ETERNAL HOPE
黄土色の地面と深い青の海との境目に地面の色とよく似た黄髪の少年と銀髪の青年が座り込んでいる。
「ねぇ、この海の向こうには何があるの?」
「そうね、草や木が複雑に絡んだ【森】と言う所とか、水がいつも流れている【川】や、オアシスのように水が溜まっている大きな【泉】や【湖】と呼ばれる場所。そして、ここみたいに水不足や鉄砲水。食糧不足に困ることなく【不自由なく暮らせる生活の場所】があるんだよ。古文書にそう書いてあったもん。」
幼い少年の言葉に若い青年が応えている。
 
砂漠にぽつんとある小さな村、ルナズ村には主に気まぐれな黄髪の、西の雷の民エレカ族がすんでいる。
エレカ族は特徴でもある気まぐれと自分勝手な者がとても多い事で他の種族からあまり良い印象を受けていない。また俊敏な者が多く盗みを働く者が少なくないので、嫌われ、住処を追われ、砂漠や小島などエレカ族だけですむ場所でしかあまり見かけられることはなくなった。
 
「姉ちゃんはキュウセイシュでエラバレシコなんだろ?偉いさんなんだからこんな所にいなくても旅に出りゃいくらでも歓迎してくれるだろ?」
少年は屈託の無い笑顔で青年の顔を見た。
「ダメだよ、そりゃ見てみたいよ、この海の向こう側。だけど、そんな家族や種族を裏切るような行動。私には出来ない。」
 
容姿はとても違うが二人は兄弟である。そして、青年は黄髪のエレカ族の救世主。名はサンラ。
青年は黄髪ではない。それは彼女がエレカ族の先祖、ルナ族の救世主として生を受けたからだ。
長年辛い環境で生きてきた彼等は千年のうちに黄色の髪、少し黒みを帯びた黄色い皮膚を手に入れた。
変化する前の種族であるサンラは他のエレカ族と比べると、疲れやすく体も少し弱かった。
 
「サンラ!ライト!仕事はたくさんあるんだから休んでないで手伝いな!」
遠くで母のアンジーが二人を呼んだ。
「エー」
不服そうな顔と声でライトは応える。
「ライト、そんなにうちで働くんが嫌なら家に入れてやん無いよ」
母親の厳しい言葉にライトはやっと重い腰を浮かせた。
それを見てサンラは少しほほえんだ。
 
ライトとともにやって来たサンラを見て何かを思いだしたかのようにアンジーは横手を打つ。
「あ、そうそう、サンラ。村長さんが呼んでたね。なんか用事があるらしいよ」
それを聞いてサンラは慌てた。
「何でそのこと早く教えてくれなかったの?ちょっと行って来るね」
じゃと片手を掲げ挨拶すると、サンラは雷をまとった白銀の毛並みの狼へと変化した。
十歳になった時から使えるようになった変化の術。これにしか変身できないが、移動にはとても便利である。六年間、長距離の移動に使っているので四つ足走行も初めの時に比べ、様になっている。
 
ものすごい早さであっという間に、村長のいる村はずれのテントまできた。
術を解き、人の姿へと戻るとテントの垂れ幕を開けた。
「村長さーん、サンラです。いらっしゃいますかー?」
そっと中に足を踏み入れると、荷物の蔭から一人の若い男性が首を出した。
「遅かったじゃないか。昨日来てくれと言っておいたはずだが」
「き、昨日ですか?」
苦笑いを浮かべ、帰ったら母に文句を言ってやると心に誓った。
「まぁいいや。昨日は結局外出していたし」
そう言ってまた荷物の蔭に頭を隠した村長に、あなたもあなたで酷いなと心の中で呟き、ため息を一つ落とした。
 
