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card
Level1
 
初期装備
カタン――――扉越しの小さく寂しい音。
「更紗ちゃん。お昼ご飯、ここに置いておくからね。ちゃんと食べてね」
母がトレーに乗せた昼飯を扉の前に置いた音・・・しばらくして階段を下りる足音。
 
いつからか、それが当たり前になっていた。
鍵のかけられた扉越しで、下の方で二つ結わえた茶髪を揺らす眼鏡をかけた少女がパソコンを触っていた。
 
・・・彼女が部屋に閉じこもるようになってから二ヶ月が過ぎようとしている。
 
『水野 更紗』高校に入ったはいいが、勉強についていけない上に周りとのギャップに疲れた少女。
 
六月に籠もり始め、もう七月の終わり。学校も夏休みが始まろうとしていた。
中退という手もあるが、更紗はそうしなかった。どうせ落第だったら、来年来ればいい。
そう考えていた。
 
そうして、今の更紗はここにいる。眼鏡越しの細い目は常にどんよりと曇っている。
 
甲高い電子音が更紗に異変を知らせる。
「……メール?」
差出人不明のメールが更紗の元に届いた。
 
Title:―――カードの世界『スタグネイション』―――
 
パソコンの犯罪には注意していたはずの更紗は、何故か開ける前からそのメールに興味を惹かれた。
 
―――オンラインゲーム『card』:舞台は『スタグネイション』 カードで魔物を召喚!!全国のプレーヤーと対戦しよう!―――
 
ゲームの宣伝。リンクが貼られ、直接サイトへとべるようになっている。
「・・・…」
更紗はリンクにカーソルを合わせ、クリックした・・・
グウンと機械音を立て画面が暗くなる。
とたん、目の前に・・・画面の中から黒い、明らかに人間の物ではない“手”が現れた。
「ひっ!」
驚きのあまり仰け反るが、更紗の体はその手によってパソコンの画面内へと引きずりこまれていった・・・
 
 
 
 
真っ暗な中、光の粒がこちらに向かって飛んでくる
・・・・・・堕ちている?
だんだん光の粒は増え、飛んでくる速さもかなり加速している。
目の前に光が見えた。周りの粒とは違う、トンネルの先のような光。
その光は大きく、強くなって・・・更紗の体は光に包まれた。
――――――体が融けるような感覚を味わいながら、また更に堕ちていった。
 
一枚目
「うぁあぁぁぁぁぁぁぁあ!」
いきなり地面が頭上に現れ、ぶつかりそうになる。
しかし、体が予想以上の動きをして無事に足で着地。何事もなくてよかったが、騒いだ後で少し恥ずかしい。
「あれ?」
体を起こし辺りを見回すと・・・壁も、天井もない
 
―――――――――外。
 
 
「邪魔だよ。どいてくれるかい?」
声に振り返ると、おばさんが小さい子を二人連れて荷車を牽いている。
「え、あ、ごめんなさい」
 
慌ててその場所を動くとおばさんは荷車を置き、更紗の目の前にあった扉を開けて中に入っていった。
 
更紗は子供達が家に入っていくのを見送った後、もう一度回りを見回した。
「・・・・・・どこよ、ここ」
見覚えのある風景では無い。
それどころか、ほとんどが木造の建物で本当に日本なのか?と疑問を覚えた。天高く伸びるマンションなんか一つもない上にどの建物も平屋である。
周りの人々が来ている服も、見慣れたTシャツやジーンズではない。どこかアニメチックな・・・実際にありそうで今まで見たことが無いようなデザイン。
 
ふと、自分の足に目が留まった。
「何、これ?」
ジーンズをはいていたはずなのにいつの間にか七分丈のズボンにスリッパのような靴。上も普通のオレンジ無地のTシャツだったのに金の上下ジッパーがついた灰色のベストのような服。
 
そして俯くと、視界に入ってきた青い髪・・・・・・
「え?あたし・・・・・・?」
更紗は混乱してどうしちゃったんだろうと手で顔を覆う。
「・・・・・・あれ?」
顔を覆った手が当たるはずの物にあたらない。
 
――――そう、眼鏡がない。
顔を覆う手をはなし、もう一度遠くを見る。
 
・・・・・・見える。ハッキリと。
 
パソコンの触りすぎで、両目で0.1だった視力が今、五メートルほど先にある背の高い椰子に似た南国風の木の葉を数えることが出来そうなくらいである。
 
「・・・・・・どうなっちゃったの?」
更紗はそれまで以上に混乱した。
 
 
「フェイクだ!!フェイク共が来た!!」
鐘を鳴らすような音と共に男の叫び声が聞こえた。
物見小屋のようだ。一つだけぽつんと空高くそびえ立つ建物があった。
 
「……フェイク?」
更紗は聞き慣れない単語に首をかしげる。が、周りの人々は騒ぎながら更紗の後ろの方へ流れていく。
「な、何?」
周りの雰囲気にただならぬ物を感じたが、どうすればいいのか解らずその場に突っ立っていた。
 
「え?」
肩を叩かれ振り返る。黒いフードを被った背の高い人物が立っていた。顔が見えない。右だけ袖のない黒く長いコートに身を包み、手には黒のグローブをしている。
黒フードは何も言わずにグローブをした右手をさしだしてきた。
 
その手の中には――――――――カード。
透き通った蛇のようなイラストが描かれている。
 
「・・・・・・受け取れって言うの?」
更紗が尋ねると黒フードはコクリと頷いた。
そっと黒フードの持つカードに手を伸ばす・・・
 
受け取った瞬間、カードの周りに水色に光る線で描かれた紋章のような物が浮かぶ。それと同時に強い風が起こった。目を開けるのも、息をすることさえ苦しい。
「な、何!」
風の出所はカードからのようだ。
驚いてカードを手放そうとしたが、ピタリと掌に引っ付いている。
 
 
風が止んだ。
な、何だったんだろ・・・・・・
そっと目を開けると、カードを握っていたはずの手に握られていたのは・・・・・・一本の透き通るナイフ。
目の前にいた黒フードは更紗の後ろを指差した。
振り返ると遠くで砂煙が立っている
――――――――獣たちの大群。
黒い毛を揺らしながら、四つ足の獣はこちらに向かって走ってくる。
 
「え゛っ・・・・・・」
前に向き直ると、先ほどまでいた黒フードの姿が見えない。
“戦え。カードが導く道を”
頭の中に直接響いた声。
「ちょ、ちょっと・・・・・・」
戸惑いの表情を見せるが、どうしてよいのか解らない。
「・・・・・・これで?」
頼りなさげな短いナイフ・・・・・・ガラスのように透き通るそれは下手をすれば割れてしまうのではないかと思える。
 
そうこうしているうちに獣たちとの距離はだんだんと縮んでいく。
 
ナイフ一本で戦えるわけない。とあっさり結論を見いだした更紗は近くの家に入れて貰おうと戸を叩いた。
しかし、扉が開きそうな気配はない。
「お願い、開けて!!」
中に向かい叫ぶが足音一つしない。ただ、中から小さく聞こえるのは恐怖からか微かに乱れた息づかいのみ。
無理だ・・・・・・
恐怖で体の動きはぎこちないのだが、意外に頭は冷静だった。
諦めた更紗はナイフを構えた。
大丈夫。あんな獣にやられはしない。そんな思いまでしてきた。
ナイフを見つめると自信が沸きあがった。
 
来る!
 
