ETERNAL HOPE
とある小島。人の足で半日かければ縦断できるほどの島を半分に分けたカルック村。そこには紅髪をなびかせる南の火の民『フィルー族』と蒼髪をなびかせる北の水の民『レイ族』が主となって暮らしている。
フィルー族−−−戦い好きの血の気が多い者が半数以上を占めるという問題児が良く生まれる種族で有名である。一纏めに言えると言うわけではないが手が早く、じらされるのが嫌いな者が多い。
それと対称的にレイ族は力が弱く、剣を握ることを頑なに拒むどちらかと言えば落ち着いた種族。だが物言いは冷たく、決して穏和とは言えない。
そんな彼らを中心とするカルック村で、今日、祭りの準備がなされている。
どうやら子供が産まれるらしい。
今日新たな命を授かる家は村の中心よりも少し外れたところ。
レイ族のアクアとフィルー族のフレアの元。
簡素な家の周りにはたくさんの人が集まっている。中に入れるのは二人と産婆のみ。
外で待っている人々はずっと生まれた子供が発する声を聞き逃さんと家の中へと耳を傾けている。
それだけじゃない。人々はこれから生まれてくる子供に興味があった。
この村で初めてのレイ族とフィルー族の混血。どんな姿かが気になっていた。
しんと静まる広場。幾人かの人々が今宵にでも行われそうな祭りの用意をしている。
・・・きこえた。
赤ん坊の第一声・・・産声。村中を包むほどの大声で元気にわんわん泣いている。
辺りに歓声が湧いた。すると、もう一つ。先ほどの泣き声とは少し違う。
「皆さん」
家の扉替わりの布をめくり、アクアが出てきた。
「双子です。蒼髪の兄と紅髪の妹。」
口元を少しあげた、レイ族がよくする軽い笑みを浮かべた。
 
−−−夜
広場では火が焚かれ、新しい命が生まれた事への祝いが行われていた。
アクアとフレアの腕にはそれぞれ白い布にくるまれた赤ん坊の姿。
真っ白な髪で何族なのかかもうすでに判断できない、腰の曲がった細目の長老が二人の前まで来て、礼をする。後から来た盲者の占術師もそれに続く。
生命の儀式。長老の唱える言葉はゆっくりとした歌のように四人を包む。
それに続き占術師がまた不思議な呪文を唱える。
 
儀式として、占術師は呪文が終えると、お告げを唱える。元気に育つ・病弱・問題児・・・それは百発八十中ぐらいの確率で当たる。すべては親への不安を減らす為だが逆に不安にさせられる。
 
呪文の途中で、占術師がそれをやめた。
そして、占術師は長老に何か耳打ちをする。その言葉に驚いたのか普段眉に隠れるような細い目は見開かれた。
「それは、本当か?」
しわがれた声で尋ねた長老に占術師は小さくうなずく。
「フレア、少しすまんが・・・」
そう言って長老は、フレアの腕の中で眠る赤ん坊の上目蓋をそっと引いた。
フムと低くうなると、長老は後ろを向いた。
「フレア様・アクア様。お告げです」
占術師が静かに口を開いた。
周りの者の唾を飲む音まで聞こえるほど辺りが静かになる。
「二人はこの世界を変える星の元に生まれました。彼らは「救世主」・・・古文書のお告げにあった通り、この子達は世界の循環を変えるための駒」
辺りにざわめきが広がる。
「今夜中に名前をお付けなさい。彼らが彼ら自身でその目を開く前に。せっかくの種が腐ってしまいます」
占術師の言葉を口を半開きにして聞いていたフレアがにっこりと笑うと、アクアの顔を見た。
「もう、とっくに決めてあります。」
少し垂れてはいるが凛とした目でアクアは言った。
「兄はウォール。妹を守る防壁ですわ。妹はステラ。この世界を照らす星。」
天を仰ぎ呟くフレアを占術師はにっこりと笑った。
「大切になさい。その子達はもう芽が出ています」
 
数時間後、子供達は目を開けた。きょろりとした目を見て、誰もがぎょっとした。
ステラの目は紅い。
同じようにウォールの目は蒼い。
種族関係無しに目は茶色のはずだが、異色なその様子に初めは戸惑ったものの、占術師の言葉を聞いていたせいか誰もそれをおかしいとは口に出さなかった。
 
