検索から来た方はこちら
     MENU
 
 
card
Level.4(前編)
 
十六枚目
 
こんにちは
 
“毎回毎回、こまめに来る奴だな”
 
 
例の白い部屋の中は、いつもよりざわつきを纏っていた。
 
“そんなに頻繁に来ずとも、カードさえあればまとめてレベルは上がるというのに……”
私は、少しでも早くレベルをあげたいんです!後、待たせてる人がいるので手短に。
語調を荒げて訴えた。
別にそれほど大事なことではないのだが、この部屋の住人と長い時間話しているといろいろ腹が立ってくる。
 
“わかったわかった。おぬしはこれを持ってLevel.4へと昇格した。
 これで良いか?”
はい。それでいいんです。
 
 
“そなた、いくらか不機嫌な様だの。しっかり眠れておるか?”
え?
意外な問いかけ。どこを向こうが何もない虚空だとわかっていても、顔を上げる。
 
“いや、何でもない。気のせいかもしれん”
気に掛けるような仕草をしてから気のせいかもしれんとは、なにやらひどい。
 
“まぁ、おぬしのことだ。五日後ぐらいには現れるのだろう?”
それに返事をするかのように一度鼻で笑った後、にこやかに笑い直した。
そう……ですね。カードが集まればすぐに−−−−−−
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
目が覚めて、いわれてみればしょっちゅうこの場所に来ていると気付く。
確かにここ、白い城の宿は使用率もかなり高い。
 
この世界に来てもうすぐ二週間。
案外日が経っていないものだ。
 
「ストームー」
不機嫌そうな声が聞こえて、目を向ける。
「遅いのよ、暇だっての」
「うるさい。そんなに時間とってないよ?」
ボサボサの長い髪、気持ち吊り上がった綺麗な目に水色のタンクトップ姿。
彼女−ライナ−は旅のお荷物だ。もちろん、良い意味も悪い意味も含めて。
ライナは三首を持つ大型の獣の背中にだるそうに体を預け、眉間に小さなしわを寄せながらこちらを睨んでいる。
だが、逆さむいてる彼女の顔は不思議と怖くも何ともない。
 
「そんな格好してないで、ほら、腹出てるよ」
ブニと服の裾の下に見える、へその横を指で押してやる。
「触らないでよ変態!」
誰がだよ、と冷たい水色の瞳はライナへと向けられた。
「ご飯食べたら、出発するんだから。ほら、早く」
急き立てるようにして、ライナの体を起こすが、更紗の手には負えない。
仕方がないのでケルベロスをカードに戻す。
ぎゃっと短い悲鳴を上げて、その上に寄りかかっていたライナが地面に倒れた。
ほら早く、と、渋々立ち上がった彼女の手を引いて食堂まで連れて行った。
 
 
 
 
「そういえば。ライナって、どこにいたの?」
「んー」
入り口近くの席に腰を落ち着け、注文が済んでから、気がかりだった事を尋ねてみた。
「自警団やってたってのは聞いたけど、それきりだし」
「あー」
「帰らないといけない、とかは無いわけ?」
「あー」
先の『あー』と後の『あー』の違いはわかるだろうか。
上がる『あー』と下がる『あー』だ。
……どちらにしても生返事しか返さない。
 
 
「聞いてる?」
「うー」
片肘ついて右半分が崩れた顔はずっと遠くを見ていた。
「き・い・て・る?」
小さなテーブルに身を乗り出して顔を近づける。
「あ、え?なにが」
やっと意識が帰ってきた。
「ライナの話」
「え?あぁ。で、何?」
仕切なおす気は起きなかった。
「人の話聞かないって話」
「えー」
彼女自身も否定はしなかった。
 
 
それ以上反応を待ってみても仕方がないので、注文を待っている間パームに貰った直方体の百科事典を開けようとする。
昨日何もできなかった分、ちょっとでも開けてみようという気になったのだ。
ペンダントを外し、手のひらの上で真ん中のボタンを押す。
バムッっと小規模の爆発音が鳴った。
 
「……なにしてるの」
「いや、別に」
かなり驚いているのはライナも同じ。
「もう、圧縮解くなら解くって言ってよ」
眉間にしわを寄せ、肘をつき直す。
「ご、ごめん」
実は戻すときに押さえつけていた右手を打ってしまったことを訴えたかったのだが、もう驚きで何も言えない。
 
とりあえず、気を取り直して表紙を開けてみる。
 
 
あ。
 
 
表記はアルファベット。……でさえなかった。
「な、何なんだ。この文字は」
唖然となる。
ちょっとは予想していたよ。
うん。
英語が並んでいるんじゃないかなーって。
うん。
まさか……
想定外です。
 
所々挿し絵がある。
まぁ、一応百科事典だからね。
文字は割と細かかった。
というか、どこからどこまでで一文字なんだろう。
どうにしろ読めたモノではない。
 
貰うなら、国語の教科書とかの方がよかったかもしれない。と真剣に考える。
 
「?どうかしたわけ」
ライナが先ほどの呟きを聞いたのかストームと百科事典を見比べてくる。
「普通の文字じゃない」
あ、そうですか。
これが標準語ですか。
「いや、カードに書かれている文字が標準語だと思ってただけで」
キョトンと丸い目をこちらに向ける。
一拍置いてフッと鼻で笑った。
「何を言っているのよ、本当に」
いや、もう。放って置いてください。
百科事典はまたもや封印となった。
首から提げることも暫く無いかもしれない……ゴメン、パーム。
 
 
 
「そーいやーストームさー、敬語使うのやめたの?」
肘をつきながらだるそうにパスタのフォークをくるくると回すライナに、怪訝そうな顔を向けた。
「なにさー、その顔」
「気付いてたんだ。意外」
素っ気なくそれだけ言うと、歯形の付いたのサンドイッチを口の中に放り込む。
不機嫌そうなライナも、返事がそれ以上続かないとわかったのか、それに習うようにして口の中に物を入れた。
 