「ヤアアアアァァ!」
獣たちとの距離は三メートル。更紗はナイフを握りしめ直すと雄叫びを上げながら獣の群につっこんでいった。
 
こんな風に体を動かすのは初めてだ。それも生物を切り刻むなんて・・・
 
意外にナイフは丈夫で切れ味もよかった。体をひねり、ナイフを振りながら死に物狂いで戦う。四方八方から襲ってくる牙や爪から逃げ、真っ赤ななま暖かい返り血を浴びながら死なないために相手を倒す。ナイフが相手を傷つけるたび更紗の意識は遠くなる。
 
 
息が上がり、相手が大分倒れたところで更紗の意識がやっと戻ってきた。
意識と共に傷つけられた体の痛みも襲ってきた。
 
残るは四匹、今までの物よりも一匹だけ体が大きい。更紗とその四匹は睨み合う。
ふと周りの様子に気付いた。
倒したはずの獣たちが消えている・・・
死体を持ち去ったというような様子ではなく辺りに飛び散ったはずの血まで消えている。自分にかかってきた血も綺麗さっぱり消えていた。
「え?」
戸惑い。それを四匹の獣達は見逃さなかった。
堰を切ったように三匹が同時に飛びかかってきた。
「あわわ・・・・・・」
必死に構えようとするが明らかにそれは遅かった。
死ぬ!そう覚悟して目を瞑り少しでも抵抗とナイフを頭上に構えた。
 
 
 
 
 
 
あれ・・・・・・
いつまでたっても相手の爪が自分を傷つけないことに気付き、方目を少しだけ開ける。
 
――――――――人?
 
目の前には赤茶色の髪を立てた青年が立っていた。大きな盾を持ち、その盾に三匹がかぶりついている。
「うっとしいんだよ」
青年はそう呟きながら盾を押し返した。同時に三匹は転げ落ちる。
 
「うっわー・・・・・・」
すごい力、と感嘆の声をもらす。
次に青年の左手が紅い光を放つ。またカード・・・・・・?
「エンテイ!」
カードを宙に投げ青年は何か叫んだ。と、光は強く大きくなる。
紅い光が地上に降り立ったとき、馬らしき獣の姿が見えた。白い毛並みが美しい馬で、背中のたてがみは炎のように紅い。
馬は大きく一啼きすると蹄で土をかき、頬を青年に寄せた。
「頼むな」
青年は馬の頬を撫でると獣たちを顎で指した。
もう一度大きく一啼きすると、前足を上げ空気を大きく吸った。
前足が地に着いたとき、馬は口から火を吐いた。
その火は一直線に四匹の獣の元へと走る。
断末魔の叫び……恐ろしい鳴き声が聞こえた。炎で遮られ姿が見えないのが更に恐い。
「チッ・・・・・・」
青年が舌打ちをしたのが聞こえた。
 
……一匹、生きてる。
 
群の中で一番からだが大きかった一頭だ。頭を振り、落ち着いてからこちらを見据える。
なんてタフなんだと感動しつつ、そんな事考えてる場合じゃないと頭を振る。
 
その一匹の様子が変わったことに気付いた。
前足の肩幅が広くなり、両肩から突起が出てくる。それはどんどん大きくなり・・・
 
―――――――三頭?
 
見事に両端に頭が出来た。首の根本の辺りでその三つの頭は一つの体になる。それぞれの頭にはナイフのように鋭い歯がぎっしりと並んでいる。
「しくった・・・まさか、あいつだったとはな」
青年の声には焦りが少々感じられた。
 
ふと、右手に違和感を感じた。ナイフを握ったままだ。
そのナイフが―――――鼓動している?―――――とにかく様子がおかしい。
「……やろっか」
誰に言うわけでもなく、更紗は微笑んで呟いた。
やるとは、勿論“殺る”である。
「ヤアアアアアアア」
雄叫びと共に青年の横を走り抜けそのまま三首に突進する。
バカ!と言う声が後ろで聞こえた。多分青年の声だろう。しかし更紗はそのまま突っ込んでいった。
 
相手の首は短い。首の後ろに回ってしまえばもう牙は恐くなかった。鋭い爪を持つ手だって上下にしか動かないようだ。更紗の構えたナイフの先が三首の横腹に深々と刺さる。そのまま傷口を広げようと後ろまで通り過ぎる。
三首は斬られた方を下にして崩れた。
ほーっと胸をなでおろしながら、三首のほうを振り返る。
小さくなってる……
三首の体がだんだん縮んでいく様に見えた。イヤ、間違いなく縮んでいる。流れ出た血も逆再生するかのように体の中へと戻っていく。
そっと近づいてみる。大分小さくなった三首の姿に驚く。しかしそれだけではない。
透き通ってる……
消える寸前、光が三首を包んだ。
眩しさに更紗は目をしかめる。
 
 
その光はすぐに止んだ。残ったのは……
 
―――――――カード。
 
「ここまで来たら、予想もできたよ……」
ぼやきながらそのカードを拾う。カードの表には黒フードからカードを受け取ったときに現れた紋章と同じ模様。そして裏には先ほど戦った三首の獣の絵が描かれている。
「ク、クゥェルベルス?って読むのかな?」
カードにはアルファベットが並んでいる。無理に読んだらこうなった。
「……お前、スゲエな。ケルベロス倒しちまうなんて」
赤毛の青年が近づいてきた。
「ケルベロス?」
「そいつだよ」更紗が手にしたカードを指差す。
「ケ、ケルベロスって読むんだ、これ……」
更紗の呟きに明らかに青年は首をかしげた様子だ。
「き、気にしないで……それより、ども、ありがと。助けてくれて……」
青年は少し照れた様子を見せた。
「別に……そういや、お前カードキーパーか?」
「カードキーパー?」
何も考えずに青年と同じ発音を繰り返す。
「何だよ、その反応。……じゃぁ、フェイクキーパ。知らないわけじゃねぇだろ?」
「……知らないし」
なんとなく青年から顔をそらす。
「知らない?……お前、どうやって生きてきたんだここで」
青年は眉間にしわを寄せた。
「あたし、ここ初めて来るんだから!って言うか、ここがどこかさえ知らないし」
逆切れして叫ぶ。
青年は目をまん丸にした。
「み、妙な奴」
「……それ、こっちのセリフなんだけど」
青年はいきなり笑い出した。
「いいや、お前面白いし。乗れよ。連れて行ってやる」
そう言うと更紗の手を取り、先ほど獣たちを焼き払った紅いたてがみの馬の背中に乗った。
「しっかり捕まってろ」
更紗の腕を自分の腰にまわす。
「ちょ、ちょっと……」
いきなりの行動に焦るが、青年は気にした様子もなく馬を走らせ始めた。
 
