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Chime4
 
十枚目
のどかな天気の元、待ちぼうけを食らっている。
座る後ろには大きな構えの建物。ぼっかりと薄暗い口を開けた問屋。
取り扱い商品は極端に大きな業務用品。
一つ一つ荷物が大きいので運び屋の必要はあるようだ。
しかし、本当に給料がでるのか不安になるほど仕事がない。
一応、一度は呼び出されたし、ユキちゃんはついさっき呼び出されて都市内の神学校まで運びに行っている。
だから今、一人で待っている。
とっても、暇。
 
側に置いてある「フェイクあり、にもつはこびます」の看板を眺める。
木材だ。
飾り気のない文字は筆のような書体。
 
 
フェイク有りというのは、荷物が重すぎるので客のほとんどはフェイクで荷を運ぶ習慣があるから。
キーパーの類ではない人は店の運び屋に頼むということだ。
キーパーでもないと、こんなひ弱そうな私に頼んだりしないよねと白い腕を見つめる。
 
前の世界にいたときよりも、いくらか細い気がする。
あれは、筋肉じゃなかった気もするけどさ。
 
 
 
 
前回、ピコ先輩に連れてこられてから十日余り。
今日は休みのバイト君達の代理として、ユキちゃんとともに雇われた。
むしろ、スケープゴートとしてバイト君に連れてこられたのだろう。
ピコ先輩のことを恨んでもいいが、所詮私も暇人なのだ。
 
 
 
 
 
別に客が少ないわけでもない問屋の前で、じっと座っている。
一応問屋に雇われている形だから、給料は一定の額を終了時に渡されると聞いた。
何でわざわざそんな事にするのか。
運び屋が、勝手に店を出せばいいのに……
とは別に口に出して言わなかった。
きっと、何かあったのだろう。
 
 
あまりにも退屈なので、罪悪感に近いものを感じる。
憂鬱になってきたので、店内に入り何か手伝うことはないかと訊ねたが、外にいてと追い払われた。
私、何か悪い事しましたか?
 
 
じっと座ってるだけで高い日当。
なんか、気持ち悪い……
 
だいぶ日が高く上っている。
そろそろ、仕事時間が終わる。
ユキちゃんも帰ってこないし、不安が募っていく。
 
言いようもなく一人悩んでいると、白い鳩が飛んできた。
鳩、というか。丸まるとした体の、どこかキャラクターという印象を与える生物。
急降下して私の足下に降りる。
ユキちゃんのフェイクだ。
足に取り付けられた伝書管を取り外す。
ここに来たからには、宛先は私のはずだし。
 
小さな紙に書かれた短い文章。
「さ、き、に。かえる?きゅうい、よう、もら、つておい、て」
先に帰る。給料もらっておいて。
読みにくいが、何とか読めた。
たぶん配達は終わったのだろう。何か用事かできたのかもしれない
白い鳩が返事を望むように見上げている。
「ちょっと待ってて」
手のひらを見せ制止を促すと、鳩は小さく飛んで私の腰かけていた木台に止まった。
 
 
立ち上がり、どうしようかと店内に入りかけたところでタイミング良く雇い主がやってきた。
「今日の最後の仕事な。ブラックスローンまでだ」
雇い主の後ろにいた客に細い目で見下ろされて、頭の中は白くなった。
「きょ、教官」
「ん」
落ち着いた声、不機嫌そうな深い藍色の瞳は紛れもなく、シュエ教官の姿だった。
 
 
 
 
最後の客だと言うことと、行き先が帰る場所だということで今日はもうこの店には帰ってこない。
雇い主にそのまま帰れと言われたからだ。
そんなに邪険にしなくてもいいじゃないか。
でも、雇い主はこの最後の客を放っておいて、給料の精算を始めようとした。
そのときユキちゃんの鳩が目に留まって思い出す。
「あ、もう一人の子。何か用事があったらしくて、先に帰りました」
文句を言わないどころか気にした風を全く見せずにそうか、と雇い主は二枚の特殊な小切手を差し出してくれた。
なんだか違和感を感じながらも礼を言い、白鳩が運んできた紙の裏にメッセージを書く。
「うけとりました」
慣れない文字のせいで文字が一つ一つでかい。「した」が入らなくなるかと思った。
 
