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card
Level.3
 
十一枚目
 
“いい加減慣れたか”
 
はい、そりゃぁどうも。
 
さすがに三回入れば慣れるものだ。
さすが、我が適応能力。
 
“ふむ?”
何か?
“いや、他の者のカードが混ざっているな”
あ……
 
先日の侵入の際ジャックのトードを渡し損ねたままだ。
 
“まぁよいだろう、泥棒家業は一応職業として認められておるのでな”
いや、よくないだろ。
“堅苦しいことを言うな。少女よ”
何かその言い方嫌だなー
“文句を言うでない”
はいはい
 
“ちなみに言っておくが”
急に声が改まったので、思わず顔を上げる。
”書かれた名前は本人にしか消すことができないということになっているため、
そのカードを完全な支配下には置けないぞ”
その言葉に鼻で笑う。
置く気なんかないし……
 
“しかし”
なに、まだなんかあるの?
“そなたは異世界カードキーパー。特殊な存在であることを覚えておけ”
何なのよそれ。
 
異世界カードキーパーという言葉にふと疑問を覚えた。
そう言えば、この世界に来たのはジャックのせいだけれど、カードをくれた黒コートや白い部屋の声は歓迎に近い行動をしてくれていた。
 
何故?
 
その問いに、ため息のような音が聞こえた。
 
“時が来ればいずれわかる”
 
このノリは、強制退場させるきだな?
“良く判っておる”
チッ
瞼が重い……
 
“あぁ、そうだ、忘れるところだった。これをもってLevel 3へと昇進した”
忘れるなよそれを……
“すまんすまん”
 
今日は一段とノリが軽い……
 
もういい、かえる……
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ジャックの豪邸から退散した後、イノコ達に報告をした。
かのこは、かなりショックを受けていた。
 
そりゃぁ、いきなり
「お前は死んでいる」
とか言われちゃ、何それってなるけど……
納得できちゃうと、むなしくなる……
 
 
一緒にいてもよかったかなって思ったけど、
治安局にアジトを教えないという条件でまた一人旅に戻った。
 
もう、戻れないから、ここで楽しく過ごしたいと思う。
それに、こういう世界で旅をするの夢だったから……
 
 
 
ポケットに手を入れる。
透明だったカードケースがだいぶ水色がかっている。
表紙が少し厚くなったようだ、ポケットに入れるのもそろそろ苦しくなるかもしれない……
 
 
「あーあ」
空を仰ぐと真っ昼間の太陽に目をやられた。
「ま、眩しい……」
 
独りで何をやっているんだと自嘲気味に笑うと、カードケースからアケオロスを取り出した。
なめらかで細長い巨体が現れる。
「乗せてってくれる?」
返事もせずに蛇は頭を下げた。
 
乗り心地でいえば、ケルベロスの方が体も大きいし乗りやすい。
でも、何故かすごく疲れる。
それに比べアケオロスのほうは言うほどでもなかった。
 
蛇の背に乗って飛んでる姿を想像すると、小さいとき熱心に見ていた昔話のアニメーションが思い浮かぶ。
「ま、あれは完全な竜だけどね」
とか言いつつ、先日訪れた村で売られていたでんでん太鼓を取り出す。
「衝動買いよね、衝動」
そんなに高い物ではないとはいえ、後悔はしている。
何に使うんだこんな物。
 
 
 
とはいえ、高いところから見下ろす景色はなかなかな物。
地平線の彼方まで本当の意味で飛んでいける。
 
 
「あれ?」
目下広がるのは何もない平原。
そのど真ん中をはしる踏み固められた道に固まりが落ちている。
 
固まりというとなんだが、要は人が倒れている。
 
 
「……降りてくれる?」
見つけてしまったら放っておくわけにもいかない。
損な性格と言われようが知ったこっちゃ無い。
とにかく、助けるべきだろう。
 
 
近くに降り立つと、倒れている人におそるおそる近付いていく。
「あのー」
小さな声で少し距離を置いたところから声を掛けてみた。
 
無反応。
 
「大丈夫ですか?」
 
反応無し。
 
溜め息を一つ落とすと、更に近付く。
頭の近くに膝をつき、うつぶせの顔を拝見する。
 
女の人……かな?
更紗よりもちょっと年上ぐらいだろうか。
引き締まった中性的な顔をしている。
服装的に見て、女だと断定。
 
キャミソールで倒れていたら怪しいね……。
 
 
その女はかっと目を見開いた。
「あ」
「うわぁ」
何とも言えない中途半端な悲鳴を出して、慌てて起きあがる女。
「大丈夫ですか?」
声を掛けたが、返事もせずに周りをきょろきょろと見渡している。
 
一通り周りを見回した後、安堵の息をもらした。
「何かあったんですか?」
「?なにが?」
いや、聞いてるのはこっちだって。
「倒れていましたので」
「あ、気にしないで……」
アハハと笑いを浮かべた彼女の腹の虫が大きく唸った。
「ただの行き倒れだから」
「……」
 
 
 
「いやぁ……助かるよ」
 
彼女を助けた平原は、周りにほとんど村も何もなかった。
持っていたサンドイッチを一切れとオレンジジュースをあげるとものすごく喜んでくれた。
しかしそんな物で空腹を完全にふくらます事ができるなんてことはまず無い。
 
そう言うわけで、二人で一生懸命歩き、やっと着いた街でさんざん料理を食べている。
 
……私のお金で。
 
 
積み上げられていく皿に思わずげんなりとしてしまう。
料金は前払い。注文するたびにキャッシュカードから金額が減っていく……
 
しかし食べ過ぎだろ。
十人前を越えた辺りから、見ているのにうんざりした。
十五人前を越えた辺りから、数えるのも嫌になった。
 
「あの……」
「ん?」
「お金、そろそろ尽きそうです……」
 
盛大にむせかえったので、口いっぱいに頬張られていたパスタがこちらに飛んできた。
「あーごめんごめん」
机に置かれていた紙ナプキンで更紗の顔を拭く。
「いいですよ、自分でします」
彼女の手から受け取ると、顔や髪に付いたパスタソースを丁寧に拭き始める。
似たようなことが、前にもあった気がする……
ここまでひどいことは初めてだけど。
 
