妖精使い
feat シックスマジックby Crowkie
「おねえちゃん」
少女のかすれるような声があたりに響く。擦れていなければ、もっと、聞き取りやすかっただろう花のようなかわいいその声はまるで枯れた草のようであった。
「しっかりして」
涙が出そうなくらい安物のそのベットの上に露草のように細くなった顔の少女が、日陰育ちで成長の悪い白樺のような腕を上げて、姉の手を握り締めていた。姉はさきほど牛糞を肥料として畑に撒いていたとは思えないほど綺麗で白い手であった。
良心の無い作家のような外道でもない限り、笑いを取ろうとは思わない場面。
「おねえちゃん、あそこに行きたい」
「あそこ?」
「そう、昔遊んだ泉」
少女が遠い目になった。
それを聞いて、姉の表情が一気に変わった。ブルーベリーもびっくりするくらい真っ青になった。
「でも、あそこは・・・・」
姉の脳裏に凶悪なゴブリンたちの姿が浮かんだ。ゴブリンである。ファンタジーでは雑魚とされるゴブリンである。
ホブとかロードとかつかないゴブリンである。
彼女達の親は普通の農家であり、村が
10匹のゴブリンに襲われたとき、彼らに戦う力はなく、ゴブリンたちが飼っていた狼たちによって、次々に殺され、姉妹もその時に妹が傷を追いながらも何とか逃げることができた。しかし、妹はその時になんだかよくわからない菌が妹の傷口に入り込み、それ以来妹は病気がちになり、姉はその妹の病気をどうにかするために、親戚の農家で妹を預けつつ自分はそこで働いていた。
「無理なのはわかってる。でもね」
少女は嗚咽をこぼした。
「い・・・いきたいの」
かすれた声でようやく出てきた言葉がそれだった。
病気の妹を前に姉は戸惑った。無性に行かせてやりたくなった。しかし、それにはお金がない、力もない、人脈もない。
姉には何もなかった。
「いつか行こうね」
姉は言った。
姉の頬が熱くなるのを感じだ。それが目から頬を伝ってしたに落ちた。涙である。
病気で今にも死にそうな妹を目の前にして、姉は笑いを取ろうという魂胆バリバリの冷徹人間とは違い、妹の方にしか意識が向かなかった。笑顔を作ろうとして、がんばったが、それでも顔が泣き顔になってしまう。
ジーザス。
誰もが、神よ、この少女を救いたまえと叫びたくなるが、世の中はそうはいかない、感動狙う小説ならなおさらだ。
少女は死んでしまうだろう。
「ナン」
「姉さん」
少女の震える手が姉の頬に虫けらのような小さな力で触った。
「約束だよ」
言葉の長さの割には重く深く胸に突き刺さるような一言。まさに死に間近な者でなければ、重くならないような一言。
彼女が普通の状態ならもっとかわいらしく萌え萌えで言ってくれるはずの言葉。
その力が蚊の羽音程度しかないような声。しかし、その羽音は夜に耳元に響き渡るように、絡みつくように、耳の中に入ってくるかの如く聞える。
姉にとってはそれは絶望を意味している。恐ろしいほどの絶望。彼女の中に盛り上がってくるのは死というたった一つの単語。一文字でないのは、ここが漢字などの一文字で表す東洋系の文字圏ではなく、音を表す西洋圏であるからだ。余計な説明であるが。
「そうだね」
姉は力の限り答えた。
そう答えなければ、妹の死を認めることになってしまう。
それだけは、それだけは、それだけは、それだけは、それだけは、それだけは、それだけは、それだけは、それだけは、それだけは、それだけは、それだけは、それだけは、それだけは、認めたくなかった。
次第に光を失っていく妹の瞳。すでに目線が朧であり、どこか見ているのか、わからない。姉はなんとしてもこちらに、生きている世界に焦点を合わせようと妹を必死に呼ぶ。
「ナン!」
声をかけても、その瞳で空を見つめ、答えが返ってこない。
少女に瞬きが一度も見られない。その事実が姉をさらに焦らせる。
「ナン!」
姉はもう一度声をかけた。しかし、一向に返事はない。妹は人形のように微動だせず、ただ、ただ、微笑むだけ。微笑むだけ。微笑むだけ・・・・・・
少女は・・・・・・
老人がおいおいと涙を流しながら、そんな話をした。それを目の前の青年は聞いていた。
「それは大変だね」
青年は老人が話す悲しい話を聞いて、素直過ぎるほど単純な感想を述べた。
「そうなんです」
老人は顔をジャムでべとべとに縫ったようなパンのような顔になって、青年の手をつかんだ。
悲しみがその目だが皺だがわからなような大きな皺から涙と共に溢れている。悲しくて目を瞑っている為に、そういうことなってしまっている。
その悲しみが握り締めてくる手から痛いほど手から伝わってくる。つか、実際にいたい。
無論、目の前に失われていく若い命に悲しみを覚えている老人を目の前に手を離せなんて、深い悲しみという名の谷底に落ちてしまいそうな人の手を離してしまうほど青年は人が悪くなかった。
