綺麗な栗毛の馬が二頭、沈みゆく茜色の太陽に背を向けて馬車は夕焼け空の下を進む。
辺りは草原。細く土が見える道は遙か遠くまでずっと続いている。
旅人一行を連れた馬車は次の街・又は今夜の寝床を探している最中だった。
御者台に一人乗るロンジは怠さを感じさせる深い蒼の瞳を細く開けていた。馬車の中は少々騒がしい。
ふと前方、道の左側に黒い影が見えた。
馬が進むに連れて、影は形をはっきりとさせる。
ロンジは一度目をこすってからぼーっとさっきから見える影……建物が実在していることを確認した。
 「ナルっさん、ちっさいけど建物が見えたぞ」
幌馬車の内部に向かって告げる。
と、幌から一人顔を出した。確実にある程度年は取っているようだが、どこか若さを感じさせる。
ナルスは金色の髪を垂らしながら前方を臨む。
 「珍しい造りの建物ですね。民家では……無さそうですが」
レンガを積んだ半球状の建物はそのてっぺんに煙突のようにして銀製らしき輝く棒が立っている。煙突にしてはおかしなその棒には上の辺りで横棒が交差するように置かれていた。
銀の棒は日に照らされ朱に輝いている。
 「宿屋のマークがあるよ!」
幌から今度はジェルナが姿を現した。朱のマントの下から細い腕をめいっぱいに伸ばし、建物を指さす。
彼女が言う通り、その建物の入り口らしきところには「宿」の文字とベッドのマークが描かれている。
日が沈みかける頃から、沈んでしまうまでは早い。
ロンジは馬を走らせた。
 
 「……何だろうここ」
扉を開けると、赤い絨毯が細長くしかれていた。その左右に長椅子が四列ずつ並べられ一番奥には、絨毯の真ん中にこれもまた赤い布が垂れ下がる台があった。
台の向こうに人が立っていた。白い立派なひげを生やした優しそうな微笑みを浮かべる男性。彼の被る山の高い帽子には外で見た煙突のような棒のように十字の模様がされている。
寂れているというのか、人が少なく、せっかく広い建物なのに惜しい気もした。
呆然と突っ立っている一行の側にいつの間にか女性が頬笑んで立っていた。
 「え、えっと……」
ジェルナが戸惑ったような表情で一行の顔を順に見る。
全員が妙な顔をしていて、更に表情いっぱいに不安が見える。
 「ここは、宿だよな?」
見かねたマイツが女性に尋ねた。
 「宿……そう……ですね、はい」
相手もちょっと戸惑ったような苦笑を見せた。
 「本当は教会なのです。私達はメアリー様とジーザス様につかえる者」
もう一度頬笑みながら女性はひげの男性が立つ場所を示した。
 「祭壇の向こう側にいらっしゃるのが司祭様。そして、あちらに彫られているのがメアリー様です」
司祭の向こうに見える大きな像は美しく優しげな頬笑みを浮かべる女性。
 「ここも本当は、布教活動のための場所なのですがね」
そういいながら一行の方に向き直ったが、ほとんどが苦笑を浮かべているのに気づき、はっと口に手を当てた。
 「すみません、宿でしたね。こちらにどうぞ」
女性は左側の扉へと案内した。
 
扉を開けると、普通の広い宿屋の風景。
 「いらっしゃい。泊まります?」
優しげな男がカウンターの前に立っていた。
 「今日はなにやら教会の記念日らしくてね。お代は取らないよ」
どの部屋でも適当に使いなと言って一行を通した。
 
一部屋が狭い。
文句を言うつもりはないが、本当に狭かった。
一部屋に一つベッドと小さな机が置かれているだけでなかなかぎりぎりのスペース。
階段があり上に上がると、同じように狭い部屋が並んでいた。
 「一人一部屋。借りられるのかな」
少々心配そうにジェルナが尋ねる。
 「タダだから良いだろ。べつに」
マイツの言葉を皮切りに、それぞれが適当に部屋を選んで入っていった。
 