 
 
「あーおいしかった」
満足げな顔で食事の終了を告げる。
使い道に悩み、溜まっていたお金はほとんどこの人に食いつぶされた。
 
「それは……よかったですね」
心身共に疲れきった状態での皮肉。
伝わる気配は微塵も見られなかった。
 
彼女の後ろ姿まで幸せいっぱいのようだ。
けれど腰まである金色の髪は痛んでいてボサボサ。
伸ばしっぱなしなんだろうな……
と、どうでも良い心配をしてしまう。
 
「あー街なんて久しぶりだー」
そうですかと、相づちを打つことさえままならない。
「何をしていたんですか?あんな平野のど真ん中で」
ん?と首を傾げる。
「あたし、傭兵なの」
は?
「ここからずっと遠いところにいたんだけど、最近平和だから解雇されちゃって」
苦笑を浮かべる姿は何だか綺麗だった。
たぶん、しっかり身なりを整えたりしたらすごい綺麗なんだろう。
 
「フェイクから街を守る自警団みたいなのやってたんだけど、巡回中に道に迷っちゃって……」
「ろくな持ち物も無しに歩き回って、行き倒れ?」
「そうなのよねー」
冗談きつい。
 
「ま、この恩は忘れないわ。あなた、名前は?」
「え?あ、ストームです……」
イノコ達に言われたことは、もう関係ない。って言うかスコンブと呼ばれたくないのでちゃんと名乗る。
「ストーム?へー」
くすっと笑った。
「あたしはライナ。悪いけど、ちょっと付き合ってくれる?」
 
何に、と言う前に制止された。
ライナの横顔には警戒が強く現れている。
 
建物の蔭から現れたのはあからさまな不良グループ。
この世界にもこんな人達がいるんだね……
 
がたいのでかいのが二人と小さいのが一人。
うむ、小さいのが真ん中だから見た目的にバランスが良い。
 
でかいのの一人がスキンヘッドに入れ墨している。
あー、こーいうキャラ印象がきついようでそうでもないんだよねー
 
 
「ライナちゃんにストームちゃんか」
「綺麗なねぇちゃんらーここになにしにぃ?」
なんだろうねー、こういう奴らの発するねちっこいオーラ。
がたいでかいの私嫌い……
 
こういうのはみなかったことにして通り過ぎるのが一番だ。
が……
「ライナさん?」
なーんか、目つきが怪しいぞ。
うつむいている。が、頬笑んでるぞ。
……これは、嫌な予感。
 
その予感は的中したのかもしれない。
右の男が吹っ飛んだ。痛みのせいか宙を舞った涙がきらりと光る。
間髪入れずに左のスキンヘッドにアッパーカット。
 
「……決まった☆」
かなり満足げである。
 
「……」
呆気にとられているのは小さい人も同じ。
 
と、動き出したライナ。
右足が風を切る。
 
その足はー入っ……ってないー。
止めた、止めたぞ。彼の左腕が足の行く手を止めたー
やるじゃないか小さいの。
 
とか、実況している場合ではない。
 
蹴りを止められたライナはすごく不満そうな顔をしている。
少しの間睨み合ったが、足を降ろすと押しに入った。
これも身をかわし避ける。
避けられたことがわかったのか、スピードを緩めずに方向転換。
そしてのびる右ストレート。
ま、これもまたあっさりとかわされる。
 
すごいなこのちび。
 
くっと悔しそうな顔をする。
 
あぁ、この人も駄目かもしんない。
嫌な予感第二弾。これは推量とかじゃなく、推定だ「らし」だ。……いや、視覚による推定だから「めり」だ、「なめり」だ。「なんめり」と読むんだぞ。
って古典の勉強している場合じゃない。
 
彼女には悪いが、退散させて貰おう。
 
踵を返そうとすると、悪寒を感じた。
 
 
あぁ、もう無理かもしんない。
 
 
 
十二枚目
「あぁ、もう」
ずっと戦闘を続ける二人。
 
疲れた様子も見せずに大振りをかますライナと相変わらず小さな動きで全てを避ける小さいの。
目が覚めた二人のごついのは参戦することなく更紗と一緒に膝を抱えて端っこで観戦している。
 
いい加減、我慢の限界だ。
 
ケルベロスのカードを出すと姿を変える。
 
 
右手に装備されたのは武器としての立派な爪。
赤銅色に鈍く光る。
「ライナさん!いい加減にしてくださいよ」
軽い脅しだ。
 
戦闘中の二人はぴたりと行動を止めこちらを見た。
観戦していた二人もまたしかり。
 
数拍の間をおいて、観戦の二人は情けない様子で逃げていく。
小さいのは舌打ちをするとひょいひょいと逃げた二人を追いかけた。
 
 
 
「ストーム、あなた」
「なんですか」
怒り気味の声ももろともしないらしい。
こいつに皮肉を言うのは絶対通じないだろうな……
「カードキーパー?」
「そうです」
 
「じゃぁ、戦おう」
「え」
こっちこっちと上機嫌で手を引っ張る。
「ライナさん」
「何?」
「戦いは……」
「うん。場所はねー、この町に入ってきた時、いい場所見つけてたの」
「そうではなく」
「ストームは何枚持ってる?」
「はい?」
「カード」
「えっと、10枚ぐらい……」
「ちょっと多いわねぇ……でも、あたしは数より質だからね」
勝手に話を進める、ライナ。
この人……話を聞かない……
 
 
 
戦いは嫌だと言えなかったせいで、なぜ、こんな事に……
 
戦闘が始まる前から野次馬が集まってくる。
そりゃ、いくら広いからって道のど真ん中で女が二人。
距離を置いて向かい合っていたら、幾らか怪しんでも仕方がない……
が、何も知らない野次馬達のうわさ話は火のないところにも煙を立てる。
 
