ETERNAL HOPE

8,

草花がさらさらと揺れ、そよ風が気持ちいい。

洞窟を出てから、何時間が経っただろう。

街道をとことこ歩き、次の町を目指す。大陸の街道は想像していたよりも綺麗に整備されていて、魔物さえ出なければ誰もが楽しく旅をすることができそうだ。

たまに商人や伝道師のキャラバンたちがそばを通る。みんな優しくて、中には荷を少しわけてくれる人達もいた。

「ふぅ、少し休憩しようよ。疲れたしね」

「賛成」

近くを流れる大きな川。その土手にどっしりとたたずんでいる大きな木の下に入り、腰を下ろした。

「カルド、ちょっとこっちにおいで」

深緑の固まりは首をかしげながら、ひょこひょことやってくる。

「その格好はあまりにも、ちょっと……ね」

サンラは眉を寄せ、カルドの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

サンラが気にする少年の姿。

垢や泥で汚れた、浅黒い肌。それを覆う、かさの高い異様なつやをみせる髪。どこかで引っかけたのであろう、ひどく破れて原型がみられない服。あらゆるところがすり切れて、薄くなったズボン。

どこからどう見ても……

「浮浪者だな」

おまけに臭いしとカイは鼻をつまんでみせた。

カイの態度に威嚇をするカルドをよしよしとなだめすかす。

整えてあげる。とサンラは肩にかけられたポーチから木漏れ日に銀色にきらめくナイフを取り出した。

「あ、そのナイフ……俺の」

特に飾りや特徴があるというわけでもないのに、めざとい。

「リンゴ剥いたときに借りて、そのままだったの。別にいいでしょ?」

「……ナイフ、それしかないのか」

あからさまにいやそうな顔だ。

「うん、無い」

「……」

返答が無かったので、結局そのナイフはカルドの散髪に使われることとなった。

切っているとき、カルドは怖がって震えていたが、動くと怪我するよ。の一言で瞬時に動きは止まった。

「さぁ、これで終わり。あとは頭と体を川で洗ってきなさい」

「わかった。お姉ちゃん」

カルドは緑の宝珠をつかむと、笑顔で水中へと走った。

「ナイフ、返せ」

カルドが水遊びをし始めると、いきなりカイがナイフをひったくるようにして川の上流へ向かった。

不機嫌な声が引っかかったが、サンラは訳がわからないままカイを見送った。

 

二人とも、川の中へ入ってしまったので、サンラも土手から降りてカルドが水に流されないかみまもることにした。

23歩降りたところでボロ雑巾が散らかっているのを見つけた。

カルドの脱ぎ捨てた跡だ。

元々ボロだが着ているときよりも状態がひどく見える。服と認識するのはなかなか難しい。

持ち上げてみると、悪臭が鼻をついた。

服……私の服を貸してあげようか。大きくても紐か何かで止めたら何とかなるかな。

やっぱりカイの家に寄ればよかった。小さい服とか、もしかして残していたりするかもしれないし。

ぶつぶつと考えながら、ボロを拾い集める。

集まったところで、少し川に近づくと川のど真ん中で熊と戯れている少年に大声で声をかけた。

「カルドー。着ていた服、処分するよー」

少し間を開けて、相手は両手でメガホンを作り返答を出す。

「これからの服は、どうすればいいー?」

「用意するから、ちょっと待ってて」

元気なよいお返事が返ってきたところで、サンラは荷物を置きっぱなしにしていた土手へと戻った。

木陰には、宝珠に戻っていたはずのウエストがいつの間にか出てきていた。サンラに気がつくと、鼻で茂みを指し、鼻の上にしわを寄せた威嚇の体制に入った。

「ウエスト……様、どうかした?」

声をかけても返事はない。が、ウエストが指した茂みが、ガサリと揺れた。

「な、何?」

それは、急に飛び出してきた。

 

魚だ。魚が6匹。しかし、宙を泳いでいる。注意を引きつける黄色い体、鋭くとがった歯が綺麗に並ぶ顎は自分を丸呑みしてしまいそうなほど大きい、極めつけにはその魚がまとう、その周りだけが別の空間にあるのではないかと錯覚しそうな奇妙な黒い光からして、魔物。

「キラーレイといったかね。厄介なやつが来たよ。とっとと片付けちまいな、サンラ」

威嚇の体勢を少しも崩すことなく、圧迫されそうな声が放たれた。

「ど、どうすればいいの?」

「どうするってあんた、戦った経験はないのかい?」

魔物との戦闘経験はない。けれど獣とならある。砂漠にいた大型獣だ。牙は無く、足も遅い。多少のリスクはあろうが戦闘は専門外でも安心して狩りができる。名前は『テント』と呼ばれていた。体が大きいので皮が大きくテント用として重宝されていた。

しかし、戦闘経験といっても伝統的なトラップを仕掛けただけだ。毒飯を作って置いておいたら翌朝には捕まっているのだから楽な話。

だから、戦意むき出しで牙をむいてくるような奴らとは戦ったことがない。その場合は、逃げるが勝ちだと教えられてきた。

「知らないよ。こんなの相手にしたことない!」

半ば叫び声だった。

何もできないという無力感が襲う。喉の奥があつい。

「役立たずだねぇ」

すかしたような声。

その声を聞くだけで、パニックは収まった。

「仕方がないね、今回は特別に、このあたしが、退治してあげよう」

ニヤリと牙をみせるようにしてオオカミは笑った。

「ただし、あたしを働かせるんだ。それなりの貢ぎ物は用意するんだよ」

なにぃ!