 
二枚目
馬の背中は、異常に揺れた。正直、かなり気持ち悪い……
 
「ついたぞ」
青年の声が聞こえた。だが、揺れに酔った更紗は動けない。
「いつまでも引っ付いてる必要ないって。早く降りろよ」
その言葉に少し赤面した更紗はゆっくりと動き出した。
 
城……
大きな建物。その真っ白な外壁に精神的に圧倒される。
「何、ここ……?」
尋ねると、また青年は笑い出した。
「やっぱり、お前は何か違うみたいだな」
「何が」
少し怒り口調が入る。
「それを見つけるために連れてきた」
何のこと?
眉をひそめると、また笑い出した。
「まぁ、そのうちわかるって」
青年は馬の頬を撫でた。馬は穏やかに一啼きすると現れたときのように紅い光に包まれた。
 
カードが獣で……獣がカードで……?あれ、どっちが正しいっけ?
カードに戻った馬をみて軽く混乱した。
「ついてこいよ」
カードを拾うと、青年は歩き出した。
慌ててそれを追いかける。
 
 
 
ずかずかと城内を歩く。見知らぬ土地に不安を隠せない更紗はソロソロと青年の後ろをついて歩く。
「ここ」
一つ、大きな扉の前で青年の足は止まった。親指で扉を指し「入れ」と言っているようだ。
「心配すんなって。大丈夫、すぐに終わるから。」
「な、何が?」
青年は大きな扉を開けた。真っ白な壁が目に入る。イヤ壁だけではない。天井も床も所々に立つ柱もすべて白い。気持ち悪いほど白い部屋だった。
「何もかもさ。ほれ、早く行ってこい」
「ちょ、ちょっと」
後ろから蹴られ、恐怖を感じながらも部屋に足を踏み入れた。
 
とたん、床がないかのように更紗の体は沈んだ。
 
 
 
 
 
 
な、何・・・?
声を出そうとしたが口を開けると空気の玉がボコボコと現れた。しかし、息をするのが苦しいわけではない。
水中のように無重力。真っ白な空間に更紗は気味が悪く感じた。
 
ここからでなきゃ。
そう思うがどれだけ足をばたつかせてもいっこうに進まない。それ以前に出口がわからない。
“そんなに焦ることなど無いぞ、客人”
どこからか声が聞こえた。その声は更紗の耳に、初めてこちらでカードを手にした時に聞こえた声と同じように聞こえた。
 
客人?
“そう、お主は大切な客人”
心の中で聞き返したことに返事が来たことにかなり焦る。
“心を読まれただけで焦るな”
焦るっての!普通は!
心の中で叫ぶと少し周りが静かになった気がした。
“客人よ、驚く事なかれ。お主は生まれながらのカードキーパーだ”
いきなり本題らしき事を話されても更紗にはわけが分からなかった。
さっきからあいつも言ってたけどカードキーパーって何よ。
尋ねると周囲に妙なざわつきが感じられた。
 
“……お前はもうここでカードを幾つか見たな”
更紗は頷く。
“この世界、スタグネイションではカードが存在する。それも、魔力を持った。だ”
スタグネイション・・・?どっかで聞いたような・・・
“それらの魔力を持ったカードは【トレッドカード】と呼ばれている。直訳で【危険なカード】となるか”
危険な?
 
“野生のトレッドカードは獣の姿を持っている。そいつらは人を傷つけ、村を荒らす。そこでカードキーパーやフェイクキーパーの出番だ”
私は・・・?
“そう。お前もだ。カードキーパー達はトレッドカードを自分の名でカードを支配下に置く事が出来る。毒をもって毒を制す。支配下に置いたカードを使い、野生のカードが変化した獣【フェイク】をカードに戻す”
 
赤毛の青年がカードから馬を呼びだしたことを思い出した。
あれもフェイク……?
自分の右手を見た。
変化をしたはいいが戻し方がわからずそのままナイフの姿をしたカード……
 
“戻れと念じて見ろ”
不思議に思いながらも、言われるように更紗はナイフに向かい念じた。
 
戻れ。
青い光がナイフを包んだ。
少しして光が止むと、ナイフはカードに戻っていた。初め見たときと同様、描かれているのは透き通る蛇。
 
“カードキーパ……お主、名は?”
いきなり尋ねられて返答に困る。
さ、更紗……
答えたつもりだが、ウウムと難しそうな声が響いた。
“どうやら、違うらしい”
なにがよ。
口調を荒げる。イヤ、口から声を発することなく、だ。
“その名ではどうやら無理だ”
そんなこと言われても・・・私の名は更紗だし。
 
名前、名前。私の名……グルグルと名前という二文字が頭の中を駆け巡る。
 
シーフ?
“違うな”
えっと……す、STORM(ストーム)……?
当たらぬ鉄砲数打ちゃ当たる。わけが分からないので適当に言ってみた。
“それだ”
当たってしまった……
 
ストームとは更紗の中学生時代のH.N.。最近は使っていなかったはずだが……
“それでカードに名を刻め”
そう聞いたとき、左手になにやら違和感を感じた。何かを握りしめている。
そっと握った左手を開けてみる。……ペン?
水色の半透明な鉛筆状の物が握られていた。
言われたとおり、それで名を書いてみる。
S・T・O・R・・・M
Mの文字を記した後、なにやらカードから自分の体内に流れ込んだ気がした。
“静かに聞け。お主はこれより【異世界カードキーパ】だ。属性は水そして風。カードを集めよ。名を刻め。そうすればお主は強くなる。”
目蓋が重くなる……
“カードが集まればまた来い”
その言葉を最後に更紗の意識は飛んだ。
 
 
 
 
 
「……大丈夫か?」
薄目を開けると、覗き込む人の影が目に映った。
逆光でハッキリとは見えない。
更紗の目がしっかりと開いたことを確認すると、相手の口元が笑みを浮かべたように見えた。
「どうだった?何かわかったか?」
先ほどの赤髪の青年だ。
「……なんか、よくわかんない」
身を起こし、辺りを見回す。白い部屋の入り口。どうやら廊下で倒れていたようだ。
「ちょっと混乱してるんだろ。安心しろ、少し待ったら大分ましになる」
青年は更紗の手をつかみ、立たせた。
 