周りの方で「男をかけての決闘」だとか「脱衣ゲームをする」とか勝手な事を言いだしている。
どんな物好きがそんなことをするんだ……
 
ライナの方は準備体操。
入念にやっております。
 
「よっし、ストーム。やるぞ」
「なにを」
ニカニカ笑うあなたの笑顔が、正直、嫌です。
「ルールは簡単だ。カードを武器として使い、相手をポイントをゼロにすれば勝ち」
何でそんな戦いをしなくちゃならないんだ……
「ポイントってなに?」
 
「あ、知らない?これ」
投げられたのは、腕時計的なバンド。時計の代わりに半球のガラス玉がはまっている。
「それ予備だから、貸してあげる」
「え?」
「いいから腕にはめて」
 
言われるままに左腕につけると光が集まり、手のひらサイズのディスプレイ的な物を空中に形成した。
「すごい……どんな技術?」
「知らないわよ」
素っ気なくいわれると、どうでも良いことにも思えてしまう……
 
「とにかく、それにあたしとあなたのポイントが表示されているのがわかる?」
左半分に大きく表示されている数字の上に【STORM】の文字がある。
こちらが更紗のポイントで、右側の【RAINA】がライナのポイントだろう。
……ポイントの桁が違うんですけど。
ちなみに、更紗の方が上だ。
 
「やっぱカードキーパーは違うね。ポイント高い!」
どうしてそこで嬉しそうにするのだろう……
「これは、打ちのめしがいがあるわね」
へっへーと胸を張って宣言する。
よぉっくわかったよ、このバトルマニア。
 
「使って良いのは武器だけですか?」
「そう。召喚はずるいから駄目」
何の基準だ全く……
 
「いい?始めるわよ」
「どうぞ、もー勝手に」
 
 
野次の中から一人青年が現れた。
さっきの小さいのだ。
 
何だろうと思ったが、その辺に積み上げられていた空き箱を持ってきて、その上に乗る。
大きく息を吸った。
 
「ダブルカード。スタンバイ」
辺りに響き渡る良い声をしている。
号令係という奴か……
 
ライナを見ると、カードを一枚手に用意していた。
号令係がこっちを見ていることからして、こちらも用意すべきなのだろう。
アケオロス、頼むよ。
 
「レディー ファイト!!」
 
高らかな号令と共に、二本の閃光が空へ舞い上がる。
 
「うわっ」
カードが変化したのを確認すると同時に、目の前にライナが迫っていたのがわかった。
ギリギリのところで避けることができた。
ポイントは……減ってない。
今更だけど、ゲームでいうHPと考えて差し障りはないよね。
 
 
ともかく、距離をとれた。
そこで初めて相手の獲物を確認する……
 
リーチの長い槍。
 
「……ずるい」
「ずるくない、戦いに勝つにはカードを知る事ね」
もっともなことを言うようだが、ライナには正直言って欲しくない。
 
さぁ、どうするべきか……
先ほどの肉弾戦を見ていて、近くで戦ったとしても勝てるとは思わない。
だからといって、遠くにいれば槍で一突き……
 
考えていると、次の攻撃がきた。
「げっ」
槍を避けたのは良いが、そのままつっこんできたライナの手には鋼鉄のグローブ……
 
 
腹に一発重いのをくらってしまった……
地味に怖ぇ。
 
血とかの心配をしたが、外から見えることはなかった。
何か、便利な設定が働いていそうだ……
「なにぃ?弱いわねー」
ディスプレイを見るとポイントが半分に減っている。
 
「二枚とか使って良いんですか?」
「当たり前じゃない」
「……聞いてないですよ」
果たして、この人に勝つことができるんだろうか……
 
「駄目ね、いくらカードキーパーっていっても、戦闘経験の差よ」
「そんな言い方無いじゃないですか」
「問答無用」
あぁ、何か嫌になってきた。
 
視界の端に捉えた号令係。
そう言えば、あいつはライナ相手に対した動きもなく互角に戦っていた。
 
体力も力もライナの方が上だ。
と言うことは動きが少ない方がいい?
けれど、更紗の力ではライナの力を素手では止められない……
 
 
では、どうする?
 
 
「ジェル!」
突っ込んできたライナを透明な壁が歓迎した。
 
「痛ぁ」
一瞬だけ、滑稽な顔をさらしたライナ。
鼻がしらを押さえ、その場にしゃがみ込んだ。
頭からナイフを振り下ろそうかと思ったが、そんな怖いことできない。
少し困った後、距離を置くことにした。
 
でも、これはいける。
 
今持っているジェルは、5枚。
できる壁は透明だから置きっぱなしのトラップとしても有効。
 
意外に使えるな、この雑魚。
 
「ストーム、ずるい」
「ずるくないです。戦いに勝つためにはまずカードを知れですよね」
余裕があれば、笑いながら言っただろうが、そんな余裕なんて無い。
彼女の今の顔を見ていれば……
 
「少し本気を出してもいいようね」
俯きがちにフッフッフと不敵に笑う。
あぁ、せっかく勝機が見えたかもって期待してたのに……
 
 
とにかく、先ほど思いついた作戦は実行に移す。
 
彼女が追いかけてこないように円を描きながらじりじりと動く。
途中、二枚ほどジェルの壁を仕込んだ。
さて、どうでる?
 