反論をしようと抱えていた頭を上げると、自分は動き方を忘れてしまったかのように停止せざるを得なかった。

き……れい……

ウエストの動き。しなやかな白銀の毛並み。あざ笑うかのような細められた目。

すべてが魅せるようだった。

ギロチンのような口をカパカパさせていた魚達は一様に動きを止め、自分たちの間をすり抜ける銀に輝く美しい獣を見ていた。

ウエストが遙か上空まで跳躍した。逆光がまぶしい。

狼の鼻の先で音がする。何かがはぜるような音。それが、ウエストの放とうとしている雷玉だと気付くのにはかなりの時間を有した。

落雷が落ちる。

魚達は目を回し地に伏した。

「魚ごときで、齢千年を超えるこのウエスト様にたてつこうなんざ、一億年早いわ」

弧を描き、華麗に着地を決めたところで、決めぜりふ。

すごい。

あまりにもいきなり、初めて見た力にサンラはすごいという言葉しか浮かばなかった。

目を回した魚達は光の玉をまとい始めた。魔物は、死んだのだ。

先ほどまでまとっていた黒い光は淡い虹色になり、牙と大きな体を失った魚の上で大きな固まりになった。

春の太陽を思わせる優しい光は、大きくなるのを止めると上下におじきをするように浮かぶと霧散した。

魔物は黒い光の結晶だと呼ばれる。黒い光の正体はわからないけれど、体となりそうな物にとりついて、その体を自分好みにアレンジする。さっきの魚でいえば、体の大きさだったり、牙だったり。

命がつきれば、黒い光は淡い色になって霧散する。

幼いときから遠目で見てきたその優しい光、サンラは大好きだった。

「哀れだね」

ウエストがさっきまでの様子とは違う、悲しそうな目で光の散る様を眺めていた。

「哀れって?」

「ふん、魔物は苦しいんだよ。無意識のうちに生き物なら何でも、襲っちまうほどにね」

そっとその悲しそうな目をのぞき込んでみた。色の薄い灰色の瞳はただ青空に浮かぶ雲を映しているだけだった。

「ねぇ、何でそんなこと知ってるの?」

ウエストは自分の目をのぞき込んでいるサンラを見た後、一度目を伏せた。

「秘密だよ、あんたに教えることじゃあないね」

「ケチ」

「何とでも言いな」

ウエストはクツクツと笑った。

「この魚、食べられるかな」

地にのびた魚をつまみ上げる。

「食べるんだったらよく選ぶんだよ、一応死骸だからね。腐ったのに当たったらたまったもんじゃあないね」

「うーん」

とりあえず一匹ずつ拾い上げて確かめてみる。

電撃を受けたせいか、軽く表面を焼いた感じになっている。いい匂いだ。

拾っている最中に、ウエストが一匹口にくわえた。

「あ」

「ギャウ!」

どうやら、当たったようだ。

「だめだよ、これ。食べられたもんじゃあないよ」

見た目的にそれが一番、熟していそうだとは思っていたけれど……

笑いをこらえながら、サンラは一匹一匹丹念に確認した。

全部拾い集めたところで、カルドに服を用意しなければならないことを思い出した。

ポーチの中から服をとりだして、少し考えながら結局そのまま渡すことにする。

土手を降りて、川を見る。

先ほどまでいた場所にカルドがいない。

流されたのだろうか。

後悔。何でちゃんと見ていなかったんだろう。

カルドはまだちっちゃいから流されることなんて想定済みだったのに。

どうして目を離してしまったんだろう……

目頭が熱くなる。喉の奥でもやもやが暴れ出す。

手に持った服。

探さなきゃ。水中。下流。早く。早く。

軽くパニックを起こしかけていたサンラの耳に、捜し物の声が聞こえた。

「サンラ姉ちゃん!」

「カルド」

無事だった。よかった。本当によかった。

早とちりだったようだ。

ずいぶんと上流にいる。そういえば、上流にはカイがいたはずだ。

「こっち、早く来て!」

カルドにせかされて、川沿いを走って行く。

左手に人差し指から腕にかけて血をつたわらせたカイの姿があった。

「どうしたの!」

「洗っててな、ちょっと、手が滑った」

カイの右手にはさっきのナイフが握られていた。ナイフを洗っているときに切ったようだ。

「すごい血だけど、カイ兄ちゃん大丈夫?」

「心配しないで。カイ、こっちに左手出して」

サンラはカイの左手をとると上から自分の右手をかざした。

みるみる傷がふさがっていく。

回復の魔法だ。

「終わり」

ものの十秒で深い切り傷は完治した。もう跡形もない。

カイは不思議そうに自分の左手を眺めた。太陽に向かってすかしてみたりするが、綺麗な手があるだけだ。

「……お前、本当に何者だ?」

 

 

 

 

 

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