とりあえずくるくると丸めて伝書管へ入れる。
一緒に小切手も入れておいた。
 
よろしく、と頭を突くと鳩は白い翼を広げた。
 
ファンシーな光景を感じながら、白い鳥が青空に消えていく姿を眺めると、自分にもあんな可愛いフェイクが欲しくなってくる。
だって、なんだか自分のカードはゴツいのが多いから……
 
 
「用は済んだか」
後ろで無言で立っていた依頼人はゆっくり動いた。
中身は判らないが面積の大きな荷物がおかれている。
他に小脇に抱えるくらいの箱が一つと細長い木箱が一つ。あと、白い紙袋がここから見ると三角形になっている。
どうやって運べばいいんだろう……
「振動は最低限に」
授業と同じ調子で無表情は簡潔な言葉を述べる。
「えっと、とりあえず荷物はフェイクに乗せて飛ばしますけど、どうします?荷物と一緒に帰りますか?」
頼むと呟いたのを聞いて、自分の腰に巻いていた紐をはずし、フェイクを召喚する。
淡い光がみるみる形作っていく。
 
姿を見せたのはハルキュオネ。風属性らしい淡い黄緑色の巨大な鳥。
鳥は頭に付いた長い飾り羽をピロッと立てて、首を傾げた。
 
紐で荷物をまとめると、そのまま担いでハルキュオネの背に乗る。
「教官、乗ってください」
無表情は小さい動きながら眉をひそめた。
「何か問題でも?」
「いや、学校へ行く前に寄る所がある」
「寄りますよ。ハルキュオネは速いから急ぎの用でも大丈夫です」
すると今度は口元に手を当てて、教官には珍しく困った表情が浮かんでいる。
「どうしました?」
聞いてはみるが返答はない。
しかし、大鳥に乗りたくないという雰囲気は何となく伝わってきている。
「……もしかして、怖いとか」
キッと睨まれた……気がした。
「えっと。他の奴にします?」
相変わらず一点を指す目はじーっと私を見ていたが、反応に困っているらしい。
鉄仮面だと今まで思っていた顔には意外と表情があったようだ。
顔から力を抜いたような小さなため息を一つすると青い目はこちらを見上げた。
「お前のフェイクはどれも大きい、変えたところで同じだ」
あぁ、この人大きさが問題だったんだ。
「じゃぁいいですよ。私だけでフェイク飛ばして、荷物を持って帰りますから」
「待て」
何ですか。
呆れたと目を向けると、ちょっとだけ戸惑いが見て取れた。
「僕が、その荷物と一緒に、寄るところがある」
面倒くさい客だ。
「で、どうしたいんですか?」
無表情は少しやつれた影をみせながら乗せてくれとうめいた。
 
 
十一枚目
目的地は、遠いようだ。
他のフェイクの邪魔にならないように空高く上ったハルキュオネは、大きな影を下に落としながら、強い風を撫でていた。
 
 
軽い気持ちで初飛行を試みたが、予想以上に強い風で目を開けるのもつらい。
大鳥の背に張り付くようにして踏ん張りながら遠い後空を見る。
荷物の振動は避けるようにいわれたが、空路を選んだのは逆効果だったかもしれないと反省する。
 
そういえば、前にハルキュオネに荷物運びを頼んだものの、いざ荷を解いた時には惨状になったことがあった。
……今更思い出しても、どうしようもないな。
 
 
「きょーかーん」
大きな声を張り上げて、後ろにいるはずの人物に呼びかける。
「まだですかー」
「……」
行き先と降りる目標は一応ハルキュオネに告げた。
体を預けている大鳥に任せれば着くことぐらいわかってる。
けれど、あまりにも不安だった。
相変わらず後ろの人物はうんともすんとも言わない。
もう少し。とかこの辺り。とかそういう指標がもらえるのは、まだまだ先なのかもしれない。
 
後ろを振り返る。
人物はこちらを見ようとはしない。
ただ、俯いて鳥の背に顔を押しつけているように見えた。
あぁ、まずい。
 
「ハルキュオネ、高度と速度を下げて」
ピーッと高い笛が鳴り、傾きを感じると共に体の感じる重力と圧力が減った。
下の空を飛んでいたフェイクたちの姿はもう無かった。
一瞬と感じていたうちに町から離れていたようだ。
かなりぶっとんだ飛行だったらしい。
 