またもや直進。
彼女には猪突猛進という言葉しかないのだろうか……
 
 
真っ直ぐ向かってくる相手には、真っ直ぐ返せばいい。
ジェルの壁を目の前に立てると、倒せる。
 
だと思ったのは、やはり甘かったのかもしれない……
 
 
胸に深く刺さった長柄の槍。
 
 
 
 
 
これは……助からないかもしれないな……
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
が、大した痛みもなく、ライナは槍を引き抜いた。
 
胸に大穴が空いていることもなく、綺麗なものだ。
 
「……」
何事かとライナの方に目で語りかけた。
「あなた、本当に初心者なのね。どこの田舎者?」
 
田舎者……
レッテルを貼られたのかもしれない。
 
気持ちが、少し沈んだ
 
 
 
どうやら、やはり便利な設定が働いているらしい。
ちなみにポイントはまだ一桁残っている。
すごいな、自分。
 
でも、もうどうでもいい。
 
相手に傷が付かないとわかった時点でいろいろと吹っ切れた。
どうせ次の攻撃でやられるんだから、少しは傷を負わせてやろう。
 
握っていた二枚のジェルを手放すと自動的にファイルにしまわれる。
逆に、念じるとファイル内からケルベロスが現れ、装備をする。
「さすが、カードキーパーね」
さっきからカードキーパーカードキーパーうるさい奴だ。
 
「やっと本気になった?」
口元だけで、ニッと笑った。
「そうかも」
こちらも口だけで笑い返す。
次に突っ込んでくるのは、多分向こうだ
 
 
十三枚目
戦闘経験のほぼ無い者がいきなり実践でどこまで行けるかというと、多少は才能に左右されても皆同じというか、なんというか……
 
だが、センスというものを信じても悪い事じゃない、だろう。多分。
 
ポイント一桁のまま、更紗はずっと逃げ回っていた。
「いー加減に倒れなさい!」
「いやです」
こちらにきてから、体力が断然上がったせいでまだまだ動ける。
リアルでは想像できなかった話だ。
こっちに呼んでくれたジャックに感謝である。
 
たとえ初心者とはいえ、戦闘中に学べばそれなりに動くようになる。
一方、ライナは熟練者だとほざくが、隙はあるし、大振りだし。
そのうち更紗は、やれば倒せるのではないかと思いはじめていた。
 
ライナの繰り出す二段攻撃も見切れるようになった。
避ける。そして、ざっくりとよく切れそうな爪でカウンター攻撃。
なかなか大打撃である。
そして、怯んだところを連続攻撃。
 
「くっ」
何とか連続攻撃から脱出し、悔しそうに顔をゆがめる。
相手のポイントも一桁になった。後一撃だ。
 
距離を取ろうと後ろに跳躍するライナ。
「逃がしません」
アケオロスのナイフを投げた。
一直線に飛ぶナイフ。
ライナは少し右にずれた。
避けられるのは想定内。最後はこの手で−−−−−−−
ナイフと同時に目標に向かい走り出していた更紗。
「これで、最後!」
 
カンと変な音が左前方から聞こえた。
「げ」
投げたナイフがこちらに向かって返ってきているのだ。
「!ジェルじゃない。馬鹿ね、仕込んだ場所ぐらい覚えてなさい」
右前方からライナも来る……
 
ガンと低く響く音がした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「両者ダウン。試合終了 ドローポイント 」
 
 
 
 
 
残念な結果発表。
 
更紗は跳ね返ってきたアケオロスを避けられず激突。
ライナはもう一枚、すぐ脇に仕込まれていたジェルの壁に激突。
 
そして同時にポイント消滅。
要するに引き分けである。
 
おかしいな、ばらして置いたはずなのにどうして隣り合って仕込まれていたんだろう。とか思う余裕もない。
 
「馬鹿みたい」
頭痛を覚える結果だった。
 
「なかなかやるじゃない」
「話しかけないでください」
もう嫌だよ。この人の相手。
 
「そんなこと言わない。ほら、ちゃんとお捻り全部あげるから」
彼女は更紗にクレジットカードを出すように言った。
「アレ……」
増えている。
それも、なかなかの桁だ。
「どうして?」
「だから、お捻り。観戦者からの」
そんな制度があるのかと、いろいろ驚いてしまう。
 
「あなたのお金、全部食べちゃったからせめてものお礼」
「嘘でしょ」
この人は、ただ戦い好きなだけだろう?
「あ、ばれる?」
「やっぱり」
ため息を大きく落とす。
「でも、全部あげたんだからいいじゃない」
「そんな事してないで、自分の装備整えて帰ってください」
すると、ライナは寂しそうな顔をした
「な、そんな顔しないでください」
「だってさ」
 
 
「だってカードキーパーでしょ?強いんだもん」
「いや、答えになってません」
ニカニカと輝かしい笑顔。
「それに、ライナさんもカードキーパーでしょうが」
「違うわよ」
「え、でもカードを」
「あたしは一般人。間違えないでよ」
「いや、そんなこと言われても。でも、一般人でも使えるんですか?」
まん丸い目がこちらを見た。
それが、怪訝そうにしかめられる。なに言ってんのこいつ的な目だ。
 
 
「あー、使えるわよ。一応。これ、預かり物だから」
ため息を付くと、二枚のカードを取り出してくる。
それぞれ雷を纏う蛇と岩の固まり的な何かが描かれている。
赤色でカードの半分ぐらいを長い文章が書かれていた。
 
アルファベットは見るのも嫌だ。
読める奴が読めばいい。もちろん私は読まない。
 
「ライナさんの名前ではないことはわかりました」
「うん、よし。そう言うわけで、あたしは悔しいことに一般人なわけ」
「はい、理解しました」
「うん」
「それでは」
上機嫌な間ならうまくいけば逃げられると思ったのだが……無理だった。
髪の毛を引っ張られた。
 
そんなところ引っ張らなくても良いじゃないか。
髪の毛抜けたらどうする……
 
「で、何が目的ですか」
「今日はどこで寝るの?あっという間に夜だわー」
人の話を聞いてください。
あっという間に夜なのはあなたのせいです。
平野からこの町まで徒歩で移動。そしてご飯を食べるのに時間をさんざん費やし、その後はずっと戦闘……
よく元気ですね。
 
 
「あそこに宿あるよー」
指を差されたのは高級そうな面構えの建物。
「あれは……いやです」
これ以上大盤振る舞いな出費をしたくないです。
「そう?」
「はい」
「あそこ、ご飯がおいしそうだったのになー」
先ほど指さした方向を恨めしそうにじっと見つめる。
 
「ちょっと待ってください」
「ん?」
「付いてくる気ですか?」
「当然よ」
また口元だけでニッと笑った。
 
何が当然なんだ?
 