「俺も初めて入ったとき、パニクってさ。部屋から出てきて暫く放心状態になってたらしい」
ケラケラと笑いながら青年は話す。
「でもま、どうやらお前も正式に『カードキーパー』になったらしいな」
「え?」
どうしてそれを。と尋ねようとした時、青年はそれを悟ったかのように笑みを返した。
「それ」
ポケットに突っ込んでいた右手をだし、人差し指を立て更紗の腰の辺りを指差した。
どれ。と青年に指差された辺りを見ると左腰からポケットへ、変わったデザインのウォレットチェーンのようなものがぶら下がっている。
 
また変なのが出た。とチェーンを引っ張る。チェーンの片方はズボンの腰の部分の中に縫い込まれている様な状態でで取れそうにない。
もう一方は、何かに引っかかっているようだ。ポケットの中からチェーンの端は出たが、その先に何かが付いている。それが引っかかりポケットからするりと出すことが出来ない。
チェーンを引っ張るのを辞め、その”何か”をポケットの中から取り出す。
 
「……何これ」
取り出したものはファイルだった。
透ける灰色の表紙でカードの表と同じ模様が描かれていた。
表紙も中身も透明でやけに薄っぺらいファイルで十枚のファイルポケットが付いている。
ファイルポケットはどれも空でファイルの向こう側が透けて見える。
 
「カードホルダー。サイズぴったりだろ?」
青年に言われ、更紗はずっと手に握りしめていた二枚のカードをファイルに合わせてみた。
ほんとだ……
確かに青年の言うとおり、ファイルはカードと同じ大きさだった。
 
「入れていいの?」
「入れない理由はない」
少々戸惑った更紗にあっさりと青年は答えた。
ファイルの表紙を開きポケットを開けようとするが、普通のポケットのように開かなかった。
 
「どうやって入れるの?」
更紗は困り果てたような顔で青年に助けを求めた。
「違う違う。そうじゃなくて。表紙を閉じて」
青年に言われるとおり、更紗はファイルの表紙を閉じた。
「そうそう。んで、表紙にカードの裏が当たるように置く」
こう?と手に持つカードの二枚のうち一枚を透明な青い表紙に乗せた。
するとカードがするりとそれを通り抜け、中に入ってしまった。
「ど、どうなってんの?」
「別にどうも」
青年は少し笑った。どこか嘲笑っているかのように見えるのは更紗がひねくれているせいだろうか。
 
「取り出すときはカードの名前を念じれば出てくるから」
一枚のカードが入ったホルダーを不思議そうに眺める更紗にやっぱり嫌な笑みを浮かべている青年は言った。
 
 
三枚目
青年の後をついて、城の入り口前ホールまで来た。どうやら帰るのだろうか
「俺はこっちに用があるから」
「え?」
じゃ、と手を挙げてホールの奥の階段へと走り出そうとした青年を更紗は戸惑った様子で見た。
「えって、何だよ。何かあるのか?」
「いや、その……」
暫く同行してくれると思ったが、青年にはその気がないようだ。
「ははぁ〜。俺が一緒にいてお前の世話すると思った?」
腰に手を当て更紗を見下すように言う。
「べ、別にそんなこと……」
「じゃ、良いだろ」
「……」
ぽかんと口を開けてそれを見る更紗。
「しゃ〜ね。どうしても怖かったら門で待ってろ。少しぐらいなら面倒見てやる」
「誰も、面倒見て欲しいって言ってない!」
強い口調でそれだけ言うと後ろへ向き出口へと出ていった。
 
 
そのまま城を出て、城壁の門をくぐった。
「そういや、名前聞いてなかったなぁ」
夕焼けの空を見上げて、小さく呟く。
「いいや、此処のことも誰かに教えて貰わなくても何とかなるし」
自分を慰めるために少し大きな声で言うと、もやもやとたまっていたモノが消えた。
 
よし、と気持ちを入れ替えて前へと進む。
目の前には雑木林。さっき青年の馬の背中に乗ってこんな処を通っただろうか?
そう考えると不安になる。木が生い茂り薄暗いのがさらに気味の悪さを演出している。
「……カード、使ってみる?」
誰に言うわけでもなく、更紗は呟いた。
 
進んでいくうちに、辺りはさらに暗くなる。一人でいると不安が募る一方だ。
 
「カード、喋るかな……」
とりあえず、話し相手が欲しかった。家にいるときはこんな事絶対に思わなかった。そうじゃなければ、引きこもりなんてやってられない。
 
雑木林に足を踏み入れてから多分数十分経った。本当に辺りは真っ暗。
 
先ほどまでは愚痴っているだけだったが、我慢できずとうとうカードホルダーに手を伸ばした。
ケルベロスは倒したばかりだし、出すのが恐い。となると、やはり初めに渡して貰った蛇のカードか
 
「……蛇の名前、知らない」
痛恨のミス。こいつの名前だけでも聞いておけば良かった……
更紗は英語が絶望的に読めない。意味だけじゃ無く発音もボロボロ。
somethingを「ソメティング」とよんで笑われたりtrainを「トライン」。挙げ句の果てにはbusを「ブス」と読む始末。単語の練習でそうやってスペルを覚える人がいるが、真剣に発音もそうだ思っているところが更紗の特徴である。
 
 
「最近、アルファベット多すぎなんだよね。日本人なら日本人らしくひらがなで良いじゃない」
自分のハンドルネームも英語のくせに逆ギレする。
が、聞いてくれる人が居ないとただ寂しさを増やすだけ。
一つため息を落とすと、カードホルダーを両手で持った。
 
「いいや。ケルベロスのカードは……」
どこに入れたっけ?
ポケットを探るがそれらしい物に当たらない。
「え?」
カードホルダーには一枚しか入っていない。
「どこに……行っちゃったの?」
更紗はへたり込むようにして地面に座った。
 
 
空は見えないが、多分真っ暗なのは木のせいだけじゃないだろう。
泣きたいのを必死にこらえ、身近な木にもたれた。
「誰もいないよね」
辺りを見回しても木以外ほとんど何も見えない状態。雑木林はやけに広い。
 
ふと、家のことを思い出した。
「……帰らなきゃ」
更紗ははっと顔を上げた
「そうだよ。白い部屋の奴らが言ってた「スタグネィション」って、あのゲームの世界だ。ログアウトすれば元に戻る」
立ち上がったが、どうすればいいのかが判らない。
 
また膝を抱えて座り込んでしまった
「初めてだな……現実に戻りたいなんて思ったの」
無くしてから大切なモノに気づくというのはよく言われる。
別に大切なモノって訳じゃないが此処よりは遙かに良いかもしれない。
「まぁ、いいや。どっちにしろ私はいらないんだから」
膝を抱える腕をしめ、顔を膝に埋めた。
 
