい?誰も喜ばないぞ。言いたいことは私が聞く、まだ年の関係で信用してもらえないかと思うが国や国民の力になってやる、だからこんな血まみれの、おぞましいことをやってはいけない。自分一人のことだけでなく、この国全部を考えろ。すべてはおまえ達国民から成り立つ国だ。おまえ達国民がすべてなんだ。」
堂々と言い放った。
その言葉を聞いて、戦いが一時中断された。皆こんな小さく、年も1桁しかまだない子供がこんなにも大きな事を言うとは思えなかったのだ。
ナルスもまた驚いていた。先ほど自分は何といっていただろうか。ナルスは、戦いを続けるように兵士を応援しろとジェルナに言っていた。兵士を応援することは誰かの死に繋がることぐらい安易に想像できる。しかしそれに気付かずにいた自分をナルスは恥ずかしく思ったのだそうだ。
とその時、一発の矢がジェルナの右頬をかすめ、ジェルナの頬に一筋の血がつたった。
矢を撃ったのは、すすで顔も毛もまっ黒くした少年だった。皆その矢を撃った少年に目線を向けた。
しかし、矢を撃った少年はそんな周りを気にせず大きな声でこう言った。
「俺らも別に好きでこんな人殺しをやっているんじゃない。俺らがなぜ戦争をしていると思う?みんなはおまえらのやり方に反対しているが、おまえらが聞いてくれないからこうやって戦うんだ。俺は別にこんな事したくない、でも俺も大事な家族を失って…それの復讐をしたいと思う。今は、やらなきゃやられる状態なんだ!そんな状態にしたのはお前らだ。兵士達に反対派をつぶさせるお前らのせいだ。まだ小さいおまえに何が出来る、大人でも出来ないんだから、おまえのようなチビには無理だ。」
皆はざわめきだした。確かに、ジェルナの言っていることは正しい。が、本当に成立できるのだろうか。
「無理なわけない。」
いきなりジェルナの後ろで大きな声が響きわたった。それは、ナルスの声だった。そしてナルスは続けた。
「子供だから無理ですって。そんなふざけたことを言う者は誰ですか!確かに今は反対派を亡き者にさせるようなおかしな状態です。子供には責任が重すぎるでしょう、ですが、子供は純粋な心を持っています。自分だけ都合のよいというような汚い政治はしません。きっとジェルナお嬢様ならすてきな政治を行ってくれるでしょう。」
ナルスはそこまで言うと。ジェルナによく頑張ったわねと頭をなでた。そしてジェルナに話しかけた。
「ジェルナ姫、本当に国民のことを考えてくれるなら、私はあなたの代わりに責任を持ちます。そのために命でさえ捧げます。この国の政治を任せてもいいですね?」
「え…えっと、私はいいけど…でもここにいる民衆は私が政治をすることに反対しないのかな。」
ジェルナは、ナルスに心配そうに聞いた。すると、ナルスはバルコニーから再び外に向かった。
「この中で、ジェルナお嬢様が政治をするのに賛成の人は拍手を!」
下の広場の者、すべてに向かい大きな声で呼びかけた。
すると、驚いたことに盛大な拍手が沸き起こった。これにはジェルナもびっくりし、皆の期待に応えなければと張り切った。
*
国民は早速国の修復に取りかかった。もちろんジェルナも働く、国民の意見を聞いて城全体の設計図を作っていた。
ジェルナは国の修復の時、主に修復をしてくれている者の分のご飯づくりを手伝ったり、両親などを亡くした子供などを城に引き取ったりと他にも雑用を難なくこなし、ジェルナもジェルナなりに一生懸命に働いた。
あのジェルナに向けて矢を撃った少年も城に引き取られていた。
初めは目つきの悪い少年としか思えなかった。だが、ある日城内ですれ違ったときに悪かったと、少年は謝った。その少年にジェルナは笑顔を返した。
城は二年とちょっとで完成した。
その日、ナルスの提案で、町の中心に作られた広場でパーティを開いた。そこで、ジェルナは協力してくれた町の人にお礼を言った。
「みなさん、戦後間もないときでしたがよく頑張ってくださいました。おかげで町は綺麗になりました。本当にありがとうございました。」
そう言ってジェルナは深々とお辞儀をした。
「さて、とても遅くなりましたが、けがをしている方は城へ来てください。今までは、骨折や大きな傷を負っていた人だけでしたが、これからは、城を病院だと思って小さな傷でも病気でも治療をしますので来てください。」
と言った。なぜ、今になってそのことを言ったのかというと、ジェルナにとうとう魔法が使えるようになったからだった。
ロゼ一族は、なぜか普通の人と違うところがいくつもあり、その中でだいたい十歳くらいになると不思議と魔法が使えるようになるということがあった。ジェルナは早くも、その術を手に入れた。と言っても、まだ回復ぐらいしかまともに使えない。だがそれだけでも十分だった。
いつの間にか、ジェルナは、国民のほとんどの人に好かれていった。特に、子供には人気があった。やさしいお姉さんのような雰囲気があり、どんな子供でもすぐジェルナに心を開き親しくなっていた。ほとんど、ジェルナの悪口を言う人はいないらしい。
*
そういえば、シェラフが話すのをずっと夢中になって聞いていたっけ。そんなこと聞いたこともなかったのに王なんて名乗っていていいのかなって思っていた。そういうこと考えていたら、いつの間にか日が暮れていて…
シェラフが案内してくれたおかげで城まで戻れたんだっけ。そして帰るところはないって聞いて…シェラフを雇ってもらえるよう、ナルスに一生懸命頼んだんだよなあ。
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