追い払うのは難しいとすでにわかっている。
と言うことは、
「料金がライナさん持ちなら良いですけど」
「持ってるわけないでしょ。全部あげたじゃない」
「ですよねー」
アハハと笑い合う。
笑い事じゃない……
 
「夜も昼と同じぐらい食べるんですか?」
「そうねー」
その返事に昼の食事風景がフラッシュバックされる。
冗談じゃない……
 
「お金、出しませんよ」
「何!?」
「いや、無理です。そんな事してたら破産します」
「ケチ」
「あなたが異常なんです」
「それを言われちゃ、返す言葉がないね……」
わかってたら、改善してください。
 
怒声が聞こえた。
「ちょっと、いつまでそんなところ突っ立ってるのよ」
大型のフェイクに乗った男連れの柄の悪そうな女がこちらを睨んでいる。
そういえば、ずっと道のど真ん中に立っていました。
「す、すみません」
「悪いね」
そそくさと退散する。
不機嫌そうな女を乗せてずしんずしんとフェイクはその場を去っていった。
 
「そっか、観客が多かったのは道のど真ん中だったからだ……」
「そうよ。当然じゃない」
「ライナさん。少しは迷惑って言うのも考えましょう」
「なんで?人が多いとお捻りも多いわよ」
駄目だ、この人。全然話が通じない。
「そうですか、はい、そうですね」
適当に合わせてやるのが無難だろう……
 
「ネェサン達、何してるわけ?」
聞き覚えのある声だと思い、振り返る。
小さいのだ。
号令係の時の声だと思い出す。
ちなみに、ごついの二人はいなかった。
 
「宿、決めてないなら来なよ。面白い戦いだったから特別サービスしてやる」
願ってもいない、誘いだった。
 
 
 
「うわっ、いるよ」
案内された建物の扉を開けると、またしても見覚えある人達。
ごついのだ。
カウンターに肘をついて大あくびしていたのが、特筆するような特徴を持たない男。
ちょうど通りすがったのか、一山のシーツを抱えていたのがスキンヘッドの入れ墨男だ。
「お帰り、パームさん。って、あ゛!?」
入れ墨男は、小さいのの後ろにいるのが例の女達であることに気が付くと、音声表記が難しい声を上げた。
 
「ただいま。お客さん拾ってきた」
拾ってきたという言い方はよろしくないが、まぁ許してやろう。
「……さ、さいですか。お客さんね。はい」
たじたじとなっている。
なんだか、正しい反応だと思えてしまった。
 
ライナに目があったらしいカウンターの男は、慌てた素振りを見せて視線を外した。
「悪いね。殴ったこと許してくんない?」
軽い。軽すぎる。
怒っていいよ、二人とも。
とか思ってしまう更紗に反し、とんでもないと首をぶんぶん横に振るカウンター。
これが、理不尽な暴力に対する恐怖という奴か。
「お、お二人様ですねぇ。どうぞぉ」
言って、階段を指さした。
 
 
「静かな宿だね」
「そりゃもう。周りに立派なのがあるから人気無くて」
案内をしてくれた小さいのが苦笑混じりに答えた。
二階建ての小さな宿。
部屋は五つほどだが、どの部屋からも物音がしない。
「おかんと二人でやってんだ。下の二人は手伝いさ。昨日、一応客がいたから手伝って貰ってた」
「ふーん」
正直、どうでも良いので適当に流す。
 
「で、部屋はいくつ借りる?一つ?二つ?ついでに言っておくと、ベッドは一部屋一つだけだ。狭いからな」
狭いなら聞かないでよ。二人一部屋が無理だった場合どうするのよ……
「ストームはお金がないんでしょ?なら、ひと……」
「二つで御願いします」
ライナは平気でベッドを取りかねない。
ここは、無難な選択肢を選ぶべきだ。
「ハハッ、格安で提供してやるよ」
どうやら、こちらのことを察してくれているようだ。
 
 
部屋は一番奥二つ。手前の三つより、奥の部屋の方が外から見て広いようだ。
こいつ、優しいな。
「飯ができたら呼ぶ。ゴミは食堂のゴミ箱に捨ててくれ。それ以外は禁止。あと、洗濯物はあるか?」
「別にない」
「ならいい。料金は明日で良いぞ」
あ、やっぱり取るよね。そうだよね……
「わかった。いくらぐらい?」
「今日の晩飯と明日の朝飯による」
「それは……困る。ライナさん押さえてくださいね」
「アハハッ、わかったわよ」
笑い事じゃないっての。
 
 
 
 
多分、宿っていうよりは民宿っていうんだと思う。
泊まる部屋は、割と綺麗な物だけどその他の部分は何か生活感が……
晩飯に呼ばれ食堂に行くと、食器棚が並んでいた。
なんか、普通に家だね。
 
優しそうな奥さんがおおきな鍋を持ってくると、料理をよそってくれた。
温かいスープ。パンくずが浮かんでいる。
 
 
で、何故全員そろっているんだ。
 
「ひろひろひそはひくへは。(ごくん)普段なら客と一緒に食べたりしないんだが……」
パンの入った口をもごもごさせながら、小さいのが言った。
飲み込んでから喋れ、前半が意味不明だ。
 
「こらっ、お行儀悪い事しないの!」
奥さんにペシッと頭を叩かれる。
当然の報いだ。
 
「ひろひろ?はひははった?」
お前もだライナ。
奥さんは客でもお構いなし。同じようにペシッといい音を立てた。
「痛いじゃないの」
「お行儀悪い事しないの」
 
 
「いやな。最近この辺でも夜にフェイクが現れるようになってよ」
「フェイク?」
「そー。昼間お前らに出会った時も、フェイクがいないか見回ってた最中だった」
「相手を間違ったんじゃない?」
「こいつらに言え」
指を差された二人は各々反省の表情を見せた。
 
「フェイク狩りはかなり金になるからな。宿を続けるために金は必要だ」
親思いの良い奴じゃないか。
「ちなみに俺はカードキーパーでも、フェイクキーパーでもない」
「え、じゃぁどうやって」
「一般人だと思って馬鹿にすんなよ。キーパーの名前が書かれたカードなら一般人でも使える」
あぁ、それでライナも使えるんだったっけ?
「だけど、フェイクって倒した後カードになるんでしょ?」
「はぁ?」
全員がこちらを見た。
怖い。ゴメンナサイ。
 