 「……何?」
夜中。シンはなにやら気配を感じて目を開けた。
しかし気配の主は見えない。
 「誰?誰かいるの?」
呼びかけに応えるようにして、小さな銀色の光球がふっと目前に現れた。
驚き小さな悲鳴を上げてのけぞる。
小さな光球はフヨフヨと同じ場所で浮いていたかと思うと、小さく開いた扉から外へとでていってしまった。
 「ま、待って」
慌てて、ベッドから飛び出すようにして光を追いかけた。
扉を開けると、カウンターの前で光は止まっている。
そっと近づくと、光はまた逃げてしまった。
 「待って」
光は扉を抜け、初めに見た祭壇の辺りに浮いていた。
近づいたが、今度は逃げなかった。
と、メアリーの像が輝きを放つ。
まぶしさに目をしかめる。
 
目を開けると、壁に彫られていたメアリーの像が目の前に立っていた。
少々赤みが入っている白い肌。優しい頬笑みを浮かべながら細く目を開けシンを見ている。
どう見ても、生きている。
 「ようこそ。祝福されし子よ」
像は口を開いた。
 「……メ・アリー様?」
ふと口をついてでた言葉。 それに像は頷く。
 「前夜祭のお手伝いを、して……いただけますか?」
頬笑む像はシンに問いかける。
シンの頭に手をかざし、優しく撫でた。
 「え?」
目を見開く。
驚いた次の時には隣によく見る……直接見ることはないがよく知っている顔があった。
 「シン?」
 「……俺」
自分と同じ服。茶色の目と長い髪。
昼シンの姿がそこにあった。
 「二人で、ぜひ、御願いしますね」
断るまもなく、シン達はメアリーの手伝いをすることになった。
 
 「この袋からは、望むモノが取り出す事ができます」
そういって、メアリーは白い袋を渡した。
 「これ、何する」
昼シンはずっと頬笑んでいるメアリーに尋ねる。
 「前夜祭には、誰もが喜んで明日、私達を迎えてくれる準備をします」
 「誰もが喜んで……」
 「あなたの大切な人に、あなたの思うモノを送ってあげてください」
 
わかったような、わからないような複雑な気持ちを抱えながら、二人は袋を持ち宿へと戻った。
 「大切。人?」
宿の廊下を歩きながら、シンは呟いた。
 「みんなに配ろうよ。順番にね」
メアリーの像と別れてから、あちらこちらウロウロしたが、司祭やシスターの姿は全くなかった。宿の主人さえもいない。
どうやら、シンを含めた一行しかいないようだ。
 「どの部屋に誰がいるんだろう」
バラバラに部屋を選んで、そのまま眠ったから把握できてない。
部屋数はそんなに多いわけでもないが、全部廻るのは少々しんどい。
「端、から、順」
他にどうしようもないので、結局諦めるしかない。
 
ノックの後、静かに扉を開ける。
キィッと扉の音がするのが少々怖さを引き立てる。 
 「寝てますか〜?」
 「誰、いる?」
そっと二人はベッドの横へと忍び足で近づいた。
暗闇の中で、ベッドの上の布団が少々動くのが見えた。
 「誰かな……」
後込みしている夜シンをよそに、昼シンはバッと布団を持ち上げた。
 
 
ナルスだ……
行儀がいいというか何というか。真っ直ぐ寝ている。
胸の辺りで両手を合わせ、ぐっすりと眠っている。
 「死人」
縁起でもない事を言うが、確かに微動だにしない上に両手を祈るようにして組んでいる姿は棺桶の中の人のようだ。
 「冗談言わないでください」
ごめん、と一言呟いた後、昼シンはメアリーから貰った袋に手を伸ばした。
 「……ちょっと、何を出す気ですか?」
品物を半分ぐらい出したところで夜シンが止めた。
 「ジェルナ、言う。鬼に、金棒。最強、表す」
もう少し出したところで、本当に腕を掴んでそれを出すのを止める。
 「ロンジ、言う。ナルス、鬼、様。」
 「でも、それは違います。止めてください」
昼シンの腕ごと袋の中へと力で戻していく
 「何故?」
 「それは金属の棒ですが、金棒ではありません。しかも、何かオプション着いてました」
 「?。釘?」
 「そんなこと言ってるのではありません。絶対止めてください」
渋々とシンは握っていた物を放し、グルグルとかき回すようにして何かを探し始めた。
 「何、良い?」
 「そうですよね……何が良いでしょう」
うーんと暫く考えた後、まだ袋に手を突っ込んでいたシンはふっと手を出した。
 「これ、いこ」
 「え……」
少々戸惑ったが、さっきの物よりはだいぶよい。
 「……ま、いいですかね」
こうして、死人 ナルスの分は決まり、それを小さな机の上に置いて行くことにした。
 
