ETERNAL HOPE


7,カルド

「ねぇ、イーストぉ……。勝手に二人だけで話さないでよぉ」

「あぁ、どうするかな」

困った表情を顔全体に浮かべた少女に熊は思い出したというように呟いた。

「このままじゃ二人とも出られないよ……」


「……なんだって!?」

さっきまで腰を抜かしていたかいが急に立ち上がった。

「貴様、どうしてくれんだ! 俺達に檻の中で暮らせってか?」

語調を荒げるカイ。

少女の方は一歩後ずさりしてしまう。


「ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃ……なかったのに」

涙を少し浮かべながら、謝る。


「じゃぁ、壊しても良いかな?」

サンラはそう言うと、両の手のひらを内向けた中に放電し、わざと大きく火花を散らせてみせた。

すごい音が響く。


キョトンと、目を丸くしたのは少女。関係はないが、全く、綺麗な色の目をしている。


返事がなかったが、他にどうすることもないので檻の柵に触れ、両手から放電する。


少し焦げ臭いにおいが立ちこめ始めた。

サンラが触れているところがみるみる黒ずみ始めていく……


「うーん、やっぱり木が乾いてなかったからかなり時間がかかったね」

柵の一本が丸々黒こげになった。

出火しないか不安だったが、そんなことはなかった。

とにかく、もうこの柵は脆いはずだ。

サンラは炭と化した木を蹴破った。



「うわ〜。お姉ちゃんすごいね。僕の檻を壊しちゃうなんて」

少女は檻から出たサンラの近くに駆け寄り、不思議そうに手を見た。

あれだけの熱を出しながら雷を操っていた一方、サンラの手は綺麗なものだ。

少女はサンラの手と自分の手を見比べた。

「お嬢ちゃんなら私と同じだからできるんじゃないかな?」

しかし、少女を見るとむっとした顔でこちらを見ていた。

「お嬢ちゃんじゃないよ。僕は男だ。カルドって言うんだ」



思考が一瞬止まったのはどうやらサンラだけではなかったようだ。

数秒の間を空けてカイが半分開けっ放しになっていた口を一度閉じた。

「お前……俺、女だと思ってた……」

その言葉を聞くと、カルドは非難のポーズを取った。


「僕の名前はね、イーストがつけてくれたんだ」

熊の方を見るとゆっくりと頷いた。ように見えた。

「あぁ、お前には名前がなかったし、『お前』だけではかわいそうだと思ってね」

「名付け親が熊かよ……」

また、半分呆けた様子のカイは呟いた。

カルドがまた不満をあらわにする。


「アンタも物好きだわよね。その子、自分だけで育てたの?」

熊の隣にいた狼が大きくあくびした。

「ウー。僕らは選ばれし子を助けるために生まれたんだ。お前がサボっているだけだ」

「何よ。あたしが悪いって言うの?」

「そうだ」

面白くないと言うように狼はプイとそっぽを向いた。


サンラは一度頭を振ってから、少年・カルドに声を掛けた。

「カルド君か……カルドって呼んで良い?」

「お姉ちゃんなら良いよ。すっごいから!!でも、あいつはダメ」

とっても可愛い笑顔で言った後、後半を吐き捨てるように言った。

こ、こいつは……

「最悪だな」

「なんだよ。兄ちゃんなんか嫌いだ。腰抜け」


「駄目だろ。すぐに人を決めつけたら」

のっそりと熊が言う。

「だって」

「だってじゃないよ。これから気をつけるんだね」

熊に怒られたカルドは反省の表情を見せた。

「ごめんなさい」

「よし、いい子だ」



ところで、まず、聞きたい事がある。

「あのー。イーストさんですよね」

「ん?」

熊がゆっくりとした様子で立ち上がり、こちらを向いて座った。

呼び名は正しいらしい。

「なんで、喋れるんですか?」

熊がため息をついた。

腹の立つため息だ。

「宝珠の力。と言ったところか」

「すごいまとめ方しましたね」

「実際そうだ。我々は生物の姿をしているが、本来は実体を持たない。幻獣と呼ばれる存在だからな」

「あの、わかりません」

熊は顔をしかめた。

そしてそのまま狼の方を見る。

「サンラちゃんだったよね。何も聞いていないのかい?僕らのこと」

「誰に?」

熊は大きなため息をついた。

「いろいろだよ。ほら、長老とか、村長とか、村の人とか。それから、こいつとか」

そう言いながら、熊は狼の首を口でくわえてサンラの目の前まで運んできた。

「いや、聞いてません。村の人は古文書の存在さえ知らなかったし、その狼は出てきてくれなかったので」

また大きなため息となって帰ってきた。

「運が悪かった。としか言いようがない……のか?」

「さぁ、それについてはどうとも言えないです」

サンラと熊は顔を見合わせると、やはりため息をついた。

「……要は熊や狼と思うなという話だ」

それだけ言い残し、熊はカルドの足下へ下がった。


で、もう一匹残っている。

「えっと。ウーさんですよね」

サンラは狼に向かって呼びかけた。

「はぁ?気安く呼ぶんじゃぁないね。あたしはウエストだよ。ウエスト様だよ。小娘」