「……ネェサン頭打ったりした?」
「うん、そんなかんじ」
適当に合わせておくのが一番だ。
それでかーとライナも頷く。
「軽い記憶喪失な訳。教えてくれる?」
「そっちの人も記憶喪失?」
スプーンでライナを指さす。
「違うわよ」
向けられたライナはそのスプーンを握って曲げた。
 
器物破損だよ。
全くマナーがなってない。
 
「なら何故教えない」
「あたし、ストームが記憶喪失とか知らなかったのよ」
「まぁまぁ、ライナさんとは今日出会ったから」
「へー」
別のスプーンを口にくわえながら、何かを考えているそぶりだった。
 
「じゃぁ教えてやる。倒した後カードになるのは戦ったのがカードキーパーの時だけだ」
「そう、だったんだ」
「そういうこと。俺達一般人が倒しても消えるだけ」
「……わかった」
「というわけでだな、手伝ってくれないかストームさんとやら」
先ほどくわえていたスプーンでこちらを指された。
考えていたのはこのことか……
「え゛」
「カードキーパーなんだろ?」
「えぇ、まぁ」
「名前を書いたカードをくれたら、金取らないから」
「え……」
「やるわよ、ストーム」
ちょ、先に答えるな馬鹿。
その馬鹿は期待を持った目でこちらを見る。
金の要る要らないではなく、別の期待もこもっていそうだ。
「……わかりました。やりますよ、やります」
 
 
十四枚目
「寒ッ」
昼はそんなに思わないが夜中はやはり冷える。
「まぁ、そんな格好してりゃぁなぁ……」
パームと名乗った小さいのはこちらのむき出しの肩の辺りを見た。
「ライナさんの方が寒そうだけどねー」
「確かに」
話の中心はと言うと、すでに索敵モード入ってます。
 
「あれじゃ、寒いとかそう言う感覚なさそー」
「確かに言えてる。まぁ、帰ったら暖かくして寝ればいい」
「そうさせて貰うわ」
 
きっと戻ればふかふかのお布団が私を迎えてくれるはず。
そう思うと、気合いが入る。
 
「で?どこに現れるの?」
「さぁなー」
目標不明かよ……
「でも、シャルドネーは一応端くれでもフェイクキーパーだ。フェイクを感じ取る技術に優れてやがる。かなり敏感だぞ」
パームは特徴のない男の方を指さした。
あっちがシャルドネーでスキンヘッドの方がジンファンデルだそうだ。
覚えられない……
 
「技術ねー」
そういえば、チャイがそんなこと言ってた気がする……
「そー、フェイクの放つ妙な違和感を感じ取る技術ってのがあるんだと」
「へー。便利だねー」
「お前も修得しといたら?」
便利そうだが、そんなこと修得して何か良いことあるのだろうか……
 
無いな。
 
少し考えて、あっさりとした結論に行き着く。
出会ったら出会ったで、出会わなかったら出会わなかったでいいよ。別に。
 
「遠慮しとく」
「そうか」
 
 
 
ところでパームという奴。
小さいの小さいのと思っていたが、傍で並ぶと意外とでかい。
周りの印象がきつすぎたな……
きりっとした眉に目は心持ち吊り上がっている。
なんだわりと男前じゃないか。
背が小さいと言うだけで、シャルドネーやジンファンデル達と年齢はそんなに変わらなさそうだ。
 
「なんだ?」
じっと見ていたのがばれたのか、こちらを見てきた。
「な、なんでもない」
ばれたとわかると急に恥ずかしくなるのがこういう分析中だ。
気恥ずかしくて目を逸らした。
「そうか」
相手も興味なさげに前を向いた。
 
「いたぁ!」
シャルドネーの方が声を上げた。
「どこ!?」
テンション高いねーライナさん。戦闘モード入りそうだよ。
「あっちだ、もうすぐ見える範囲に来る」
「ストーム、ちゃんとカードにしなよ」
はいはい。わかりましたよ。
示された方向にみんなで走る。
「おかしいなぁ。もう見えても良い頃だぜぇ……」
呟いたシャルドネーの頬に一筋の傷が付いた。
「な、何?」
すごく速い風が、傍を駆け抜けた。
「【風】か……やっかいだ」
「姿が見えないわね」
 
 
わかる。
風が、自分たちを取り囲んでいる。
渦を巻く風。
その風を起こしているのは
 
……鳥
大鳥が猛スピードで更紗たちの周りを飛んでいる。
 
「もう一匹来るぜぇ」
シャルドネーはまた別の方向を指さしていた。
今度は黄色の魚だ。魚が宙を泳ぐように飛んでいる。
「のわっ!!」
放電してきた。
その即席雷はジンファンデルの足下に落ちた。
「これも危ねぇ……」
 
「攻撃をくわえないとカードにできないの?」
「話を聞いていなかったのか?そうだよ」
「難しい事を言うね」
「しかたないだろ。だが、気をつけろよ。今日の奴らは特別なんだか変だ」
「変?」
「強そうなんだよ」
なぁとシャルドネー達に同意を求める。
二人ともそうだと肯定する。
 
「問答無用よ。叩きのめせば全て同じ」
駄目だ、この戦闘馬鹿は……
「パームさん。ライナさんを御願いしますね」
「あ?」
「私は、風と闘います」
 
 
 
多分、さっきの様子じゃ私以外にこの風の鳥を見た物はいない。
では、一人で倒すしかない。
「どこからでもかかってきなさい!鳥!」
挑発を試みる。
 
反応はない。
 
だが、全員を取り囲んでいた風は更紗の周りだけに集中した。
姿は見えても、そのスピードに追いつける自信はない。
では、フェイクに対応するのはフェイクというところか。
アケオロスを召喚する。
「やっちゃって」
それだけで通じる。
 