成長するとともに。占術師の言葉が目に見えてきた。
体の中で眠っていた不思議な力が徐々に目覚めてくる。
初めて起こった変化は八歳の時。
ウォールは指先から清水を出した。その清水は不思議な力を秘めていて、傷口に塗ると傷の治りを早くすると有名になった。
ステラは同じように火を出した。ちろちろと燃える火は蝋燭のように辺りを照らした。
毎年、面白いように彼等のは新しい力を手に入れた。それが村中に広まって誕生日を迎えるたびに「今年の力は何だろう」と噂されるようになった。
 
しかしアクアは、その力をあまりよく思っていなかった。
自然の摂理を無視したその力とそれを面白がる村人達が気に入らない様子で、どうにかそれを止めることは出来ないかと考えた末に、ある物を作った。
制御装置。
昔からカルック村では不思議な石がとれた。見た目は様々な色で、感触は冷たくひんやりとしていて、気持ちを穏やかにしてくれる。
その石の名は『封玉』。
アクアはそれが二人の力を止めることが出来ることを発見した。
 
「耳に穴をあけるって痛い?」
アクアの持った針を見つめ、不安そうに尋ねてきたステラの顔はもうそれは可愛かったと語る者がいた。
「上手に開けてあげるから、痛くない」
穏やかに言ったアクアの言葉を信用してステラ、そしてウォールはピアス穴を開けた。
そして今、二人の耳にはそれぞれ右に紅、左に蒼の封玉が光っている。
 
 
水や火の不思議な力の他に、もう一つ変わった力があった。
魔物に触り、手なずけ、飼っていた。
普通、魔物に触るとそれを構成している魂が発する瘴気で触れた部分にやけどに似た傷を負うものだが、二人には通用しなかった。
 
二人が十二歳になった年に初めて、二人がいつか話して貰った・奴の姿を見た。
この世の破壊者。『ロウ』がこの島を襲った。
中心となったのは隣村だというのに、カルック村も甚大な被害を受けた。
 
二人の中で何かがうずいた。村の者でまだ元気のいい者に頼み込んでその村へと連れて行って貰った。
長老と数人を率いて、壊滅した村の中へと踏み込んでいく。
ウォール達はけろりとしていたが、さすがに付いてきた村人はロウが残したと思われる瘴気に少し苦しんでいた。
 
中心街へとやってくると、動くモノが見えた。
そんなに素早い動きではなく、亡霊のようにゆっくりとしたおどろおどろしげな動き。
それが人だとわかるのにそんなに時間を有さなかった。
「みんな、顔が・・・」
ステラが呟いた。少し声が震えている。
それもそのはず、すべての人の真っ青な顔が死期が近いことを意味している。
何も言わず無表情のまま先を進んでいったウォールの足下を倒れていた人が掴んだ。
その目は救われたとでも言いたそうにほころんでいた。
周りを見ると両手をすりあわせ拝んでいる人もいる。
なんなんだこいつらはと足を掴んだ手をふりほどこうかと思ったがさすがにそれはしなかった。
あまりにもその顔が嬉しそうだったから−−−
 
「あなた様が・・・ほんに、空のような深い青の目だ」
目を細めた笑みでウォールじっと見つめる。
「これで、私も“あれ”に襲われずにすむ・・・」
「“あれ”?」
首を傾げて繰り返すと、長老が肩をたたいた。
「ウォール、仕事を頼んでもよろしいかな?」
細く眇めたような目には、意味ありげな光が見える。
「仕事?」
怪訝そうに眉をひそめ、聞き返す。
「少し前にこちらの長に話を聞いたところ、この村に聖器があるそうでな」
これですと後ろにいたカルック村の村人が布にくるまれた板状の物を差し出した。
「いったい何の話なの?」
ステラが会話に割り込む。
「そうか、お前らにはまだ話しとらんかったか。」
長老が村人からその板を受け取り、ウォールに見せる。
「死んだ魂はな、成仏できればそれで良いが、心残りがあるといつまでもここにいる。」
するするとその板を覆う布を解き始める。
「その魂には魔物が残した魔法くずが集まる。そうなる事で、新しい魔物が出来る」
ゆっくりと解いた布の中から綺麗な装飾のされた板が姿を現す。
「魔物に襲われた者は大抵成仏できない。そして、それを助けるのがお前じゃ」
布が完全に取り払われそれの姿がしっかり確認できた。
「−−−−−剣?」
青みがかった金属の鞘に納められた幅広の剣。
「お前の物だ。それを使うことでお前・・・【レイ族の選ばれし者】は魂を救う。さぁ、ピアスをはずせ。この剣をとれ」
「な、なんだよそれ」
戸惑った様子でその剣を払おうとした。
勢いよく振られた手が剣に当たったとき、ウォールの動きは不自然にぴたりと止まった。
「ウォール、さぁ、早く」
少し眉を上げた長老が命令する。
その声で、ウォールは我に返ったようにぴくりと首を上げ長老の手から剣をとった。
鞘から刃を抜くと、青い光が見えた。綺麗に研がれた一点の曇りのない片刃が鈍い青色に輝いている。波紋がまるで細波のように、そして刃を除く刀身は魚のような鱗がそれを覆っていた。
ステラは背筋に悪寒を感じた。何かいつものウォールではない、と。
鞘を完全に取った剣を構え、ウォールはいきなり走り出した。躊躇いのない全力疾走。
「どこへ行くの!?」
ステラが叫んだがその声は届かぬ様子で一直線に走る。
・・・正気じゃ、無い?
ステラが見たウォールの目はどこか虚ろだった。
 