 
「嬢ちゃん。なにしてんはんの?」
上から声が降ってきた。
「人?」
そっと顔を上げる。涙は流れてはいないが、目にたまり顔全体は紅くなってる。
ぼやける視界を手で拭うと、金色の髪をした青年が立っている。前髪が長いせいで顔の半分ぐらいしか見えない。
 
「嬢ちゃん泣いとったん?」
「泣いてないよ」
更紗は青年から顔を背けた。
「でも、目が腫れかけてんで。おいで、仲間とはぐれたんか?」
そっと手をさしのべる青年の手は白い。口元が笑っている。
「いいよ。一人で行ける。町ってどっちにある?」
更紗が立ち上がると、青年は手を下ろし、肩を小さく下げた。
「気の強い嬢ちゃんやね。此処を一人で出ることはでけへんから僕と一緒においで」
え?と更紗は聞き返す。
青年の口元はにこにこと笑っている。
「ほら、僕が案内してあげるから僕らと一緒にいこ」
「……」
「黙っとってもはじまらへんよ。僕らもそろそろここから出るつもりやから」
じーっと青年を凝視していた更紗だったが、ついに了承した。
「連れていってくれる?私も早くここから出たい」
青年の口がさらににっこりと笑う。
「んならおいで。僕の仲間がそこにおるから」
青年は更紗の手を引いて歩き出した。
 
 
「君の名前なんての?」
「さ……す、ストーム」
本名を言いかけたが、何となく白い部屋で名乗った名前を名乗る。
「ストーム言うの?変わった名前やね。 そうでもないか?」
にこにこした様子で、更紗の方を見る。
「あなたの名は?」
「僕?僕はねイノコ。イノシシの子でイノコ。ウリ坊ってみんなは呼ぶで」
まぁ良くひねったあだ名だと思った。ハンドルネームのハンドルネーム。
ややこしい……
正直ウリ坊よりもイノコの方が呼びやすそうだが口には出さない。
「イノコさんは何故此処にいたの?」
「イノコでええよ。僕の仲間がなフェイクキーパーやねん。そんでレベル上げに行くからってついてきてん。あの城格好ええよな」
「そうかな?」
「格好ええやんか。あんな城此処以外にないで」
そりゃ、あんなのが普通にあったら少しひくけどさ。
 
「キーパーの城はなカードがあったら自由に行き来できるんやけど、僕ら普通の人はな一人じゃ入れへんし出れへんねん。ケチやなフェイクキーパーて」
イノコはぼやく。
 
 
「イノコの仲間ってどんな人?」
「ん?」
「すぐ近くにいるって言ってなかった?」
イノコに手を引かれてかれこれ十数分は歩いている。
「ストームちゃんは勘が鋭いなぁ」
「?」
「気にせんでええよ。僕の仲間はもう少し先にいるからみんなと合流してから外出よ。」
先ほどの言葉が気になるが、イノコは気にせず更紗の手を引く。
 
「ストームちゃん。あんた、仲間いんの?」
「なんで?」
「ん〜気のせいかな?」
 
「残念だけど、気のせいじゃないぞ」
上から声が降ってきた。聞き覚えのある声だ。
少しして上から人が落ちてきた。落ちてきたって言うよりかは降りてきたって感じ。
真っ赤な逆立った髪には見覚えがあった。
「兄さん誰やのん?」
「名乗っても仕方なくね?……まぁいい。俺はチャイだ」
「ふぅ〜ん」
イノコは興味なさげに返す。
「ストームちゃん、こいつ知っとる?」
上から降りてきたのは更紗を此処まで運んできたあの青年だ。
「そういや、名前聞いてなかったっけ。ストームって言うのか」
チャイと名乗った青年が更紗に話しかける。
「これ、落とし物。名前書いておけよ」
チャイの出した右手の人差し指と中指に挟まれたカードに目が奪われる。
「あ、あたしの」
【ケルベロスのカード】だ。
「城ン中落ちてたぞ。んで、追っかけてみればこの様か」
「この様って、どの様よ」
チャイの言い方があまりなので更紗は怒る。
「お前、ほんっと気づいてないのか?」
「何よ」
「ストームちゃん、あんな変なヤツと関わったらあかんで」
イノコがこちらを向く。相変わらずにこにことしている。
 
「おまえ、ほんっとに馬鹿だな」
「何が?」
「ほんっとに助けがいの無いヤツだよ。人がせっかく危険を冒してきたってのに…」
「だから何の話?」
「そいつ、カードキーパーだぞ」
「はい?」
イノコが?なんで
「何言ったはりますのん?僕はちゃいますよ?」
「ストーム、俺かこいつかどっちを信用する?」
そんなこと言われても、困る。でも、チャイの言い方は何だかしゃくだ。
「ストームちゃん、何言ったはりますのんあの人?」
「さあ…」
そう返すしかなかった
「じゃぁ、他にもカードキーパーがその辺をうろうろしてるのはどう説明してくれる?」
チャイは空に向かい人差し指をたてるとくるくると回した。
「そんなん、僕の仲間が僕を捜してくれてるんでしょ。みんな優しいからなぁ」
「じゃぁ、君の仲間は普段からこんな格好するんだ」
そういってチャイが指笛を吹く。
強く地面を蹴る音が聞こえる。それはだんだん近づいてきて……
「エンテイご苦労さん」
赤い鬣の馬。背中に人が二人乗っている。
二人とも黒い覆面が怪しげである。
「……誰?」
「いい加減信用しろよ。城では悪かったから。そんなにショック受けるとは思わなくてよ」
チャイは頭をかきながら更紗に言う。
 
「あらま、捕まってしもたんかい。能なしやのぉ」
これで、はっきりした。
「イノコ、あなたは…」
「せや。カードキーパーです」
 
ほんまは正体ばらしたく無かったんやけどなぁと続ける。
「じゃ、じゃぁなんで…」
じゃぁなんで「カードキーパーではない」と嘘をついたの?
「そんなん、決まってるやん」
イノコはニパァと口がさけるような笑いを浮かべた。
「嬢ちゃんのカードを貰うため」
 
 
四枚目
思わずイノコに捕まれていた手を振り払った。
身を翻すようにして、チャイの元へと走る。
 
「ほれ見ろ、バカ」
相変わらず腹が立つがそんなことを言ってられない。
 
「な、何で私のカードなのよ!」
何で? イノコがオウム返しに言うと笑い出した。
「嬢ちゃんの辺りから、支配下に置かれてないカードの匂いがしたしな。これはもろとかなあかんとおもて」
それにカードつこてなかったやろ?もってんのに。と付け足す。
「それは確かにお前が悪いな。でも、支配下に置いてないカードは俺が持ってたと」
「そやったん?まだストームちゃんのカード確認してへんかったからなぁ」
なんか、わけわかんない。
 