「ごめんなさい」
「……いや、いい」
速度を下げたせいか羽ばたきの回数は多い。
「元々、急ぐ用では無いことを伝えるべきだった」
この人相当参っているようだ。
「いったん降りますか?」
「いや、もうすぐだ。着いてからでいい」
言葉ではそう言っても、顔がずいぶんと青い気がする。
 
 
体にかかる圧力が減ったおかげでずいぶん楽になった。
ゆったりと座り直し、両手で鳥をつかみながら下を見下ろす。
緑の絨毯。
まさにそんな光景だった。
いろいろな木が生えているのだろうか、所々黄や赤の葉があるせいで模様ができている。
それにしても、まっ平らな森だ。
 
その絨毯には、きれいに切り取られたような穴があった。
穴、というより、ドーナツ状の土地。
真ん中に他の木と比べ物になりそうもないほどの巨大な木が視認できた。
枝打ちの手を加えるものもおらず、陽光を得るために競う相手もおらず、特別に育った木は、周囲に向かい大きく手を広げているように見える。
 
そこを狙うように体を支える土台は傾き始めた。
目的地らしい。
何故あんなところに行きたいのだろう。
 
 
のんきに考える暇もなく、傾いた鳥は荷物をはためかせたままだんだんスピードを上げていく。
これ、落ちる?
いやな予感。
「は、ハルキュオネ。もっと、ゆっくり」
頭を撫でながら言葉をかけてみたが、聞いちゃあいない。
くちばしを先頭に、体は傾きながら落ちていく。
 
やめて、やめてと鳥の体を手でたたく。
しかし、涼しい顔をして大鳥は降りていく。
地上が大きくなっていく。
あぁ、あのドーナツこんなに大きいんだ。
もう目を開けるのもつらい。
つかんでいる手を頼りに顔を羽毛に押し込めた。
 
 
大きな音。
 
羽をはばたかせる音だというのはすぐにわかった。
羽毛に埋もれた顔でたくましい筋肉の動きと伝わる音が感じられた。
 
圧力から解放されて、一瞬、体が宙に浮いた気がした。
いや、もうすでに飛んでいるけれど……
 
何度か羽ばたきが聞こえ、体を支える土台は上下に揺れた。
それっきり、五感は何も情報を得ようとせず、体が感じるのは変な浮遊感だけになった。
 
顔を上げてみる。
体を預けていた鳥は、体制を低くして降りるように告げていた。
「なんなのよ」
こちらを見つめる緑のビー玉を見据える。
自慢気に見えるのはなぜだろう。
「……ありがとう、でも、もうちょっと優しく」
言って降りてやると、ピーと鳴いて体を左右に振った。
何か重い音がした。
 
今のは、多分何かが落ちた音。
でも、荷物は全部自分が、体にくくりつけた上で持っている。
ということは、落ちた物というのは一つしかない。
 
風にあおられひどい形になった淡い色の前髪を普段のように手ぐしで降ろしてから、物体が落ちた方をそっと覗く。
膝を抱えるようにして、丸まった背中が空を向いていた。
 
 
 
 
 
少しして、気持ちも落ち着いたのか、立ち上がった男はそれでもふらふらとおぼつかない足取りで目の前の大木へと歩いていく。
それが、先ほど上空からみたドーナツの中心だと気づくまでそう時間はかからなかった。
ふと、教官は両手で頬を叩いた。
実際に気合いを入れるときにこんなことをする人を始めてみた。
意外。
 
目つきを鋭くさせた男はキッと空を睨む。
「ばあさん、持ってきたぞ」
その声は普段教官として聞く声とは大きく違って聞こえた。
響くような大声は木の上の鳥を驚かせただけではない。
ゆっくりと蛇が降りてきた。
自分の持つフェイク【アケオロス】と比べると巨体ではないが、よく知った蛇と比べれば大きさは桁違いである。あと、長い。
何しろ大木の上の方から頭が伸びているのに、体の端が見えない。
細長いロープに空缶の頭をつけたような、酷い作りだ。
ぱっと見て、その奇妙な生物がフェイクだと解る。
独特の冷たい印象を感じた。
 