アケオロスは長い体で大鳥の行く手を遮った。
止められた大鳥はしっかりとその姿を現した。
牙をむいたその瞬間、両の翼を広げ、羽ばたいた。
アケオロスの上体はその風に飛ばされながらも、尻尾は奴の足を絡め取ったままだ。
 
私が、とどめを……
 
ケルベロスの爪を装備し、襲いかかる。
 
 
 
その爪は宙を切った。
「あれ?」
大鳥の体を透かしたのだ。
要は、効かないらしい。
「あなた、馬鹿?」
こっちに走ってきたライナから投げられた物を受け取る。
「それを使いなさい」
長柄の槍だ。
「え、でも……」
「はやく」
「はっ、はい」
 
受け取った槍は深々と大鳥に刺さった。
今度は感触がある。
怯んだ鳥は羽ばたくのを止めた。
その喉元にアケオロスがかみつく−−−−−−−
 
いつか見たように、大鳥は光を纏いながら小さくなる。
カードになったのだ。
 
「全く、馬鹿ね」
またライナに馬鹿と言われてしまった。
「属性が付いている場合、気にしなきゃ駄目よ」
「はぁ……」
「気を抜いているんじゃない。次はこっち」
「は、はいっ」
 
魚の方は目を回していた。
「後一発だから、あなたが攻撃しなさい」
はぁと生返事を返すと、とりあえず持っていたライナの槍で突く。
こっちもカードになった。
 
「無事終了だな」
「そうね。ストーム、槍返して」
言われるがままに槍を返却する。
 
「属性で武器が無効になったりするんですか?」
 
 
また、全員のため息をかってしまった。
 
「あのね、ストーム。上級カードの話になるんだけど、一部のフェイクは一定の攻撃を無効にしたりできるの」
「え、じゃぁ大変じゃないですか」
「そーなの。大変なの」
「……宿に戻ったら、その手の本をやるよ。どうせ誰も読まない」
二人とも呆れた様子ある。
「どうも……」
そう返す以外できそうになかった。
 
 
「しかし、参ったな」
「どうかしたんですか?」
「いや、一枚が上級カードだろ、もう一枚も中級だったからよ」
何がいけないんだろう……
「名前が書いてあっても、制御できないことがあるんだよ。こういうの」
あーあ、と嘆く。
 
「中級はともかく、上級はやめとく」
「あたしも、上級は怖いから要らない」
「って、貰うつもりだったのかよ」
「当たり前じゃない。協力したんだからこれくらい良いでしょ?」
あぁ、あのときの期待の目はこれだったんだね……
「とりあえず二枚とも名前を書いてくれ」
「わかった」
ファイルに挟まった水色のペンを出し、名前を書いた。
「じゃぁ、こっちは貰うぜ」
中級と呼ばれた魚のカードを手に取った。
「うん、約束だしね」
「ちょっと待ってよ、あたしも欲しい」
「えー。でも、ライナは特に返すような恩無いよ」
「槍貸してあげたわよ」
「じゃぁ、行き倒れ助けてあげた、昼飯おごってあげた、決闘ごっこに付き合ってあげた、宿の料金払ってあげる」
「……くっ」
並べてみると結構奉仕したことになるなー
反論できそうにないようだ。悔しそうにこちらを見た。
 
「ねぇ、何かちょうだいよー」
「いやだよ」
 
パーム達を見ると、キョトンとした丸い目がこちらを見ていた。
「お前、すごく気前の良い事したんだな。初対面の、みも知らない奴に」
「流れだよ流れ。やりたくてやった訳じゃない」
「そうだよな……」
普通はそんな事しないよね、普通は……
 
「ちょうだいちょうだいちょうだいー」
「うるさい」
「戦いの時に渡したポイントウォッチャーあげるからさ」
彼女が指さすのは左手につけっぱなしのガラス玉。
言われてみれば、ずっとつけてた。
「いいよ。そんなの……ほら、返すから」
「要らないもん。あたしはカードが欲しいの」
あーもう、うるさい。
「ほら、帰りますよ」
「もー。つれないわね」
渋々と歩き始めるライナ。
 
「あ、別に良いよね、帰っても」
動き出してから尋ねる。
もちろん、駄目だと言われてもそのまま進んだだろう……
「あぁ、今日はもういい。立派なカードも手に入ったしな」
嬉しそうに魚のカードを握っていた。
それだけ喜んでもらえれば光栄です。
 
 
 
十五枚目
ぶつぶつうるさいライナを部屋に押し込めると、更紗も自室に入った。
鍵を閉めてガチャガチャガチャ
お家に帰ってご飯を食べてモグモグモグ
お風呂に入ってゴシゴシゴシ
お布団敷いて、寝ーまーしょ
 
トントントン
「何の音?」
「俺だ、持ってきてやったぞ」
ノリノリで歌っていたので気付かなかった。
ノックはマジで鳴っていたのだ。
しかもパームだ。恥ずかしッ……
 
「な、何の用でしょうか」
そおろっとゆっくり扉を開ける。
内心、さっきの歌が聞かれてないか不安だ。
パームの顔は特に変化なかったのでちょっと安心。
 
「あぁ、さっき言ってた本なんだが……」
そう言って持ち出したのは長いベルトで巻かれた黒表紙の本。
サイズとしてはA4版の百科事典……二・三個分。三十センチはあるぞこれ。
「分厚ッ」
唖然となる。重そうだ……
「こんなの本気で読むの?」
「普通は読まない」
だよね。ですよねー
 
「とりあえずやるよ。普通に買えば高い代物だからな」
「う、ありが、とう」
腕にありがたみをずっしりと感じるよ。
見た目ほど重くなかったのがせめてもの救い。
「ベルトの真ん中を押せば、小さくなるから持ち運びに使え」
「?どこ」
「これ」
表紙でクロスされている重なっている部分に丸いボタンがあった。
押してみる。
「わ」
あっという間に道ばたに転がる小石サイズ。
 