実際、初めて会った日はちゃんと敬語を使っていた。
使わなくなったのは今朝からだ。
それはストームの、初対面の人に対する条件反射からだったのだが
ライナには敬語を使うに値しないとレッテルを貼った。
気にすることはないだろうと思っていたのだが、いくらか気にしているらしい。
そのことが意外だった。
 
二人とも今回は割と小食でおさめ、そろそろ出ようと立ち上がるのをライナが止めた。
「どうかした?」
「い、いや……」
彼女の目はこちらの後方へと泳いでいった。
「さっきから何?気持ち悪い」
返事もしないことを怪しんで、ライナの目の先を追いかけようとする。
 
お世辞を使えばなんとか広いといえる食堂内。
人の入りは昼の稼ぎ時と言った様子で混雑している。
知っている人でも見たのだろうか。
 
「ほら、ご飯済んだら行くって言ったし。行くよ」
「ちょ、ちょっと待って」
「誰を見つけたわけ?声掛けに行ったら?」
図星だったのか、びくりと目を開いた後、じっとこちらを見つめた。
「わからないわけないよ。ほら、早く行って用事済ませて」
できるだけ優しく言ってあげたつもりだが、彼女はうじうじと動かない。
動かないくせに動かせないんだからたちが悪い。
 
見かねて口を開こうとしたとき、上から声がかかった。
「あれ、見覚えのある顔ですね」
真後ろに立つなと言いたい。が、とりあえず振り返って声の相手を確認する。
 
穏やかそうなメガネの青年。
その一言に尽きる、地味な男性だった。
 
ライナが気にしていたのはこの人だったのだろうかと、彼女へ視線を持っていくと
姿勢が嫌に正しいのだ。
背筋を伸ばし、ちょっと俯き加減に相手の姿を確認していた。
明らかに正解だった。
 
「隣、よろしいでしょうか」
「べつに、どうぞ」
何故自分に話しかけたのだろうと思いつつも、この男とライナとは何かしら関係があることは予想されている。
あわよくば、初対面だがライナのことなどこの人に任せてしまいたいと実は内心思っていた。
いや、ライナのことが嫌いとかそう言う意味ではけっして無い……と思う。多分。
 
 
で、座ったのに二人とも無言なのは何故なんでしょう。
無駄に空気が重いです。
そもそも何故この人はこちらに来たのでしょう。
別に用もないのに来るとか……
 
いや、用もないのに待たされてた身が言う事じゃないか……
 
「ど、どうしてこちらに?」
ら、ライナが敬語を使っている。
そんなかんじで、沈黙は破られた。
新鮮だが、正直言って気持ち悪い。
 
借りてきた猫のようとはよく言ったものだ。
 
「近くにね、療養している子がいるんだ」
「え。こんな所で?……ですか」
「あぁ、この辺は空気が良いからね。キーパー達がウロウロするせいで、いろんな空気が混ざっている」
 
 
ニコニコと頬笑む男と緊張のあまり挙動不審な女。
部外者であれば、一枚の絵みたいとか気楽なことを考えるんだろうが
今は、そんなきぶんではない。
 
 
「君のほうこそ、どうしてここに?」
「えっとー」
 
「この子の付き添い……です」
 
 
 
ぼへーっと注意散漫な様子で二人の会話を聞いていたのだが、正直言って私がここにいる意味って何でしょう。
 
のけ者扱いされているわけではないが、居心地が悪いという感覚に襲われるわけで、そっと立ち上がるとライナがバッと顔をこちらに向けた。
うわ、怖いよその顔。
そんな顔見られて大丈夫?
とか思って、動きを止めてしまった。
 
「そう言えば、そちらの人は?」
こっちの男も立ち去るなと言いたげに話をふってきた。
「ただの通りすがりのカードキーパーです」
そう言いながら、どっかと座り直すほか無かった。
 
 
 
十七枚目
どう考えても、こいつらは馬鹿だと思う。
話をしたかったら二人で話し込めばいいのに、緊張の緩和剤として誰かを巻き込もうとする。
そしたら緩和剤として巻き込んだ人のことを気遣って、込み入った話をすることができない。
結果として空気が重くなる。
ただそれだけ。
 
絶対、馬鹿だ。
 
 
男の名はカーヴォロと言った。
薄緑の天然パーマ。そしてメガネ。見た目に地味でおっさんクサイ。が、クサイだけで年寄りではない。
 
 
何故か今、ライナと一緒にこのカーヴォロという奴について、一件のお宅に訪問中です。
 
「あー!!カー君だー」
階段を上りきる直前に、幼い声が響いた。
声の方を見ると、ベッドに小さい女の子が座っている。
色の白い子だ。
窓から入ってきた強い光が少女を後ろから照らすせいか、霞みそうな印象を受けた。
その子は両手を前に出し、てちてちと見た目にじれったい速度でこちらに歩いてくる。
 
「お疲れさまー」
もういいよって言うぐらい時間を掛けてカーヴォロの足元へたどり着くと、彼は少女を持ち上げた。
「こんにちは。カー君」
「はい、こんにちは」
あーなんか、両方から癒し系な雰囲気がでてるよ。
マイナスイオンとか出てるんじゃない?これ。
 
「今日は元気そうだね」
「うん、ビアンカ元気だよ」
 
ふわふわの薄黄色で柔らかい髪の毛が肩を覆っている。
ふと、少女はこちらを向いた。
 
「この人達、誰?」
「あ。えーと」
「僕の友達ですよ。こっちがライナで、こっちがえーっと」
カーヴォロが詰まったことで、自分が「通りすがりのカードキーパー」としか名乗ってなかった事を思いだす。
「ストームです」
「あ、ストームさんだって」
「へー」
白い肌に埋もれた黄色のビー玉みたいな目が笑顔の形になった。
「わたし、ビアンカ!」
小さい子らしく、えへへーと笑う様子に思わずこちらも顔が柔らかくなる。
 
