ETERNAL HOPE

5,追尾

「……こんな場所、初めて見た」

サンラは、市場にあるたくさんの食べ物と活気のある場所を見て呆気にとられた様子でぽつりと呟いた。

ぽかんと口を開けたサンラにカイは怪訝な顔をする。

「こんなもので感激できんのか、お前は」

その言葉で、少しサンラは落ち着いた様子をみせる。

「そんな言い方無いでしょ。こんな所、初めて見たんだから」

「バーカ、お前のような人の方が初めて見たよ」

その言葉がサンラの胸に妙にぐさりと刺さる気がした。

「泥棒―」

ほんの少し遠くからだろうか、助けを求めるような声と一緒に聞こえてきた。

カイへの言い返しの言葉を考えていたサンラは、不意に聞こえたその声に走り出した。

「どこ行くんだよ。おい、返事しろっての」

サンラには追いかけてくるカイの声が聞こえていなかった。

先ほどの叫び声は八百屋のおじさんだった。

赤毛のおじさんは、顔を耳まで真っ赤にしていた。相当怒って叫んだようだ。

「泥棒って?」

「ねぇちゃん、泥棒は泥棒だ。盗人以外何でもねぇ」

普通に返してくるおじさん。

「おっさん、また取られたのかよ」

後ろから追いついてきたカイが八百屋のおじさんに向かい言った。

「カイじゃないか、このところ顔見せ無かったな。で、なんか用か?」

「いや、こいつを追ってきただけ」

そう言ってサンラを指で指す。

「なんだ、このねぇちゃん知り合いか?」

「まぁ、そんなとこ。それよりおっさん、まだ捕まってないのか?あいつ。二ヶ月前から毎日だろ?」

おじさんはまずそうな顔をしている。

「……まぁな、あいつすばしっこいんだよ。追っかける他にいろいろ試してるんだがヒョイヒョイ跳んで逃げていく。ありゃ猿だな。イヤ、人だがな」

グチグチと愚痴を放つおじさん。何か、長時間話しをするのはイヤだなと感じる。

「追える範囲で追ってあげようか」

サンラの言葉におじさんは目を見張った。

「本当に出来るのか。ねぇちゃんが?まぁ、そうしてくれるのならありがたいけどな」

馬鹿にしたような口調で言うので、言い出したのはあなたでしょと言い返したかったが、あまり目立た無い方がいいことを思い出し、おとなしくしていることにした。

「信用ねぇな。なら本当にこいつがその泥棒を捕まえてきたら、おっさん。なんか食べ物おごってくれよ。俺もこいつも金があんま無くてよ」

カイの言葉におじさんはいいともいいともとイヤな笑みで言った。絶対、馬鹿にしている。

「まあ、捕まえたらの話だからな。もちろん前払いは無しだ。ただでさえカイ。お前はツケまくってるだろ。これ以上足されると困るってんだ。」

カイは残念そうに肩を落とした。

「じゃぁ、これまでのツケも帳消しって事で」

「あぁ、いいぞ。捕まえられたらの話な」

絶対無理だとおじさんの顔に書いてあるようだ……むかつく。

「明日来る」と言い残し八百屋を離れた後、今度は真面目に買い物をした

そして、サンラの所持金百四十ピンズは今日の晩ご飯・パンへと姿を変えてしまった。

「あのさ、勝手に人をツケの帳消しとかに使わないでよ。それに、このパンだって私のお金だし……」

「別に細かいこと言わないでくれよ。先に走っていったのはお前だし、何も言わなくても泥棒の捕獲手伝うつもりだったんだろ?俺も文無しって訳じゃないから。財布を忘れただけだから、な?帰ったら返すって。」