「で、用とはなんでしょうか?」
「あぁ、これは結構重要な事だから君の両親にも話そうかとも思ったんだけどね」
村長は荷物の蔭からまた黄色い頭を出した。
「これ。なんでしょ〜か」
冗談交じりの明るい声で片手に持つ銀色の玉を掲げてこちらに歩み寄ってくる。
「何ですか?」
考える様子もなく怪訝そうに即答したサンラにつまんないのと言いたげに肩を落とし、その場に座り込んだ。
しかしすぐに顔を上げ、先ほどまでのふざけた様子を微塵も感じさせない真剣な顔で話し始めた。
「この近くで砂に埋もれていた遺跡が発見されたことは知っているだろう?昨年古文書が見つかったアレだ」
サンラが頷くのを確認するとニッと笑った。
「その中でちょっと前にお前にとって多分大変必要な物が見つかった。それが、これ」
玉を持った反対側の手で銀の玉を指さす。
「もう判ったね」
「それが……宝玉ですか?あの不思議な力と意志を持つと言う……」
サンラが言い終える前に村長は「ご名答」と玉を放り投げる。
サンラは慌ててそれが落ちてしまう前に抱えた。
「ナイスキャッチ」
「村長。ふざけてないで続きを話してください。用はこれだけじゃ無いんでしょ?」
「まぁな」
一つ間をおいて村長は大きなあくびをする。半開きの目で話を続けた。
「そんで、これが古文書に記されていた宝玉ならお前はもう出発しなきゃならない。そだろ?」
「えぇ、まぁ」
 
古文書をこの村で初めて読み解いたのはサンラだった。
古文書自体一年ほど前に見つかったばかりの遺跡内で発見された、つい最近の物である。が、なぜ初めにサンラが読み解いたのか。
答えは記されていた文字にあった。
今では全く使われなくなった文字−−−昔、ルナ族のみが使っていたと思われる文字で書かれていたのだ。
サンラは遺跡を廻り独学でその文字を読み解いていた。ある日村長に「読んでみる?」と言われ渡されたのが古文書。サンラはそれを翻訳し村長に伝えた。そして自分がに記されている「命の宝だ」と語った。
初めは誰もが戯れ言だと思っていたが、疑っても意味はないし、現にサンラは怪しい術を使っている。信じるも信じないも関係なかった。
 
古文書の文章にこんな説があった。
【世界が変わる前兆。目と髪のそろう命の宝を玉が導く】
【宝玉を見つけた者が門出を図る、見つからぬ者動くべからず】
サンラが今まで島を出なかったのは家族の為と言うよりも正直これのためであった。
そして今、宝玉が見つかった……
 
「じゃぁ、行ってらっしゃい。今夜で良いよね送別会」
村長はクルリと後ろを向くとダレンダレンと右手の甲を左右振った。
「船は用意してあるから。食料もちょっとだけ集めたし、古文書も持ってきな。どうせあっても誰も読まねぇし。後、前の約束は忘れんなよ」
つらつらと用件を残すと村長は立ち上がり、もとの荷物の蔭へと姿を消した。
何も言えぬままサンラは少しの間その場に突っ立っていた。
「突っ立ってないで、戻って準備でもしたらどうだ〜い?」
「うるさい!判ったわよ、今夜海岸へ行けば良いんでしょう?」
村長の言葉で我に返ると、怒鳴って外へと出ていった。
「怒んなくても良いのに。ねぇ?」
テントの中、一人で呟いた言葉は無性にむなしい響きだった。
 
「母さん、私今晩出発する。船と食料は村長さんが用意してくれるって」
不機嫌そうな声で帰るなりそう呟くように言う。
「今晩!?気が早いわね。何でいきなり言うのよ」
「知らない。村長さんに聞いて」
それだけ言うと、サンラは自分の部屋として使っているテントに向かって走っていった。
 
普通、テントは一家族。又は一集団に一つなのだが、たまに自分で魔物を捉え自分だけのテントを作る者がいる。
危険な目に遭ってまで自分のテントがほしいと思わないのが普通なのでサンラのように自分のテントを持つ物は少ない。
 
サンラは山積みにされた本の中から古文書を探し出した。
やっとの事でそれを見つけると、他に必要なものを集め始めた。
 
結局持っていく物は古文書と宝玉の他に、着替えと全財産。と言ってもたったの百四十ピンズ。町にもよるがパンが一つ買えるか買えないかぐらいの金額だ。
それだけを集めると、新たな問題がサンラを襲った。
肝心の荷物をまとめ入れるための鞄がないのだ。
「……忘れてたな」
テントを潰そうかとも思ったが、使わなくなったら村長に譲るとすでに約束した。村長との約束を破ることは避けたい。それ以前に本も村長からの借り物だ野ざらしには出来ない。
中途半端に責任強いサンラはそのことが気がかりで布の調達先をどうしようか考えていた。
 