とにかく、イノコは敵でチャイは味方らしい……
「わ、判ったから。追い払ってよ」
側に立つチャイの袖を掴みながら小さな声で言った。
「んなこと言われてもな……」
「ええよ」
はぃ?
どうやらイノコに聞き取られないように小さい声で言ったのだが聞こえていたようだ。
「退散したらええんやろ?そこの兄さん強そうやし、こっちも捕まるのは勘弁やしな」
えええええ?
あっさり引き下がるイノコに驚きを隠せない。
「僕ら一応賞金首までなってしもたし、やっぱ賞金首つったら逃げ回ってこそ花やろ?」
 
イノコの左手が光った。
同時に辺りから緑の光を帯びた強い風が吹き出す。
「しょ、賞金首って……てか言ってることむちゃくちゃじゃない?」
イノコの足下に風の中心がある。その風がイノコの特徴あるコートを吹き上げる
と、地面を力強く蹴った。イノコはあり得ないスピードと高さで跳ぶ。どうやら風がそれを補佐しているらしい。
 
「つーことで、仲間返してな〜」
地上に残った風がエンテイを下から吹き上げる。
エンテイは地にしがみつくようにして留まったがその上にのっていた覆面はあっさりと上空へととばされた。
 
 
「……そして、彼は星になった」
イノコ達が去った後、更紗は意味不明な言葉を呟いていた。
 
 
「ほらよ」
一段落したとき、チャイが更紗に向かい何かを投げた。
「え、えぇ?」
戸惑いながらそれを受け取る。
「あ、【ケルベロス】……」
「早く名前書いておかないとさっきみたいな敏感な奴らが匂いにつられてくるぞ」
慌てて言われるままにカードホルダーに差されたペンを取りだし名前を書いた。
 
「ま、それで良いだろ」
更紗がケルベロスのカードに名前を書いた事を確認すると、エンテイの背中にひょいと乗った。
「さ、とっとと出ようか」
笑顔で手を差し出すチャイにちょっと躊躇ってから、その手に捕まりエンテイの背中に乗った。
 
「言っておくが、一応次の街で別れるぞ」
「え、あ…うん……」
残念ではないが、頼る人がいなくても大丈夫かと問われると不安である。
「じゃ、行こうか」
チャイが名を呼ぶとエンテイは元気よく一度鳴いてから空へと走り出した。
 
 
一度目と比べれば、エンテイの背中はずいぶんと楽だった。
チャイにもたれる様にしてエンテイに乗るのはバイクの二人乗りみたいなモノのようだと思った。
実際バイクに乗ったことがあるわけではないのだが……
 
「ねぇ、フェイクキーパーとカードキーパーって違いがあるの?」
今までの様子から、違うような同じなような良く判らない。でも、イノコの話ではどうやら違うみたいだった。
 
「あ?簡単だよ。カードキーパーはカードを支配下に置く。それだけ」
「フェイクキーパーは?」
「あ〜。フェイクのまま支配下に置く」
「……わかんないよ」
チャイの背中に右頬を押しつけてため息を付く。
 
「俺がわかんないのは、お前が何でそんなに密着したがるのかがわかんねぇ」
むっとなって上体を起こす。
「冗談だって」
ハハッと軽く笑うチャイ。
 
「笑えない冗談だね」
ふくれるが、やっぱりもたれる方が楽なので右頬を押しつける。
「変態か貴様は」
「何で変態扱いされなきゃなんないのさ」
「とっても簡単な話だ。まぁ、そんなペチャじゃ何とも思わねぇが」
とんでもなくぶっ飛ばしたいと思った。それこそ一枚目のカード【アケイオロス】(名前を聞いた)で切り裂いて海にでも撒いてやろうか。
 
「腕が短いんだよ。ほっといて」
ハハハッと笑われた。
良いんだ、バカにされる覚悟で言ったんだから。
 
「……それより、カードとフェイクのキーパー」
全く、無駄に話がそれてしまった。
「だから言ったろ?カードキーパーは能力が高いからフェイクをカードの姿にしておくことができるんだ。フェイクキーパーはそれができない、なり損ない」
「うわ、アンタそんな酷い事言う人だったんだ」
「何を今更」
さらりと流すチャイ。
 
なり損ないとはものすごく酷いと思うのだが。自分がカードキーパーだと思って……
「別に人のことをなり損ないって言ってる訳じゃねぇぞ」
「アンタも心を読むのか!!」
マジでエンテイから落ちそうになるほど撥ね驚いた。
「はぁ?いや、文脈からして判るだろ」
文脈って何だとか言っちゃお終いな気がしてきた。
「とにかく俺が言ったのは、力が成り立ってないって事だ。俺だってそこまで非道じゃないぞ」
どっちにしろ同じような気がする。
 
「あ、そうだ。手に入れたカードはしっかり名前を書けよ。イノコみたいなのがたくさん集まってくるから」
チャイが少し首を後ろに向けた
「うん、もう懲りたよ」
どうやら、カードキーパーにはそれぞれ特徴があるらしい。
支配下に置かれていない放置されたフェイクを見つける感覚型・真っ正面から肉弾戦を仕掛ける戦闘型その二つが主なようだが、もっと他の能力もあるらしい。
フェイクキーパーは前者のみで、しかも完全に自分のフェイクを制御しきれないらしい。要は従うかどうかはフェイクの自己意志なのだそうだ。
 
「フェイクは結構面食いで、格好いい奴は生まれつき力が無くてもフェイクキーパーになることもできるとか」
そんなむちゃくちゃな話もでてくる。
じゃぁなにか、格好いい人こそがこの世界では勝ち組か
自分がカードキーパーでなかったら多分、そうぼやいてる。
 
「他に聞いておきたいことあるか?」
「……寝たいです」
ずっと夜の闇の中を(エンテイが)走っているのだ。いっそ本気で寝たいのだが、眠ってしまえば振り落とされそうだ。
「却下」
「なんで」
「俺も眠い」
淡々とした声で言う。
「運転手が寝ないでよ」
眠気を覚ましてやろうと一発後頭部をグーで殴った。
「……痛ッ。だから眠気覚ましに何か話せって」
「だから降りて寝ようよ。野宿だろうが眠ろうよ」
今日はそんなに寒くないし、あたしも平気だよ。とつけ加える。
「野宿はヤダ」
「何よアンタ。どこの坊ちゃんよ」
「フレセドメア・フィ・ドラ・ミカニザル・ロットデメン・ミャロッド家の嫡男」
でったぁ。何かものすごく漫画とかでありそうな設定を思い出した。位が高ければ高いほど名前が長いっていうやつ。
それに当てはめると、まさにあほくさい貴族的な名前。しかも嫡男とか……
「……嘘だよね」
「半分ぐらいな」
笑っているので説得力無い。
嘘と解釈しても差し支えは無さそうだ。
「そこで嘘って言いなさいよ。気が利かない」
「気が利く利かないの問題か?」
「そうよ」
「気にすんな」
「うん、気にしない」
「ちょっとは気にしろよ」
「どっちよ…」
「やっぱうるせぇ、寝ろ」
「……アンタ最低だね」
「お前に言われりゃおしまいだな」
「終わっておいてよ」
呆れてモノが言えないと言うか何というか。
「着いたから終わろうか」
 