次……
 「空、部屋……」
 
次……
 「空き部屋ね……」
 
 
結構間が空いて、やっと次の標的を見つけた。
 
 「変な音がするね」
うなずく昼シン。
 「……音、ここから」
昼シンが示した扉に耳を当てると、確かに音がする。
 
バタンバタンと何かの倒れるような音。
 
 「……誰だろう?」
 「知ら、ない」
本当かどうかわからないが、暴れ回っているかのような音。
そう思いながら、ゆっくり扉を開ける。
 
 
 「……姫…さま?」
ちょっと……いや、かなり驚愕の事実。
寝相悪すぎ。
枕が足にある。いや、頭が逆なのだ。
複雑な形に体を折り曲げて、それでも眠っている。
部屋が狭いせいか、何度も手や足を壁にぶつけている。先ほどの音の原因はこれらしい。
それでも布団が落ちてないのが不思議なのだが……
 「俺、記憶。正しい、なら。朝、きちんと、真っ直ぐ、寝る……」
 
……また壁をしばいた。
 
 「まぁいいや。何を送ろうか?」
 「……これ?」
昼シンが取り出したのは……マスコット。しかもシェラフの。
 「これはよくないんじゃないかな」
 「やっぱり」
わかっているのに取り出してくるのはちょっとまずい気がする。
ふと横で動く気配がした。
ジェルナの上半身が起きあがっている。
 「起きてしまわれたかしら」
心配そうに夜シンがジェルナを見る。
と、ばったりと先ほど足があった位置に頭が行く。
こうして毎晩あっちこっち向いて眠るのだろうか……
 
 
 「ちょっとさっきのは怖かったですね」
 「ばれても、平気」
 「そうですけど……」
結局てきとうに品物を選び枕元においたのだが、もしかしたら朝にはベッドのしたに落ちているかもしれない。
 
 
さて、次の部屋に入ってみると、ロンジがいた。
こちらも、ジェルナまではいかないのだが、かなり動いているようだ。
 「……抱き枕」
布団をきていない。
しっかりと抱いていたのだ。
 「靴、履いてる」
茶色い靴が見えた。足下の辺り、白いシーツに泥らしき物がちょっと付いている。
 「これは、行儀が悪いと言いますか……」
呆れたようにため息を付いた。
どちらが言うわけでもなく、二人は靴を脱がせ、布団を正しく掛けていた。
 「これだけ、良い」
 「そうですね、これだけ行為を尽くしたのですからプレゼント要りませんよね」
さりげなく扱いが冷たい。
 「でもせっかくですから……」
 
 
ロンジの部屋を後にした二人は、なかなか次の標的を見つけられずにいた。
 「どこ?」
 「部屋、これで全部ですよね」
マイツがいないのだ。
とぼとぼと廊下を歩く。
 
 「何してんだ?君らは」
いきなり声をかけられ、驚く。
後ろを向く際に首が緊張してなめらかに回らない。
 「子供がこんな時間にウロウロしてたらダメだろ」
やっと、相手がわかる状態になった。
 「マイツ……」
 「お、驚かさないでください」
胸をなで下ろす二人を不思議そうに見つめる。
 
 「なんで、二人いるんだ?」
ごもっともな反応。
だけど、そんなこと誰にも説明できない……メアリー様を除いて
 「それより、何でマイツさんがこちらにいらっしゃるのですか?」
適当に話を逸らす。
少し顔をしかめたがすぐに戻り、便所と短く応えた。
 
 「その袋、気になるんだが……どうしたんだ?」
シンが大事そうに抱える袋を指さして首を近づける。
 「もらった」
ふうんと姿勢を戻しながら、どうしようもねぇなと頭をかいた。
 「そうだ、マイツさんは何が欲しい?」
スイッチを切り替えたかのように尋ねた。
 「何って、いきなり言われてもなぁ……」
眉間にしわを寄せ、腕を組む。
 「ま、あれだ。今の五人……イヤ、六人?でいく旅かな」
くさいことを言う。
 「なにか品物とか、要らない?」
 「なんだよ、物で人を釣る気か?良い度胸だな」
正直、どうでも良くなった。
 「ちょ、待ちなって」
呆れたように歩き出した二人を止めようと、焦った声が聞こえた。  
 「くれるのか?何か」
 「そう」
それを早く言えと、また考え込んだ。
 「じゃぁ、あれくれ……えっと……ロンジの剣」
 「無理」
まだ狙っていたようだ。(弐の話 第三章暴走 参照)
 「これ、我慢、しろ」
そういって、シンは袋から何かを取り出すとマイツに向かって投げた。
 