 
せっかく時間を掛けてこっちまで歩いてきてくれたというのに、カーヴォロは彼女を抱いたまま、元のベッドまで行くとその上に降ろした。
「ビアンカねー。面白い夢見たよ」
そんな行動を気にした様子もなく、少女の声は明るかった。
「あのね。カー君がビアンカと同じぐらいの子供になっちゃうの」
「へぇ、それは大変だ」
「でね、ビアンカ一緒に遊ぶんだよ。でもちっちゃいカー君、泣き虫なの。すぐ泣いちゃうんだよ」
ちっちゃい子の夢の話だと言っても、設定的に全員が苦笑する。
「でもね、でもね。お友達いっぱいいたよ」
弁解になってないけど、子供にとってはそれは重要なポイントらしい。
といっても、子供のいっぱいって言うのはたいがい二・三人だ
「あのね、そのお友達ね、このおねーちゃんによく似てたよ」
そう言ってライナを指さす。
「あたし?」
「うん!元気でね、強くてね。でも言葉はちょっと悪い子だったよ」
 
これ、笑うところでしょうか。
 
 
でも、カー君……カーヴォロは慣れているらしい。
あまり変わらない笑顔のままで少女の腕を持つ。
「じゃぁ、一応ちゃんと眠れたんだね。しんどいとか無いよね」
「うん。だって今日は元気だもん」
そっかーといいつつ、カーヴォロは手持ちの小さな銀色の鞄から小瓶を取り出した。
 
 
 
「ライナ」
「何?」
「カーヴォロさんって、先生か何か?」
ビアンカと喋っている姿を見ていると、家族とかではなく保父さんのイメージが強かった。
「あ、えーと。お医者さん、かな?」
「かなってなに。知り合いじゃないの?」
「いやぁ、昔世話になっただけで……」
「嘘だ」
「嘘じゃないわよ」
 
「嘘ですよ」
「のわっ」
背中を向けたままこちらに向かって返事をするカーヴォロ。
いきなり参加するな。驚くだろうが。
「ライナは幼馴染みです」
こちらに笑顔を向ける。
「はい、お兄さんが帰ってきたらこのメモ渡してね」
ビアンカが元気な返事をするのを聞くと、更紗達の背中を押すようにして退散した。
 
 
家を出てから、更紗はまともにカーヴォロと話をする気になった。
「今の子は?」
「ビアンカですか?彼女は僕の患者さんですよ」
さきほどの家の方を見ると、二階から少女が手を振っていた。
「あの子は生まれつき力が強い子でしてね。ちゃんと見ておかないと体が持たないんですよ」
……力が強いのに、体が持たない?
 
首を傾げていると、そこにライナが助け船を出してくれた。
どうやら普段顔を読まなさそうな彼女が、こちらの様子を察してくれたようだ。
「カードキーパーの力が強い人って、たまに力に振り回されて自我が崩壊しちゃうのよ」
「へー」
「でも、成長すれば大抵の場合そんな症状は起こらなくなるんですよ。問題は十代後半まで持つかどうかという話になります」
 
要は中学の時に妄想に取り憑かれて鬱になって、人生終わりそうになるか否かみたいな感じだろうか……
 
「それって、カードキーパー全員に言えることなの?」
「いいえ。特別強い力を持って生まれた子だけです」
力が強い子。
生まれながら優秀の子が苦しんでしまうのか……
 
「そうだね。大体フェイクの言葉がわかるくらい力が強い子がなるかな」
「そうですか……って」
あれ?
確か自分、アケオロスの声しょっちゅう聞いてますよ。
あ、でもまぁ、一応十代後半なんで大丈夫かな。
「治療方法ってどうするんですか?」
一応聞いておく。
「常時召喚していれば、多分大丈夫だよ。自分とは違う属性のフェイクがいいかな」
しれっと言うが、それ、重労働に値します。
 
「それって、すごく大変なことだと思うんですけど」
「あー。カードキーパーさんでしたっけ」
苦笑いも笑いも標準もわからない顔だと気付いた。
得な顔している奴だ。
「一応」
「大丈夫だよ。苦しんでる子供って力有り余ってるから。ビアンカだっていつも召喚してるよ」
「え?」
 
何かうごめくようなモノなど、あの部屋にあっただろうか……
 
室内を思い出す。
大きな窓が四面に一つずつ。
一番日の当たる窓の下に少女の座るベッド。
真ん中に白いレースのクロスがかかった木造テーブル。
勉強机に似た机が壁際に一つ。
そういえば、上に人形と花瓶が乗ったタンスもあったな。
……人形はともかく、タンスの上に花瓶って危ないよね。
 
じゃなかった。
床はフローリングな感じだったし、動くモノは見あたらなかったと思う。
 
で、カーヴォロは相変わらずの優しそうな顔で口を開く。
「ツチグモをね。天井でいつもかさかさ言ってますよ」
蜘蛛……ぐろいな、けっこう。
 
 
 
「あ、ところで、ライナ。本当のところ幼馴染みだったの?」
掘り返してやると、彼女は首を傾げた。
「どうなんですか?」
わからないのでとりあえずカーヴォロに振る。
「忘れられてしまったようだね」
額に手を当て、呆れた様子を見せた。
「えぇ、どうせ僕は蔭薄い少年でしたよ。親にもいないことに気付かれなくて何度締め出された事か……そうですね。覚えて無くて当然ですよね」
頭抱えて鬱モード突入。
やめてください。
いきなり自分の世界に閉じこもるのは。
 
