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Chime3
八枚目
校内には狭い中庭がある。
四角い校内に丸い校舎の時点で配置に期待できないが、明らかに考えなしに後付けで建てたのだろうと思えるでたらめな創りの寮があるせいで中庭はどこへ行ってもも半端な狭さだ。
 
こんな狭さじゃ鬼ごっこも難易度が高いだろう。
 
ボール競技なんてできそうもない。
と思っていたのだが、キャッチボールをしている奴らが目に入った。
 
 
そして、また、彼らには見覚えがある。
 
 
ヒヨコを思い起こすような男が投げたボールを坊っちゃんと形容したい大きすぎる眼鏡の少年がワタワタ慌てながら掴む。
 
いつか、私に実験協力を頼んできたカード科の生徒だ。
 
 
 
そういえば、初回以来一度も行ってないな研究室……
見つかる前に逃げようかな。
 
少年が投げた低いボールをつかみ損ねたヒヨコ男と目が合った。
「ストームちゃん」
手を振っているヒヨコはこちらの方へ歩いてくる。
それより速くコロコロと、渡り廊下の壁に当たったボールは止まった。
 
見つかってしまった。
あまり関わりたくないのだが、声をかけられたからには反応を返さないとますます気まずくなりそうだ。
 
 
渡り廊下から中庭へ出てボールをつかみあげると、丁度いいタイミングで傍にヒヨコが立っている。
 
 
「次授業入ってる?」
ボールを手渡すと、少年もこちらに走ってくるのに気付いた。
「講義が入ってますけど」
「あ、やっぱし」
ヒヨコは少年の方を見る。
やっと到着したセタ少年たいした距離ではないのに、息を切らせている。
「ちなみに、何て言う授業?」
講義名が思い出すなくて、ぼーっと考える。
「カード術基礎でしょ?」
あぁ、確かそんな名前だ。
肯定をすると、ニッと笑った。
 
「見覚えあるなと思ってたよ。一緒に行こう」
はい?
「あの。何処へ?」
「講義にだよ」
側の茂みから、鞄を取り出す。
何処に隠してるんだ。
 
 
 
 
「前回の講義でお見かけしましたので、声をかけようと」
セタ少年が見上げてくる。
へーと廊下をのんびり歩きながら答えるしかない。
「セタ君、同じ講義受けてたんだ。気づかなかった」
 
そっちの人も?とヒヨコを指す。
「そうそう、オレも……って」
あれ。と男は足を止める。
 
「あ、オレの事忘れた?」
え?
「酷いな、そっちの人って」
「忘れた訳じゃないです。名前知らないだけですから」
きょとんとした顔が戻ると、閃いたような叫びが上がった。
「そういえば、名乗ってなかった」
納得したように首を縦に細かく振る。
「オレはピコだよ。よろしく」
 
うん。ピーチャンだな。
冗談は頭だけじゃないようだ。
喋り方もピーピーしてるし。
 
 
 
 
「どの辺座る?」
聞かれたので態度で示す。
「ずいぶん前の方だよね。知ってたけど」
文句を含んだ言葉を発しながらも、隣に座る。
セタ少年もその隣についた。
 
 
 
教授が入ってくると、不思議そうにこちらを向いた。
だが自分ではなさそうだ。
視線が外れている。
ピコ先輩が気まずそうに片手を上げた。
 
「珍しいなピコ、何企んでる」
「たまには初心に返るのもいいですよ」
ははっと教授は真顔のまま笑う。
「どうでもいいが、そんな位置で騒いだらまたつまみ出すぞ」
「やだなぁ、そんな気は無いッスよ」
ニヤニヤ笑いながらあっち行けと手を振る。
疑いの眼差しを送りながら、教卓に着いた。
「まーったく、あのおっさんはよ。一回騒いだだけじゃないか」
椅子の背もたれに仰々しくもたれる。
「常に私語が激しい後方の一人はピコ先輩じゃないですか?」
ニヒヒと笑うぶんにはその通りなのだろう。
教授に目をつけられている奴だったとは……
 
まぁ、私には関係無いけど。
 
 
 