「これをこうすると」
言いながらパームはベルトをいじる。
 
「ペンダントだ」
「すごい」
本当にこの世界は便利さにずば抜けている。
 
「あ、ありがとう」
ネックレスとか付ける習慣がなかったからそういうのをつけるとなるとちょっと気恥ずかしい。
「ちゃんと読めよ」
「わかったよ」
苦笑いを浮かべ、扉を閉めようとした。
去っていくパームが鍋鍋底抜けと歌ったのを聞いてその場で氷結。
 
聞いていたのか……
 
 
 
時間により解凍された後、ベッドに寝ころんだ。
天井を見上げていると彼が歌っていたあの歌がこの世界にもあるのだろうかと言う疑問が襲って来た。
 
「どこまでが一緒でどこからが違うんだろう……」
 
全く違う世界に飛ばされたなら不安ながらもそれに慣れようとするけど、似た世界なら気になってなかなか慣れることができない物だ。
 
窓からの青白い光を傍らに浴びながらボケーッと考えていた。
 
 
そんないい雰囲気も、隣から聞こえた音で台無しになる。
「んな事してどうするn!dsbj」
はっきり聞こえすぎる寝言。
声の主はもちろんライナ。
 
続きが来るかと構えていたが、静かなモノだ。
 
 
忘れていた。何より先に気にすることはこの世界のことよりあの浪費家の傍を離れる事だ。
さて、どうするべきか……
 
 
 
行動を起こしたのは翌日の早朝。
「あら、おはようございます。早いのねぇ」
音を立てないように階段を下りていたのだが声を掛けられ、驚いたため、足を踏み外しそうになった。
「まぁまぁ、大丈夫?」
宿の奥さんだった。
「大丈夫……です」
大変焦りました。
 
「奥さん。えっと。今から発たせて貰いますね」
「もう行くの?朝ご飯ぐらい食べて行きなさいよ」
「いえ、早く行かなければならないので……」
ライナが起きては困ります。
 
「そう。わかったわ。お弁当作ってあげるからちょっと待ってなさい」
断ろうかと思ったが、その間もなく引っ込んでしまった。
「できるだけ、早く御願いします」
「はいはい」
「わかったわよー」
あれ?
 
台所を覗くと、金髪女が居ました……
「ライナ……さん」
「おはよー。ちょっと待ってね」
「おはよう、ございます」
計算外だ。
「朝、早いんですね」
「そーよ。早起きは三文の得なんだから」
何故でしょう。私はどうも損した気分です。
 
 
「やっぱり付いてくる気ですよね……」
「え?なにが?」
忙しそうに動いている手元はカウンターキッチンにより見えない。
目線もその手元にかかりっきりだ。
「付いてくる気じゃなかったんですか?」
一瞬だけ動作が止まった。
「え?あぁ、一緒に行くつもりよ」
「……そうでしたか」
 
 
「よし、できた」
くるくると奥さんと一緒に忙しそうに動いていたライナの満足げな声。
「何をしていたんですか?」
のぞき込むと真ん中に豪勢なお重。
五段もあるよ。すごいねー
 
「お弁当!」
「……そうでしたか」
こんな物を持ち運べと言うのか貴様は……
苦笑すらも浮かばない。
 
 
 
「気をつけて行くんだよ」
どこからか持ってきた大きな風呂敷に弁当を包み終えた奥さんが、笑顔で手渡してくれた。
「ありがとうございました」
優しい笑顔を見たのは、久しぶりな気がした。
 
見送りに玄関まで出てくれた。
「またいつでも寄ってくださいよ」
えぇ。と会釈する。
 
奥さんの優しさにほんわかしている時に、何が飛び出してきたのだと思うような派手な音が響いた。
奥さんの後ろ、階段を転がり落ちる大きなモノ。
 
奥さんに衝突して止まり。小さなうめき声を上げている。
「パーム……」
「痛ッー」
真剣に階段から転がり落ちたらしい。
結構な高さがあるぞ。大丈夫なのか、本気で。
 
「馬鹿だねぇ。何をしてんのか」
体当たりされてもびくともしない奥さんがパームを起こした。
「別に」
「アハハ。おおかたストームちゃん達が出てくのを見て慌てたんだろう?」
違う。とそっぽを向いた。
見送りありがとう。とだけ言うとあぁと小さく返ってきた。
 
その場で戻るのかと思いきや、二人は建物の前、街道まで来た。
 
「ストーム。フェイクに乗りたい」
道に出るとすぐにこれだ。
頼み方が少し幼稚じゃないか?
「わかりましたよ」
「あ、蛇はいやだからね。振り落とされるから」
初めてであったとき、腹を空かしていた彼女はアケオロスから振り落とされていた。
仕方ないから二人でてくてくと街まで歩いたのだ。
 
文句の多い……
「正直、ケルベロス召喚はいやです」
「えー。じゃぁ鳥は?」
「……イヤです」
昨日の鳥はやっぱり読めませんでした。
名前を呼ばずともカードの姿を念じれば、ホルダーから取り出したり、武器にすることはできるようにはなったけれど、未だ召喚は名前を呼ばないとできない。
 
ウルウル目玉がこちらを向きました。
無駄な演出はよしてください。
 
「わかりました」
ため息を落とすと、一枚のカードを取り出した。
ケルベロスの名前を呼ぶと赤い光が巨大な獣の姿を浮かび上がらせる。
 
「わかってるじゃないの」
身軽な動作で、獣の背に乗る。
「待ってくださいよ」
ライナはしっかりと真ん中の頭を掴んでいた。
彼女の後ろに乗る。
ケルベロスの胴体が長くてよかったと思った。
 
 
「どうも、お世話になりました」
ケルベロスの上から、にこやかに手を振る奥さんの方を向いた。
「また来いよ」
両手をポケットに突っ込んだまま隣にいたパームが笑みを浮かべていた。
「はい。また来ます」
「じゃぁね」
ライナの言葉を聞いて、ケルベロスは発進体制に入った。
振り落とされないようにしっかり掴み直すと、獣は地を蹴った。
そんなに急ぐことはないのだが、ライナが上機嫌で舵取りをしているらしい。
 
宿の二人は一瞬のうちに小さな点となった。
 
Level3 END
 
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