 
「あれ。でもライナ、昔世話になったことは覚えてたよね」
それは肯定する。
「はい。確かにお世話になったんです」
うわぁ……丁寧なのにこんなに気持ち悪いしゃべり方だと思うのは珍しいよ。
ライナの凶暴にしか見えなかった目が心持ち煌めく乙女の目になってるよ。
「ちょうど五年ほど前に村で大きな乱闘があって……」
「あぁ!会いましたよね。広場に人がごろごろ倒れていて、そのほとんどは男の人ばっかりだったのにライナも一緒に傷だらけになってた時に」
 
あー。
なんか、だんだんライナっぽくなってきた。
 
「賊っぽい団体さんが襲ってきたのでしたよね?」
「いや、その辺は知らないんですけど」
 
よし、完全にライナだ。
意味も分からずとりあえず戦いに参加するライナだ。
 
「私は誰彼かまわず怪我させていたのに、あなたは誰彼かまわず治療していました」
 
「……お前らは非情な武将とナイチンゲールか」
ゆらりとライナの目が凶暴化する。
いっけな〜い。思わず本音が
 
 
「あはは、やっぱり先陣切って戦ってましたか。あのころのままだったんですねー」
「あのころ?」
二人そろって首を傾げる。
「だから言ってるじゃないですか。学園都市で小さい頃一緒に勉強したんですよ」
が、学園都市……だと?
そんな場所が有るのだろうか。まるでファンタジーなゲームの世界だな。
って、あ、ここゲームの世界だったっけ。一応。
 
さてライナの方を見ると、やはり首を傾げたままだ。
「やっぱり、覚えてないですか?」
「あ、ちょっと待って。今ここまで来てるのよ。もうちょっと」
あ、猫かぶりが剥がれかけてる。
両手でこめかみの辺りを押さえ、前屈みになる。
「あ!キャベツ野郎!!」
大声で叫びながら、ライナの指は軽く反り一直線にカーヴォロをさす。
人に向かって指さすなって教えて貰わなかったのか。
「……その名を大きな声で呼ばないでください」
頭を抱えて鬱モード。
忙しい奴らだな、どいつもこいつも。
 
 
十八枚目
結局、聞きたくもない奴らの成り初めを聞く羽目になった。
 
まずはカーヴォロのターンからお話ししよう。
 
今から……そうですね二十年ほど前ですね。
小さい頃から医者志望でして、医者になりたいなら勉強しろとだけ言われて、追い出されました。
入学金という選別と都市までの運賃だけ持たされて……
そう、その後が大変だったんですよ。
移動機は缶詰みたいに人でいっぱいだし、途中で間違えて降りたら乗り直すと料金乗ったままより高かったし……お金足りないから
 
 
 
あーあるある。
電車とか乗り直したら百円ぐらい余計にかかるし。バスとかも定額のやつはもったいないな―って思っちゃうもん。
 
 
愚痴り始めたので、一旦停止。
 
 
あ、あぁ。ごめんね。
ええと、あ、そうそう。間違えた駅で困ってたら向こうから女の子が走ってきて……
 
「どちくしょー、置いてきぼりだ!!」
って、悔しげに鞄を地面に叩きつけてました。
古典的だなーって思って見てたんですよ。
 
 
え、いきなりそれ?
はい、それです。
それが……ライナでした。
 
見た目には細顔のちょっとつり目の可愛い女の子なんですけど、初対面でそれだから第一印象ちょっと怖くて……
 
 
うん。それは仕方ないよね。怖いよ。
 
 
で、ライナの服装を見ると学園都市の制服だから声を掛けたんです。
恐る恐る、ね。
 
「あの、学園都市に行くんですか?」
少女は息を切らせながら、移動機の消えていった方面をにらみつけていました。
「はぁ?アンタ、誰?」
「あ、あの、僕。入学希望者なんですけど、お金が足りなくて……あ、あの、入学金はあるんです。運賃が足りないんです」
じーっと少女は僕の姿をいぶかしげに見つめます。
少しすると、幅の広い怒り肩を少し落として、少女は気持ち笑顔になりました。
「じゃあ、歩いて行くわよ。荷物持ってくれたら道案内してあげる」
 
 
歩いて行ける距離だったんですか?
そんなわけ無いですよ。三時間ほど歩いて、道ばたにへたり込みました。
 
 
「何よ、もうへばってんの?弱ーい」
「そうはいっても、荷物が重いですよ。二人分ですよ?」
ちなみに、断然ライナの方が荷物が多かったです。といっても、僕の荷物が鉛筆二本と入学金だけだったせいもあるのですが。
「……仕方ないわ。次の駅で移動機に乗るわよ。あの距離なら私、移動機の料金二人分払えるし」
で、次の駅まで半時間だったんですが。日射病というか、何というか。倒れそうでしたね。
でも、やっと移動機に乗れたんです。
「大丈夫?」
「大丈夫です、多分」
乗れたのは良いけど、座席が空いて無くて。
でも、次の駅で座席が空いて、ライナはその席を譲ってくれたんです。僕に。
 
 
あぁ、幸せそうに語るねー。
はい、幸せでした。怖い子だけど優しいんだって!
のろけるなよ、鬱陶しい。
!……ごめんなさい。すみません。惚気るなんて、そんな。
もういいです。ありがとうございました。
 
 
 
ここで選手交代。
ネクストターン ライナがお送りする。
 
なんか、弱そうな奴だったんだよね。
移動機追いかけて歩いているとき、ふらふらふらふらしてさ。
危ないっての。
学園都市には無事についたんだけど、門入った庭園内でぶっ倒れて、そのまま二日間医務院にいたらしいよ。
長旅の疲れって奴?
 