 
と思うのは甘かった。
私語と言うのは独りでは成立しない。
 
うるさい。
それに、話しかけられると注意が散漫になる。
 
なぁ、なぁと小声がかかる。
声を出せず、睨むように振り向くと嬉しそうな顔をしている。
「あれ、何かに似てるよな」
指差すのは、教授が先刻描いた適当な図。
カード術について歴史の簡単な時間軸の図だ。
線を引っ張って文字や記号が色々派生している。
 
眺めてみたが何に似ているのかは分からない。
分かっていないことを察したらしく、ペイっと指で小さな物を弾いてきた。
 
スリーブの中に使い古された消しゴムが隠れている。
はっと気付いて、もう一度図をみる。
 
……似てる。
 
スリーブに描かれたゆるいキャラクターによく似ている。
そういえば、あの図ができた後、他の所でもクスクス笑いが起こっていた気がする。
 
吹き出しそうになったのを堪えると、ヒヨコ男は笑い出した。
「確かに、似てますね」
小声で返す。
セタ少年にも、見ろよあれと消しゴムを見せる。
彼もまたフッと吹き出す。
すると少年は何か手元に書く。
ヒヨコは覗くとまたケタケタと笑い出す。
気になって、身を乗り出して覗きこんでみた。
 
デフォルメ化された教授の似顔絵が例のユルいキャラクターを指差しながら「試験に出すぞ!」と吹き出して言っている。
 
じっと見つめることができないくらい、じわじわ襲いかかる感覚に知らないうちに笑っていた。
 
「これは、ちょっと……ひどい……」
笑えてまともに話せない。
「すごく似てる……」
言葉が続かない。
笑うしかない。
 
「ちょっと髪の毛濃くないか?」
そうですか?と教授の額に消しゴムを入れる。
きれいに禿上がってしまった……本人より薄い。
思わず吹き出す。
声が出てしまったので、周りの視線がちょっと集まった気がした。
 
 
 
やっと気持ちが落ち着いた時、何か痛々しいものが感覚に触れた。
前を向き直すと、厳しい視線が冷凍ビームの様な破壊力をもって、盛り上がっていた自分を硬直させた。
 
ただこちらの方を向いているのだが、自分とは微妙にずれている。
 
ピコ先輩、避雷針よろしくお願いします。
 
 
九枚目
「この後暇?」
授業の終了と同時に片付けをさっさと済ませた二人は、もたつく自分を待ってくれているようだった。
「今日の予定はもうないですけど」
ないけど、付き合いたくない。
 
「うわ、そんな嫌な顔しなくても」
笑いながら、ヒヨコは鞄を肩に掛けた。
「校外に遊びに行くって言ったら付いてこれる?」
どうだい?と首を傾げる。
「……内容によります」
 
 
校外はまだ歩いて回ったことが少ない。
一人であてもなく歩き回るたちではないし、唯一の友達ユキちゃんもあまり出歩くような子ではない。
 
 
同行者がヒヨコみたいなピコ先輩なのはちょっと気に入らないが、なにか面白い事を期待してもよさそうだ。
 
 
「うーん、食べ歩き」
少し間が空いたのが気になるが、それならついて行く気にもなる。
 
「行きます」
「うっし。協力者ゲット」
喜ぶ姿に何か嫌な予感がする。
協力者って……
 
また嫌そうな顔になっていたのか、彼は説明をする。
「へへ、調査の宿題が出たんだけど、どうせ調べるなら面白いのないかなぁ、て思って」
「思って?」
「大食いメニューを調べてる」
 
 
 
 
 
……へぇ。
 
「そ、そうですか」
「そうですよ」
私の戸惑いを含む口調を真似ながらニカッと笑う。
なんだか腹がたつが、同時に愛嬌のある人だと思った。
 
「量をこなすとなると、腹の数が必要でさー」
なら、もっと頼りになりそうな人を誘えばいいのに。
笑いを収めたぱっちりとした目が自分を見ていた。
 
 
ひょっとして、大食いと見られているのだろうか……
それは心配だな。
 
 
 
 
 
 
 