舌をチロチロと出しながら、降りてきたフェイクに教官は警戒することなく触れる。
誰か所有者がいるようだ。
ならば大丈夫だろうと思い、荷物を持って近づくと、男にすり寄っていた蛇は急にこちらに向き直した。
「止まれ!」
焦りを含んだ指令が飛んだ。
それよりも蛇の方が速かった。
どんな角度でやってきたのか、ぐんぐんとこちらにロープについた赤い舌が迫る。
どう動くのか考えられなかった。
考える時間はないことに自分でも気付いた。
 
とっさに身を伏せる。
 
何か冷たいものが触れた。
見上げるとすぐ上に避けたはずの蛇がいる。
ただ、赤い舌の出所はゴム風船のように膨らんでいた。
「え?」
先からぽたりと垂れた水が、額にかかった。
「止まれ、【ミズイワイ】!」
次の瞬間、目の前で噴水ショーが始まった。
 
 
 
 
 
 
ボタボタと水滴が落ちるのが不快だった。
長い髪が背中に張り付いて、上から下へ大河の流れを作る。
自分が濡れていることだけでも不快なのに、身体の上から滴り落ちてくる水滴がまだある。
 
ふと手に持つ荷物で体を庇ってしまったことを思い出した。
教官の荷物。濡れてしまった。
 
しゃがんだまま動けないのを見てか、駆け寄ってくる足音が聞こえる。
「立て。逃げろ、まだ終わっていない」
指示の声だと気づいた時、またイヤな気配がした。
見上げることもできない。荷物で頭を覆ったまま動けない。
 
また別の影が差した。
 
 
蛇との間に乱入してきたのが教官だとすぐに解った。
それが弱点だと判断していたのだろう、巨大な悪魔を討ち取ったといわんばかりに水風船の根本を握り、天に振りかざす。
しかし、教官の読みははずれていた。
 
逆鱗に触れた、と思った。蛇の頭はますます大きく膨れ上がる。
それは、次の攻撃がどれほど強大なものかを予想させ、同時に呆れた。
 
実際、放たれたのはただの水だが、調子に乗って大量の水を入れてしまったバケツがひっくり返ったような、とにかく一瞬の出来事だった。
 
局地的な大雨の範囲から逃れることはできず、二人とも酷い姿となる。
「【ミズイワイ】」
それが、フェイクの名前なのだろう。
勝ち誇ったように舌を動かす蛇を、水を吸ってくたびれた服の男はぎりぎりとそのまま締めあげる。
「僕と荷物と、あとストームも、ばあさんのとこまで上げてくれ」
ピュッと水鉄砲を放ってから、ミズイワイは体を伸ばし、シュエ教官に巻き付く。
一瞬にしてそのまま木の上へと消えて行ってしまった。
 
取り残され、ぽかんと大木を見つめる。
 
ふと、体に違和感を感じる。
いつの間にやら、先ほどの細い蛇が体に巻き付いている。
きつくはないが気持ちの悪い感覚にふりほどこうとしたが、荷物を持った状態では大きな動きなどできなかった。
抵抗したことに怒ったのか、顔に向かって水鉄砲を放たれた。
顔を拭おうにも手が使えない。
目も開けられないうちに気が置いて行かれるような速度で、体は上空へと持ち上げられた。
 
 
十二枚目
木の上には、粗末な建物があった。
さながら小さい頃に夢見た、木上秘密基地を大規模に建造したような小屋。
扉の前にはベランダと呼べる立派な足場と柵。
そこに足を着かせると、蛇はするするとどこかへ消えた。
 
 
 
荷物の届け先は、ここなのだろうか。
そっと扉を叩く。
「さっさと入れ」
高めの男声。教官の声だった。
おそるおそる手をかけ、開く。
 
全体的に暗いが、隙間や天窓から入り込む光で照らされた室内。
入り口が重点的に照らされているせいで奥の方が暗い。
「誰か連れてきたのかい?」
声に目を凝らせるとタオルを手に持つ老人が、椅子に腰掛けるシュエ教官の世話をしていた。
曲がった腰にもかかわらず重たそうに幾重にも重ね着をしたお婆さんだ。布の帽子の下から薄い髪の毛が長く伸びている。
片手で口元を被い、まぁと声を出す。
「こんなお嬢さんまで。全く何してるんだい」
「ばあさん、ストームにもタオルと、あれば服を貸してやってくれ」
はいはいと元気な足取りで奥へと進む。
「ご苦労。ねぎらってやる」
雫をしたたらせる椅子から立ち上がり、光の下へと出てきた。
たくましい上半身があらわになった姿が目に入り、見上げたまま棒立ちになってしまった。
対して男は気にした風もなくタオルを首に掛けると、持っていた荷物を置けと指示をだす。
我に返り、荷物を置こうと下を見ると、一歩先からカーペットが敷いてある。
濡らしてしまうのも申し訳ないので、せめてタオルを受け取るまでこの場に立っているつもりだ。
 