 
いや、それライナが無理させたからでしょ。
無理はさせてないわよ、一緒に歩いただけじゃない。
……根本的に無理だと思おうよ。それ。
 
 
で、その後無事に入学したらしくって、ホームクラスが一緒だったの。
クラスって言うか、派閥って言うかそんな感じの。
 
 
……派閥ってあるんだ。
一部の連中がつくっちゃうから、無所属は無所属で派閥になっちゃうのよ。勉強内容も扱いも全然違うけどね。
 
 
で、一緒だったから見かけること多かったし、同じ授業も受けたりしたわね。
勉強はよくできてたよ。運動は全くだったけどね。
それに、初対面じゃないからっていう理由でよく勉強とか生活の仕方とか当てにしてきたね。初めは勉強教える側だったのに、いつの間にか教えて貰う側になっちゃってた。もう、気付いたときショックでさー。
 
 
あぁ、そう。教える側だったんだ。
なによ。
いや、別に。
 
 
ショックのあまり、気がついたらいじめっ子になってた。キャベツ野郎の名付け親、実はあたし。
 
 
 
「最低だ」
「なによー」
勉強負けて悔しいからイジメに走るとか、最低だよ。
「あ、そのせいだったんですか」
カーヴォロはのんびりした様子だ。
お前、何ほがらかに笑っていやがる。笑い事じゃないだろ。
「そのせいなのよ。悪かったわね」
「いや、よかったです。生理的に嫌われてとりつく島もない状態かと思ってました」
カーヴォロ。あなたはとことん哀しい人だったのか。
……そしてライナ。お前、一体どんなことしたんだ。
「要は、気になる男子に照れ隠しって?ごめん、ライナ。そういうの気持ち悪い」
「気持ち悪いって何よ、謝らないでよ!」
ギャイギャイ叫ぶな、耳が痛い。
スッと後ろからカーヴォロが近付く。
「素直じゃないですねーライナは」
「ちょっと。いきなり調子に乗らないで、気持ち悪いのよ」
あ、カーヴォロ固まった。
「そうですね。いつもライナは僕を見ると気持ち悪いって。やっぱり生理的に好かないですか。そうですよね」
あぁ、もう、鬱陶しい。誰だこいつのこんな性格を造りあげたのは
 
 
……60パーセントぐらいはライナかな。
いや、カーヴォロが勝手に造っただけかもしれないけど。
でも、親にも忘れられたりしたんだっけ。
 
 
やっぱり、カーヴォロのせいか。
 
 
 
 
立ち話にもいい加減疲れてきて、とりあえず目の前に配置されていた噴水の縁に腰を下ろす。
それに習うようにしてライナも隣に腰を落ち着けた。
 
 
「結局さ。ライナとカーヴォロって何?」
単刀直入に聞く。
「な、何って。別に。ただの幼なじみじゃない」
予想通り、焦ったお返事ありがとう。
怪しいなぁとか言って、からかってあげてもいいんだけれど、ただいま頭を抱えて落ち込んでいるこの男の一喜一憂が予想され、大変うっとうしいので乗り気にはなれない。
「あぁ、そう」
気のない返事を返すと、ライナの顔はちょっと真面目そうになった。
深刻に考えているのだろうか。
だとしたら。
 
 
 
 
ばかばかしいな。
……いや、訂正しよう。
それなりに面白い。
 
 
 
 
話題に詰まって空を見上げる。
形の整った雲が風に流されていく。
青空を映す視界を遮るのは無い。
端に捉えるは深緑の林。そうだ。白い城の領域は人の足では踏破不可能な林で囲まれているんだったっけ。
風が少し冷たい気がする。
この世界に季節があるとすれば、そして、現実世界と時季を共にしているとすれば
今は、秋なのだ。
二の腕をかすめる風が冷たい。
 
 
初秋を満喫しているというのに、目の前にはいつ来たのやらアイスクリーム売りが溶けかけたアイスをあしらった宣伝旗を風にはためかせている。
……甘いものか。けど、アイスクリームはちょっと寒いな。
少し食べたい気もしてきた。
 
「ライナ」
うつむいていた顔が何?とこちらを見上げる。
「アイス食べたいなぁ」
「あ、じゃぁあたしも」
いや、そういう意味で言った訳じゃないんだけど。
ただ、そうだねーって言ってくれたら良かったんだけど。
「カーヴォロ、アイス買ってきて」
だから何でそうなるんだ、あなたは。
「30秒以内よ。わかった?」
「あのさ、ライナ。そういうの良くないと思うよ」
しかも30秒って距離的にできるかできないか微妙なノルマだな。
はっ、はいぃと語尾の弱い返事をしてカーヴォロは走り出す。
 
え、何で反論しないの。文句言わないの。
せめて一言、何で僕がって言えばいいのでは?
 
とにかくカーヴォロはアイス屋に走ったわけだが、麦わら帽子のよく似合うアイス屋の親父と話し込む姿が確認できた。
あ、腰据えちゃったよ二人とも、何やってるんだあの人は。
 
「15!14,13……」
あ、ライナがカウント始めた。
その大きな声で読まれた数字はカーヴォロの元まで届いたようだ。
慌てて立ち上がり、親父に何か話して棒付きアイスを獲得した。
残り五秒となって、勘定をする姿が見える。
慌てて走ってくる。あと三秒。間に合うかな、あの速さで。
 
 
あ。こけた。
 
 
 
 
ライナのカウントは1と言ったきり止まってしまった。
 
 
十九枚目
ライナの落雷を食らったカーヴォロは深く沈んでいる。
その隣で、彼が再び買いに走ったアイスを平然と食べるというのはなんだか自分らしくないなと思いながら、その自分らしくない行為をライナの後ろで行っていた。
 
 
いい年した男が頭を抱えてしゃがんでいる姿を見るのはあまりいいものじゃない。
いい加減気を取り直して貰おうと声をかけようとしたところ、センセーと大声が響いた。
声の方を見ると、黒い頭の少年がこちらに向かって走りながら手を振っている。
眩しい赤色のベストと前髪の下にほとんど隠れている赤と黄色のバンダナが走っている少年の動きにあわせ目に残像を与える。
 