寮に戻ることなく、そのまま校舎を出る。
セタ君は次の講義に出るので今日はごめんなさいと走り去ってしまった。
校門のところで奇妙な生物をかたどった石像に見送られると、いきなり違う世界に放り込まれた気がした。
 
 
街の造りと学校の造りが全く違うせいだろう。
 
赤みを放つタイルの通りは、無機質な印象しかない校舎とは全く違い穏やかな気持ちにさせる。
 
「こんなに明るかったっけ」
小さな声でつぶやいた。
初めてこの町に来たとき、こんなに辺りが楽しそうだと思った記憶がない。
 
導かれ、街を進むうちに街並みはまた大きく変わり、暖色のレンガ造りが建ち並んでいた。
美しく暖かみのある景観である。
 
商店街なのか、どの建物も扉を大きく構え、縦長の窓には商品見本が一番良いかたちで見えるように置いてある。
 
 
学生の街……の割には、若者向けの細々とした店が多い様に思う。
特にこの通りは、店からはみ出た洒落た小物が道の脇を飾っていて歩くだけでも楽しい。
 
 
そんな美しいながらも雑多な通りで、案内人によるエスコートは止まった。
 
 
 
なんの変哲のない喫茶店。
木に絵の具を塗ったかわいらしいプレートが風に揺れている。
 
扉の奥には、少し暗めの手狭な店内が見える。
「この店は、メニュー量が多いから」
可愛いがすっきりとした制服を着た店員に二人と指で合図する。
 
午後のティータイムよりは少し早めの時間なので、客の入りはまちまち。
待つ間もなく、奥へと通された。
 
焦げ茶色のテーブルセットにレースの縁取りのクロス。
アンティーク家具といった内装。とてもおしゃれだ。
「一度、カード科の三人で来たんだけど」
コップの冷水に口をつけて、寒いなと身震いする。
「制覇が出来なかったというか。うーん、一つ目で撤退したんだ」
「三人で一つだけですか」
「うん。すぐ帰った」
 
質問をする間も与えず、ヒヨコは店員を呼ぶ。
「甘いの平気?」
肯定すると、メニューも見ずにビッグクライムスペシャルなんたらと注文を一つ入れる。
一体何を頼んだのだろうか……
 
 
気になってメニューを取り出したが、いまいち名前を聞き取れなかった。
メニューを一巡したが、それらしいものが見当たらない。
 
「何ですか、今の」
何が。と聞き返される。
「そのビッグ何とかスペシャル……」
「ビッグクライムスペシャルクラウトテーマウント?」
そうそれです。
聞き直しても馬鹿らしい名前だ。
何故目の前の男がすらすらと言えるのかが不思議なほど。
 
ピンと来ていないのが分かっているらしく、手振り混じりに説明を始める。
「こんな感じの器にアイスとクリームを山型に盛って、渋めのソースをかけて……」
パフェですね。わかりました。
 
しかし、笑顔でジェスチャーしたヒヨコとは裏腹に器の大きさが大変な気がする。
しかも、アイスだって?
お冷やでも寒気を感じたのにそんなもの食べるとか信じられない。
 
「出来るまで結構時間かかると思うから、その間に覚悟を決めときなよ」
……相手は食べ物ですよね。
「熱いお茶を頼んでもいいですか」
「渋いのと甘いのがあるよ、これがオススメ」
そういって指さしたメニューには目立つ吹き出しで「罰ゲームに最適」と書いてある。
冗談ですよね……
「冗談だよ。そんな嫌そうな顔しないでさ」
ねっ、っともう一度メニューを指さす。
「セーシルちゃんが言うにはイライラしてる時にはこれが良いって、相当甘いらしいよ」
「イヤ、甘い物食べるのに甘い飲み物はいりませんよ」
ヒヨコは笑ってから、店員に甘くない人気の紅茶を一つ頼んだ。
 
