card 番外
バレンタインの相談
 
「ね。くださいよ」
「嫌よ」
彼女の掲げられた片足は体の捻りに翻弄されるように空間を切り、ふんわりとしたローブを横殴りにした。
「相変わらず、冷たいね」
あまりの力によろめいた事を誤魔化す為に、よよと泣き崩れるフリをした。
 
 
本日は天下のバレンタインだというのに、
目の前にいる年下の彼女は可愛い包みを握りしめているのに
ここは俺の場所だというのに
その贈り物は自分に宛てられたものではないことはよく知っている。
 
 
えぇ、よく知っています。
 
 
 
少し背の低い彼女は別にめかしているわけではないのだが、今日は増して可愛く見えた。
 
「別にあたしから貰わなくたっていつもいっぱいもらってるじゃない」
机の蔭にシーツで隠していた包みの山はアッサリと見つかってしまう。
別に隠していた訳ではないですよ。片付けていただけです。
こんなに鮮やかで目に痛い包み紙を放置していれば、この部屋で休める人など限られますから。
 
 
「シュエはまだ来ないと思いますよ」
つま先がイライラと地を打つ彼女に椅子をすすめる。
 
顔は普段通りですが、内心はそうでないことはお見通しです。
長い付き合いですからね。
ホアとも、シュエとも。
 
 
二人共表情筋を使おうとしないのは、きっとあの先生のせいですねぇ。
 
湯を沸かそうとケトルを火にかける。
寒い日にはやはり温かいものでしょう。
 
ふんわりと舞う雪が、薄く届いた日の光に輝く姿を見て、少し目を閉じる。
 
初めて相談を受けたのはいつだったかな。
全く、なんて面倒な子なのか。
相手が見知らぬ他人と言うわけでもないのに。
関係のない俺に相談するよりも本人に言ってしまえばすぐなのに。
 
「先輩」
放課後に階段前で出会った彼女は寒いのに制服の前も留めず走ってくる。
戦闘科の実習の後だったのだろう、ホコホコと体から湯気をたてる赤い肌はまるで茹でダコのようだ。
とても滑稽だが、愛らしさが増して見えた。
 
彼女が俺の元に来るときはいつも同じだった。
「またシュエが何かしでかしたのかい」
うっと口ごもる彼女はそうだよと口を尖らせた。
 
「シュエ先輩酷いんだ。平気で投げるし蹴るし、馬乗りになって首締めてくるし……」
おおよそ、対人戦だったのだろう。
多分彼の世界には手加減という言葉が存在しない。忠告はあらゆる方面から飛んできているにも関わらず、治る気配はない。
取り敢えず俺に出来るのは彼女を慰める事だけだった。
 
前を開けたまま、カーキ色の上着の裾ををペタンと広げるようにして人通りの少ない階段に腰かける。
 
放課後となれば、冬の寒い校舎を彷徨く輩は少ない。
 
上着替わりに羽織った白衣を払ってから彼女の傍に座る。
 
 
「特別だからねえ、君は」
ホアは俺達よりも二つほど下だ。
この間成年クラスになったばかりだというのに、年齢や性別を無視したかなりの実力者と聞く。
シュエだって今の戦闘科の実技トップと呼ばれる奴だから、いくら実習でも対人の相手になるにはそれなりの実力がないと……周りから止められるだろうな。
奴は自分から攻撃を止めるという行為を知らないから。
兵士向きだが、奴に関してはかなり不安だ。
 
さんざんやられたにも関わらず元気な彼女は、相当強いのだろう。
小柄な見た目のせいか、いまいちピンとこないけれど。
 
 
「よくシュエの相手なんてできるね」
ぽろりと口からこぼれた言葉は膨らんでいた彼女の口元をぽかんと開いた。
 
薄緑の瞳が二つ、ゆっくりとこちらを向いた。
 
ただそれだけだったのに責められた気がした。
とたんに申し訳なくなり、言い訳を探す。
 
「戦闘科は戦いを学ぶ所だったね。強い人が強い人と闘うのは当然だから、えっと、凄い、と思うよ。シュエの相手が出来るって、その……ごめん。気に障ることだったかい?」
言い訳はやはり慣れない。
素直に謝ってはみたが、罪悪感が少しある。
 