少年は息を切らせて、しゃがみ込む男の前に立った。
 
「センセ、大変なんだよ!」
先生というのはカーヴォロのことを指すようだ。
何事ですかと半べその顔を上げる。
「ビアンカがおかしいんだ」
カーヴォロはぴたりと顔を締め、立ち上がった。
ビアンカといえば、さっきの白い女の子だったっけ。
「ビアンカは部屋ですか?」
「センセ呼んでくるから動くなって言っといた」
走り出したので、慌てて男と少年を追いかける。
 
 
「なーんか、いやなにおいがするわね」
走りながら深刻そうな顔でライナが呟いた。
「なにが?」
「なんか判らないけどさ。あの子供、いやなにおいがする」
それ、大変失礼な言葉だよね。
「そんなに気になる匂いがしたの?鼻も良いんだね」
「いや、臭いとかじゃなくってさ、直感的にいやなのよ」
直感的……ね。
よくわからないのでふーんと判ったようなふりをした。
 
 
 
 
 
 
「ビアンカ、大丈夫ですか?」
カーヴォロが階段を駆け上がり、少女が居るであろうベッドの元へと走った。
返事は返ってこない。
 
熱があるのだろうか
初めて見たときには白鳥の羽のように真っ白だった顔は鼻の上に横一文字、薄く紅を注したような色をしている。
さっきよりも健康そうだ。と喉まで上りかけた言葉を飲み込む。
我ながら不謹慎だな。
 
ゆっくりと少女の頭がこちらへと傾く。
目を開ける様子も無いまま、口元だけが、かすかに動いた。
 
 
 
温和そうな顔は引き締まり、少女の容態を一つずつ確認していく。
熱、目の裏、喉……
カーヴォロは、医者の顔をしていた。
さっきまでパシリをさせられて、めそめそ泣いていた男だとは到底思えない。
 
白く太めの指先を患者の額にあてて、目をつぶる。
医者の行動としては見たことがない。
 
何かを感じるのだろうか。
 
はっと目を開けた医者は、辺りを見渡した後、安心したようにため息をついた。
原因がわかったのだろう。
「ネーロ君、ビアンカは薬を飲みましたか?」
派手なベストの少年はカーヴォロの問いかけに肯定を示す。
「センセの手紙読んで、さっき飲ませた。そしたら……」
「そうですか。すみませんでした。君がこんなに早く帰ってくるとは思わなくて」
ゆっくりとベッドに横たわる少女の頭に手を伸ばす。
「心配ないと思いますよ。薬を飲むタイミングが少し早かったようです」
ハハッとごまかすように笑った。
「センセッ!」
「ごめんごめん。だけど少しの間召喚を止めた方がいいね」
ビアンカの耳元でゆっくり語る。
「ビアンカ、僕の声が聞こえるね。聞こえたら、手を握って」
少女の左手がゆっくり動いた。
「よし、じゃぁ、召喚を止められるかい」
握られた左手がゆっくり開いた。
 
なんだか無駄に優しく丁寧な話し方が、よく世話になった町医者を思い出す。
しかし、こんな状態で馬鹿丁寧に順序を示されたらそんなに重い状態なのかと不安になる。
 
 
とか思ってたら、少女は手をまた握りしめた。今度は動きが素早い。
「どうしました。ビアンカ」
カーヴォロの握られた手は小刻みに震える。ビアンカの震えが伝わっているのだ。
「ビアンカ、落ち着いて」
カーヴォロの言葉に返答はなく、ビアンカの震えは徐々に大きくなっていく。
痙攣を起こしたように,全身がベッドの上で震えだした。
まさか、と一人思い当たる節があるような仕草。
「ビアンカ、ツチグモをこの部屋に降ろしてください」
少女の痙攣は止まらない。
「できそうに無ければ、握った手を離してください」
左手は開かれる気配を見せない。
ピクピクと動く様子が――こう言ってはなんだが――気味が悪い。
少し間を置くと、カーヴォロの目は悲しそうに伏せられた。
「……わかりました」
カーヴォロは両手を使い少女の手を無理矢理こじ開けようとする。
しかし、あまりにも少女の握力が強すぎて離れることができないようだ。
苦戦の末、きりがないとあきらめを見せた。
 
 
「ストームさん。ライナ。手伝ってください」
気持ちだけ焦りながらも傍観していた自分に意識が戻る。
「敵は、屋根裏です」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「お姉さん達大丈夫?」
ネーロに案内され、簡易なはしごを登って屋根裏へと侵入した。
カーヴォロは手が離れないためビアンカとお留守番だ。
「真っ暗ねー。窓くらい無いわけ?」
「仕方ないだろ、元々使うつもりの場所じゃないんだから」
屋根が山形なので、隅の方では立ち上がることができず、這うようにして進むしかない。
乾燥した場所だ。かなり埃っぽい。むせそう。
あまり動くと空気が悪くなる。正直、列の一番後ろを行くのが正直嫌だ。
 
 
ある程度進んだところで少年は立ち上がった。
多分真ん中辺りまで来たのだろう、少年の背よりは天井が高くなったというところか。
続いて、ライナが立ち上がる。
で、お決まりの行動が起こった。
 
「痛ッ!」
頭を抱えて、その場にしゃがみ込む。
まぁ、そうだろうね。
やっと少年の背を超えた辺りだもん。
大人じゃ、ぶつかるよね。
 
予想していたことながら、本当にされると笑いがこみ上げてくる。
こんなところで笑っていたとなるとライナの怒りを買いかねない。
それは避けたいのでとりあえず声を出さないように頑張る。
幸い、ここは漆黒の暗闇。
笑っている顔は見えないだろう。
 
 
ひとしきり顔の筋肉を鍛えたところで、ゆっくりと立ち上がる。
頭を打たないように慎重に。
髪の毛が天井の存在を察知したので、とりあえず中腰のままで進むことにする。
 
 
 
「ここのどこかにいるはずなんだけど」
少年はきょろきょろと辺りを見回す。
ライナが頭をぶつけた辺りから少し歩いて、今ちょうど部屋の中心のようだ。天井はかなり高い。
「結構広いんだね」
「うん、ビアンカの部屋だって広かったでしょ?」
暗闇で顔こそは見えないが誇らしげな声である。
そうだね。と答えておいた。
「で、お探しのモノはどれくらいの大きさなわけ?」
うーん、と悩む声が聞こえる。
「大人の握り拳二つ分ぐらいだって聞いた」
「ネーロ君は見たことないの?」
「うん。無い」
それはどうも……
「探すの、難しそうね」
ライナの言葉に同意を示さざるを得なかった。
 
このただ広い暗闇の屋根裏で
大人の握り拳二つ分ほどの大きさの蜘蛛を
なんの手がかりもなしに
障害となる柱をよけながら
探せと?
 