気高きおねぇさま……な雰囲気を出しても、所詮は狼。

いらっと来る衝動を押さえつけ、サンラは口を開いた。

「でもさ、あんた。封印通りにでてこなかったじゃん。それでも立場、上なの?」

「あたしは何でもアリなの。年功序列の意味が知りたいのかい?小娘」

睨み合ったところで両者動かず。


「ウー、しょうもないことやってないで。サンラちゃんの護衛の仕事ちゃんとやれ」

「あらぁ?あんたもこの小娘の味方をする気?」

狼が歯をむき出すと、熊は前屈みの体勢になった。

睨み合う様子は結構怖い。

「そう言う意味じゃぁないだろう。所で、サンラちゃん。君はなぜカルドを追ってきたのだい?」

「あ!えっと……なんだったっけ」

「泥棒退治だ」

弱り切っていたカイが立ち上がり、カルドを睨んだ。

「カルドだったな。お前のせいで俺は一時期、泥棒扱いされて、終いには、村から追放ときた」

いきり立って声の調子が大きくなる。

「俺の人生、お前のせいでめちゃくちゃだ!!」

カイの目が凶暴になっていた。

全身から熱を放っているようにも見えた。

「……そんな、僕は、ただ」

カルドが小さな声を出した。

涙を我慢しようとしてるのがわかった。

「カイ、そこまでにして。怒りの方向が変だよ。それはカルドに向けるべきじゃない」

止めてみたが、聞いていない。

「お前なんか、いなければ良かったんだ」

その言葉を聞いて、カルドはショックを受けたらしい。

多分無意識のまま、後ろに一歩下がった。

「カイ!気付いて。その怒りにカルドは関係ないよ。何があったの?」

どんなに言っても、カイの興奮を止められそうにはなかった。


「僕は……僕は、いなければよかったの?」

涙声が聞こえた。

「なら、最初から生まれてこなければよかったの?」

ぽたぽたと地面をぬらす涙。

「僕は、好きで生まれてきたんじゃないのに!!」

洞窟内に、カルドの声が響いた。

泣きながら、奥へと走り去る。

「オイ!待て、逃げるなよ」

カイの声は届かなかった。

カルドの姿が洞窟の闇に消えるのは一瞬だった。



カイは、カルドの叫びで正気に戻ったらしい。

呆然と立ちつくすその横に、イーストが座った。

「カイ、だったね。君に何があったかは知らない。こちらも盗みを働いたんだ。悪いことをしたさ。悪かったとは思う。だが、あの子の方も傷ついているんだ」

熊の言葉は、落ち着きがあった。

「あの子には「いなければいい」という言葉は禁句だ。小さいとき、嫌な目を見たからね」

「嫌な事?」

「言っただろ。あの子は”捨て子の泥棒”だって。カルドは救世主として力を持っていたばかりに村に捨てられちまったのさ。村の誰にも救世主の話が信じられていなかったからな」

一つの情報が彼の全てを狂わせたというのだろうか。

そんなの、ひどい話だ。

「おい、どうする?あいつを捕まえておっさんとこまで持っていくか?」

カイが尋ねてきた。

「カイは、あの子を連れて行くことができるの?」

「……当然だ」

低い声が返ってきた。

空いた間は、少し悩みがあったせいなのかもしれない。

言葉だけは、強がりなんだね。

「嘘。声が違うよ。本当にするつもりなの?」

「……」

今度は何も返ってこなかった。


「僕らを助けるのかい?」

熊は喜んだ様子も悲しんだ様子も見せなかった。

淡々とした声が頭に入ってくる。

「だが、雇い主の方はどうなんだ?君たちが手ぶらで帰ったら、君たちが困るのだろう?」

確かに、イーストの言う通りである。

でも、サンラはカルドをあのおじさんの元に連れて行く気にはどうしてもなれそうになかった。



「……逃げる?」

「は?」

一つの提案を出すと、カイは一文字で「何言ってるんだ?」を表す反応をした。

「だから。この町をでれば、泥棒の事なんて関係なくなるんじゃないかな?」

「なるほど」

イーストは頷いていた。

「どこに逃げるって言うんだい?今時、町の外は物騒だからね。魔物だけじゃなく、人間の盗賊も厄介だよ」

ウエストが水を差すように言った。

そして熊の怒りをかった。

「おーこわ。あたしは自分の意見を言ったまでだがね」


確かにウエストの意見も一理ある。

町の外はよくけが人を通り越し、死人がでる。

今では外にでる人は、兵士や護衛をつけた商人や、狩りを生業とする者ぐらいだ。

「ウー。僕らは護衛が仕事だろうが」

本当によくため息をつく熊だ。

「え?守ってくれるの?」

「馬鹿イースト。こいつらが図に乗るから、そんなこといっちゃ駄目じゃないか」

「ふん、サボろうとするウーが悪いんだよ。そうと決まれば、カルドを説得してくる」

イーストはカルドと同じように一瞬で闇に姿をくらました。


「おい、本当に行くのか?あいつらを連れて」

カイが心配そうに耳元でささやいた。

「大丈夫だよ。多分、みんな強いし」



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