サンラの呟きにいいわけがましい言葉を並べる。

「そういえば。あのおっさん、気に障るようなこと言っても無視しとけよ。あいつは嫌味を言って生きている人だ。今回のはまだ序の口だったが……怒ってないか?」

「……別に」

両手に抱える大きなパンの紙袋で、サンラの顔は隠れている。しかし声から読みとれそうだ。

「ちょっと怒ってるだろ」

「まぁね」

ケケケとカイが笑う。

「でも、絶対捕まえてやろうと思った。カイ、泥棒って毎日来るの?」

「お、やってくれる?毎日、それも夕方。客が最も多い時間を狙ってくることが多いな」

「詳しいんだね」

「まぁな、自慢じゃないが一週間ほどあの八百屋に用心棒として雇われたんだが見事に持ってかれた」

カイがニヤニヤと笑いながら話す。

「ほんっと、自慢にならないね。でもおかげで判った。明日、張ってみようと思う」

「おう、頼むぜ。俺のツケと食い物がかかってるんだからな」

少しの間が空く……

「あんたのためにやるんじゃないよ」

 

まったく、カイは朝から船に積んでいた食料を拾ってくるとか言って帰ってこないし、昨日のパンのお金は返してくれないし。――あいつの方が泥棒だよ

「すまん、遅くなった」

ガタガタと音を立てて立て付けの悪そうな扉が開く。

帰ってきたカイの左手には大きくふくらんだ袋。右手には歯形の突いたリンゴ……

「酷ッ。人がお腹をすかせて待ってたって言うのに、一人だけ先に食べちゃって。もう一度言うけど、それ持ってきたのは私だよ?」

ふくれ面で言うサンラに向かって袋から一つリンゴを出して投げる。

「なんだよ。お前も拾いに来たら良かったのに」

「何よそれ、朝の海は洗孝礼があるからお前は危ないって言ったのカイでしょ?」

「そうだっけ?知らないなぁ〜」

しらを切るつもりらしいな。

「まぁいいや。ナイフかして。朝ご飯のつもりだったのにもう昼だよ」

「最初っからグチグチ言わずにそうすりゃよかったんだよ」

言わせたのはあんたでしょ……

心の中で呟くが、空腹には勝てずナイフを借りるとリンゴをむき始めた。

暫く間が空いて、ある程度お腹もよくなってきた。

「ねぇ、昨日言っていた泥棒って、どんな奴だったの?見たことぐらい有るでしょ?」

ナイフを使って器用に椰子の実をくりぬきながら尋ねる。

「あぁ?あるに決まってるだろ」

しゃりしゃりとよっぽど好きなのか五つ目のリンゴを口に含み、飲み込む。

「どんな奴かってっと……汚かった」

スパンと言い切る。

「……それだけ?」

眉間にしわを寄せるサンラに、カイも同じようにしわを寄せた。

「服とか、切り裂けてるし。長ズボンっぽいンだけど、やけに窮屈そうで丈なんか七分だったし……」

ふうん……と視線をカイからはずし、自分の持つナイフにのった椰子の実を眺める。

「あ、そうだ。だいぶ汚れてたけどあいつの髪は深緑だったと思うぞ」

口に運びかけたナイフが思わず止まった。視線はカイの方へ

その拍子に落としかけた実を慌てて受け止めてからまたカイを見る。

「もしかして、ウッディ族だと言いたいの?」

「そうだ」

サンラは固まった。なんて言うか信じられないけど、カイの表情からは嘘とも思えない。

ウッディ族は感情で行動する種族ではない。どちらかというと周りを気にする、仲間意識の強い奴らだ。悪く言えば、他人に嫌われるのがイヤで、少しばかり自分のために物事をするというのができない。

「ま、ただ単にお前も何族はこうゆう奴らだって縛られすぎてんだよ。そんなの種族によって大きく変わるわけないじゃねぇか」

カイがリンゴの芯をかじった。プッとかじり取った芯をその場に捨てる。

「うん、そうだ…ね」

カイはすごい。偏見とかそういうものとは縁がないみたい。

気にしない人って、本当はとてもすごい人だと思う。くだらないこだわりを持たないでしっかりと物事を見つめることができる人。

カイはそうだから私をかくまってくれたのかな……

「さあて、そろそろおっさんの店の辺りをうろつくか」

 

 

 