「正直言って無理そう」
「そんなこと言わないでよお姉ちゃん」
必死な声だ。わかってるよ、妹の一大事だもんね。
仕方がないので,手分けして探すことになった。
 
 
 
「見つからないわね」
一番最初に音を上げたのはライナだ。
「そう簡単に見つかりそうでもないしね」
悪条件が重なりすぎだ。せめて明かりでもないものか。
 
「ストームさー。いいカード無いの?」
「え?」
「え、じゃないわよ、カードよ、カード」
あぁ、その手があったか。火の属性なら明かりになったりするかも。
でも、
「無いと思う」
「そーじゃなくて」
呆れ気味の声だ。
「フェイクにフェイクを探してもらうの」
「そんなことできるの?」
「できるのよ。ほら、早く」
そうと判れば,素早くやります。
「出てきてアケオロス」
手元に光があふれ、見慣れた蛇が形を表す。
“うえっ、埃っぽい”
出てきて早々、不平をたれる。尻尾をパタンと振ると、さらに埃が舞った。
「あんた、馬鹿でしょ」
一緒になってむせながらアケオロスに向かい文句を言う。
“で、ご主人。用件は?”
そうだそうだ、こんなつまらないことに使う時間はない。
「フェイクを探して、ツチグモってやつ」
できるだけ早く、と言う前に蛇は姿を消した。
判っているじゃないか。
 
 
 
音は、頭上から聞こえた。
今まで聞こえなかったが何か堅いものがこすれるような音。
“ご主人、伏せろ”
声の導くまま、そばにいたネーロの頭を押さえてほとんど身を投げ出すように伏せた。
頭上を一閃のごとく、青白く薄い光を帯びた体が、頭上を駆け抜けた。
 
 
 
派手な音が聞こえる。
多分頭上で聞こえた音の主はお探しのツチグモだ。
暗闇に大分慣れたとはいえ、盲目の状態と何ら変わりはない。
今のところアケオロスにとりあえず任せるしかないようだ。
 
 
 
「痛い……」
ネーロが頭を上げた。
押さえつけたせいで、顔面から着地したのだろう。両手で顔を覆っているようだ。
「ネーロ君、見つけたよ」
「え、何、見つかったのー」
遠くからライナの声が聞こえた。どこを探しているんだろう……
「悪いけど、明かりを持ってきてくれない?私のフェイクが戦ってるみたいなんだけど、なかなか決着つかないみたい」
少年はわかったと走り出す。
よくこんな場所で走れるな。
 
さて、待ってる間ライナを探そう。
カーヴォロの依頼はツチグモを見つけることにあるわけではない。
目的は、倒すことだ。
ライナがいれば戦闘は心強い。
アケオロス、私が行くまで頑張ってね。
 
二十枚目
暗闇に慣れた目でうっすらと青白い輝きを放つアケオロスの姿をとらえる。
それは針山に絡まった糸のように見えた。
 
針山と思われたのは、高さライナの身長を超えると思われる巨体。
多分フェイクと思われる。
四つの黒い玉が、少ない光を反射して煌めいた。
 
 
 
 
 
 
やっとのことで、ネーロが明かりを持ってきたようだ。暖色があちこちに反射して自分を拒絶する闇から居場所を作ってくれる。
 
 
 
 
 
眼前に広がる光景に、体が硬直した。
 
 
 
 
目の、前にいる。
巨大な四つの目。
エナメル質のような照りを見せる足。
顔との釣り合いがとれず、どうやって支えているんだろうと思うような巨大な腹。
私が普通の虫嫌い女なら叫び声を上げて、なりふり構わず走り出しただろう。
 
 
で、どちらがその【大人の拳二つ分】のツチグモさんなのかな?
 
 
 
 
 
 
 
ふざけている場合ではなかった。
アケオロスは巨大な蜘蛛の足に体を絡ませ、動けないようにしているようだ。
 
いや、逆かもしれない。
アケオロスは絡まって動けない。
 
しかし、結果としてどちらも動けない様子なので下手にアケオロスをカードに戻すのも止めておきたい。
 
というか、こんな蜘蛛が動く姿なんて見たくない。
 
 
 
 
 
無意識のうちに後ずさりしている。
ネーロの持つ明かりの射程圏内ぎりぎりに蜘蛛が入るように三人は下がった。
 
それにしてもこの巨体。
本当にこの屋根裏で動き回ることができるんだろうか。
今まで視覚が塞がれていたため、聴覚を頼りに探していた節もあるが、柱などが折れる音は聞こえなかった。
だが、あの蜘蛛は自分たちを上から襲いにかかったではないか。
どういうことだろう……
 
 
 
 
 
 
蜘蛛は動かない。
時々目をきょろきょろと動かすぐらいだ。
 
どうしようか、どうすべきか……
 
「ライナ」
何よ、と固い声が返ってきた。
「これと戦う気、ある?」
薄明かりに照らされて、ひきつった顔がぼんやり浮かぶ。
「あるわけないじゃない」
「だよね」
しかしぼんやり見ているわけには行かない。
あの色の薄い少女の命が懸かっているから。
 