 
暗い室内。数歩先に立つ教官の顔さえもぼんやりとしているが、火の気は御法度だと木々の音が聞こえる
木の板を並べた壁は窓の他に、所々隙間を造りながら光と風を中へと迎えていた。
雨でも降ったらどうするのかと考えながら辺りを見回す。
他の壁面には足下に敷かれている布と似たような幕が掛けてある。奥が暗いのはそのせいらしい。
暗くてよく分からないが大きな模様が描かれているようだ。赤い色をしているのだろうが暗がりでくすんだ色にしか見えない。
 
また、視線を回すと、部屋の片隅で家を支えている幹が自己主張をしていた。脇の扉から幹の向こうにも部屋があることがうかがえる。
 
「どうした、ストーム?扉を閉めろ」
室内を見渡す様子を怪しんだのか、声をかけられた。
すでに習慣となってしまっていたのか、彼の命令口調が勝手に体を動かす。
いつの間にかそばにいた教官に荷物を取り上げられてしまう。
仕方なく扉を閉めると、周囲が一気に暗くなったため少々不安になった。
 
 
どうすればいいか呆然としていたところに老婆が戻ってきた。
タオルを差し出され、軽く髪と服の上の水分を取る。
「ごめんねぇ、お嬢さん。馬鹿な孫で。いつまでたってもフェイクに嫌われて」
腰が少し曲がっているせいで、見上げるように眺めてくる目は老人ではあるが、かつては強く印象を与えたのではないかと思うほどたくましいものだった。
「ご存じの通り木上なもので、暖の取り方は限られててね。奥の部屋に【ヒカリゴケ】を放してあるから、そこでお着替え」
 
 
 
老婆に連れられ、模様入りの布がかかった扉を開ける。
目がくらむほどの光が、四面の壁から放たれていた。
驚いたことに、光源は壁際でうごめいている。これが【ヒカリゴケ】なのか。
手を伸ばしてみると、ぼんやりと暖かさを感じる。白熱電球のように熱を放っているようだ。
さすがに見た目のグロテスクさから、触れようとは思わなかった。
 
服を手渡され、扉が閉められた。
目が慣れてきて、もう一度部屋を見ると、なにかの台が置かれていることに気付いた。
どうやら機織り機らしい。美しい細工のされた織りかけの布が奥に伸びている。
そういえばヒカリゴケで覆われている壁も、隙間に赤や青といった色が見える。
さっきの暗い部屋にも模様は見えないが垂れ幕がいくつもかかっていた。
あの女性の仕事なのだろうか。
 
 
とにかく今はうっとうしく貼りつく服を着替えたい。
あらかた水気を取った服を脱ぐと、作業台に置くわけにも行かず、床に置く。
水が嫌いなのかヒカリゴケがザワっと逃げるように動いた。
気持ち悪い。
できるだけ光源達を動かさないように、先に脱いだ上着の上へ重ねるようにしてズボンをおいた。
部屋がぽかぽかと暖かいので、もう少しこのまま体を乾かしたいのだが、全裸で、しかも他人の家にいるというのは気に入らない。
 
さっき渡された服に袖を通し、ボタンを留めた。白いシャツのようだが、古いのか型が崩れ色も落ちている。
それにデザインが丸襟だったり、刺繍がされていたりして……子供服っぽい。
サイズもちょっと小さい。でもまぁ、大丈夫か。
一方、下はキュロットスカートになっていた。渋めの色で、婦人服風という出で立ちだ。
模様には人型っぽい物や町らしき風景などが描かれている。何かストーリーになっていそうだ。
これは大きいのを見込んでか、サスペンダー型のベルトが用意されていた。
洗濯ばさみに尻尾が着いたような留め具が懐かしい。
 