「よう、カイに姉ちゃん。本当に来やがったか。しかも来そうな時間帯を狙って。まぁ、さすがカイと褒めようか。」

相変わらず八百屋の叔父さんは人をバカにするようにへらへらと笑っている。

「もちろんだ、いつかの汚名、返上してやる。頼むぞおまえ」

「何でそこであたしに振るかな……」

サンラは一つため息を落とすと、きょろきょろと辺りを見回した。

「ところで、この辺りに隠れられるような場所ってある?」

八百屋に視線を戻したところでサンラは尋ねた。

その問いにカイとおじさんは少々動揺したように見えた。

「あ、あぁ。その裏の柱の隣に箱が積んであるが、そこなら隠れられるだろ」

まだいまいち掴めていない様子で何故かカイが応えた。

「じゃぁ、そこで待たせて貰うね」

おじさんはまだ驚いているらしいかった。

勝手にしろと呟くようにして言うと、店の中へと戻っていった

「なぁ、何でまた隠れたりするんだ?おっさんが陰から見張るならまだしも、お前が泥棒から隠れてもあまり意味はないだろ?」

積まれた箱の裏に隠れようと柱を曲がった処でカイが尋ねた。

「あ、それはね……泥棒から隠れたいわけじゃないの……」

少々はにかんだような苦笑を浮かべた。

「いい、これから見たことは誰にも言わないでよ」

しっかりとカイの目を見た後、サンラは狼へと姿を変えた。

「……え?」

カイは二歩ほど後ずさった。

サンラは身にまとう雷を最低限に押さえ始めた。

やけに綺麗な毛を除いては、触れたときに静電気に近いぴりぴりした感覚があるのみでもう普通の狼と対して変わらない。

「お、おまえ……どんな仕組みしてんだよ」

「う……さすがに荷物は持てないし、カイ、これ持ってて」

狼は先ほどまでサンラが肩に掛けていたポーチを放り投げた。

なるままに投げられたポーチを受け取る。

その後でじっと狼の姿を見る。

「……さすがにじっと見られると気持ち悪いんですけど」

「あ、やっぱそうか」

悪い。と頭をかきながら短く詫びる。

「しかし、驚いた。お前、本当に人か?」

近づきながらカイが尋ねる

「失礼ね、一応人の子として生まれてきましたよ。一応」

人の子ではあるが、救世主として生まれてきたモノでね……

「その一応が気になる」

普通に反応をするカイに狼は口の端をつり上げた。苦笑が浮かぶ。

「まぁ、それはいいから。 あ、アレかな?その泥棒さん」

サンラが鼻先で示した方向には汚らしい格好で、泥などで汚れているが間違いなく深い緑色の長い髪の少女と思われる子供が明らかに怪しい様子で辺りを見回す。

よく目を凝らしてみると、緑の瞳が見えた。

ウッディ族の救世主!!

思わず飛び出そうとしたが、カイに首の辺りの毛を引っ張られた。

盗むまで待てとでも言いたそうだ。

おとなしく見守っていると相手は軽く跳んだ。

八百屋の店先の台に乗り、両手に少しずつ野菜を掴みその場を離れようとした。

「泥棒だ!! 誰か捕まえろ!」

おじさんが店から出てきた。何故か棒を振り回している。

「盗みやがったぜ」

「判ってる。カイ、乗って!」

軽い身のこなしで勢いよくカイがまたがったのを確認すると自慢の俊足で走り出した。

町はずれの辺りでやっと追いついた。そう思った矢先、泥棒は緑色の仄かに光をともした玉を懐から取り出した。

玉の光は強くなり、本体から離れた。

それがふらふらと地上に降り立つと同時に光から小熊が現れた。

ずんぐりむっくりとしたその丸い体の背中に乗ると、小熊が走り出す。

これまでとは比べようもない速さである。

「おい、遅ぇぞ。見失う」

振り落とされないように痛いぐらい背の毛を掴んでいたカイが背中から叫ぶ。

「無茶言わないでよ。あんたを乗せてるのだから、これで精一杯。カイ、振り落とすよ」

「まぁいい、このペースが保てたら、あいつの本拠地にはたどり着けるだろう」

……勝手なことを

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