……落ちた。
 
 「取る、下手」
 「やかましい、この暗い中で投げるなよ」
腰をかがめて投げられた物を探すマイツをよそに、昼シンはすたすたと歩き始めた。
 
 
 「これで、全員配ったんですよね?」
頷く昼シン。
 「あ、でも、忘れてました」
 「何?」
袋を探る夜シン。
 「あなたにも、どうぞ」
差し出した左手には二つの輝く物。
シンはその一つを受け取り、もう一つを取っておくように言った。
 「これからも宜しく御願いしますね。私」
 「あぁ、宜しく。俺」
頬笑みながら、照れくさい挨拶を交わした。
 
 「配り終えられたようですね」
タイミングを見計らったかのように姿を現したメアリー。
その姿を見て、ちょっと緊張する二人。
 「幸せに明日を迎えられそうですか?」
その問いに二人は強く頷いた。
 
 
E.R.
 「ナルス!」
 「どうしました?」
朝、ジェルナが飛び込むようにして宿の待合室に入ってきた。
 「こんなものがベッドの下に!!」
彼女が持つ物は入れ物付きの手鏡。
 「まぁ、かわいらしい手鏡」
それを見て頬笑むナルスにジェルナは怒りの顔を近づけた。
 「かわいいけどさ、ベッドの下だよ!?しかもね、割れてるんだよ!」
確かに、入れ物を取るとひびが入っている。
 「なんか、有難いんだか嫌がらせかわからない物だね」
乾いたような笑いを浮かべるマイツはシンに視線を送った。
相手はパンを口に入れながら目をわざとそらせる。
 
 「私もありましたよ。こんな物が……」
……ヤスリ?
 「ヤスリなんて、何に使うのよ」
でしょう?と困ったような顔になる。
 「ですが、ナイフの手入れには良いかもしれませんね」
それが目的だよと言うように静かに目を伏せ、ため息を付いた。
 
 「マイツも、もしかして何かあった?」
 「ん?」
暫く間をおいて、あぁと肯定した。
 「シスターによると、この宗教にはサンタとか言う輩が前夜祭に贈り物を配るらしいな。それに便乗して大切な人同士で贈り物をするやつもいるそうだ。ま、多分俺ら宛だろう。貰っておけば?」
さりげに何でも知っていそうなマイツ。
たとえシスターでも口説きそうな男だ。聞いていてもおかしくない。
さりげにヒントをちらつかせてみたが、ジェルナは「そっか、サンタか……」と納得してしまったらしい。
 
 
暫く間をおいて、また一人。息を切らせながら走って入ってきた。
 「どうしたんだいマイドール?朝から走るのは体に良くないよ?」
飛びつくマイツをふざけは止めろと、持っていた棒で思いっきりしばく。
 
いい音がした。
        
 「……何それ」
 「しるか」
手に持つ物は、分厚い紙を何回も折り曲げて取っ手をつけた物。
……いわゆる、ハリセン。
 「……以外と便利かもな」
ぶっ倒れたマイツを横目で見ながら、左手に叩きつけてみた。
 
 
 
  
 
あとがき
 いや、遅くなってすみません。
 ただいま19:14分。時期を逃すまいと全力で書き上げました。
 ただのクリスマスin教会なんですが、ひねくれ者なのでちょっとぼかしてあります。こういうの要らないんだよな……本当に。
 キリバン貰ってから、四ヶ月放置。しかも、書けないからって更にリクを貰ったのが一週間ほど前。
 ごめんなさい。
 謝っても仕方ないので、とっととUPします。
 正体が分かっていないプレゼントはご想像にお任せします(ぇ
 ではではキリバンリク有難うございました。
 そしてメリークリスマス。
                 2007/12/24 漣
 
 
 
 
 
 
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