幸か不幸か。
「旅の人、どうかお助けください」
無実の罪で魔女裁判にかけられて、命乞いを訴えるような、世の中の不条理に訴えるようにも思えてくるほどの強い老婆の訴え。
迫力満点、青年に焦点、あの子は昇天。
それほどの迫力で近づいてきたので、長年蓄えられた老人独自の加齢臭を感じたわけではないのであるが、青年は数歩下がった。
「そうか」
青年は一度深々と頷いた。まるですべてを悟ったお坊さんのように、老人には一瞬見えた。
それはヒーローが目の前に現れたような感動である。
「もう死んでいるんですか?」
青年から眩しい正義の精霊ジャスティスのオーラを感じ取りながら、深々と頷き。
「いいえ」
とはっきりとした口調で力強く答えた。
「なら、ならなんとかなるかもしれません」
「え?」
青年の口から出た意外な言葉に老人は固まった。
老人には打算があった。こういう話をして、金を青年からせしめようとしたのである。
しかし、彼は本気で信じ、それを直してやろうといっているのである。
「少女は何処ですか?」
彼はまだ自分のことを疑っていない。疑いのない瞳。
その純な瞳にはわずかだが、疑いの色合いも見せている。おかしいことに気がついているようである。
「だから、どんな医者に見せても」
「僕は医者ではありません」
彼は間髪いれずに答えた。
急にあたりが寒くなるようなものを老女は感じた。脇を見るとそこには少女がいた。
薄着を着て、足の下の方をみると蹄である。
少女が肩に寄りかかっている。少女が少女に似つかわしくないほどの妖艶な笑みを浮かべていた。
「ヒィィィ」
老女は声を上げた。
その少女から足元から這い上がってくる粘液のような恐ろしいほどの殺気を感じたからである。
少女の瞳が赤く輝きを放つ。
「こいつ、嘘ついているよ。舌抜こうか?」
老女の顎を触りながら少女が言った。その手が鉄ように冷たく、その匂いがしている。
「納屋に行くと大勢で盗賊が出てくるかもしれないね。余計興味がわかない?」
青年が言った。その言葉が意味するものは明確である。
殺す相手が増える。
少女にそういう手合いを殺させようとしているのである。鉄の匂いのする少女に。
「ヒィィィ」
老女はさらに声を上げた。目の前にいる男の非情さを気がついたのである。
そして、青年に対して浮かぶのは、召還術師。
さまざまな冒険者達の中で最も嫌われ、そして最強とも言われている職業。
召還術師。
一人で百人の敵を相手にできるとも言われている職業である。
「だまし討ちがり?久しぶりだね」
その少女はうれしそうに笑った。
「確かにこんな老女よりは旨そうだ」
少女はそういうとゆっくりとはなれた。老女は耐え切れなくなり、地面に膝をついた。
そして、体の奥の方から何かが込み上げてきた。恐怖である。
「おぇ」
老女はそこで嘔吐した。恐怖のあまり、胃のものが逆流して来たのである。
「こんなところにはかないでよ。あたしの足元なんだから」
と上から降りてきたのは、緑色のコケに覆われた髪を持つ少女であった。
「こんな腐った人間を相手にしていたら腐るわよ。シュン」
そのコケの少女はうれしそうに笑った。
「シュン?」
その呼び方に反応したのは、金髪の美少女。
「あら、私の美人局にそんなことを言っていいのかしら?親しげにシュンなどと」
「え?」
意外な反応にシュンと呼ばれた青年は反応した。
「こいつはあたしの奴隷よ」
「おい」
シュンも反応する。
「あら、森から出られない引き込みリがよくもそんなことを」
「美人局?そんなこといっていいのかしら、馬の癖に」
二人の間に火花が散る。
「ヒィィィ」
老女はその隙を縫って、逃げ出した。脱兎の如くと言うか、腰が曲がった老人が根をよけて進む姿は脱兎にしかみえない。
「おい」
声をかけるが老女は随分と先に行ってしまう。長生きできそうなタイプの人間である。
そこらの妖精よりも生命力はありそうな感じである。
そんな中、二人の妖精はにらみ合っている。
シュンこと、シュバルツ・ハイドラは二人のくだらないやり取りを見つめるしかなかった。
シュバルツ・ハイドラ。千人殺しの名を持つ伝説的な召還術師であり、妖精使い。
そのはずだが・・・・
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crowkie
様からいただきましたv独特の雰囲気で楽しく読ませていただきました。
シュンが可愛い。妖精達が……
しかし、本当に表現が豊かです。見習わなければ……
いきなりチャットに現れて、こんな素晴らしい小説までいただけて有難うございました。
crowkie様、本当に有難うございました
いただいた日 '08/02/14
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