どこにと言う前に気が付いた。
 
チャイの背中越しに見えたたくさんの明かり。
 
 
エンテイの足下には暗闇の中に明かりがたくさん見える。
こうやってみると本当に空を飛んでいたのだと思う。
「ついてすぐバイバイってのはやめてね」
約束は次の街までだったけど、急に不安になった。
「お前がおとなしくしてりゃあね」
今更なのだが真剣に腹が立つのだよこれには
 
 
五枚目
「……ねぇ、これはわざとかな?」
視線が部屋を一巡りした後、呆然と立ちつくした。
外見は結構豪華なホテルだった。
 
 
初めて訪れた町とは比べようもないぐらいにぎやかで明るい街。
本当にあの街と地続きなのかと疑うほど電飾で飾られ、街道の橋の下には電車のような物が幾重にも敷かれたレールの上を走っている。
広い道上に車がないのが不思議だ。
どうやらそもそも車という概念をもつ物がないらしい。
エンテイよりも奇妙な生物が各々の主人らしき人物を乗せて通りを闊歩している事もあるが、大抵は歩行者だ。
 
更紗達も、地上に降りるとすぐにエンテイをカードに戻し歩き出した。
はじめこそ眠くて目蓋が重かったけれど、歩いているうちに足の裏から伝わる刺激と、町の様子に目がさえてきた。
 
「先に宿を探すんだからな、変な店も多いから勝手に入らないように」
目を引く店を見つけた矢先に、チャイにくぎを差された。
「……わかりました」
逆らうと本当に放っていきそうな人だから素直に従う。
「ま、この町は夜の方が盛んだから。部屋を取った後でまた来ればいい。どうせ目がさえているんだろう?」
図星である。
ぷいと顔を背けて、顔にそう書かれていることに気付かれないようにした。
 
 
 
「ホテルのベッドがベンチって聞いたこと無いんですけど」
呆然と立ちつくすストームの後ろからひょっこりとチャイが部屋を覗く。
「やっぱり」
ため息を付きながら、ずかずかと部屋に入った。
 
体を横たえる場所は二つある。
一つはベッド、一つは……木製ベンチだった。
 
当たり前のように部屋の奥まで行きベッドに体を横たえるチャイ。
「え、ちょ」
「何だ?」
リラックスした様子で腕を広げた。
「私がこっちで寝るの?」
「当たり前だ」
あっさり言われると、反発しにくい。
「宿代は全部俺持ちだろ?」
「……そう、だけど」
確かに、チャイが払ってくれている。
でも、相部屋だって我慢したのだ。
「それが女の子に対する態度?」
大きなあくびをした後、こちらに顔を向けた。
「なら、ベッドで寝るのか?俺も一緒だぞ?」
どうやらこいつにはベッドから出るという選択肢を持ち合わせてはいないらしい。
「アンタ、最悪だ」
「タオルケットはちゃんとあるぞ。暖かいから凍死はしない」
「そういう問題じゃないっ」
 
どうにも聞きそうにないので、頭を抱えながら部屋を出ようとした。
「あ、出るんだったな。ついでだから俺も行く」
後ろから声を掛けられ、振り返ると部屋の奥で寝っ転がっていたはずのチャイはすでに真後ろにいた。
「どうかしたか?」
「……アンタがとんでもない人ってこと以外何もない」
 
 
大都会と言っても過言ではないとおもう。
ただ、ちょっとレトロという言葉が似合う雰囲気である。
ちかちかしすぎない程度の電飾。
多分、近所のどでかいパチンコ屋一件とこの町の一角とで良い勝負だ。
 
「……あれ?」
町の様子に見とれていて気が付いた。
「チャイは……?」
見事にはぐれていた。
宿から出て3分もしていない。
真っ直ぐ進んでいたのに、どこではぐれるんだ。
 
「…………」
思考停止。そして
「あのバカ――――ッ」
宿の方へと駆けだした。
 
 
息を切らせ、ロビーに駆け込むとそのバカはいた。
「もう戻ってきたのか……。なにかあったか?」
バカはソファーに深く座り暖かそうに湯気を立てるコップを握っていた。
「……」
怒りのあまり、何もいえなかった。
 
 
「アッハハ、アハハハ」
腹を抱えて爆笑するチャイ。
手に持つコップから熱そうな液体がこぼれそうに波打っている。
「俺はついでって言ったろ?これ買うから部屋の外へ行くって言ったんだ」
「そんなの、わかるわけないじゃない」
怒りのあまり涙目になりながら呟いた。
「そんなことのために、走って……プッ」
また一人で盛大に笑い出した。
 
「ッちぃ!」
笑っていたチャイだったが、突然顔をしかめ声を上げた。
手にコップの中身がかかったようだ。
「な、なにしてんの!!」
チャイがコップを手放したせいであたりに熱い液体が散る。
「熱ッ!」
そして更紗もそれを左手に被ってしまった。
熱湯ではないが、熱い物は熱い。
ジトッとした目で見つめると余所を向きながらわりぃと短く謝った。
 
宿の人に冷やして貰ったが、まだひりひりと痛い。
さんざん笑われたせいか外に出る気も失せたので、部屋へと戻った。
 
ベンチに腰掛け、ベッドの方を見る。
「こういうのって早い者勝ちだよね」
 
チャイはいない。
いま、奴はこぼした後かたづけを店の人としているはずだ。
さんざんごねていたが、店の人に捕まり片づけを命じられたのだから逃げたりはできないだろう。
 
自分はもちろん、早々に被害者ぶったので解放してもらった。
笑ったことはこれでチャラにしておこう。
 
 
「ってことで、ベッドは私の物♪」
いないあいつが悪いんだ。
チャイだって、こっちが寝ているとなれば諦めて譲るだろう。
そう呟いて、ベッドに体を横たえると疲れていたことを思い出したように強烈な睡魔に襲われた。
 
 
 
 
いつ寝ていたのかさっぱりわからないくらいよく寝た、と思う。
起きてから気付くが、ベッドが柔らかすぎてかえって気持ち悪い。
タオルケットの下で大きく伸びをすると、肩胛骨のあたりに何か当たった。
というか、何だか傾いてないかい?このベッド。
 