 
「ところで、セーシルちゃんって?」
「あ、そっか、名前知らなかったっけ」
そんな言い方されるということは、出会ったことがあるのだろうか。けれど、全く思い当たる節がない。
「あの、ほら、あいつ。カード科でオレとサイクスと一緒のチーム組んでる風属性の、えっと、こんな風に目がつり上がった女子」
人差し指で目尻をぎゅっと持ち上げる。
カード科にいた、何というか、仲良くなりたくない類の女子だと気付くのにそんなに時間はいらなかった。
でも、そんな狐目じゃないと思うよ。どちらかというと、丸い猫目だった気がする。
「お団子頭の人ですか?」
「そう、そいつ!」
うれしそうに手を打った。
触れられなかったが、サイクスというのもあの青髪の男子のことだろう。
 
「この前その三人できたんだよ。でも、セーシルちゃんはクリーム嫌いらしくてさ、サイクスも甘いの嫌いだし。結局一人でさ」
適当に相づちを打っておいた。協力者集めって意外と大変なのだろうな。
 
 
 
ピコの話を聞いているうちに目当ての品が運ばれた。
甘いスイーツと呼ぶには机に置かれたときの音が強すぎる。
あまりの迫力に言葉を失う。
 
 
「これ、何人前ですか」
「内緒。大丈夫、食べられる量だから」
取り皿を持ち出し、色鮮やかな山からイチゴだろうか、薄紅に染まるクリームを掬った。
習うように手前側の茶色に染まるアイスを取り、口に運ぶ。
紅茶味といったところだろう、広がる甘みを渋みが後から追いかけてきた。
これは美味しい。
 
 
 
 
何も言わずに同じ場所を崩していくうちに目の前にいる彼の様子がおかしくなった。
 
「すごく、苦しそうな顔してますよ」
そんなこと無いよとぱっと顔を上げたが、苦笑いにしか見えない。
「ちょっと、ここ甘過ぎた」
力なく笑うので、相手側の薄紅を少し掬った。
 
 
 
あー
 
美味しいが、確かに甘い。
甘い以外の感覚がない。
既にクリームの赤山はかなり削られている。
一口二口なら問題ないが、ここまで食べたというならかなり厳しいものがあっただろう。
 
「確かに甘いですね。見た目的にもっと酸っぱいと思ってました」
ひよこは共感してもらえたと思ったのか、少し元気を出した。
「こっちのアイスでしたら渋みがあって美味しいですよ」
「そう?じゃ、もらおう」
一段と色が濃いところを掬い取ったスプーンを口に運ぶが、二口食べた辺りからまた苦い顔をした。
 
「どうしました」
いや、と力なく口元をゆるませる。
「もっと渋いのを期待してたよ」
それは……期待させてすみません。
 
 
 
先に頼んでいたお茶をすすりながら、結局はほぼ一人で平らげてしまった。
しかしというか、当然というか、まだ口の感覚が麻痺している。
やはり、アイスは大量に食べるものじゃない。
 
 
 
店を出てからも、未だに口内の感覚から立ち直れていないピコ先輩に声をかける。
「今回の成果はどうですか」
「前回の調査から、初見の注目を浴びるが、リピーターが少ないことは聞いていた。けど、やっぱりこれは、もう頼む気になれないね」
むしろ一種の拷問だよ。と青白い顔を手で隠す。
 
「けど、中には平気な顔をして食べる者もいる。っと」
……私を見ながら言わないで下さい。
「付け足しておいて下さいね、熱くて渋いお茶を一緒に頼んだから平気だったんです」
そうか、と気のなさげに手帳に記入した。
 
 
 
しゃれた通りを抜けたところでヒヨコは時間を確認した。
「付き合ってくれて助かったよ。オレ、これからバイトだからここで別れるよ」
「ピコ先輩、仕事しているのですか?」
「何かおかしい?」
「いえ」
バイトという概念の存在に驚いたこともあり、思わず言葉が出た程度の発言だ。
 
「ストームちゃんは何かしてる?」
「いえ」
別に金銭面では今の所困る気配はない。
以前からさんざんフェイク狩りをしていたことで貯まった賞金の世話になっている。
……これも一種のバイトか?
 
「暇なら見に来る?運び屋のバイト」
へ?と相手の顔を見る。
ここからすぐだから、と腕をつかまれ連れられた。
 
 
 
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