 
「先に言っておくけど。あたしの槍、多分利きそうにないわ」
じりじりとライナはまだ後ずさりする。
「何で?」
「属性よ。あんたが前に風と戦った時と同じように、土は雷を無効にするの」
そういえば、そんな設定もあった。
「雷属性じゃなかったらいいんだね」
そういいながら、カードを取り出す。
雷属性は、持っていない。
ついでだから、この前手に入れた鳥のカードを使ってみようか。
 
 
名前は読めない。
だから念じる。
鳥の姿を描いたカード。
力を、貸して。
 
緑の光が膨らんで、はじけた。
 
 
 
ストームの左手には、瑪瑙のような独特の輝きを放つ弓。右手には、これもまた変わった矢尻をした矢。
 
「弓矢……」
……初心者がこんなもの使える訳ないじゃない。
戻そうかと思ったが、弓矢に引き寄せられるかのようにある記憶が脳裏を掛け巡った。
 
 
 
 
 
 
更紗は一度、弓矢で遊んだことがある。
地域の交流会で出会ったお兄さんが、ある日手作り弓矢を披露していた。
弓道部に入ったというお兄さんが撃つのを見て、楽しそうだと思って借りたが、全く駄目だった。
 
記憶が、やめておきなさいと言う。
 
だけど、私はもう更紗じゃない。
ここは、ゲームの世界だ。プレイヤーのイメージで、どうにでもなる。
 
いつまでも、できない私だと思うなよ。
 
 
矢を弓につがえ、弦を引く。堅い。
弓を引くお兄さんの姿を思い出す。
少し上向き。あまり上だと駄目だった気がするな。
 
ゆっくりと弓を引く。堅い。少し手をゆるめるだけで飛んでいきそうだ。
手が滑った。
 
 
 
 
「あ」
気の抜けた声を聞きながら、矢は飛んだ。
勢いの弱い矢は、ゆっくり弧を描いて、矢尻を下に向けると蜘蛛の顔の後ろへと落ちていった。
 
蜘蛛が暴れた。
矢が床に落ちる音は立たなかった。
十分だ。
 
暴れる蜘蛛は、アケオロスによって足を押さえつけられて動くことはできない。
早くしなければ。
 
矢の形をイメージする。
右手には、また新しく矢が現れた。
矢を射る。
今度は正面。
よく引いた弓がしなり、先ほどよりも勢いよく飛び出した。
額に突き刺さる。
 
 
「何のんびりしてるのよ」
貸しなさいとライナに弓を奪われた。
「ほら、矢を出して。五本ほど頂戴」
「な、何で」
「そんなちっちゃい攻撃してたらいつまで経っても終わらないでしょ」
勢いに押されて、言われるままに矢を出した。
「いい、こうやるのよ」
出した矢を一度に弓に掛け、引く。
 
そんな、無茶だろ。
 
ストームが呆れた顔をしているのにも気づかず、引いて、すぐ放つ。
それぞれが一直線に飛んでいき、縦線を描くようにすべて巨大な腹に命中した。
「あっは、これ、楽しい!」
そういう問題じゃないだろと言いかけて、耳が拾った微かな音の方へ向く。
 
空気の抜ける音、いや、砂が流れ出る音のようだ。
蜘蛛の方から音は聞こえてくる。
 
続いてアケオロスが床に落ちる音。
どうしたことだと思えば、蜘蛛が縮んでいる。
 
 
「ほら、こんな武器出してないで、いつもの爪で殴ればいいじゃない」
今更なライナの助言。
近づきたくないから矢を撃っていたというのに、この人は……
弓矢は味方に奪われ、アケオロスの拘束も解けた。
小さくなった相手をしとめるには、やはり近づかなければならないようだ。
 
 
 
アケオロスが倒れている位置までおそるおそる近づく。
明かりを持つネーロも、嫌々ながらついてくる。
一面赤茶の砂で覆われていた。下の部屋に落ちていないか心配だ。
ネーロの持つ光に照らされて、黄土色の蜘蛛を見つけた。
頭が小さくてほとんど腹だけという本体。先ほどよりはだいぶ小さいが、普通の蜘蛛と比べるとかなりでかい。
腹には黒で横縞の模様が入っている。
のびているのか動く様子は見えない。
 
そばで横たわっていたアケオロスをナイフにする。
「ごめんね」
でかでかとした腹の一番膨れているところに刃を沈ませた。
 
蜘蛛の体はパンとはじけて茶色い砂を辺りに撒いた。
周辺からは茶色の光がポツポツと出始める。それは集まり、空中で四角を形作る。
光が収まると、一枚のカードが砂上に被さった。
ツチグモのカード。
所有者はあの金髪の少女。
 
 
 
 
これでひと段落だ。
「けど、何でまだ砂が残ってるわけ?」
蜘蛛が消えたことを知ってか、いつの間にかライナはすぐ後ろに立っていた。
「砂ぐらい仕方ないでしょ。あの蜘蛛大量にぶちまけたから」
さて、終わったと立ち上がる。
「フェイクが出したものは、すべてカードに戻るのよ。砂だって、あのきもい蜘蛛の一部だったんでしょ?」
「屋根裏の埃に混じっていたんじゃないの?」
この屋根裏から早く出たいよ。もう帰る気満々なのに、止めないでくれる?
「そんなはずないよ」
ネーロの少年の割に高い声が呟いた。
「まだ、もう一体いるんだ。そいつも倒してほしいんだよ」
またこいつは面倒くさいことを持ってくるのか。
「今じゃなきゃ駄目?」
「うん」
どこか申し訳なさそうな弱気な返事だった。
「仕方ないわね、どんなやつ?」
明かりを抱えたままうつむく少年は言いづらそうに口を開いた。
「砂、なんだ」
 
 
To be continued・・・
 
Level.4 後編
 
     MENU  先頭へ
     検索から来た方はこちら