 
着替えが終わったので濡れた服を拾い上げて、暗い部屋に戻る。
扉を開けると出会い頭に教官が立っていた。
「もういいか?」
この部屋に入りたかったのか、相変わらず半裸の男は片手に荷物をぶら下げていた。
「糸が濡れてしまったからな、乾かさないと」
道を譲ると、紙袋から棒に巻き付けられた糸玉をいくつか出した。
そういえばヘビから放たれた滝から頭を守るために荷を犠牲にしてしまっていた。
「手伝いましょうか」
身を屈めていた男は、糸を絡ませないよう気をつけながらパラパラとほどいていた手を止めずに、少しだけ顔を柔らかくした。
「頼もう」
 
 
「ここ、教官のお祖母さんの家ですか?」
糸を乾かすため、壁から突き出た杭に巻き付けて張りながら尋ねた。
「ここはじいさんのアトリエだ」
新しい糸巻きを取り出してまた広げ始める。
「お祖父さん?」
あぁ、と返事があった。
「元は絵描きだったじいさんが造ったんだが、この前死んでな。ばあさん用の部屋も一つだけあったが、今は全部がばあさんの仕事場になった」
 
見てみろと、壁に貼りつくヒカリゴケを片手で払うと、額に入っていない二つの絵が姿を現した。
モノトーンで描かれた風景だ。
全く同じ物を描いているようだが、微妙に雰囲気が違う。
近づいてよく見ると、理由が分かった。
「じいさんが絵を描いて、ばあさんが再現する。逆のこともあるが」
描かれた絵と織られた絵だった。
「同じ物を作るって……仕事で、ですか」
少しだけ手を止めて、無表情は下を向いた。
「違うな。言ってみれば、ただの年甲斐のないバカップルだ」
何が違うのか分からないけれど、仕事の関係というのは否定したい様だった。
「じいさんが死んでから、同じ柄を織り続けてる。何を考えているのか分からないが、たまに怖くなる」
隣で作業台を見る教官がやけに不安そうに見える。
対照的に機織り機から伸びる織りかけの布は明るい色をしていた。
 
 
「心配でうかがいに来るのですか?」
「そんな訳が」
口を閉じ、いつものように難しい顔をする。
「ただの使いだ」
本心でも嘘でも、祖母思いな様子が伝わってきた。
なんというか、優しい気持ちがこみ上げてくる。
「どうした。うれしそうだな」
「いいえ、別に」
 
 
 
「シュウちゃんの分の着替えだよ」
全ての糸を張り終えた頃にお婆さんが部屋に来た。
こちらを見て何故か目を輝かせる。
「お嬢さんもよく似合うわ。小さい頃のシュウちゃんそっくり」
え?
シュウちゃん呼びも気になるが、もっと気になることがある。
「そっくり?」
隣で上着を羽織った教官を見上げる。
嫌そうに目をそらされた。
「この服、もしかして教官の……」
「そう。子供の頃の服よ」
完全に女物だと思っていたが、まさか……こんな、最終的に婦人服っぽい服を。
しかし服装だけで「そっくり」と言われるわけがない。
さて、どういう事だろうか。
 
「じいさんが長髪好きでな。伸ばしていたんだ。小さい時」
目を泳がせるようにして言う様子が、良い言い訳を探しながら謝罪でもしているかのようだ。
しかし、シュエ教官の長髪か。
見たい。超見たい。
「学校に入るからって今よりも短く切っちゃったのよ。かわいかったのに」
「見た目の問題ではなく、校則だ」
周りの女どもに一切気を遣うことなく、着替え終えた教官は普段通り不機嫌そうな顔を向けた。
「校則が無かったら、切らなかったんですか?」
「切ったな。むこうじゃ男の長髪は無精の証と言われた」
ひどい言われ様だ。
 
「若い男がいつまでもかわいい格好していても困るけど。嫁が見つからないわ」
冗談めかして笑うお婆さんと目が合う。
「肖像が残ってるわ。見る?お爺ちゃんのお気に入りだから習作なら沢山あるわ」
よっぽどうらめしい顔でも浮かんでいたのか、老婆が魅惑的な囁きをこぼした。
老婆は深いしわの中ににっこりと笑みを浮かべ、横目でちらりと男の様子を覗った。
「頼むからやめてくれ」
顔を隠し悲痛な声を上げる男を無視して、ヒカリゴケを一房肩に乗せるとぱっと走り去ってしまう。
「元気なお婆さんですね」
返事は無かった。
 
 
 
 
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