……何となく予想は付く。
だけど、とてつもなくはずれて欲しいと願う。
 
「……なんで、こっちで寝てるのよ」
上体を起こし後ろを向くと、しっかりと奴はそこにいた。
しかも、爆睡。
 
口説かれゲーでスチルでもありそうなシーンだ。
まったく、ふざけている。
 
予想できたことでもあるので、いうほど驚かない自分に驚く。
とりあえず、この愚か者をどかしたいところだが動かそうにも動かせるはずもなく、自分が動くしか無さそうだ。
 
「……かあ……さ」
「ん?」
チャイの声に振り返るが、どう見ても眠っている。
おおかた、夢でも見ているのだろう。
「僕は……出ていきま……」
瞑られた目から、涙がこぼれ落ちた。
「あな……さまは理解……死の……カー」
はっきり聞こえる寝言とは珍しい。
が、文章的に訳が分からない……
起きたときにでも聞いてみるしか無さそうだ。
 
 
 
 
「おはよ、変態君」
椅子に腰掛けて、する事もなく寝ている奴をじーっと観察していること30分ほど。
寝言のオンパレードはあの後すぐに止み、やっとおきやがった。
「……?」
眠そうな情けないしかめ面を見せて、誰。と言いそうな雰囲気だったので「アホ」と言ってやった。
「あ、お前か」
それで思い出すアンタもアンタだ。
「そんなことで思い出すとか……」
「当然だ。そんな無礼な口、俺は一つしかしらん」
「また聞くけど、アンタどこのお坊ちゃんよ」
「言ったはずだ。フレセドメア・フィ・ドラ・ミカニザル・ロットデメン・ミャロット・コドレック家」
何だか、違う。
「……増えてる、ね」
「そうか?前回はどこまで言った?」
「【ミャロッド家の嫡男】まで」
覚えている自分が何だかイヤだ。
「そうか」
チャイが眉間にしわを寄せて考え込んだ。
「冗談なんでしょ?考え込まないでよ」
「ハハッ、まぁな」
 
 
不思議に思うことがある。
「……」
「なんだよ、じっと見て」
「いやぁ……」
はっきり言うと、奴の頭だ。
「アンタの髪の毛、朝からばっちり立ってるんだね」
ん〜?と頭を触りながら唸った。
「まぁな、何で?」
「イヤ、別に」
とは言ってみるが、何だか変な感じである。
自分は朝、もうライオンも真っ青なほどぼさぼさになっていたからちょっと不公平に感じてしまうのだ。
いや、奴は奴でぼさぼさなのだが。
「……おろしたりするの?」
「何が?」
「髪の毛」
すると予想外にも困ったような笑みを浮かべた。
「みたいか?」
「いや、いい」
ちょっと見たいという気もしないわけではなかったが、そう返すわけにもいかない。
「みせるつもりもないが」
なら聞かないでよ……
「まぁ、今度。また違う場所で会えば見るだろうな」
「?」
「なんでもない。出るぞ」
一瞬だけ見えた暗い顔だったが、彼の言葉の意味が分からなかった。
 
 
部屋から出て、宿で支払い中にチャイからお金の取り出し方を教わった。
なんと、カード払いだ。
物々交換はあっても現金なんて物はないらしい。
しかもまともにクレジットカード。片隅に書かれているマークには覚えがある。
例の有名なクレジット会社。正直、笑えない。
この世界の人は生まれつき手に持っているそうだ。
おかしな話だが、自分もポケットに持っていた。本当に、笑えない。
 
宿から出て、町をちょっとの間だけチャイに連れ廻され散策することになった。
正直、ほっとしている。
こんな右も左もわからない世界で放置されたくはない。
 
というか、町の片隅で魔物退治ってなんですか?
 
そもそも裏通りに奴らがいるって何ですか?
真面目に困るんですけど。
 
連れ廻され、魔物退治を手伝わされ、やっと一段落が着いて昼ご飯をごちそうになっていたとき、朝にチャイが寝言を言っていたことを思い出した。
 
「ねぇ」
  サンドイッチという物がこの世界にもあるんだと少々感動しつつ、目の前の皿に目を落としながら声を掛けた。
「ん?」
コップを傾けながら、まだ何かあるのかとあからさまにイヤな顔をする。
「アンタ、寝言で身の上話してたよ」
盛大にむせかえった。
「ちょ、ちょっと。大丈夫?」
吹かなかっただけ褒めてやりたいが、そういう問題では無さそうだ。
気管にでも入ったのか、やけに辛そうに咳をする。
 
「だ、大丈夫だ」
一段落着いたのか、椅子に座り直し平然を装う。が、明らかに焦っている。
笑えるが今回は我慢しておいてあげる。
「で、何を言ってた?」
焦りを必死に隠しているようだが、モロバレだ。
どうやら知られて困ることがあるらしい。
 
「別に。生まれた町と人の名前っぽいのが数人。知り合い?」
ほっとしたような顔になったのは、多分知られては困ることは言わなかったようだ。
「寝言なのに知り合いかどうかわかるわけないだろ」
それもそうねと、納得する。
残念ながら、人の名前ははっきりと覚えているわけじゃない。聞く気も起きなかった。
「あ、あと家出少年ってこと言ってた」
また大きな反応があった。
ドキッと言う効果音がとても似合う反応だ。
「僕は出ていきます。って。妙に律儀な口調で」
明らかに焦っている。
「寝言だ、どうせ妙な夢でも見ただけだろ」
逃げた、な。
「まぁいいわ。いろいろお世話になったし、そういうことにしておいてあげる」
「なんだそれは」
「なんでもいいじゃない」
詳しく聞こうと思っていたのだが、可哀想な気がしてならない。
変な話だが、本当に可哀想なのだ。
いや、どっちかって言うと可愛そうのほうか。
……ダメだ、重傷だ私
 
その後もやっぱり連れ廻されて、カードも増えた。
例の白い城に行けば、カードキーパーとしてのレベルが上がるそうだが、用があるのでチャイはいけない。
近いうちに離れることは約束していたので今行く必要も無いとも思った。
 
別れを告げられたのは、その日の夕方になってからだった。
チャイが告げた町の名は【ジグルス】。寝言で言っていた出身地だった。
そこにはストームを連れて行くわけには行かないとのこと。
 
「ごめんな。どうにもならないから」
首を横に振り頬笑んでやる。
「ありがと。なんか、無理矢理世話焼かせたみたいだし」
「ほんとに手がかかったよ」
そこで同意するのが奴らしい。
なれてしまっている自分が変だよ。
 
エンテイに乗ると馬は空に浮き始めた。
「またあったときはよろしく」
そう声を掛けたら困った顔が浮かんだが、気が向いたら来いと言った。
 
それっきり、馬は宙を駆けた。
 
ここからは一人で行くしかないようだ。
点になった馬と騎士を見送りながら一つ溜め息を落とした。
 
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