ETERNAL HOPE
4,着いた先
……遠くで、子供達のはしゃぐ声がする。
波の音がすぐ近くで聞こえる、あのとき、自分を襲ったものとはうって変わった優しい漣の音だ。
ふと気が付くと、サンラは砂の上に倒れていた。足の先が少し波に打たれている。
頭の中がぼーっとしていたが、だんだん何があったのかを思い出してきた。
大波に襲われて気を失っていたようだが、何とか命は助かったらしい。
「……ここは、どこ?」
だんだんまともに頭が働くようになってきた。
「そうだ、古文書!船は?食料は?鞄は?」
思いつくのは疑問符の付くものばかり。
辺りを見回すと、なにやら木の欠片が……いや、粉みじんに砕けた船の残骸だろう。木片が散らばっている。所々に、リンゴやココナツ、椰子など船に積み込んであった食料が海面に浮いていたり浜に散らばっていたりしている。
人は居ない。しかし声がするのだから陸の方へ行くと誰かに出会うだろう。
ポーチはしっかりと肩に掛かっていた。意地で持っていたようなものか。
そして古文書は……見あたらない。
サンラはそれに気づくと顔を真っ青にして慌てて探した。それはこの旅にとても重要なものが無いことを示す。
暫く海岸線に沿って探し歩いていると、一人のレイ族の青年に出会った。彼は分厚い本を手に読んでいる。
間違いない、古文書だ。茶色の表紙には遠くからでも識別できるほどルナ文字が大きく記されている。
すると彼もサンラの気配に気づいたらしく顔を上げ、こちらを見た。
「あ、あの……それ」
サンラは古文書を指さして何か言おうとしたが上手く言葉にならない。
「あ、この本、君の?」
彼は何となくサンラの言いたいことを察したらしい。
「え、ええ。その本読めるんですか?」
ルナ語を知っている人は居ないはずだ。まして、エレカ族ではない。いくら知力の高いというレイ族でもエレカ族は孤立した種族。詳しくは知らないはずだ。
「いんや、読めねーよ。まぁ、暇つぶしって所か。悪かったか?勝手に読んで」
なかなかむかつく言い回しだったが、サンラはこらえ青年が差し出した古文書を受け取る。
「ところで、お前……何族?」
「え?」
すごくストレートに尋ねられて思わず困惑する。
もちろん、普通銀髪なんていない。年老いた人が白髪になることもあるが、これもまれだ。
「ルナ族って言うんだけど……エレカ族って言った方が判りやすいね」
「エレカ族?」
青年は眉をひそめた。
「なら此処にいちゃダメだ。これで髪を隠せ。早く!」
そう言って青年は布を渡した。サンラは青年の慌てようからなにやら本当に危ないようだと思いその布を受け取ると頭にバンダナとして巻いた。
「これでいい?」
「あぁ、もうすぐ朝の礼孝洗がある。とりあえず此処を離れろ。お前、行く場所あるか?」
そう言えば、無い。目的地を絞ろうとして地図を見たことはあるが結局何もまとまらなかった。
サンラは青年の方を見て首を横に振る。
「なら来い。大人に見つかればお前、殺されるぞ」
いきなり殺されるとは、冗談にもほどがある。しかし青年の顔は嘘をついている表情ではなかった。
言ったが早いか、青年はサンラの手を掴んで走り出した。
足が速い。サンラは青年に引きずられるようにして連れて行かれた。
青年は古い家にサンラを連れて行った。
サンラを椅子に座らせると青年は背中を向けて棚を探り出した。
「腕、痛くないか?悪い、ちょっと力を入れすぎた。」
手首を見ると、サンラの手首を掴んでいた青年の手の形に赤くなっている。
青年は蓋付きの缶と布の切れ端を持ってサンラの前に座った。
「ねぇ、此処どこ?」
「俺の家」
青年は缶の中に手を突っ込むと緑色のねっとりとしたクリーム状の物体を指先につけた。それをサンラの手首に塗りながら話す。
「そんなこと聞いているのじゃなくて、村の名前。出来ればこの地図で場所を指してくれると嬉しいのだけど……」
開いている方の手で器用に古文書から地図を取り出す。
「あぁ、そう言うこと。此処はナエリア村で……おい、この地図で示せってのか?」
顔を上げてサンラが目の前に突きつけてきた地図を見て青年は冷たく返してきた。
「何でよ。立派な地図でしょ?少し古いけど……」
「はぁ?この、塗れて、ふやけて、それでいてインク滲んだこの地図でか?」
「あ」