剣を構えたウォールはその辺りに転がっている死体へ刃を向ける。しかし、死人の体は斬らない。体の数センチ上を地面と平行にかすらせるように斬る。
一つ斬っては次の死者の元へと走る。
 
数秒の間をおいて、斬られた死体から一つずつぼぅっと淡く光る大小さまざまな玉が浮かんできた。それらは次々と剣を振るっているウォールの後ろへと集まり付いていく。
 
村中走り回って、ついにあれだけあった死体の最後の一つを斬った。
背中を付いてきた光もウォールの身長と同じぐらい大きい。
これで終わりかと思いきやウォールは後ろ、かなりの大きい光玉を向いた。
光の玉に向かいぼそぼそと何かを呟く。すると、剣の切っ先に青い光線で陣が描かれた。
そしてその剣を玉に向かい真っ直ぐに突いた。
 
切っ先が沈んだ辺りから光の玉は青く染まっていく。
そして、全体が青く染まったとき光の玉は分散し、まるで青い火の粉のようにぱっと辺りに散った。
 
ふっと軽い笑みらしき者を浮かべたウォールはバタリとその場に倒れた。
「お兄ちゃん!」
ステラは慌ててウォールに近寄った。
倒れたウォールの顔には一筋の涙と軽い笑みとが見えた。
 
長老に頼み、急いでカルック村へと戻り、医者替わりの占術師に診て貰った。
どうやら怪我などはないようだが、精神的に疲れているらしく回復するまで目を覚まさないと言うことだ。
眠っていれば治ると言われステラはほっとしていたが、それでもなかなか目を覚まさないウォールが心配で時間があるときはずっと眠っているウォールの側にいた。
 
 
それから数日。未だウォールは目を覚まさない。
占術師の言葉を疑っているわけではないがステラは不安で眠れなかった。
時刻は多分真夜中過ぎ。ぼーっとしていると誰かの話し声が聞こえた。
窓のカーテンを少し開け、その隙間から外を覗くと小さな焚き火が行われ、長老が集会を催しているらしかった。
「まさか、本当にあの飾りの剣が宝剣だっただと?」
「ウォールを操っていたというのは本当か」
「昔から抜けないと有名だったあの剣。やはりウォールがレイ族の救世主なのだな」
そんな会話が聞こえてきた。
とても興味を引かれる話だった。昔から、という節が彼女の耳に妙に引っかかった。それは自分達がそれを今まで知らなかったことと、他のみんなは知っていたと言うことを裏付けたからだ。
 
「と言うことはだな、あの四つの宝玉の話も本当なのかもしれないな」
その言葉を最後に焚き火を囲む村人達の話はとぎれた。
解散の号が聞こえ、焚き火が消された。しかしステラの目はその場所から離れなかった。
四つの宝玉。ウォールの剣。その二つがとても親密な関係にある気がした。
それと同時にステラの中に不安が芽生えた。
 
自分もウォールのようにおかしな物を持たされる・・・と言う不安。
虚ろな顔で走り回って、ネジが切れたように動かなくなって・・・
 
涙が出ているのに気づいた。
「あたし達、どうなるのかな・・・ウォール兄」
ウォールの眠るベッドの端にうつぶせになって泣いた。
 
 
 
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