 
慌てた様子を見てか、開いた双眸は瞬きを繰り返した後、クスッと小さく笑った。
 
「あたしの当分の目標は先輩を倒すことです。あたしは一刻も早く戦闘科トップになって卒業するんです」
次に驚いたのはこちらの方だった。
彼女はあまりこの学校を必要としていないらしい。
成年クラスになってすぐ卒業試験に挑むのは、あまり賢い選択とは呼べない。
称号を貰うことで地位を確立し、上級戦士として価値が有ることを示す証を手に入れるのが模範的な戦闘科のルートだと聞く。
戦闘実習のトップに成れば確かに称号は貰えるだろうが、それ一つではとても足りているとは呼べないだろう。
 
 
「シュエ先輩が卒業しちゃったら多分トップに成れるけど、でも、それはダメ」
思い詰めるように、眉間には浅いしわが寄る。
思わずその眉間に指を当て、ぐりぐりと回す。
驚いたらしく、彼女は言葉ではない変な声を漏らした。
 
「あまりしわを寄せてると消えなくなるよ」
額を押さえる両手の下からきょろりと目がのぞく。
「それに、心配しなくてもシュエは暫く卒業できないと思うよ」
「なんで?」
「試験に受からないから」
至極簡単な答えに訝しげな目つきを感じたが、どことなく嬉しそうな空気でもあった。
つきあいが短くとも思い当たる節があるのだろう。
 
「だから大丈夫、焦らなくても」
立ち上がろうとして、裾を引っ張られた。
俺は君達程運動神経が良くない。
予測出来なかった動きに、バランスを崩し、足を捻りそうになった。
勘弁してほしいね、今は研究リーダーやっているのだから……
 
 
「あのね」
彼女にしては珍しく目線を下げたままの声に何やら違和感を感じる。
「いつも相手をしてもらってるから、先輩にお礼がしたいんだ」
俺、に、か?
「最近、実習の時だけじゃなくて、自主練にも付き合ってもらってるから……」
なんだ、シュエの方か。
 
 
初耳だが、感謝されるくらいだから割りと親切心がある付き合いかただろう。
奴にそんな要領あったとは思えないのだがな。
 
 
……俺だっていつも相手をしてるだろうが。
こうやって話を聞いているのに。
 
世界は不公平な気がした。
 
 
でも、鈍感な彼女の事だ。
誰かに言われてお礼をする気になったのだろう。
誰もが浮き出すこの時期、おおよそ女友達の中でで盛り上がった事が安易に予想ができる。
 
 
話題に上ったのか、奴が……
 
やはり、この世界は不公平だ。
 
 
まぁいい。
別に俺がひがむ必要はない。
俺はひがんでない、うらやましいなんて思ってない。
思って……
 
 
……チクショウ
 
「なら、普通にお礼をすればいいだろう」
「その普通が分からないの」
穏やかに言いながら助けを求めるようにじっとこちらを見つめる。
 
「先輩の好みとか知りませんか」
最初からそれを聞きにきたのか……
丸投げしたい気分だが、取り敢えず答える。
「残念ながら知らないよ」
嫌いなものなら知っているが、それを教えるのもどうかと思う。
 
 
「無難に菓子でも作ればいいと思うよ」
あまりに悲しそうな顔をするので、適当に提案する。
今の場合、彼女は指針が欲しかったのだろう。
思った通り、顔を輝かせ始めた。
 
「やっぱりそれでいいんだ」
やっぱりって、君は何も言っていなかったじゃないか……
「お役にたてたのならよかったよ」
立ち上がった彼女は全力で寮の方へ走っていった。
 
追いかけようと試みたがあっさり引き離された。
だから、俺はそんなに運動できないんだ。
 
 
 
「早く来ないとせっかくのパンが堅くなるだろうね」
 
うっと苦々しい声があがった。
やはり今年も焼きたてパンですか。
 
 
普段から彼女は頻繁に差し入れしているから、今日の贈り物にありがたみを奴は感じるかどうか……不安ですね。
 
そもそも、この子達はカケヒキというものをしないのが悪い。戦闘科教官ならそっちの方でも策を巡らさないと。
 
 
 
「ひょっとして、先輩に今日は来ないように言って……」
「言わないよ」
焦っていると、すぐ人のせいにするんだから。

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