忘れていた。まったく見ずに青年に見せたものだから気づかなかった。
「ごめんなさい、気づかなかった」
クリームを塗った上から布を張り、その上から二本の紐で結び押さえると、青年は一つため息をついて顔を上げた。
「そんなこったろうと思ったよ。あの地図やるから持って行け。俺はもう使わねぇから」
顎で示した先には壁に貼り付けられている地図が有った。
「もう必要ないって。どうして?」
「余計なこと聞くなよ。お前にだって人には知られたくないこと有るだろ」
青年はクリームが入っていた缶の蓋を閉め、元の棚の方へ戻しに行った。
「……何か知らないけど、ありがと」
「どういたしまして」
青年はサンラに背を向けたまま応えた。まだ棚をあさっているようだ。
なにやら居心地の悪さを感じたサンラは、地図を剥がすと家を出ていこうとした。
「おい、待てよ」
後ろから声をかけられて少しどきりとした。
「場所。地図に此処の場所、記してやるってんだよ」
サンラが振り返ると青年がこっちに来いと手招きしている。その手にはペンが握られていた。
「お前、名前は?」
「へ?」
青年は印を付けた地図を差し出しながら聞いてきた。
「だから、名前。まだ聞いてないだろ。俺はカイ。一八になるな。」
「あ、私サンラ。一六歳。ルナズ村から来たんだけど、知らないよね……」
知らないとカイは首を横に振る。
「まぁ、途中で嵐に襲われてさ。気を失って……気が付いたらここまで流れ着いたってわけ」
その話にカイは顔をしかめた。
「嵐なんて最近来たとか聞いたことねぇぞ。……『ロウ』なら来たけどよ」
「『ロウ』?嘘!って事はここの近くが襲われたの?」
『ロウ』が来た。それは直接一つの町が壊滅したと言っているようなものだ。
「四日ほど前だったか。隣の隣村が『ロウ』の通り道になったらしい。こっちじゃあまり被害はないからみんな元気なもんだ。今朝の礼孝洗だって『ロウ』が通り過ぎたせいだ。お前、良く平気でいられたな」
「ねぇ、カイさん」
「カイにしてくれ」
「……カイ。浜辺であったときにさ「大人に見つかったら殺される」って言ったよね。アレどうしてなの?」
カイは少し考えるようなそぶりをして応えた。
「お前、『ロウ』を作ったのは魔術師って事ぐらい知ってるだろ」
「うん」
知らない人は居ないと思う。あの離れ小島のルナズ村でもみんな知っていたんだから。
「んで、その魔術師は二人とも、まぁ、エレカ族としている話が多いんだ。それで、この村ではエレカ族を牢に入れる。粗末な食事しか与えられなくて人手が必要なところで奴隷のように働かせる。ま、それはサボっている奴が多いんだけどな」
「……変な話」
「まぁな。んで、この町は見通し良いんだよ。地形的にな。だから『ロウ』が来るのがよく見える。近くを通りそうになったとき、町の四隅に祭壇があるんだけどそこにそれぞれ二人ずつぐらい生け贄としてエレカ達を上らせる。そうすれば他の町民達が助かるとか町の人は言うが、そんなんで助かった試しは少ないとか」
サンラは想像してみた。ここに流れ着いたとき、もしカイに会う前。誰かに私はエレカ族だと言ってしまっていたなら……
「酷い。魔術師がエレカ族だなんて聞いたこと無い」
「本当かどうかは知らねぇけど、エレカ族なら他の種族と離れているから勝手なこと言っても疑われないんじゃねぇの?都合が悪いことを押しつけるのは当たり前の町だし。ここはな」
「よく、考えてみれば『ロウ』を作ったのがエレカ族なら私はこんな姿してないし」
「あぁ、お前エレカの先祖とか言ってたか」
過去のことだって何も知らないから偉そうなことは言えないけど、今、エレカ族をそんな目に遭わせるなんて何だか許せない。
「何か、腹減った。喰う物有るか?」
暗く沈んでいた空気がカイの一言で一気に吹き飛ばされた。
「あ、私もお腹空いた。でも、食べ物は船に積んでいたから全部浜辺に散らばっていると思う……」
「拾っておいたら良かったな。俺ん所もちょうど食べ物切れてんだ。……しゃぁない、買いに行くか。一緒に来る?」
どうしよう。他の人に正体がばれたら大変だけど、こんな所に一人でいるのも危険な気がする……
「行きたい」
「そう来なくちゃ」
二人は家を出て市場に向かった。
END
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