これには困った。その時、テントの前に誰かが立っているのに気づいた。
「誰?」
そう言ってテントの垂れ幕に近づくとすぐに判った。
幼なじみのすごく仲の良かったロエだ。
「今日旅立つんだって?ライトから聞いたよ。」
ロエは笑顔で言う。
まあねと返すと、後ろに隠していた手をこちらに向けてきた。
「それでね、多分君のことだから袋とか全然持ってないだろうと思って、これを。皆から余った布を集めて縫い合わせて作ったんだ」
その手には紐の長いポーチのような小さな鞄があった。
ポーチには刺繍でエレカ族の紋章が小さく入っている。
パッチワークというのだろうか。たくさんの縫い目がある、縫い目が粗いもののこの辺りでも特に丈夫な『コッド』と呼ばれる魔物の皮が大半を占めている。
 
コッドの皮は鱗が熱で溶かされた様にそれぞれが互いに付いている。袋にするにはこれ以上の物はないというこの村最高の材質だ。
しかしそれの入手はとても困難である。それはコッドが人食い土竜だからだ。砂漠の土の中にすむという珍しい生物で腹が減ると砂の中からいきなり現れる。準備をさせてくれないのが憎いところだ。しかも一匹一匹が小さい。これだけ集めるとなると数十匹は退治したのではないのか?こんな貴重な物余り布なわけがない
 
さすがに盗んだの?とは聞けない。
サンラはそのことを見なかったことにしようとする。
 
「ロエ、あんた似合わねーよ、プレゼントなんてさ。ま、くれるんだったらありがたく頂くけどね」
そう言って、サンラはロエの手からポーチを受け取った。
ありがと。と相手に聞こえないぐらいの小さな声で呟きながら。
「頼むよ、救世主。君が頑張ってくれたらあたしらも差別受けずに豊かな暮らしが出来るって村長が言ってた!」
ロエはそう言うときびすを返し走って行ってしまった。
「もう少し、話し相手してくれても良いのに……」
呟くとサンラはテントの中に戻り再度荷物に目を通した。
一つずつポーチに入れてみたが、少し入らない。
仕方なく着替えの一部を諦め、分厚い古文書は手で持つことにした。
食料は村長のことだからちょうど一週間で尽きるだろう。その一週間は船旅に費やすから荷物になることはない。とか考えながら古文書に挟んであった地図を眺めた。
「んー、やっぱり初めはフィルー族かな……真面目そうなウッディ族はパス」
そうこう考えているうちにいつの間にか空は暗くなっていた
「やば、急がなきゃ」
慌ててポーチをひっつかんで肩に掛けると古文書を抱えて船着き場へと向かった。
 
海岸ではもうすでに村人達が集まっていて、船も準備万端の状態で岸に繋がれていた。
「遅かったね。お前のことだからすぐに来て、まだかまだかと急かすだろうなと思ってたのに」
村長が笑いながら歩み寄ってきた。
「すいませんねぇ、いつも急かして」
サンラが船に乗り込むと、両親とライトが海岸と船を繋いでいる綱を握った。
「さ、行きな。もう待たねぇからな」
村長はナイフを取り出した。
「行って来ます」
サンラの言葉を聞くと、ナイフは船と海岸を繋ぐロープを切った。
「姉ちゃん、絶対帰ってきてね。旅の話もしてね〜対だ
ライトの声がだんだん小さくなって……消えた。
手を振っている村人達も同じように消えていく……
楽しみにしていた旅立ち。だが、サンラが感じたのは言いようのない寂しさだった。
「帰ってくるから。絶対、『ロウ』を倒してすぐに帰ってくるから」
サンラは一人、小舟の上で呟いた。涙が落ちてきた。
サンラは涙を拭うと、目的地に向かって船をこぎだした。
 
そんな旅立ちから三日ほど経っただろうか。
初め、穏やかだった海は少しずつ裏の顔を見せ始めた。
「やばい……この船沈んじゃったら『ロウ』とか以前の話だよ……もってくれよ海」
 
サンラの願いも届かず、灰色の雲がさらに空を覆い、雨が降り始めた。
風も吹きすさび、海が荒れる。小舟は揺れに揺れ、沈みかけていた。
 
ついに、大波が船を襲った。
サンラはポーチを肩に掛け、古文書を抱きしめた。
大波は船を破壊し、サンラを海の底へと引きずり込んでいった……
 
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